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ベルガ VS カタリナ 後編

 ……心地の良い空気だ。


「すー……はー……」


 よくぞこの短期間でこの空気を纏えるようになったもんだと思う。


 カタリナ様との距離があやふやになる、身体が大きく見える。

 全身が警戒しろと訴えてきた、背中の産毛が総立ちだ。


「先に、感謝の言葉を伝えます」


 呼吸がピタリと止まって、澄んだ水色の瞳が俺を貫く。


「この一ヶ月、大儀でありました」


「光栄の至り」


 いつだったか思ったっけか。


 姫騎士、なんて。


 目の前でレイピアを構え、鋭く命を狙っているカタリナ様は、まさにその言葉通り。


「そう思うが故に私は、この先もあなたの教えを受け……更に強くなる、なりたい、なれる自分をここに示したく思います」


「思う存分、お示し下さい。私はあなたの全てを受け止めましょう」


 ったく、本当にさ。


「ふふっ」


「ははっ」


 こんなにも勝負を楽しいと思ったのは初めてだ。


 きっと、俺の想像を超えてくる。

 いつか凌駕されてしまうかも知れないと思わせる一撃を放ってくる。


 あぁ、心が震えるよ。

 カタリナ様も同じなんでしょう? 

 ここが通過点だとわかっている。でも、到達点は俺より遥かに高い位置にあるんだと、教えてくれるつもりなんでしょう?


 だから、そんな笑顔を浮かべている。


「――参ります」


「来いっ! カタリナッ!」


 瞬間、時が止まったかのような感覚に襲われた。


 早い、速い、疾い。

 脳がそう信号を送ってくるけれど、景色はどこまでもスローモーション。


 突進突き。

 カタリナが、己最大の武器だと定め、理の中心に置いた攻撃。


「やぁああああぁあああっ!!」


 声が響く、レイピアの切っ先と共に迫ってくる。


「……素晴らしい」


 魔封じは働いている。

 にもかかわらず、身体強化を発動させている時と遜色ないクオリティ。


 だけど、それだけに。


「ここっ!」


「っ!!」


 対処方法は、変わらない。

 身体を反らして、円の範囲ギリギリに身を置いて。


 狙うは、カタリナの首筋。

 あの時と、同じように手刀で終わる。


 そう、その腕が、伸びきれば、がら空きの首が。


「うぁあああああっ!!」


 見えない。


「や、べ――っ!!」


「これが!! 私の答えだああああぁああっ!!」


 腕が伸び切らない、こうされるとわかっていたかのように再び戻って。


 霞、二段。


「うおおぉおおおっ!?」


「んぎっ――!?」


 思わず、一歩退いて剣を両手で握って受け流してしまった。


 勢いを殺せないまま流されたカタリナは。


「へぶちっ!?」


「は、ぁ……はぁ……」


 いつかよりも遥かにキレイな、ヘッドスライディングを決めた。




「カタリナ様っ!」


「カタリナちゃん!」


「カタリナ!」


 うつ伏せで倒れたまま動かないカタリナ様へとトリア、メル様、アルル様が近寄っていく。


 そんな中、俺は動けない。

 いや、だって、だってさ。


「霞二段なんて、なんつー発想だよ」


 トリアとこそこそなんかやってたのはこっちが本命だったか。


 霞二段ってのは多くの剣術に共通してある技術だ。

 フェイントをいれてから、同じ呼吸の中で本命の一振りを繰り出すなんて基本的な技。


「それを、あの突進突きでやるか?」


 やべぇよまじで。

 確かに、確かにだ。

 細剣術を扱う者は秒間一突き以上で一人前、よく言われていることで一般的な物差しだ。


 でもそれを、突進突きの接触瞬間にやるかよ?


 あの瞬間は確実にコンマ以下でのやり取りが交わされていた。

 コンマ5秒か3秒か、その中で霞二段? バカ言え、ぶっ飛びすぎてる発想だ。


「……あぁ」


 やばい、身体が震える。


 ――ご主人様、嬉しそうです! ご主人様が嬉しいとわたしも嬉しいです!


 いや、だってよぅテレシア。

 あいつ、あの時あの瞬間、完璧に俺を発想で超えてたんだぜ?


 そりゃあ、後のことを考えきれずまたヘッドスライディング決めたけどさ。

 レイピアで薙ぎ払いなんてナンセンスだってのも考えて、もうカタリナ流と言っていいだろう理を突き詰めて。


 最高の一撃を放ってきやがったんだぜ?


「これに震えれないやつぁ俺が叩き斬ってやるってもんだ」


「し、ししょう~!」


 おっと、浸っていたいけどそんな場合でもない。


 やらなきゃならないことがあるもんな。


「あだだ……う、うーまたやっちゃったわ」


「大丈夫ですか?」


「せっ!? 先生!? ちょ、やだ! み、見ないで!?」


 駆けて近寄ってみれば、よっぽど恥ずかしかったんだろう顔を隠してそっぽを向かれた。


「カタリナちゃん、耳真っ赤だよ?」


「じ、自分でもわかってるから、言わないで、メル姉」


 何を恥ずかしがっているのやら。

 あぁ、そっか、ついキレイに受け流してしまったし、わかってないか。


「顔をお上げ下さい、カタリナ様」


「む、むりっ! わ、わた――」


「勝者は顔を上げ、胸を張るべきです」


「――え?」


 やっぱり俺に先生とやらは向いていないのだろう。


「あの瞬間私は剣を両手で持ち、更には円の範囲を超えて後ろに退きました。カタリナ様の勝利です」


「……え?」


「ボクを見ないで下さい。正直、不敬ながらも嫉妬の炎がめらめらしてるのですから」


「えぇ?」


「あ、あたしも見ないで? ほとんど見えなかったし……でも」


「カタリナの、勝ちですわぁ~!!」


 最後にアルル様が事実を喜びと共に示すように、両手を組んでぴょんと飛び上がった。


 本当なら腹を括ってあの一撃を受けるべきだった。

 よくここまで成長してくれたと感謝を込めながら、そうするべきだったのに。


「せ、せんせい?」


「申し訳ありません。つい、条件と3割のお約束を破ってしまいました。お叱りはいかようにも」


 負けたくない、なんて思っちまったんだよな。

 そんな思いこそが、敗北の理由になってしまうってこと、すっかり頭から抜け落ちてた。


「先生っ! わ、私! 私!!」


「はい、お見事でした。完敗ですよ」


「~~っ!! や、やったぁあああああっ!!」


 びよんと跳ね起き、カタリナ様が思い切りジャンプして喜びを全身で表す。


 あー、もう。

 悔しいって思うべきなんだけどなぁ、ここまで喜ばれてしまうとなぁ。


「そっ! そうだっ! 私! 勝ったら! お願いしたいこと!! ふぶっ!?」


「顔を打ったのにいきなり興奮したら鼻血だって出ますって……それで? お願いとはなんでしょうか?」


 ハンカチを取り出てカタリナ様の鼻を拭ってみれば。


「いい加減に! 呼び捨てして頂戴! 私の先生でしょ! 敬語も禁止っ!! あ、いや、して、下さい? え、えぇと……うん、いやじゃ、なければ……だけど」


 なんて、今日一番顔を赤くしながら言ったのだった。

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