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カタリナ、道中で

「ふふっ、先生にもできないことがあったのね」


「もう何度目だっての、いい加減忘れてくれ」


「だって」


「はいはい。近日中に乗馬の練習しておきますよっと」


 迂闊だったと思うべきか、当たり前だろと自分を叱るべきか。


 ダストコープスの製造所がある場所までの道中は馬車なんかを使うわけもなく、馬での移動だった。


 王都にやってくるまで、基本的に俺は歩きの旅だった。

 乗馬ってのはやっぱり騎士だとか、貴族だとか。そういう人なら習得していて当然のものかもしれないが、田舎者の俺にそんな機会はなく、必要性も感じてなかったんだよな。


 牛車ならイケるんだけど。


「そ、その時は、教えてあげてもいいわよ? 日頃のお礼に」


「お礼って言うなら毎日受け取ってるよ。強くなってくれる、それだけで十分だ」


「あ、あぅ……そういうの、ちょっとずるい」


 ずるいと申されましても。

 というかなんですかね、一緒に来ている近衛の皆さんから貰う視線が生温かい気がする。


 俺とカタリナを含めて制圧任務へ向かうのは10名。

 道と安全の確認に三人斥候として出ているから、付近には五人の兵がいるけどこぞってそんな目を向けられてしまう。


 もうちょっと不敬だ何だって怒られても良いと思うんだけどなぁ。


「カタリナが上手いってのもあるんだろうけど、コイツもすごいな。大人二人乗せても平気だなんて」


「パトラは力持ちだから。ねっ、パトラ?」


 俺の前で手綱を握っているカタリナが、パトラって名前らしい愛馬に声をかけると上機嫌に嘶いた。本当に大丈夫なようだ。


 実際、他の近衛が乗っている馬に比べたら一回り以上に大きいし、がっしりしている。

 短時間の二人乗りなんかは聞いたことがあるけれど、乗り続ける時間を考えれば中々にありえない。


 こっそり疲労軽減(リジェネレーション)の魔法を使っているけれど、この分なら余計なお世話だったかもな。


「しっかし、長閑だなぁ」


「そうね。東部は穀倉地帯だから、畑ばっかりよ」


 穀倉地帯。

 だから道はしっかり整備されているのね、流通の整備は道の整備からと。


 そこらへんが俺の生まれた地方とは違うな。

 あっちは整備された道なんて無かったし、だからこそ力のある牛が使われていたんだけど。


「……こうしてると、ほんとに戦争なんて信じられないわよね」


「うん?」


「ううん、なんでもないわ。それよりも先生? 今回のことが片付いて、先生が馬に乗れるようになったら、一緒にこの辺りまで遠乗りしましょ? きっと、気持ちがいいわ」


「そうだな。馬に乗って思いっきりってのも、悪く無さそうだ」


 本当に悪くない。

 今でも十分に気分がいいんだ、さぞ気持ちいいだろう。


「約束よ?」


「あぁ、約束だ」


 ただ。

 言いながら振り向いてきたカタリナの表情は、あまり晴れやかとは言えなかったが。




「――こんばんは」


「……カタリナ?」


 夜、野営で火の番をしていれば人の気配。


「明日には目的地に着く。今日はゆっくり休んだほうが良い……けど、眠れないか?」


「……うん」


 ぱちぱちと火が弾ける音が聞こえる中、カタリナは俺の隣に座った。


 今日で二日目。

 言った通り明日の昼頃には製造所に着くだろう。

 それはつまり、制圧作戦の開始であり、場合によっては命をかけた戦いが始まるということでもある。


「怖いか?」


「どう、だろ……わからないわ。怖いって思うよりも、もっと何か別の思いがあるの。胸がざわざわして落ち着かないの」


 不安、とも違うだろう。


「俺がカタリナは絶対に守り抜くぞ?」


「ふふ、仕事だから?」


「それもそうだけど。こんなところで可愛い生徒を、わけわからんバカ共にやらせはしないさ」


「……もう。でも、知ってる。先生は、絶対に私を守ってくれる」


 戯けて言えば、カタリナは少しだけ笑った後、抱えた膝へと頬を乗せた。


「お姉様にね? 私、なんでもするって言ったの」


「あぁ」


「今でもなんでもする、なんでもしたいと思ってる。国のためにも、民のためにも、自分のためにも」


 ある意味、三人の姫様方の中で一番素直なカタリナだ。

 その思いに陰りはなくて、きっと真実心の底からそうしたいと願っていることはわかる。


「けど……」


 その先に言葉は続かなかった。

 カタリナの顔が持ち上がって、揺らめく炎が瞳に映る。


 しばしの沈黙が流れた。

 俺は魔法使いだけど超能力者じゃない、カタリナが何か悩んでいることは察することが出来ても、言われなくちゃ中身なんかわからないし、答えることも出来ない。


 どうしたもんかな。

 何かこっちから水を向けたほうが良いか?


「先生は」


「ん?」


「人を、殺したことがある?」


 ……あぁ、そういう。


「あるよ」


「……そっか、そう、だよね」


 カタリナの質問で、何に悩んでいるかわかった気がする。


 剣は人を殺すための道具だと言う俺だ、その経験が無いわけがない。


「やっぱりカタリナは優しいな」


「優しい? ごめん、先生、よくわからないわ」


 きっとカタリナは人を殺したことがない。

 それどころか殺しを命じたことも無いのだろう。


「自分に人を殺せるか。殺せたとして、その時自分は何を思うのか、そんな辺りを心配してるんだろう? だから優しいと言ったんだよ」


「……」


 戦争や犠牲を嫌っているカタリナだ。

 王族として甘いと言える考えなのかも知れないが、最初から割り切れる人間なんていないのも事実だし、やる前から死を想うことができる人間が稀であることもまた事実。


「じゃあ、そうだな。枕物語と言うにはムードがないし、寝物語にしてはめでたしめでたしでは終わらないけれど、ちょっとだけ話、いや授業をしようか」


「……うん」


 乗り越えるにせよ、受け入れるにせよ。


「これは、勘違い野郎が究極の自己中野郎に変わったお話だ――」

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