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朴念仁のクソ師匠

 ひとまず合格だ、なんて偉そうに言ってやりたいところだったけど。


「うう、うぁ……うぅぅ」


「どうした、なんで泣いてんだ?」


「だって、だって……ボク、勝ちました、勝てましたよぅ」


 地面に背中を預けたまま、小さく肩を震わせているトリアを見ればそんな風には言えない。


 気持ちはわかる……とは、いっちゃダメだろうな。

 俺は結局あの人以外には負けたことがない。逆にトリアは負け続けて来た人間だ。

 才能を持つ人間に負け、素養は開花することなく、ただただ敗北の味を舐め続けてきた。


 やり方が不味かったとか、間違っていたとかなんて理由はある。

 それでも、勝ちたいと願ってきたヤツが、初めて勝利の美酒に酔えた。


「そうだな。勝ったな」


「はい、はいぃ……!」


「よくやった。流石俺の弟子だよ」


「うぇ、はい、はいぃ……うあぁああ」


 勝つだろうとも、勝ってもらわないと困るとも思っていたけれど。


 今は、美酒に浸れた酩酊のままに。


 肩を抱いてやれば胸元に顔を埋めてきたトリア。

 お前、女みたいな反応してるんじゃないよとか言うのは野暮か。


「……で? いつまで倒れてるんだ? シェリナ」


「お邪魔するのが忍びなくて」


 倒れたまま動かなかったシェリナに声をかければ、困ったように笑いながら立ち上がった。


「大丈夫か? 衝撃、逃せなかっただろ。痛むようなら治療してやるぞ」


「いえ、少し痛みますが魔法で治療していただく程ではありません。お心遣い、感謝致します」


 トリアとは真逆に全然悔しさを感じないな、やっぱり俺と同じ目付けが出来ていたんだろうか。

 いや、実力を見抜いたとしても悔しいと思わない理由にはならないけど。


「……不思議でございますか?」


「見抜くなっての。けど、そうだな、不思議だよ。負けて当たり前って思いながら戦ったわけじゃないだろ? 悔しくないのか?」


 まだえぐえぐ泣いてるトリアの背中を撫でながら、降参だと素直に聞いてみれば笑ってシェリナは口を開いた。


「もう、強さを求めずとも良くなりましたので」


「あー……そりゃまた随分と信頼してもらえたようで何より」


 結局。

 理由はわからないけど、シェリナはメル様のために強くなって、その想いを俺に託した、全幅の信頼と共に。

 そういうことだったようだ。背筋が伸びる想いだね。


「けど、俺に仕えるって話なら強くなって貰えたほうが嬉しいんだけど?」


「ベルガ様のお役に立てるものは何もそれだけではございませんでしょう」


「たとえば?」


「掃除、洗濯と言った家事はもちろん……夜のお勤めでも、お役に立ってご覧に入れます」


「ぶふぅっ!? よよよ、よる、夜のお勤めぇ!?」


 あ、トリア復活した。思いっきり吹いたけどそれ俺の服だからな? びちゃびちゃじゃねぇか。


「如何でしょうか?」


「そういうのは好きな相手にやれ」


「あら? 心外でございます。私がベルガ様に想いを寄せていないと?」


「じゃあ次からもうちょっとわかりやすくアプローチしてくれ。俺は遺憾ながらもトリアいわく、朴念仁らしいから」




 そんなわけで揃って屋敷に戻る。


 先に風呂にでも入って汚れを落としても良かったんだが、勝負の余韻と記憶が消えない内にお授業をしておこう。


「結論から言っておこう。トリア、あれで正解だ」


「はい。改めて考えてみても、やっぱりアレしか無かったんじゃないかなって思います」


 間合いとは要するに相手と自分の距離であり、得物が届き得る範囲のことを言う。

 そんな間合いの中で繰り広げられる剣戟の目的は、自分の得物が最大限に威力を発揮できる場所取りだ。


「理由を聞こうか」


「マインゴーシュを巻き上げられた時に気づきました、短剣の距離ではどうにもならないって。えぇと、上手くいえないのですけど、もっと近づかなくちゃって」


「よし、その感覚は正しい。カタリナ様との経験が生きたな、基本的に自分の有効射程が相手の間合いの内側にある武器は、侵入するまでが大変だが入ってしまえば猛威を振るう」


「カタリナ様がボクを近づけさせないようにする理由、ですよね」


 その通り。

 有効な攻撃が突きだけのレイピアなんかは特にそうだ、剣の切っ先に全てがかかっているから距離を縮められないようにするためにって工夫は必須と言える。


「そこで、トリアが言語化できないままにも感じたことを説明しよう。マインゴーシュには得意な距離が間合いの中に二つある」


「二つ……? あっ! そっか! それが盾として考えられるって意味なんですね!」


「ご名等。ショートソードの間合い一歩内側に剣として得意な距離があり、手元に盾として得意な距離がある。手元とはそのまま拳の距離だ」


「短剣は拳の間合いに近いとは言っても拳じゃない……だから、近距離を更に縮めた超近距離に活路があった」


 感覚的にであってもちゃんとマインゴーシュと向き合った結果だな。

 

「言うまでもないが、シェリナは一流の短剣術師だ。暗殺術を絡めたのなら話は違うが……それでも、緩急の操り方、マインゴーシュ払いを避けた時の宙返り。あんな曲芸師地味た真似ができる短剣術師なんてそうはいない。短剣術の使い手として考えても強者に位置されるだろう」


「そんな人に、勝った……勝てた」


「浸るのはほどほどにしておけよ? トリアが勝てたのはこれが模擬戦であるって理由も大きい。シェリナはアサシンだけあって殺すこと前提で戦うこと以外は不得手なはずだ。今回の内容をしっかり振り返っておくように」


「……はいっ!」


 まぁこんなもんか。


「ともあれ改めて、ちゃんと成長していただろう? 自分の力だ、誰よりも自分がまず信じてやれな」


「はいっ! ありがとうございました!」


 俺としても師匠っぽいことがしてやれて一安心といったところだ。


 ……それにしても、シェリナ遅いな? そろそろメシが出来上がっても良い頃だけど。


「んー……メシまだっぽいし、先に風呂入るか?」


「えっ? あ、はい、そうですね。ボク、シェリナさんを手伝って来ますし、師匠はどうぞ」


「ありがとう。けど折角師匠っぽいことをしてやれた日だ。ついでに身体つきも見たいし一緒に入ろうぜ」


「一緒にはい……る? はいっ!?」


「裸の付き合いしようぜってことだよ」


「はだかっ! おつきあいっ!? ななななっ!? なにをいってるんですかぁ!? このドスケベ師匠っ!!」


 は? ドスケベってなんだよ。

 別に男同士じゃん、見られて減るもんじゃなし構わんだろう。

 あーめんどくせぇ、さっさと連れてってしまえ。


「あーもううるさい、師匠命令だ。さっさと行くぞ、変な筋肉の付き方されてても困るんだ」


「いいいい、いーやー!? シェリナさぁん! シェリナさぁああんっ!? 助けて、たすけてぇえええ!?」


 しっかし軽いな? メシはちゃんと食ってるはずなんだけど。

 もしかして思った以上に身体がまだ作れてなかったり……? そんなはずは。


 むむむ、こりゃ真面目に見てやらんとまずいな。


「シェリナー! メシ、ゆっくりでいいぞ! ちとじっくりやってくる!」


「はぁい! かしこまりましたー! ごゆっくりー!」


「ごゆっくりじゃないです!? ゆっくりしちゃだめ! かしこまらないで!? あああああっ!!」


 さ、そんじゃさっさとさっぱりついでに鍛錬の仕方も考えますか。

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― 新着の感想 ―
‥‥‥無職転生の悲劇が繰り返される‥‥‥‥。
2025/03/20 15:47 サピアナイロ
[一言] ベル×トリ(ボソッ)
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