常識と非常識
「何するんだ! いい加減にしろ! わたしに触れていいのはご主人様だけだと言っただろう!」
「ちょっとだけ! ちょぉっと構成術式見せてもらうだけ! 痛くしないから! 天井のシミ数えてたらいいから!!」
……何やってんだよ。
部屋を開けようとした手が中の騒ぎで止まる。
仲良くなってくれるのは何よりだけど、ちゃんと勉強してたのかメル様は。
「失礼しま――」
「ごしゅじんさまぁああああぁあっ! わたし! 汚されちゃいましたぁ!」
「けがっ!? ちちち、ちがっ!? 違うよっ!? あたしはただちょっと術式を――」
勢いよくドアが開かれると共に、テレシアが俺の胸に飛び込んできた。
よしよし怖かったなー、オタクって怖いなー。
「まぁ、その。なんとなくこうなるかなぁとは思っていましたが。ご機嫌麗しゅう、メル様。授業の時間ですよ」
「あ、あう、あ、うん。えと、ど、どど、どうぞ」
「はふぅ……ご主人様だけがわたしの癒やしですぅ……」
胸元でしがみついているテレシアをそのままに、部屋へと入ればまぁ荒れていて。
「手を出しちゃいました?」
「ててててて、手っ!? だ、出してないよっ!? あたし!」
「テレシア?」
「うぅ、わたしの大事なところを、あのニンゲンがぁ、無遠慮にぃ、痛いって言ってるのにー」
「そんっ!?」
大方記憶投影の術式が気になったとかそんなところだろうけどさ。
けど珍しいな?
テレシアのヤツ、それなりに我慢しているみたいだ。
「ご主人様?」
「うんにゃ、なんでもない。よく我慢してくれてるなと思ってな」
「はいっ! ご主人様の命令は絶対ですからっ!」
ニコニコしながらしっぽをぶんぶんと。
正直テレシアは契約があろうがなかろうが、気に入らない相手は徹底的に無視するタイプだ。
そんなテレシアがメル様相手に嫌がる体を見せながらも従っている。
もしかして根っこの部分では波長が合うのかもしれない。
「ところでご主人様?」
「うん?」
「その頬はどうされたのですか? 腫れてます、痛そうです。お舐めしましょうか?」
あー……いやまぁ、うん。
「これは戒めだ。朴念仁をしかと心に刻むべしという誓いを忘れないようにするためだから、大丈夫だ」
「いましめ……? いえ、ご主人様がよろしいのでしたら、わたしはいいのですけど……」
本当に申し訳ない、トリア。
だから帰る頃には部屋から出てきてくれ、頼む。
「と、ともあれ授業を始めましょう。メル様? 早速ですが先日のお手本を研究した成果を発表していただいてもよろしいですか?」
「あ、う、うんっ! えっと、推測の部分が多いのだけれど――」
「――こんな感じ、かな?」
「わ、わかりました、ありがとうございます」
うっそマジ? 話聞くだけで予定時間いっぱいになったんだけど?
というかテレシア寝てるし、裏切り者め。
「ど、どう?」
「そう、ですね……」
そんなキラキラした目をしないでくれって感じだよ。
確かに魔法剣士には魔法の理解が必要だ、それは認めるところ。
しかしながら。
「深すぎる、でしょうか」
「深い?」
そうとも深すぎる。
「メル様、ご覧ください――火点」
「うん? わっ、と……あ、て、点火維持? すっごい安定、し、してるね、こんなに動かない火は見たこと、ないよ」
指先に火を産んで、そのままの状態を維持する。
「無詠唱で魔法を扱うよりこのように発生させ続けることのほうが難しい。理由はご存知ですか?」
「う、うん。魔力を放出し続ける術式と、その場に固定する術式。火、だったら指先が火傷しないように火防御の術式ってトリプルをしないといけないから、だよね?」
「その通りです。魔法使いとしての実力を見せろと言われたら、大体の者が何らかのトリプルを披露します。加えて、訓練方法としてもよく用いられるのがこの維持系のトリプルとなります。できますか?」
「あ、うん、や、やるね? えと――火点」
メル様の指先に炎が灯る。
うん、出力も安定しているし、形も良い。
ぱっと見ただけなら、誰だって彼女のことを極めて優秀な魔法使いだと思うだろう。
「私の見たところ、メル様はこの状態を一時間前後維持できると思うのですが」
「そ、そう、だね。だいたい、そのくらい、だよ?」
「本当ですか?」
「ほ、本当だよ? ま、毎日、やってるし」
勤勉なようで何より。
だけど一つ俺は嘘をついた。
「しかし、メル様の体内魔力量から考えると……最低でも一日は続けられるはずです」
「そ、そんなっ!? む、むむ、無理だよ! 一時間だけでも、ギリギリ、なのに」
「それが深いと言った理由です」
「ふぇ?」
メル様のファイアポイントをアナライズしてみればよく分かる。
この魔法を維持するには十分以上に魔力が注がれていることが。
「魔術理論や術式構築を得意とするメル様に、無駄を説いたところで効果はないと思います。ですのでこう言いましょう。ファイアポイントを一日維持する魔法を作り出せ、と」
「魔法を、作り出す……?」
「はい。メル様は一般的な魔法使いが積み上げてきたものをお持ちでない。それでも魔法使いと呼べる存在になった、なれてしまった。そのため、真実類を見ないオンリーワンの魔法を使えるナニかであると言えます」
「な、なにかって」
メル様を教導できる魔法使いはいないだろう。
ファイアポイントを一日維持するのは、中級魔法使いができることで、まったく難しいものではない。
だから逆にどうして出来ないのかを誰も説明できないんだ、メル様がわからないことがわからないから。
「これが最初の課題です。この技術はお手本で見せたものを教えるために必須と言えるものですので、しっかり取り組んで下さいね」
「……わ、わかった、よ」
だったら目標を指定するだけでいい。それ以外をしてはならない。
メル様はどこまで自分で考えて身につけることを得意としているし、他の魔法使いがわからないことを知っているのだから。
「あ、あの、さ、参考、までに、だけど」
「はい」
「べ、ベルガは、どれくらい、できる、の?」
「一ヶ月までは確認してます。けど、その気になれば一年はできますよ」
「いちっ!?」
謙遜でもなく大したことじゃないですメル様。
「では今日はこの辺で。あぁ、テレシアにヒントを貰っても構いませんからね。二人で頑張って見て下さい」
ついでにテレシアに社交性を教えてやって下さいメル様。
俺はこれからトリアへのお詫びにケーキでも買って帰ります。