第二十九章 『惹かれ合う二人、揺れ動く気持ち』
燦々《さんさん》と降り注ぐ陽光を浴び、晴天に恵まれたこの日を、ライフパルス号の船出を祝福するかのようにカモメの歌声が港に響き渡っていた。
ライフパルス号はラドゥール国に向かう為、民衆からの盛大な見送りを受け、朝早くからミンティアの港を出港したのだった。
「ミーシア、それでどうなのよ」
「どうって何が?」
「決まってるじゃない! 例の青年に告白するの?」
「何言ってるのよキャシーっ、からかわないでよ!」
「からかってなんかいないわよ! 会ったら告白しちゃいなさいよ」
キャシーは面白半分の笑みを浮かべて、肘でミーシアを小突いた。
「何話してんだお前ら?」横を通り掛かったジミーが尋ねた。
「何でもないわよっ!」「ミーシアったら恋してんのよ!」二人が同時に答えた。
だがジミーの耳に運悪く飛び込んで来た声は、キャシーの言葉だった。
「オイッみんなぁ~っ、ミーシアが恋してるらしいぞっ!」甲板中にジミーの声が響き渡った。
「もう最悪~ぅ!」ミーシアは頭を押さえ呟いた。
甲板に居た男達は、娘が恋したと聞き、ぞくぞくとミーシアの周りに集まって来た。
「おいおいミーシア、誰に恋したって?」
「ミーシア、とうさん達が娘の痛いげな悩みを聞いてやろうじゃないかぁ~」
「ミーシア、結婚するのかぁ~っ?」
「キスはもうしたのか?」
「Aはいいが、それ以上はダメだぞッ!」
「健全な交際をしなさい!」
「こいって何だべ? 食べたら美味しいだべか?」
「恋はダメじゃ恋はッ! 相手はわしが見てから決めるッ!」
締めを括ったのは赤鼻のじいさんだった。
「もぉ~う、知らないっ!」
ミーシアは顔を真っ赤に染め、両手で顔を覆い隠して屈み込んだ。ここにトニー達が居なかっただけでもミーシアにとって幸運だったのかも知れない……。
夜は船を停泊させ、ゆったりとした航海の中、翌日の正午過ぎにはラドゥールの港にライフパルス号を入港させると、「あれ、紅鯨団の船じゃないか?」と旗を見て民衆が騒ぎ始めた。
「ああ、王子の乗った船を救ったらしいじゃねえかぁ~!」
「おい、今の聞いたか?」民衆の声を聞いたジミーが、「あのとき助けた船に王子が乗っていたんだとさ」と飲んだくれのジョンに言った。
「へぇ~、案外ミーシアの恋した男だったりしてな!」
「そりゃ~ねえだろ!」
二人は冗談交じりに笑い合った。
街を歩く間も、
「おい、あんたら紅鯨団の人達だろ? これ持ってきな」
と露天商の人達から、野菜や果物、中にはブタの丸焼きまでくれる人もいた。
ブタの丸焼きを背に担ぎながら料理長は、
「こらぁ~トロントには見せられねえなぁ~」
と渋い顔をしていた。
「こんなにたくさんの食べ物を持ってラドゥール城には行けねぇなぁ~、俺達はこれを持って先に船に帰ってら」料理長は数人の乗組員を連れて、先にライフパルス号に戻って行った。
「ねぇ、ほんと紅鯨団って有名よね」キャシーがアリスに言った。
「そうね、人を助けるって、これほどみんなから感謝されるものなのね」
「私、紅鯨団に就職しようかしら」
「それいいかもな!」横を歩くトニーが言った。
「まだあなた達の本分は学業でしょ。めったなこと言わないの! でも私も考えた事あるんだけどね!」悪戯っぽくアリスが打ち明けた。
「なあ、俺達もミーシアみたいな衣装欲しくねえか?」
早くもトニーは就職を考えているようだ。
「それいいかも」キャシーもその気になっている。
「こらこら、まだ早いでしょ。そういう格好は」いずれアリスも就職を考えているようだ。「でもそれも悪くないわね!」やはりアリスもミーシアのような格好をしたいようだ。
先をカイルと会話しながら歩くミーシアを他所に、子供達は「ちょっとみんな集まって」と何やら相談を始めた。相談の結果決まった結論は、
「ミーシア、ちょっと先行っててくれない?」だった。
「いいけどみんなどうしたの?」
「えっ、ちょっとね」
「何よ!」
「内緒よ。とにかく城の前で待ってて。赤じいは借りてくわね!」
悪戯っぽい笑みを浮かべた八人は、赤鼻のじいさんの手を強引に引っ張って、早速服を探しに向かった。
「何だそういう事じゃったのかぁ~、よし、わしに任せろ! わしがお前らにプレゼントしてやる!」
「やったぁ~っ、赤じい太っ腹ぁ~っ!」
いつも調子のいいキャシーは、女の子達の中でも一番の甘え上手だ。
赤鼻のじいさんの計らいの許、子供達は海賊衣装がふんだんに置いてある『THE・パイレーツ』という洋服店に立ち寄った。
「うわぁ~、海賊服がいっぱい置いてある!」店に入ったときキャシーが目を輝かせて言った。
「わしはこの店を贔屓にしとってなぁ~。この港に来た時はいつもこの店に寄るんじゃ。紅鯨団の男達もこの店のお得意さんなんじゃぞ!」
「すごいですねぇ~、海賊服ってこんなにたくさんあるんですかぁ~」
マーカスが赤鼻のじいさんに言うと、
「好きなのを選ぶといい!」
と赤鼻のじいさんが気前よく言った。
子供達は嬉しそうな表情を引っ提げて、それぞれ自分に似合う服を探そうと店内で散らばった。
「あっ、これぇ~、船長が被ってた帽子じゃねぇか!」
トニーが物珍しそうな顔をして、船長が被っていた帽子を手に取った。
「懐かしぃ~」
キャシーはトニーから帽子を奪い取ると、目を瞑り、船長を心に描くような表情でその帽子を胸に抱きしめた。
私の横で船長は、嬉しさに目を熱くしている。
「ちょっとそれ俺に被らせてくれよ」
トニーがキャシーから帽子を取り上げ頭に乗せた。
「船長、頭デカっ!」トニーが被ると鼻まで隠れた。
船長は自分の子供を見つめるような優しい表情で、水面を見つめ微笑んでいる。
「ねぇ、赤じい。ミーシアの洗い替えの服も買っていい?」
「勿論じゃとも!」
「ねえみんな、私達の洗い替えの服も買っていいって!」
「やったぁ~っ、赤じい太っ腹ぁ~っ!」珍しくアリスもキャシーを見習って調子よく言った。
「トホホホホ、キャシーには負けるわい……」
そう言いながら赤鼻のじいさんはガマ口のサイフを開けると、少し不安じみた顔付きで中身を確かめた。
「すっからかんになりそうじゃわい……」そしてガクンと首を折った。
子供達の選んだ衣装は実によく似合っていた。アリスとカトレーナは容姿も美しく、スタイルもミーシアに劣らぬほど細身の美しい体形をしている。
ちゃっかり者のキャシーは、
「これだけ買うんだから少しは勉強しなさいよ!」
と店長に値段を値切っていた。値段交渉の甲斐あって、店長からふんだんに金額を値下げしてもらったにも拘わらず、赤鼻のじいさんのサイフには、一ピール硬貨一枚しか残らなかった。
「危ない所じゃったぁ~、この店で働いて帰るハメになるとこじゃったわい」
店を出たとき赤鼻のじいさんがひやひや口調でぼやいた。
洋服店は波止場が近かったので、洗い替えの衣装は一度船に置きに戻り、みな嬉しそうな顔をしてミーシアの後を追いかけた。
「ごめ~ん、待たせたわね!」
キャシーの声を後方に感じて振り返ったミーシアは、皆の格好を見て仰天した。
「どうしたのその格好ぉ~っ? あなた達、紅鯨団に就職でもするつもりぃ~っ!」
驚き半分、嬉しさ半分といった感じでミーシアが尋ねた。
みんな悪戯じみた含み笑いでやり過ごした。
「ミーシアの洗い替えの服も買っておいたからね。支払いは赤じいがしてくれたけど」
「私達で選んだのよ、ミーシアの洗い替えの服。後で着てね! きっとミーシアなら似合うと思うわ」カトレーナが言った。
「えっ、私が今着ている服と同じのじゃないの?」
「ミーシア、もっとファッションを楽しまなきゃ恋も実らないわよ」
ミーシアはキャシーに素早く駆け寄り、キャシーの口を塞いだ。
「恋って何の話だぁ~?」それを聞いていたトニーが気になり尋ねた。
「何でもないのよトニー。とにかく今聞いた事は忘れて!」
ミーシアの言葉は弁解になっていなかった。
子供達はまたしてもニタついた含み笑いを浮かべた。
城に着きカイルが門番と話すと、すぐに皆は謁見の間に通された。
「ミンティアからよくぞお越しになった」ラドゥール国の王ダレルが言った。
カイルは早速ダレル王の側近に書状を手渡した。側近はカイルから書状を受け取ると、王の前に歩いて行き、膝を着いて王に書状を手渡した。
王はその書状をゆっくりと開き、目を通しながら無言で頷いた。
「ミンティア国の意向と、ラドゥール国への力添えなる意思は、大変持って感謝いたす限りです。後で返書を渡すゆえ、それをミンティア国へ届けて頂きたい」
カイルが謹んで頭を下げた。
「して、ミンティアでは変わった衣装を着るのだな」
「いえ、私達はミンティアの兵ではありません。私達は紅鯨団という海賊です!」
ミーシアはいつもの事ながらハッキリと物を言った。
私は、ミーシアが初めて学校で自己紹介をした時の事を思い出した。横に居る船長にその時の事を話して聞かせると、船長は是非ともその幼き日のミーシアが、クラスで自己紹介をする所を見てみたいと言った。私は、それでは後で水面に映し出してもらいましょう。と、このとき船長に言った。
ミーシアの横ではカイルが、(あちゃぁ~!)というような顔をして頭を抱えている。
「最近の海賊は、可愛らしいお嬢ちゃんが居るのだな。ん、紅鯨団? 今、紅鯨団と申したか」
「えぇ、言いましたわ王様」
ミーシアの誰に対しても物怖じせず、ハッキリと物を言うのはいったい誰に似たのだろうか……? 私はチラッと横を見た。じゃんけんをしながら互いの頬を摘み合っている船長と大御婆様。間違いなくこの二人だ。
「これ、今すぐジョセフを呼んで来なさい」ダレル王が側近に言った。
その言葉を聞いた直後ミーシアの頬に赤みがさした。ミーシアの胸は間違いなくときめいている。
しばらくすると、ミーシア達の後方のドアが開いた。ジョセフの足音が室内に響くと、正面の玉座に顔を向けていたミーシアの顔が綻んだ。ジョセフがミーシア達の横を通り過ぎながらミーシアの瞳を見つめ、またミーシアもジョセフの瞳を離さなかった。
「おい、もしかしてミーシアの恋した相手って、あの青年か?」
小さな声でジミーが飲んだくれのジョンに囁いた。
「あのとき船首に立ってた青年じゃねえか!」
ジョンも小さな声でジミーに囁いた。
「案外好き同士かもな」
「あぁ」
ジミー達の声が泉から聞こえていたのか、船長は大御婆様の頬を突として離し、慌てて水面を覗き込んだ。
「何ぃ~っ、好き同士。ダメだッダメだッ! ミーシアっ、そんな男に引っ掛かっちゃ~ダメだぁ~ッ!」
そして船長は水面をかぶりつくように見始めた。
「ジョセフ、この人達は誰だか解るな」
「はい、父上!」ダレル王に返答する間も、ジョセフはミーシアから目を離さなかった。
「おいっ、今、父上って言わなかったか?」
「空耳だろ」
「いや、今確かに言ったような気がしたんだけどなぁ~」ジミーは顎を摘み眉間に皺を寄せた。
「紹介しておこう。私の息子のジョセフだ」ダレル王がミーシア達に言った。
「おいっ、まさかの展開になって来たぞっ!」
「そのようだなっ!」
ジミーもジョンもえらく驚き、楽しそうに喜び合っている。
ミーシアは王子と解っても、動じる事なく平然とした態度でジョセフ王子を見つめている。
「みなさんには私の息子が乗った船を助けて頂き、なんとお礼を申し上げてよいやら感謝の言葉もない。ジョセフ、お前からも礼を言いなさい」
ジョセフ王子は、ダレル王に向かって小さく頷くと話し始めた。
「みなさん、あの時は救って頂きありがとうございした。みなさんが居なければ、私達は今ごろ、海底で永遠の眠りについていた事でしょう。今日は感謝を込めて、盛大にもてなす準備を整えますので、どうかみなさんゆっくり寛いでいってください」
謁見の間での挨拶が終わると、各自寝室に案内された。ジミーはライフパルス号に使いを出して料理長達を呼び寄せた。
その夜ラドゥール城では、大広間で盛大な歓迎の社交パーティーが執り行われた。演奏隊は上品なクラッシクを奏で、場を一段と優雅な空間に作り変えていた。大テーブルには食べ切れない程のご馳走が並べられ、そのご馳走の合間に間隔を置いて所々にキャンドルが置かれている。シャンデリアの光は女性を美しく照らし、部屋全体に敷き詰められた絨毯は、ペルシャ製の足音も立たない程の分厚い絨毯だ。
ミーシア達は王様が用意してくれたドレスに着替え、男達もタキシードに袖を通した。赤鼻のじいさんの赤い蝶ネクタイは、自慢の鼻より赤かった。
食事がある程度済むと、ゴッズだけはずっと食事中だが、演奏隊はバラード調の音楽を奏で始めた。その甘いメロディーに誘われるように、ジョセフ王子が優美に席を立った。一歩ずつ優雅に歩を進めた先は……、ミーシアの座るテーブルだった。
「踊って頂けますか?」ジョセフ王子がミーシアに手を差し出した。
ミーシアは顔を上げジョセフ王子の瞳を見つめると、ジョセフ王子の手の平の上に、ドレスコーディネイトされた、シルク素材の白く長い手袋を嵌めた手を重ね合わせた。そしてミーシアはエレガントに席を立つと、ジョセフにエスコートされてダンスホールに優美に歩いて行った。パーティーに来賓された女性客は羨望の眼差しで二人を見つめた。片方の手を握り合いながらホール中央に二人は立つと、ミーシアは空いている手をジョセフ王子の肩に添えた。ジョセフ王子もまたミーシアの腰に手を回した。
「こらっ、くっつき過ぎだぁ~っ! 腰の手を離せッ!」
船長は凄まじい鼻息を荒げ、これまでにないほど興奮している。
二人にスポットライトが降り注ぐように演奏が一時止み、まるで恋人同士のように二人だけの世界で見つめ合うと、演奏隊が新たな曲を奏で始めた。美しいメロディーに合わせて身体を揺らし、夢のようなひと時をミーシアとジョセフは楽しんだ。
テーブルで座るキャシー達は、うっとりとした表情で二人を見つめている。紅鯨団の男達は、自分達の娘がもうこんな年頃になったのかと温かく見守っていた。
二人の魅力ある舞は、可憐に、そして優雅に、時には魅惑的に、テーブルに座るすべての者の瞳を惹きつけた。そのあまりにも魅力的な二人に、来場していた伯爵夫人もうっとりとしていた。ミーシアと同じ年頃の貴族階級の娘達だけは、ミーシアに嫉妬しているのかハンカチを噛み悔しそうな表情を見せていた。
水面に映るミーシアとジョセフ王子の顔が近づく度、
「おいおいっ、顔が近過ぎるッ! 離れろ離れろッ!」
と船長は、二人がキスをしないか心配でならないようだった。
再度二人の顔が近付いた時、
「初めて君を見た時から、どうやら僕は君に恋してしまったようだ」
「まだ知り合ったばかりなのに、そんな簡単に恋しているなんて言っていいの?」
と二人はさり気なく言葉を交わした。
「じゃあ何て言えばいいのかな?」ステップを踏みながらジョセフ王子が言った。
「それはあなたが考えて」ジョセフ王子の腕に支えられ、ミーシアが身体を反らせた時ミーシアが答えた。
ミーシアとジョセフに触発されたトニーは、
「お嬢さん、僕と踊って頂けますか?」
とキャシーに手を差し伸べた。
「ええ喜んで!」
二組目のカップルがダンスホールに向かった。
スーザンは、次は私の番だわ! と期待に胸を膨らませていたが、一向に誘って来ないゴッズに、どういう事だとばかりに目を向けると、ゴッズは両手にチキンを持ち、右手、左手と、まるで親の仇のように忙しなくチキンにかぶり付いていた。
「ダメだわこりゃ~」スーザンがぼやいた。
アリスとカトレーナも、貴族階級の年頃の男の子に誘われてダンスホールに向かった。
「マダム、よろしければ?」赤鼻のじいさんは、高年齢の御夫人を誘った。
「えぇ、ムッシュ!」
難なく赤鼻のじいさんは誘い出す事に成功した。
「マドモアゼェ~~~ル」料理長はそう言うと、素晴らしく優雅に手を差し出した。
「ウイ」素晴らしく太った女性が料理長とホールに向かった。
ジミーも無言で女性に手を差し出した。女性は「フンッ!」とそっぽを向いて何処かに行った。
再びダンスホールでは、赤鼻のじいさんが御夫人と踊りながら、ミーシア達二人の横に並び、
「わし達の娘に手を出したら、たとえ王家の人間でもタダじゃおかねぇからなッ!」
とジョセフ王子に脅しを掛けた。
「よしいいぞ赤鼻、よく言った!」
興奮しながら水面をかぶり付くように見ていた船長が、鼻息を荒げ言った。
「ただし、ミーシアがあんたの事を好きなら話は別だがな!」
赤鼻のじいさんは片目を瞑りジョセフに言った。
「こらっ赤鼻っ、なんて事を言うんだッ!」
私はクスッと笑った。こんな船長を見ていると、永久に子離れ出来ないだろうなと思った。同時に、船長のようなユニークな父親を持つミーシアが羨ましいとも思った。
演奏が次の曲に入ると、紅鯨団の男達複数人が席を立ち、何やら演奏隊の方へと向かって行った。一人が演奏する楽器隊からバイオリンを借りると、演奏されているクラッシクにアップテンポなコミカルミュージックを取り入れた。それに合わせて楽器隊がアドリブを織り交ぜ曲調を合わせた。他の男達も楽器隊からそれぞれの楽器を借りると、最終的には紅鯨団の楽器隊が、胸弾むコミカルな演奏で場を盛り上げた。ダンスホールではそのリズムに合わせ、スキップしたり飛び跳ねたり、ある一定の間隔を置いて「へェ~イ!」と皆が楽しそうな声を上げた。
パーティーが最高潮に達した時、船員達は酒もかなり入って気分が高揚していた。赤鼻のじいさんが上着を脱ぎ、蝶ネクタイを外してシャツのボタンに手を掛けた時、船員達は赤鼻のじいさんの上にダイブするように覆いかぶさった。そんな中、ミーシア達二人はパーティーを抜け出して、バルコニーで夜空を眺めていた。
「星空がキレイだね」
「ええ」
星空がまるで夜空に宝石を鏤めたように輝いていた。手すりを掴むミーシアの手の上にジョセフがそっと手を重ね合わせた。ミーシアはジョセフの顔を見上げた。二人は見つめ合い、その見上げているミーシアの唇に、ジョセフの唇が重なり合った。
月がやさしく二人を照らしていた。
昨夜の船長の興奮を抑えるのは、大御婆様はさぞかし骨が折れた事だろう。ミーシアとジョセフがキスをした時、
「うおぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~ッ!」
と泉の周りを唸りながら走り回った船長は、大御婆様の前を通る度、
「うるさいわい! 静かにしておれ!」
と杖のこぶで何度も頭を小突かれ、それでも唸りながら走り回る船長に、大御婆様は背中に飛び乗り押さえ込もうとしたが、歳を召されて小さく背の縮んだ体重の軽い大御婆様は、熊のように大きな船長を止める事は出来なかったので、魔法で自分の体重を、泉を一周する事に50キロずつ増やしていった。魔法で体重を増やしてから、泉を三周回った時ようやく速度が落ちて来たが、それでも船長は唸りながら回り続けた。最終的に船長が速度を止めた時には、船長は泉を五周していた。
この日朝早くカイルはラドゥール国を発った。書状をミンティアの国王に届ける為だ。書状を届け終わるとまたラドゥールに戻る事になっていたので、ライフパルス号はそれまでラドゥールの港に碇泊する事になった。ミンティアまでの距離は、片道一日もあれば着港するので、遅くとも二日でカイルは戻ると言い残した。
ミーシアにとって、ラドゥールで二日も滞在出来るのは願ってもない喜びだった。
ジョセフはミーシアをデートに誘い、ミーシアは快くお受けした。その日ミーシアは海賊服に袖を通す事なく、女性らしい衣服を身に纏った。カトレーナはミーシアにメイクして行くよう勧めたが、しかしミーシアはメイクをした事がないと言ったので、「ミーシア、私に任せて」と、アリスがミーシアのメイクアップを買って出た。
メイクを仕上げ、姿見の前に立つミーシアはいつになく美しかった。
「王子様とデートなんて、素敵よねぇ~」
キャシーは胸の前で両手を組み、夢見る少女のように言った。
「ゴッズなんて昨日のダンスの時、私よりチキンの方が大事だったのよッ!」
スーザンはまだぼやいている。
「あなた達二人はどうなのよ? あの男の子達といい感じだったじゃない」
キャシーがアリスとカトレーナに聞くと、
「別に趣味じゃないわ!」
「私も」
と二人はまったく興味のない様子だった。
「そういや昨日パーティーの時ミーシア途中で居なくなったわね。どこ行ってたの?」
次はキャシーがミーシアに尋ねた。
ミーシアは頬を赤く染めた。
「怪しいわねぇ~ミーシア、もしかしてキスでもしたんじゃないのぉ~」
更にミーシアは顔を赤く染めた。ミーシアは掌をパタパタさせて顔に風を送った。
「ミーシア、あなたわかりやす過ぎ!」
側で居たアリスやカトレーナ達も笑っている。
「二回目にしてキスを許すなんて、ミーシア、もっとじらさなきゃダメよ! 男の子なんて者はすぐつけ上がるんだから」
キャシーはトニーにつけ上がられた経験があるのか、男のうんちくを並べた。
「その口調じゃ、キャシーはどうやらキスはとっくの昔に済ませたようね」
アリスが確信を持って言い放った。
「ん~、まあね!」キャシーはさらっと言った。
スーザンは羨望の眼差しでキャシーを見ている。
「じゃあこれからキャシーの事は、恋愛マスターって呼ばなきゃいけないわね!」
冗談交じりにアリスが言うと、
「やめてよぉ~っ、お願いだから人前ではそんな風に呼ばないでよ!」
キャシーが笑顔を絶やさず拒否し、女の子達は声を出して笑い合った。
ジョセフとの待ち合わせは、城内の中庭にある噴水だった。ミーシアが噴水に行くと、ジョセフはもうすでに噴水の縁に腰を下ろして待っていた。
「ごめんなさい遅くなって、だいぶ待ったんじゃない?」
「僕もついさっき来たところだよ」
城の二階の窓からは、キャシー達が微笑ましい温かな笑顔で二人を眺めていた。
「あの二人ほんとお似合いね」カトレーナが言った。
「でも明後日にはここを経つんでしょ? なんだかかわいそうよね」
スーザンがちょっぴり悲しそうな表情で言った。
「でもミーシアはこれから女船長として海を旅するんだから、いつでもこの国には来れるわよ」とアリス。
「それもそうよね」スーザンの顔に笑顔が戻った。
ミーシアとジョセフは噴水でしばらく話した後、仲睦まじく中庭を歩き、城の外へと出て行った。白樺並木の小路を歩く二人は、どことなくぎこちなく、それでいて初々しい恋人同士に見える。
船長は、ジョセフが水面に映るといつもやかましく怒鳴り立てるので、大御婆様が魔法を使って、絶対に剥がせない魔法のテープを船長の口に貼った。それでも船長は塞がれた口の中で、言葉にならないもごもごと言った音をしきりに立てるので、
「黙って見ておれ!」
「うぅ~、ううう~う、うう~っ!」
「何を言っておるのかさっぱり解らん!」
「うう~っ!」
「全然解らん!」
「ううう~っ!」
「大人しく見ておれんのじゃったら、天界に降ろしてしまうぞ!」
と、その気も無いくせに大御婆様は脅しを掛けた。この一言は船長にかなり効果的だった。それ以降船長は大人しくなったのだ。だが大御婆様は念のため魔法のテープは剥がさないでおいた。
「ミーシアの好きな食べ物ってなんだい?」
「ん~、エビかな。でも何でも食べるわよ。小さい頃はトマトが苦手だったけど、でも今は平気、今は好き嫌いはないわ」
「そうか、エビが好きなんだ。じゃあランチはエビの美味しい店に行こう! 『Kappa AB 店』って言う大エビフライの美味しい店があるんだけど、そこのタルタルソースがまた絶品なんだ」
「うわぁ~、楽しみだわぁ~!」
「そこの女将さんがまた面白い人でね。この前行ったとき、『ライスをお代り』って店の従業員に皿を渡したら、それを見ていた女将さんが、その従業員に何て言ったと思う?」
「何て言ったの?」
「方言のある口調で、『三粒だけ入れたって』だってさ」
「ほんと面白い女将さんね!」
「だろ! でね、その女将さんが僕の横で賄い飯を食べ始めたんだ。そのとき女将さんのお冷が無くなり、従業員の女の子に『ちょっとお水入れて』と女将さんがコップを差し出したんだ! 僕は堪らず従業員の女の子に言ってやったもんさ。女将さんの方言のある口調を真似てね」
「何て言ったの?」
「『三滴だけ入れたって』てさ。そこに居た常連客とその時は笑い合ったもんだよ」
「よくその店に行っているのね」
「そうだね。そこの女将さんは僕の事を特別扱いしないから、気兼ねなくその店には足を運べるんだ。ミーシアを早く紹介したいなぁ~その女将さんに」
「楽しみだわ」
ランチまでの時間、ジョセフはラドゥールの街を案内して回った。アクセサリーが店先に並んでいる露店を見つけてミーシアが立ち寄ると、ジョセフが優しくミーシアに言ってくれた。
「どれか欲しい物はあるかい?」
「あれかな……」
ミーシアが遠慮がちに指差したのは、シンプルなシルバーのリングだった。
「これください」
ジョセフはミーシアが遠慮する前に、素早く主人に金貨を握らせた。
「いいの……、頂いても……」上目遣いにミーシアが問いかけた。
「勿論さ!」
ミーシアの顔がぱっと華やいだ。
「旦那、細かいの持ってないですかい? 金貨じゃお釣りがちょっと無くて……」
「じゃあいいよ取っといて」
「ダメですよ、これじゃあ多すぎる! それじゃあ旦那、このお揃いの男性用のリングを持って行って下さいな」
ジョセフは照れながらミーシアの顔色を窺った。
ミーシアは嬉しそうに、何度も うんうん! と頷いている。
ジョセフは照れながらミーシアに向けて肩を竦めた。主人から指輪をジョセフが受け取ると、早速ミーシアの左の薬指に嵌めてあげた。
「ありがとう。大切にするね!」ミーシアが笑顔で言った。
次にジョセフが自分の指にリングを嵌めようとすると、
「ちょっと待って、私が嵌めてあげる」
と、ミーシアがジョセフの左の薬指にリングを嵌めてあげた。
船長がまた唸り始めた。大御婆様は杖のこぶで船長の頭を小突くと、船長に向けて顔を横に振った。船長は大人しくなった。
お昼時、二人は『Kappa AB 店』に足を運んだ。この街では評判の店だけあって店内は大賑わいだ。
「女将、二人大丈夫かい?」店に入るなりジョセフが言った。
「ちょうど今二席空いたからすぐテーブルを片付けるよ。あそこの席に座って待っとくれ」
二人は小さなテーブル席に向かい合って腰を下ろした。従業員が前の客の皿を片付けに来てくれ、その後、お冷とおしぼりをテーブルに運んで来てくれた。
「私、こんな大衆のお店って大好き。王子さまっていつももっと上品な所でお食事するのかと思っていたわ」
「父上には内緒なんだけどね」ジョセフがミーシアに向けて片目を瞑った。
ミーシアがくすっと笑った。
「あんたのこれかい?」
女将が直々に注文を聞きに来てくれ、ジョセフに向けて小指を立てた。恰幅の良い黒縁メガネの愛嬌ある女将が、笑みを浮かべ片目を瞑った。
ジョセフは顔を赤らめた。
「ご注文は?」女将が言った。
「大エビフライを二つ頼むよ!」
「今日は活きの良いのが入ったばかりだから、特に美味しいよ!」
「それは楽しみだなぁ~!」
「ホント楽しみね!」
しばらくすると普通のエビの十倍はありそうな、大きなエビフライが野菜の上に盛り付けられて来た。エビの横には自家製のタルタルソースが小鉢に盛られている。
「うわぁ~っ、ホントすごく大きいのねぇ~。私こんなの初めて見たわぁ~!」
「だろっ、味も格別美味しいよ! さあ、冷めない内に早く食べて」
「ええ、頂くわ」
肉厚の凄い大エビフライは、一口サイズに切っても身の大きさが見るからに凄かった。
「ぷりっぷりぃ~、美味しぃ~っ! これを食べたらクセになるわね」
「だろっ、何回食べても飽きないよ! ここの大エビフライは」
「うん。わかる! 私これからこの港に立ち寄ったら必ずここへ来るわ!」
「その時はぜひとも僕も誘って欲しいもんだね!」
「もちろんよ! でも支払いはジョセフ持ちね」冗談交じりにミーシアが言うと、
「ああ、もちろんさ!」真面目なジョセフは素直に返した。
午後からミーシアは劇場に案内された。オペラの開演は午後七時からだったので、まだ開演していなかったが、ジョセフはこの劇場の支配人も顔馴染みなのか、練習風景を覗かせてもらった。舞台の上で役者達がソプラノの声で歌い始めた時、ミーシアは胸の前で手を組み合わせ感嘆の声を上げた。
「次にラドゥールに滞在する時には必ず来ようね」
「ええ、ぜひ連れて来てもらいたいわ」
二人は照明の落とされた最後尾の客席で手を握りあった。
その日の夜、ラドゥール城での晩餐のメニューには、エビフライが入っていた。ミーシアとジョセフは互いに見つめ合い、二人してクスッと笑った。キャシー達はエビフライを美味しい美味しいと言って食べていたが、ミーシアとジョセフはもっと美味しいエビフライを、今日は食べて来たという事を、二人だけの秘密にしておく事にした。
夜遅くミーシアは、夜風に当たろうと部屋を出て廊下を歩いていた。そのとき廊下の先にジョセフを見つけた。驚かせてみたくてミーシアはそっと近付いたが、ジョセフはミーシアに気付く事なく部屋の中へと入った。つまらなそうな顔をしてミーシアがドアの前を通り過ぎようとしたが、その直後、部屋の中から言い争う声が、ミーシアの耳に飛び込んで来た。
「どうしてダメなのですかッ!」ジョセフの声だ。
「そんな事はお前も解っておろう!」国王の声だ。
ジョセフの返答は無かった。
「いいかジョセフ、あの子は仮にも海賊だ! お前は私の王位を継承し、この国の未来を担っていかなければならない立場なのだぞ! 自覚を持てジョセフ! あの娘はお前にふさわしくない事ぐらい、お前も気付いているはずだ!」
「でもミーシアは僕にとって……」そのあとジョセフは言葉を続けなかった。
「お前の花嫁となる者は、やはり一国の姫でなければいけないのだ。わかるなジョセフ! それはお前がこの国の王の息子に生まれた定めなのだ……」
国王の最後の言葉はむしろ憐れんだ声に聞こえた。
ミーシアはその場を駆け出した。仲良く歩いた中庭を駆け、待ち合わせた噴水の所までミーシアは来ると、水面に自分の顔を映し出した。悲しそうな瞳から滴が零れ落ちた。ミーシアは涙を拭き取った。しかし涙は後から後から零れ落ち、水面に波紋を広げた。
ミーシア自身王家のプリンセスなのだから、名乗り出れば済む事だと私は思ったが、しかし水面に映し出された悲しいミーシアの表情を見ていると、そんな事を考えているようには思えなかった。私と船長は水面に手を触れてみた。ミーシアの悲しさに孤独する寂寥とした気持ちが伝わってきた。
「バカな娘だ。死んだ俺の事を今でも考えてやがる……」
もうすでに口のテープを剥がされている船長が言った。
ミーシアの心は、船長の娘としていつまでも生き続けたいというものだった。船長を立て、自分は王家の娘である以前に、船長の娘でいつまでもいたいという思いだった。そしてミーシアはこうも思っていた。本当に私を必要としてくれるのなら、私が王家のプリンセスだと名乗り出なくても、たとえ私が海賊の娘でも、どんな障害があろうと私を選んでくれるはずだと……。そしてその障害を乗り越える気持ちがジョセフに芽生えた時、私は海賊の娘であるが、王家の娘でもあると名乗ろうとしていた。
やはりミーシアは大御婆様以上に頑固な性格をしていると私は思った。普通なら、何を置いてもプリンセスだと名乗るのが人間の本質だが、わざわざ遠回りしてまでも真実の愛を探し求めている。そんなミーシアだから皆ミーシアを好きになるのだろう。私はそんな娘の性格を愛おしく思えた。
明くる日ミーシアは、ジョセフの前で何事もなかったように振る舞っていたが、やはりどことなくぎこちなかった。そしてジョセフもまたどことなくぎこちなかった。
二人の気持ちは自身が気付かない内に、揺れ動いているのだった。




