迷いと仕掛け
一ヶ月、か。
「あの、師匠」
「安心させるための言葉は?」
「……いえ、大丈夫です。ただ、改めて高みにいる人と、高みを目指す人の輝きが、とっても眩しいと思っただけです」
「そうか」
人が変わるには足りない時間だと思う。
少なくとも俺は、変わったと思えるまでにもっと時間を費やしていたから。
難しい顔をしているトリア。
慰めたり、安心させることは簡単だ。
シェリナと戦わせた時と同じように、あるいはカタリナと同じように成果を与えてやればいいのだから。
でも。
「トリア。俺はお前に悩んで欲しいと思っている」
「悩んで、ですか?」
そうさ、もっともっと悩んでもらいたい。
「最初からこれだって決めて、必要な道を歩むことができる人間のほうが少ないんだ。そういう決断力みたいな面で考えるのなら、俺はカタリナに遠く及ばないし、なんならきっとトリアにも届かない」
「それは……師匠はもっと多く、沢山、深く悩んできたということでしょうか」
「手前味噌になるがそうだな。そして長く回り道もした。迷うことが強さに繋がるとは言わないが……それでも、納得はできる」
トリアには目指す先がない。
強さを求めるきっかけは憧れだ、憧憬だ。
あんなふうになれたのなら、そうなれるのなら命すら厭わない。
なんてあまりにも重たい覚悟があるくせに、繋がる目的がない。
「トリアは強くなるよ、それは俺が断言する。絶対に強くなるし、強くなるために最大限のことをする。でもな? 強くなって何を為すか、成したいかは教えられない。だから悩め、どんな選択をしても納得できるように」
「……」
それがたとえ俺と離れ、敵対するようなことになっても構わない。
ただただお前が後悔したり、失敗だったと思わなければそれでいい。
「わぷっ」
「まぁ、そんなことは出来ないくらいに修行浸けにしてやるけどな」
「な、なんですか師匠、そういうところですよ師匠、女の子の頭を気軽に撫でないでください朴念仁」
「そうそう、その調子だ」
少しだけ頬を赤らめながら強がる可愛い弟子だ。
これでもお前が思っている以上に、大切に想っているつもりなんだぞ。
「きっと、カタリナやメル様、アルル様を傍で見て、感じて。色々なことが見えてくるだろう。自分と相反する主義、思想なんてものも見えてくるかも知れない。そんな時、ちゃんと自分の考えを持ち、流されないようになることから、目標としてみようか」
「……はいっ! ボク、がんばります!」
屋敷に入って、メシ食って風呂から上がって。
「で? 暗殺は止めたんじゃなかったっけ?」
「これは寝所を温めていただけにございます、ベルガ様」
えらく露骨にもっこり膨らんでるベッドの布団にため息をついた。
「とう」
「いやぁん」
なんだかムカついてきたから布団を剥いで見れば、なんともまぁ。
「お前さ、自分が結構な美人ってこと忘れてない?」
「美人だという自覚があるからこそです」
どこでどう用意したのかスケスケなシースルーに下着という、実にアレな格好をしているシェリナが現れた。
「こういうのは、お嫌ですか?」
「嫌いじゃない。けど、残念ながら情緒が足りない」
「むぅ、心外でございます」
「そりゃこっちのセリフだよ」
頬を膨らませるシェリナに肩を落としてしまう。
さっきまでそれなりに真面目な空気に浸っていたからか反動がすごい。
「で? 要件は?」
「ベルガ様のこだ――いえ、戯れはこの辺りに致しますね。嫌われてしまっては本末転倒……こちらを」
「どこから取り出すんだよ……どれどれ?」
中々のご立派双丘の間から取り出された一枚の書状へと目を通してみれば。
「あー……こりゃ、随分と嫌われてしまったらしい。心当たりがないのが辛いな」
「利害の一致とも言えるでしょう。剣派、魔法派……双方にとって、ベルガ様は邪魔な存在ですので」
書かれていた内容は、ベルガ・トリスタッドを排除せよなんてもので。
「派閥なんざどうでもいいよ。けど、どうやってこれを手に入れたんだ?」
「直接頂戴致しました――アルル様より」
「……そっかぁ」
結びの文にわざわざされていたサインは、第一王女アルル様のものに違いなくて。
更にその首謀者なんて言えるかも知れないアルル様に直接渡された、と。
「頭使うの、苦手なんだけど?」
「御冗談を。戦闘中であれば特に」
平時と戦闘時は別でしょうよまったく。
しかし、そうか。
「見切られたと思うべきか」
「私には判断つきかねます。が、この文書に連名されている方々の名前にには見覚えがあります」
「聞こう」
「一言で言えば国のガンと言える方々です。あるいは私に暗殺依頼をという捉え方も出来ますが」
違うだろうな。
だとするならわざわざこんな面倒なやり取りはしないし、名前を挙げて直接殺せと命じるだろう。
別の意図があるということだ。
「俺を排除しようとする意があるのは重々承知してる。というか、嫌でも勝手に向けてこられるしな。ここに載ってる奴らがそうだというならそうなんだろう。けど」
「何故ご自身の名を記しているか、ですね」
「あぁ。あなたとは敵対致しますなんて宣言なら悲しいが、結局何も変わらないんだ。俺からアルル様を害することなんてないからな。アルル様とて、こんなことをしても稽古には出てくるだろう。素知らぬ顔をして」
なら、こういう状況になっていますけど、どうしますかと問いかけて来られているわけ、か。
リアの親父殿との会話を聞いていたのはアルル様だろうし? 試すというか確認したいのかね。
「はぁ、試されてばかりが人生さ」
「でしたら今宵は私をお試しになられては如何でしょう?」
「じゃあ一晩抱き枕にして理性チェックでもしてやろうか?」
「……申し訳ありません、私が我慢できなくなるのが見えていますので今日は下がります。覚えておいて下さい」
反撃したら一瞬で顔を赤くしてそそくさと出ていった。
攻めるくせに攻められると弱いのね。
「まぁ、とりあえず普段どおりってことで。おやすみなさーい」




