第二十七章 『出逢い』
「どうしてオレ達は付いて行っちゃダメなんだよッ!」トニーが声を荒げた。
「それはその……」
「もしかして、オレ達が居ると海賊に遭遇した時に戦えないからかッ!」
ミーシアは唇を噛みしめ俯いた。
「オレ達の事を心配して言っているのならミーシアそれは間違いだッ! ミーシア、心配はありがたいが、オレ達は自分達で考えた末、結論を出した事だッ! オレ達が万が一死んでもオレ達が自分で決めた事だッ! ミーシアに責任は無いッ!」
「そうよミーシア、私達はミーシアと共に戦いたいのッ! カイルさんに剣術を教わったのだって、自分で身を守るために強くなろうと決めたの! だからお願いミーシア、私達も旅に連れて行ってッ!」
ミーシアの瞳は涙で前が見えなくなるくらい涙を溜めていた。……涙が頬を伝った。
「あなた達が死んだら、お父さんやお母さんが悲しむわ……」
それ以上にミーシアも悲しむだろう。
「そんなの関係ないよッ!」珍しくマーカスが声を荒げ熱く言った。
「それはダメッ! あなた達を連れて行く事はやっぱり出来ない……」
ミーシアは皆の意見を振り払い、背を向け一人ライフパルス号に歩いて行った。
水面からそれぞれの気持ちが伝わって来た。ミーシアは友達の事を思い、そしてまた子供達はミーシアの事を思っていた。互いを思い合うが故の、切なくも勇気ある決断だった。
明くる朝に出航を控えた波止場での出来事だった。
「あの子達を危険な目には合わせられない。やはり俺でもミーシアと同じ事をする」
船長もどうやらミーシアと同じ考えのようだ。
明くる朝、船は日が上る前に港を後にした。目指すはミンティア連合王国だ。
水平線にライフパルス号が消えた頃、船底の倉庫の中から、暗闇に紛れて声を落とした話し声がしていた。
「もうそろそろ出て行っても大丈夫なんじゃねえか?」
「ダメよまだ! あまり港から近過ぎたら引き返されちゃうもん」
「僕もその意見に賛成です」
「腹減ったなぁ~」
「ゴッズもうちょっと辛抱しなさいよ!」
「それよりみんな親には何て言って来たの?」
「オレ達は黙って出て来た。お前達は?」
「私達も同じ……」
横を見ると船長が頭を抱えて悩んでいる。
「あいつらぁ~、やりやがったぁ~……」
子供達が倉庫に隠れているのが見付かったのは、夕刻になってからの事だった。
「誰だッ、そこに居るのはッ!」見つけたのは飲んだくれのジョンだった。
ダイニングで夕食を皆が摂っている時、ジョンに連行されて子供達は皆の前に姿を現した。
「あなた達ぃ~っ」驚いたミーシアが声を上げた。
「やっと飯にあり付けるぅ~」
キャシー達が済まなさそうな顔をしている最中、ゴッズだけはテーブルに駆け寄りパンを頬張った。
「みんな腹減ってるだろ? こっち来て早く食え」
ジミーの言葉は子供達にとってありがたかった。厳しく怒られると思っていたからだ。
「ミーシア、来ちゃった!」
悪戯が見つかった時のように、明るく振る舞ったのはキャシーだ。
「この船の料理が食べたかったの!」
両肩を竦めて冗談を言ったのはアリス。
「最近トロントちゃんの顔を見てなかったからさぁ~」
そう言ったのはスーザン。スーザンの足元ではトロントが、「ブヒ、ブヒィ~!(やっぱりおいらは、このスーザンの大根のような足が大好きだなぁ~っ!)」と顔をスリスリしている。
「もしも怪我をした時には医療班が要るでしょ!」
続いてカトレーナも可愛らしく肩を竦めた。
「何も言うな、何も言うなよ!」
とトニー。
「航海士がいないと何かと不便かと思いまして」
とマーカス。
「明日の稽古は何時からかなぁ~?」
とデビット。
ゴッズはすでに両手に食べ物を握って頬張っている。
「もぉ~う、泣かせないでよ!」
嬉しさに涙したのは私の娘だ。
「いいかいミーシア、オレ達が勝手にした事だ! だから何が起ころうとミーシアに責任はない! もう何も言わないでくれ!」
最後にトニーが一言いった。
「もぉ~う、あなた達ったらぁ~」
嬉し涙を溢してミーシアは唇を噛んだ。
明くる朝早くから、いつものようにカイルの稽古が始まった。マーカスも稽古の時間は、舵をジミーに任せて稽古に参加していた。
ミーシアは聖なる剣を使いこなせるようになる為、皆とは別に一人特訓に励んでいた。
「どうだいミーシア、稲妻は出せるようになったかい?」
ミーシアが海に向けて稲妻を出す練習をしている所へ、カイルが歩いて来て言った。
「いいえ、それがおかしいの。うんともすんとも言わないの」
「もう一度振って見せてくれるかい?」
「えぇ」
ミーシアは上段に構えると、聖なる剣を頭上から振り降ろした。やはり静電気一つ刃先からは出なかった。
「ちょっと貸してくれるかい」
「どうぞ」
カイルはミーシアから聖なる剣を受け取ると、何度も剣をひっくり返し、何か変わった所はないか真剣な眼つきで剣を見定めた。
「う~ん、特に変わった所はないが、どうして鍔の中央にクリスタルが埋め込まれているのだろう。装飾を施すにしても何故クリスタルなんだろうか?」
これといって変わった点はカイルも思い浮かばなかったようだ。
「そうよね、私も気になる所はそれくらいしか思い浮かばなかったわ。どっかにスイッチがあったりして」
「ん、ミーシア、案外それかも知れないぞ」
「でもスイッチなんて見当たらないし」
私は大御婆様の顔を見た。
「いい所まで理解しとるんだが、う~ん、どうしたもんかのぉ~」
「ばあ様、スイッチがあるのか?」
「ヒントをやろう。ヒントは指輪じゃ!」
「指輪っ! 指輪にヒントが隠されているのか?」
「これ以上は教えられん。教えて欲しいなら何か面白い事を言え!」
「ばあ様、最近笑いに飢えてねえか?」
「バカ者、飢えとるんじゃなくて、お前の笑いのセンスを上げてやろうという親心じゃ! 愛は世界を救うように、笑いは世界を笑顔に変えるのじゃ!」
「出たっ、全然笑えねえ神ジョーク!」
こんな感じで毎日楽しく私達はやっていた。
ミーシアが顎を右手で掴んで頭を傾げた。
「クリスタルに指輪の石を当てるとスイッチが作動したりして」
「まあそんな単純な物ではないと思うが、試しに一度やってみてはどうだい?」
「まさかこの指輪をこうしてクリスタルに当てるだけで何か起こるなんてあり得ないわ……」
ミーシアは期待せず指輪の赤い宝石を、カイルが持つ聖なる剣のクリスタルに当ててみた。するとクリスタルの色が黄色に変わった。
二人は驚きに顔を見合わせている。
水面を見つめていた船長も、驚きに口をポカンと開けて銅像のように固まっていた。
「カイル!」
「ミーシア!」
二人は時間差で笑いが込み上げて来たのか、先程までの悩んでいた顔付きが何処かへ消えていた。
「もう一度当てたらどうなるのかしら?」
「当ててみるといいミーシア!」
ミーシアはもう一度宝石をクリスタルに当ててみた。次はブルーに変色した。
またまたミーシアとカイルは互いを見つめて笑い合った。
「もう一度だ!」
「ええ!」
次は赤に変色した。
「やったなミーシア!」
ミーシアはカイルから剣を受け取ると、早速水平線に向けて聖なる剣を振り下ろした。凄まじい轟音と共に、刃先から岩をも溶かせそうな火炎が飛び出し、水平線の彼方まで水飛沫を上げて勢いよく飛んで行った。
「スゴぉ~い!」ミーシアが声を上げた。
甲板に居たすべての者が、顔を火炎が飛んで行った方向に向けて驚きに固まっている。
「何、今の?」キャシーが声を漏らした。
「なんだなんだぁ~、何が起こったんだぁ~っ!」
舵を取るジミーが唸った。ジミーは紐で舵を括りつけ、ミーシアの許へ駆け出した。
甲板に居た者すべてが、ジミーより先にミーシアに駆け寄っていた。
「ついに聖なる剣の謎が解けたのですね」マーカスが笑顔で言った。
「すごいじゃなぁ~いミーシア!」キャシーがミーシアの肩を叩いた。
「もう一度やって見せてくれ!」赤鼻のじいさんは煙草を突き出し言った。
「じいさんまさか、今の炎で煙草の火を点けてもらおうってんじゃないだろうなぁ~」
ジミーが言った。
「やっぱりダメか!」
「じいさんごと燃やされちまうぞ」
そこに居るすべての者が声を上げて笑い合った。
ミーシアはもう一度指輪をクリスタルに当てた。次は元の透明色に変わった。更に指輪を当てた。また黄色に変色した。
「行くわよ。みんな退って」
そう言うとミーシアは、水平線に向けてもう一度剣を振り下ろした。刃先から稲妻が走り、勢いよく遥か彼方まで飛んで行った。
「スゲぇ~ッ!」声に出したのはトニーだ。
皆、感動の声を上げている。
「青は何だろ?」
「さあミーシア、やって見せてくれ!」カイルがもう一度剣を振るよう促した。
クリスタルを青色に切り替えたミーシアは、三度聖なる剣の力を知る事となった。刃先から出たブリザードは、海面を凍らしながら彼方まで吹き抜けて行った。
ミーシアはこの日を境に、紅鯨団の女船長を名乗る決意を固めた。
「ばあ様、あんな物騒なもの振り回していたのかぁ~?」
「あぁ、バーベキューする時には重宝したわい」
「ばあ様にしちゃ~、今のはまあまあだったなぁ~」
この二人は本当に仲が良い。見ていて本当の親子のように思える。
その日の夜ミーシアは、前もって用意していた海賊服に袖を通した。動き易そうな丈の短い白いワンピースは、ミーシアの純粋な心を物語っている。ひざ下まである長い革製の茶色のブーツは、靴底に改良が加えられていてとても動き易そうだ。上から羽織られた茶色の革製のコートは踝まであり、袖はタイトなラインを強調した折り返しのある長袖だ。胸元が見えるよう切り込まれたコートは、ミーシアの女らしさを強調している。そのコートの上に巻かれたベルトはバックルがドクロだ。頭に乗せた海賊帽は、両サイドが巻き上げられ正面はつばが伸びている。その巻き上げられた横には紅鯨団のシンボルでもあるビッグママが焼印されている。
最後にミーシアは胸元に四葉のブローチを付けた。
「キャァ~、ミーシアかっこいい!」
「すごくセクシーよミーシア!」
女の子達は、ミーシアの着替えた姿を見て羨ましそうな声を上げた。
ミーシアは腰に手をやり少しポーズを執ってみせた。
「ミーシア、あなた舞台女優にでもなれるんじゃない」
「でもミーシア、少し太股出し過ぎじゃない?」
スーザンの言葉にミーシアは顔を赤らめた。
明くる朝一番、ミーシアは昨晩袖を通した海賊服を着て日課のマストに登っていた。最近ではジミーから遠眼鏡を借りっぱなしだ。レンズの中にミーシアの円らな瞳が映った。
「三隻船が見えるわね」
ミーシアの覗く先には三隻の船が並んで見えた。両サイドの船はライフパルス号に船尾を向け、挟まれている真ん中の船はライフパルス号に船首を向けていた。
ミーシアはそれぞれの掲げる旗を睨んだ。
両端の船はザルーラ国、挟まれている船はラドゥール国の船だった。二つの国が対立しているのをミーシアは知っていた。ラドゥール国がどういった理由でザルーラ国と奮戦しているのかミーシアは知る由もなかったが、ザルーラの船を目前にしたミーシアにとって、ザルーラは敵以外の何者でもなかった。私は水面に触れてみた。ミーシアの心にメラメラと攻撃の感情が湧き上がっていた。その逸る気持ちを心に描いた刹那、ミーシアはロープを伝って降りていた。
「戦闘を開始するわよ!」その威厳のある声はまさに女船長だ。
ミーシアの言葉に反対する者は誰一人としていなかった。
各自が快諾の返事をすると、総員が戦闘準備に取り掛かった。
「ビッグママ、速度を上げて!」
ミーシアが叫ぶと、ビッグママはライフパルス号の下に潜った。
ミーシアは船首に立ち右手に剣を掴んだ。女船長として初の戦闘だ。
「みんな行くわよッ! 私に続いてぇ~ッ!」
「オォォォ~~~ウッ!」ライフパルス号の上で船員達の歓声が一つになった。
ミーシアは船首に立ち、クリスタルを赤にして、まだ砲弾も届かない距離から、火炎を左方に見えるザルーラ船のマストに放った。轟音と共に水飛沫を上げて炎がマストへと勢いよく走って行った。ザルーラの船員達は、迫り来る業火を驚嘆した表情で見過ごす事しかなかった。挟まれていたラドゥール船の甲板に立つ船員達は、何が起こったのかと驚きを隠せないでいる。
「みんなよく聞いて、接舷して移乗攻撃ではリスクが高過ぎる。だから出来るだけ遠くから私が攻撃し、後は二人に任せる。私が合図したら二人共お願いね! ビッグママから酸素を分けてもらうのよ!」
キャシーとアリスは手開け式ドリルを片手に、「任せといて!」と返事を返した。二人は泳ぎが得意だった。
「ミーシア、オレ達にも出番をくれよ!」
「無理を言わないの!」
ミーシアがトニーに言った。
「必要ないと思うけど、一応大砲の準備もよろしくね!」
「アイアイサー!」ボーゲルトが直立不動の気をつけの姿勢を取り、こめかみに掌を当てて敬礼のポーズを執った。
「もしも残ったザルーラ兵がラドゥールの船に移乗攻撃を仕掛けていたら、その時はみんな乗り込むわよ!」
「そうこなくっちゃ!」トニーはいつになく喜んでいる。
ミーシアは、もう一度右方に見えるザルーラ船に火炎をお見舞いしてやった。続いてクリスタルを黄色に変えて、両サイドの船に強烈な稲妻を一撃ずつお見舞いした。船の側面に大きな穴が開いた。ザルーラ兵達は沈みゆく船を放り出し、我先にと海へ飛び込んだ。この攻撃でキャシーとアンナが海に潜る必要はなくなった。
「もぉ~うミーシア、私達の出番がないじゃない!」キャシーが笑顔で言った。
ミーシアもクスっと笑っている。
ザルーラ船二隻は沈没し、ライフパルス号はラドゥール船の横に接舷しかけたが、ラドゥール国の船の上には、こちらが加勢しなければいけない程のザルーラ兵はいなかった。なのでライフパルス号は船を止める事なくゆっくりとラドゥール国の船の横を通過する事となった。
すれ違い様、ラドゥール船の船首に立つ容姿端麗な青年が、ライフパルス号の船首に立つミーシアの瞳を見つめ、
「ありがとう。僕の名前はジョセフ。ジョセフ・ローレンスだ! 君の名は?」
と声をかけた。
「私の名はミーシア! また会いましょう」
ミーシアも青年の瞳を見つめ言った。
船がすれ違い距離が徐々に離れていく間も、二人は視線を外さず互いに見つめ合い、次に逢える事を心より望んだ。胸の内から湧き起こる高鳴りが自身の胸をときめかせ、ほんの一瞬の出来事だが、一秒一秒が緩やかに流れる二人だけの時間を感じていた。惹かれ合う二人にとって次に再会を果たせたら、永遠の喜びに溢れる幸せな時間が待っているように思えた。そんな二人の感情が水面を通し伝わった。青年は大人へと、少女は女性に変わり行く素晴らしい瞬間だった。
「おいっ、ミーシアっ! 男をそんな目で見つめるもんじゃないっ!」
水面に映るミーシアを見て船長が焦りながら言った。
私は、ミーシアがもうそういう年頃になったのだと、切なくも嬉しさに満ちた愛おしい気持ちになった。私の横では船長の、
「ダメだダメだッ! ボーイフレンドなどまだ早過ぎるッ!」
と、いつまでも親離れ出来ない様子が見ていてカワイらしかった。
「ミーシア、あなたさっきの男の子に恋したんでしょ?」
戦闘態勢を解いて、またミンティアに航路を戻した時キャシーが言った。
「何言ってんのよっ、そんなんじゃないわよっ!」
「ムキなる所を見ると、どうやら図星のようね」
キャシーがからかうように言うと、ミーシアの顔は夕日が差したように赤くなった。
「もぉ~うキャシー、からかわないで!」
ミーシアの顔に吹きつける潮風が、ミーシアの火照りを心地よく癒すのだった。




