第二十八章 『炎王の背中』
六日目にしてミンティアの港に入港したライフパルス号は、港で人々の歓迎を受けていた。その理由は、ピーターを乗せた民間船がミンティアの船だったからだ。
「まさかこんなにも街の人達が歓迎してくれるなんて……」アリスは驚いている。
ミーシアは歓迎の理由を知ると、ピーターと会いたくて仕方なかった。
(どうしているのだろう……。まだ悲しみから立ち直れないでいるのかなぁ~……)
水面を私と同じように触れていた船長も、
「ミーシア、探して会いに行ってこい」と、ミーシアと同じ思いだった。
「みんなわがまま言っていいかなぁ~」ミーシアが突然切り出した。
「どうせ言い出したら聞かねえんだから、早く言っちまえよ!」
ジミーが仕方ねえなぁ~! というような顔をして言った。
「みんなで手分けして、あの民間船に乗っていたピーターを探して欲しいの……」
ミーシアが気持ちを込めて言った。
「心配なのねミーシア……」アリスがそれに答えた。
予定ではまずミンティア城を訪れるはずだったが、予定を変更してピーターを探す事になった。するとカイルが、
「それじゃあ、私は先に城に行って事情を報告しておく。それと王にもお願いして、兵士を動員してもらいピーターを探させよう」
と提案を述べると、
「それは名案ねカイルさん」とカトレーナが逸早く称賛の声を上げた。
各自手分けして聞き込みを開始してピーターの家を探したが、めぼしい情報は得られなかった。停頓するピーターの行方に、ミーシアは失意し掛けていたが、昼過ぎ、ミンティアの兵士がピーターの家が解ったと報告をくれた時、女の子達は飛び上がって喜び合った。
「良かったわねミーシア!」
「うん」ここ数日で一番良い笑顔をミーシアは見せた。
ピーターの家屋に、大勢で押し掛けても迷惑だという事で、ミーシアとアリス、それにカトレーナと三人で訪問する事になった。坂道を歩き、目前にピーターの家を見付けた時、ピーターは屈んで、一人家の前で地面に枝で絵を描いていた。
「ピーター!」
ミーシアはピーターを見つけるや否や、嬉しさの感情を声色に出して叫ぶように声を掛けた。
ピーターは振り返り、ミーシアの姿を目で捕らえると、
「お姉ちゃん!」と嬉しそうな声を上げて、一目散にミーシアに駆け寄り胸に飛び込んだ。
ミーシアはピーターを抱きかかえたまま、グルリと回転してピーターを楽しませた後、屈んでピーターを強く抱きしめた。
「元気だったピーター?」
「うん!」
家のドアが開き、中から出て来た老婆がミーシアに目をくれると、ミーシアに向けて深々と頭を下げた。ミーシアはピーターを抱きしめたまま会釈し、そして老婆に招かれピーターと共に家の中に入った。
「先日は助けて頂きありがとうございました。こんな貧しい家庭なのでお礼は出来ませんが、お茶でも飲んでいって下さいな」老婆が細やかなる気遣いをしてくれた。
ミーシアはあえて遠慮する事はしなかった。それは逆に、余計に相手に気を遣わせる事になると思ったようだ。
ミーシアはお茶を淹れてくれる間、室内をさっと見回した。稼ぎ時の息子を亡くした老婆にとって、孫を養って行くのはキツイ事だと認識出来るほど、家の中は生活するのに必要な物以外は何も無かった。
お茶をご馳走になりながら、ミーシアはアリスとカトレーナと一緒にピーターと楽しいお話しで盛り上がった。ミーシアは心の中にわだかまっていた物が一つ消えたように思った。水面に触れるとそれが感じ取れた。
(ピーターは、お父さんとお母さんを亡くして淋しいながらも、元気に笑顔を絶やさず生きている)そう思うだけでミーシアの心は、悲しさの悪魔に掴まれていた手が、自分の心を離してくれたような気になった。恐らく船長もこの思いを水面から汲み取り、ミーシアと同じ気持ちになっている事だろう。
「そろそろ行きましょうか」しばらくしてミーシアがアリス達に言った。
「もう帰っちゃうの?」
「えぇ、また遊びに来るからね!」ピーターの頭を撫ぜながらミーシアが言った。
「ほんとだよ。絶対だよ。約束だよ!」
「ええ、約束するわ!」
ミーシアは小指を差し出した。ピーターの小さな小指がミーシアの小指を掴んだ。
「わざわざ来て頂いたのに何のお構いも出来なくて……」
申し訳なさそうに老婆が言うと、老婆はミーシア達を玄関まで見送ってくれた。ミーシアは椅子から離れる間際、気付かれないように、そっと手紙と金貨の入った袋を椅子の上に置いて帰った。
私の娘は、船長の優しさを立派に受け継いでくれていた。私は横に佇む船長に感謝すると共に、立派に成長してくれた娘に、愛おしさと嬉しさで胸が熱くなった。
「ミーシアめ、なかなかやりよるわい。さすが俺の娘だ!」
誇らしそうな船長を見て、いや、見なくても、私もミーシアが誇らしかった。
家の前からミーシア達の帰って行く後姿に、ピーターと老婆はいつまでも手を振り続けてくれていた。
「よかったわねミーシア。ピーターが元気でいてくれて」
「うん」
ミーシアは温かい笑顔をアリスとカトレーナに向けると、三人で振り返り、遠くからまだ手を振り続けてくれているピーターと老婆に、ミーシアとアリスとカトレーナは笑顔で大きく手を振った。
「よく戻って来てくれた」
孫の顔を見て父が満面の笑みを浮かべた。母も同様にこの上なく嬉しそうに顔を綻ばせた。
「して今日はゆっくり滞在出来るのだろう?」
「ええ、おじいさま、おばあさま」
声を聴いた父と母は、顔をしわくちゃにして本当に嬉しそうだ。
「明日の朝一番でフレイムマウンテンに登りますが、帰りにまた城に寄らせてもらいます」
「ずっと居てくれても構わんのだよ」
父の言葉に、ミーシアが困った顔をした。
「ミーシアをあまり困らせるものではありませんよ」母が父を窘めた。
この日の晩餐も豪勢な食べ物がテーブルに数多く並んだ。ゴッズは食べ物を見た途端、ぐう~っとお腹の虫を鳴らして、一番乗りでテーブルに着いた。
父と母のすぐ近くに座るミーシアは、父と母によく懐き、最近ではあまり見せなくなっていた二人の笑顔を引き出してくれた。
船員達は酒が入ると、いつも以上に饒舌になり、父と母を楽しませてくれた。そして例の如く晩餐の締めには、赤鼻のじいさんが皆に押さえ込まれたのは言うまでもない。
明くる朝一番で起きたミーシアは、私の墓に花を供えてくれた。ミーシアが墓の前で目を瞑り私を偲んでくれていると、そこにカイルも花束を持ち現れた。
「えらく早起きだねミーシア」
「そういうカイルも」
カイルは墓の前で、幼い頃の私達の思い出をミーシアに語ってくれた。
「カイルは好きな人は居なかったの?」私とエゼルドの思い出話が終わると、唐突にミーシアが尋ねた。
「勿論いたさ。君のお母さんにそっくりな人が」
「えっ、カイルはあの人の事が好きだったの?」
よく四人で遊ぶ幼い頃から、エリーザを見つめるカイルの瞳に、慕う気持ちが含まれている事を私は知っていた。
「ああ、これは内緒だよ」
「でも悲しいね。叔母があんな……」ミーシアは言い駆けて言葉を飲み込んだ。
「気を遣わなくても大丈夫だよミーシア。言いたい事はわかっている」
カイルは遥か遠くの空を切ない目で眺めた。
ミーシアはカイルの気持ちを察し、それ以上何も聞く事はしなかった。
フレイムマウンテンの火口を目差したメンバーは、前回と同じメンバーだった。火口の側まで来ると、暗黙の了解でミーシア一人を火口へと向かわせた。
「よくぞ戻ったな小娘!」炎王が鋭い牙を見せ言った。
「ええ、必ず聖なる剣を持ってこの地に戻って来るって言ったでしょ」
聖なる剣を右手に掲げ、ミーシアは炎王にその剣を見せた。
「そうだったな、さあわしの背に乗れ!」
炎王がミーシアに背を向け少し屈んでくれた。ミーシアは、右手に持つ聖なる剣を腰の鞘に仕舞い込むと、ジャンプして炎王の背に飛び乗り、太い首を強く抱き締めた。船長の胸に抱かれるようなそんな温もりを、ミーシアはこのとき感じていたのかも知れない。
「しっかりと掴んでおくのだぞ!」
そう言うと炎王は地を強く蹴り、船のように長い翼を大きく羽ばたかせ、もの凄い速度で青空へと上昇した。ミーシアは猛烈な風を全身に受けながら、初めて大空を舞う喜びを炎王の背で味わった。
「小娘、わしを呼び出す時は、聖なる剣に強く念じるのだぞ。お前の心はきっとわしに届くはずだ!」
「ええ、わかったわ!」
火口付近でミーシアの吉報を待っていた子供達は、火口からミーシアを背に乗せたドラゴンが、大空に向かって羽ばたく姿を確認した時、
「上手く行ったようねミーシア!」
「本当だ!」
と慈愛に満ちた眼差しでミーシアを見守ってくれていた。
フレイムマウンテンを下山した一行は、ミンティア城に立ち寄った。
「ミーシア、クイーンローズ島に帰港する途中、ラドゥール国に立ち寄って、これをラドゥールの国王に渡してくれないか?」父が書状をミーシアに手渡した。
「勿論、喜んで承るわ!」ミーシアは胸躍り心弾んだ。
「はて……、喜ぶ理由でもあったかのぉ~」顎髭を指で弄びながら父は首を傾げた。
ミーシアは「いけないっ!」と素早く口に手を当てた。その傍らではキャシーがクスクスと笑っていた。
書状の内容は、ザルーラ国と交戦中のラドゥール国に、『ミンティア連合王国は援助の手を惜しまない。我々もザルーラ国に対して徹底抗戦の意志がある』というものだった。
明くる朝ライフパルス号は、ラドゥール国目指して旅立つのだった。




