第二十四章 『フレイムマウンテンのドラゴン』
大海原を航行するライフパルス号は、十一月の太陽の下、帆を張り、壮大な風を受けてミンティア連合王国を目差していた。ビッグママが赤く描かれた紅鯨団のシンボルマークでもある旗を、潮風が勢いよくなびかせている。
校長先生は学校という職務があるので同行は出来なかったが、子供達は、校長先生の説得のもと両親に許可をもらい、フレイムマウンテンを目差していた。
「さすがスマートの一番弟子だな!」舵を取るマーカスを見てジミーが言った。
甲板では、マーカス以外の子供達がカイルに剣術を教わっていた。
「少し休憩しよう」カイルが子供達に言った。
子供達は額に汗をかき、疲れ切った表情でぐったりと甲板に座り込んだ。
数日前子供達は、カイルに剣術を教えてもらえるよう頼み込んだのだ。カイルは頼まれたとき躊躇したが、子供達の真剣な眼差しに押され、護身術として剣術を身に着けるのならそれも何らかの役には立つだろうと承諾したのだった。
以外にもあの体力の無かったゴッズが、力だけは人一倍強いものだから、カイルに筋が良いと一言褒められると、本人は俄然ヤル気になり、見る見ると体力を付けて行ったのだ。
「ゴッズ、もう全然息切らせてないじゃない」スーザンが言った。
「えっ、ああ、でもまだまだこれからさ!」
首に掛けているタオルで額の汗を拭いながらゴッズが言った。
「どうマーカス。順調に進んでいる?」
「ええ、このまま行けば後三日でミンティアには着きますよ」
マーカスがミーシアに答えた。
航海から五日目、船は順調に航路を南へと進めていた。甲板では今日も厳しい剣の訓練が執り行われていた。
「いいかいみんな、これまで基本を叩き込んで来たが今日から実戦に移る」
「やったぁ~っ!」声を上げたのはトニーだ。
「実戦と言っても、君達にはこれを使ってもらう」
カイルが用意したのは木製の剣だった。
「本物の剣と比べてかなり軽くなっているから、振り回すのは今までより楽だと思うが、だからと言って剣筋の基本は忘れず、教えた型をしっかりと頭に入れて振るように!」
「はいッ!」皆が声を揃えた。
「それではまずゴッズとデビットから始めよう。前に出て!」
「はいッ!」二人が声を揃えた。
「それでは始めようか!」
二人は向かい合うと互いに一礼を交わした。
まずデビットが切りかかった。ゴッズはそれを左手の盾で受け止め、右手の剣でデビットに斬り掛かった。デビットもそれを左手の盾で受け止めた。二人は素早く後ろに一歩下がり一度距離をとった。子供達は「おぉ~っ!」と歓声を上げている。
再びデビットが剣を振りかざし勢いよく振り下ろした。ゴッズはそれを右手に持つ剣で払い除けた。デビットの剣が右手から離れ弾き飛ばされた。
「止め、そこまで!」
二人はまた向かい合い一礼をした。
「やはりゴッズは握力と腕の力がズバ抜けて強いらしいな。デビット、彼の剣を捌こうとするなら、盾を使うか、もしくはもう少し君も握力を付ける事だな」
「はい、カイルさん」
「では次はトニーとキャシー!」
「はいッ!」
「見てらっしゃいよ、ギャフンと言わせてあげるから!」
「キャシー手加減してやるよ!」
二人は前に出ると、互いに一礼して所作を重んじた。
「始め!」
仕掛けたのはキャシーからだった。連続する攻撃をトニーは難なく剣で受け止め交わしている。
「言うだけの事はあるわね!」
剣で迫り合いになった時、顔を近付けキャシーが言った。
「それはどうも!」
互いに剣で力比べになって離れしな、キャシーが力に押され尻もちを着いた。
「そこまで!」
トニーが手を差し伸べキャシーを起こした。
「今日のあんた、何かカッコ良く見えるわよ」
「どうもお姫様!」
「何かあの二人、最近すごく仲良くなったと思わない?」
ミーシアがカトレーナに尋ねた。
「ミーシア知らなかったの? あの二人ずいぶん前から付き合っているのよ」
「ええ~っ、そうだったの?」
知らなかったのは、どうやらミーシア一人だけだった。
二人が付き合い出したのは十七歳を過ぎて間もない頃、二人で最後の石板を探している最中に、トニーが勇気を振り絞り、切り出したのが始まりだった。
「オレ達ってずっと一緒にいるよな」
「当り前じゃない。石板を探す班が一緒なんだから」
「いやそう意味じゃなくて……」
「じゃあどういう意味よ」
「いや、その、だからそのぉ~……、付き合いが長いというかぁ~……」
トニーは頭を搔いた。
「今日のあんた何かおかしいわよ」
キャシーの言葉に、下を向いてもじもじとしていたトニーが、頭を掻いていた手をおもむろに下ろし、顔を上げ、真剣な表情で真っ直ぐにキャシーを見つめた。
見つめられたキャシーは、トニーの初めて見せる真剣な面持ちに、どう対応していいやら解らずオドオドし始めた。
「何よ……、また私に何か文句でも言おうっていうの」
トニーは切ない目をキャシーに向けた。そして一呼吸置くと、堰を切ったように一気に言葉を吐いた。
「オレと付き合って欲しいんだ!」
トニーの意外な言葉に、キャシーは呆然とした顔をしている。
トニーは続けざまにもう一度言葉を吐いた。
「オレの彼女になって欲しいんだ!」
トニーの突然の告白に、キャシーは訳が解らずただ呆然と突っ立っていたが、砂時計の砂が落ちていくように徐々に言葉の意味を理解すると、首から頭の天辺まで熱した鉄のように赤くなった。
「何言っているのよ! バカじゃないの!」
キャシーは照れ隠しに言葉を吐きながらトニーに背を向けた。
トニーは肩を落とし表情を曇らせた。
「あなたは小さい頃から散々《さんざん》私をイジメて来たんだから……──」
キャシーの言葉にトニーは更に肩を落とし、ガクンと項垂れ落胆した表情になった。
「──これから先、私をずっと守って行ってくれるって約束するなら、考えてあげない事もないわよ」
後ろ手に掌を組みながら、空想の小石を蹴るように右足を動かしキャシーが言った。
「本当かキャシーっ!」トニーの表情に再び明りが差した。
そしてこの日以来二人は互いを意識し始め、これまでにない思いやりの心で互いに信頼を深め合って来たのだ。
「それにゴッズとスーザンも付き合っているのよ」
「うわぁ~っ、知らなかったぁ~っ!」
意外な事を聞かされたミーシアは、本当に驚いた顔をしている。
私の横では船長が、
「キャシーとトニーならお似合いだな」と腕を組み笑顔で頷いていた。
それからカイルの指示の下、カトレーナはアリスと対戦し、ミーシアはスーザンと対戦した。結果はアリスが勝利、ミーシア達は勝負にならなかった。スーザンは構えた時からガタガタと震え出し、緊張し過ぎて、始める前からボトリと甲板に剣を落としてしまったのだ。
「ミーシア、それでは私が相手になろう」
結局ミーシアの相手はカイルがする事になった。ミーシアは胸を借りるような気持ちで力を存分に発揮した。ミーシアの攻撃は一度もカイルに触れる事はなかったが、カイルはミーシアの動物のような野生の鋭い動きに、前途有望な可能性を見ていた。
(この子は教えれば教えるほど技を習得して行くだろう。この素早い身のこなしは天性のものだ。それに直感力もズバ抜けている。こいつはひょっとすると化けるかも知れないな……)
水面から伝わって来たカイルの心情だ。
しかし私と船長も、親としてミーシアのこれからを危惧するばかりだった。そんな私達二人に大御婆様は優しく微笑み掛けて下さった。
六日目、船はミンティアの港に入港した。港街は活気に溢れ黒山の人盛りで大賑わいだ。
「すごい人の数ね、私達の田舎街とは比べ物にならないわね」
「ほんとだな、道を進むのに一苦労だぜ」キャシーの横を歩くトニーが言った。
「こっちだ!」先を歩くカイルが振り返り子供達を手招いた。
船員達も下船していた。それはミーシアの母君の墓に皆で参ろうという事になっていたからだ。皆さんに会える訳ではないけれど、私を尋ねて来てくれるような気持になり、私は嬉しさのあまり感謝の心で胸が熱くなった。
「見てぇ~っ、サルの曲芸やってるよ!」スーザンが指を差した。
物珍しさに子供達は曲芸の前に駆け寄った。
衣装を着たかわいいおサルさんたちが、笛や太鼓のリズムに合わせて宙をクルリと回ったり、台から台へ移動したり、火の点いた輪っかの中を飛び越えたりして観客を喜ばせている。
「こんにちはおサルさんたち」
ミーシアが何気なしに声を掛けると、サルたちは曲芸を止めてミーシアに駆け寄った。
「ちょっとミーシア駄目じゃない。曲芸の邪魔しちゃ!」キャシーが窘めた。
「いっけなぁ~いっ!」
ミーシアは悪戯の見つかった子供のように、舌を出して自分の頭を小突く真似をした。
曲芸を仕切っている団長は、
「おいおいお前たち何処に行くんだっ!」と大慌てしている。
「おサルさんたちゴメンなさいね、曲芸の邪魔をして。さあ戻って」
一番小さな手の平サイズの子ザルは、ミーシアを気に入ったのか、ミーシアの頭の上でまだ飛び跳ねている。
「さあ、あなたもみんなの所に戻って」
ミーシアは自分の頭の上に両掌を運ぶと、子ザルはミーシアの掌に飛び乗った。子ザルはバク転を掌の上で一度披露すると、またサルたちの所に駆けて行った。
「ミーシア、さあ急ごう」
「わかったわカイル、今行くわ!」
ミンティア城は街を過ぎて小高い丘の上にあった。その威風堂々とした佇まいは重みのある石造りの塀で囲まれ、古来からの歴史を感じさせる古色蒼然とした重圧感を醸し出している。城を囲む堀には正面の門まで橋が架けられるようになっているが、その橋は防衛策のため吊り上げられていた。
カイルが門番に帰国を告げると、直ちに橋が下ろされ門が開かれた。
謁見の間に通されたカイル初めミーシア達は、父と母が入室するのを待った。父と母がドアから入って来ると、カイルは片膝を着き頭を下げた。ミーシア達もそれに習った。
「よく戻ったカイルよ。面を上げなさい」父が言った。
カイルはゆっくりと顔を上げ、右手を胸に当てた。
「よくぞ孫を連れて帰ってくれた。さあ皆も顔を上げなさい。よく顔を見せておくれ」
年老いた父は昔ほど威厳のある風格は持ち合わせていなかった。私が亡くなった事や、エリーザの失踪の件もあったせいか随分と年老いた気がした。
父の横に座る母も、以前にも増して年老いた顔になっていたが、ミーシアの顔を見た途端、笑顔になり幾分若返った気がした。
「おぉ~ぅ、君がミーシアだね! よくエレーナに似ている」
「おじいさま、おばあさま、はじめまして」
ミーシアの声を聴いた父と母は、互いに笑顔で顔を見合わせ、この上なく喜ばしい表情を見せた。
「これで王位継承の問題に悩まされる事は」
「その事なのですが王様」カイルが割って入った。
「おじいさま、おばあさま、私、王位継承は致しません」
ミーシアもカイルを差し置き割り込んだ。
カイルは「あちゃ~!」と目を覆い隠した。王位継承の件に関しては、カイルから王様と女王様に説明すると、前もってミーシアに言っていたのにも拘らず、ミーシアがハッキリと結論から切り出したからだ。
「どういう事だね?」
父は狐につままれたような顔をした。横では母が口に手を当て目を丸くしている。
ミーシアの後ろに控えている子供達と船員達は、ミーシアらしい発言に、また始まったとクスッと笑っていた。
「私にはやるべき事があるんです」
「やるべき事?」
「はい、父と母、そして片足のとうさんとスマートを殺した、ザルーラ国とクラーケン海賊団を討ちたいのです。そして裏で糸を引く最大の敵も……」
「最大の敵……。それは誰かね?」
「叔母のエリーザです」
「エリーザ? 何を言っておるのだねミーシア! エリーザが最大の敵などと……」
「いえ、それは本当です。先日我々はエリーザ姫に襲われました」カイルも意見した。
「そんなバカな……、エリーザがザルーラ国に加担しているなどと……」
「王様、信じられないでしょうがこれは紛れもない事実です」
「大御婆様も言っていました」
「大御婆様とは誰だね?」
「ミンティアの神話に出て来る私と同じ名の」
「それはあり得ん。あの方は私が生まれるずっと以前にこの世を去られた御人。その方が現れるなどある訳がない」
「いえ、本当です王様。私も含めここに居る子供達全員が証言者です。必要とあらばもう一人の証言者も連れて参りますが」
「もう一人の証言者?」
「ミーシアが通っている学校の校長先生です」
「校長先生までもがエリーザやミンティアの守護神を見たというのか!」
「はい、王様。私達はムーンライトマウンテンで聖なる剣を入手しようと訪れた時、エリーザ姫が現れ、私達は襲われたのです。大変申し上げ難いのですが、姫君はもう、以前の優しいエリーザ姫ではなく、悪魔に取り憑かれているご様子でした」
父と母は蒼白になっている。
「そしてその襲われた際に、天から現れ救って下さったのが、ミーシア・ベネット・ウォールデン様なのです」
横を見ると最近船長の影響をもろに受けている大御婆様が、「イエーイ!」と私に向けてピースサインを送って来ていた。
「そんな事があっただなんて……」
父は、良識ある校長先生までもが証言者だとお聞きになった時から、ミーシアやカイルの言葉を信じ始めたようだ。
「で、大御婆様は何とおしゃっておったのだ!」
「ミーシアに、エリーザ姫とやり合うには、空からも攻撃出来ねば不利なので、フレイムマウンテンに行き、この世で一番永く生き永らえているドラゴンを仲間にしろとおっしゃいました」
「なるほど、それでミンティアに君達は訪れたのだね」
「はい、でもそれもありますが、お母さんの墓に参らせてもらおうと思って……」
父は、それは良い事だと何度も小さく頷いた。
「事情はわかった。王位継承の件はさておき、大御婆様がそうおっしゃったのなら事態はどうやら深刻のようだ。ましてやエリーザが係わっている以上、ミンティアにとっても重大な問題だ。私達も力を貸そう。遠慮なく何なりと言ってくれ!」
その夜一同は盛大な歓迎の晩餐を受けた。船員達は美味しいお酒にありつけ満足し、子供達は次々に運ばれて来る豪勢な料理に舌鼓を打った。そして宴もたけなわになる頃、赤鼻のじいさんはいつも以上に酔っぱらい、裸踊りを始めようとしたが、それに気付いた船員達に馬乗りにされて止められた。
明くる朝一番、ミーシア達は私の墓の前で、私を偲び黙祷を捧げてくれた。私はそこには居ないが、しかし水面を通し天からその光景を見ていると、その光景はとてもありがたく、とても温かいものだった。ありがとうミーシア、そしてみなさん……。
フレイムマウンテンへの出発の時刻、父はミーシア達に護衛団を同行させようと言ってくれたが、ミーシアは頑なに断った。仲間になってもらいにお願いに行くのだから、護衛を同行させて行くのは失礼だと言い張ったのだ。ミーシアらしい言い分だった。船員達も付いて行こうか? とミーシアに言ったが、やはりミーシアは断った。しかしミーシアがジミーに言った。
「私達が帰った時には、いっぱい美味しい料理を用意して待っててね」
「よし、わかった!」
結局フレイムマウンテンの旅は、子供達とカイル一人が同行する事になった。カイルは子供達に、万が一の時に備えて剣と盾を装備して行くように言ったが、ミーシアは必要ないと言った。しかしカイルは、これを持ち山へ登るのは修行の一環だと言ったので、子供達はそれならと納得したのだ。
山の麓まで来るとミーシアは大きな声で鳥たちを集め、この山に棲むドラゴンについて鳥たちに尋ねた。
「鳥さんたち。この山に棲むと言われているドラゴンに会いたいのだけど、教えてくれない?」
知らないと言う数々の種類の鳥たちの中で、一羽だけドラゴンについて知る鳥がいた。
「えらく武装して『炎王』に会いに行くんだな!」
そう言ったのは、紅と黒のコントラストが印象的な嘴の長いキツツキだった。
「いいえ、武装して来たのは、これは私達の訓練も兼ねて来ただけで、ドラゴンとは何の関係もないわ!」
「本当か? もし嘘だったらこのリーゼントさまが許さねえぜ!」
「本当よリーゼント、私を信じて……。紹介が遅れたけど私はミーシアよ」
「よしわかったミーシア、お前を信じよう!」
「それでなんだけど、その炎王の所へ案内して頂ける?」
「ああ、それは構わないが、炎王は頂上の火口のずっと奥に棲んでいるから、とにかくお前らは頂上まで来い。そこで待っててやるから」
「わかったわリーゼント。それじゃあそこまで行くからその時はお願いね!」
「ああ」そう言うとリーゼントは翼を広げ飛び立った。
「やはりミーシアの読みは当たっていたな。ミーシアの言っていた言葉でわかったよ」
トニーが言った。
「えぇ、動物たちは武装すると警戒するのよ。だから火口の近くまで行ったら剣と盾は置いて行くわ」
「どうやらそれが得策のようだね」カイルが言った。
「でもいつ噴火が起こるか解らない火口の中に入るの?」
「スーザン、その心配には及ばないですよ」マーカスが説明を始めた。「フレイムマウンテンの噴火は過去六百年前にあったきり、それから噴火活動は一度もしていません。現在では、過去に噴火活動の記録がある山は全て活火山と定義されているだけなのです」
「それを聞いて安心したわ」
「それじゃあみんな、そろそろ行きましょうか」
こうしてミーシア達は山頂を目指した。
今回ゴッズは中腹に到達しても根を上げず体力は万全だった。それとは逆に、ミーシア以外の女の子達は、重い物を持って山を登るのは慣れていないのか、
「さすがに剣を腰に差して、なおかつこの重い盾を持って山を登るのは、すごくキツイものがあるわね……。カイルさんが修行の一環だと言ったのが解かる気がするわ……」
とキャシーが息を切らせながら疲れた声で言うと、他の女の子達も相当疲れていたのか、息を切らせて「本当ね……」と納得していた。
「でも頑張りましょう。この前見た敵を思えば、少しでも力を付けておかないとこっちがやられてしまうわよ!」しっかり者のアリスは前向きな意見だ。
「確かにそうね。ナースを目差している私でさえも、あの敵を見たら少しは力を付けとかなきゃと思うもの」カトレーナも素晴らしく前向きだ。
「私、ちょっと休憩したいんだけどダメかなぁ~っ……」スーザンが一番に根を上げた。
「よし、それじゃあみんな少し休憩しよう」
カイルの言葉に、強がっていたアリスとカトレーナまでも、へなへなと地面に腰を下ろした。
男の子達はまだ体力が残っているのか、女の子達の横で剣の組合を始めた。ミーシアはそれを見て、私も仲間に入れてと名乗り出た。
「ミーシアったら、どんな体力しているんだろう……。あのスタイルのいい細い腕で、なんで軽々とまだ剣を振っていられるのかしら……」キャシーがアリスに言った。
「きっとミーシアは、私達の誰よりも努力しているのよ」
「努力?」
「そう、ミーシアは決意を決めた日からずっと身体を鍛えているのよ。私達が休んでいる間もね」
「そうだったんだぁ~、私知らなかったわ……」
「あの子はやると決めたらそういう子なのよ」
「私達もこうしちゃいられないわね!」
キャシーの言葉に、
「でももう少しだけ休憩させてね……」と、スーザンが息を切らせながら言った。
「さあそろそろ行こうか」まもなくしてカイルが子供達に出発を告げた。
頂上への道のりは険しいものだった。二千四百メートルを優に超えるフレイムマウンテンは、登れば登るほど地上に比べて酸素が薄くなり、酸欠状態になりやすかった。頂上まで行くにも一苦労なのに、重い武器を持っての登山は、子供達にとって過酷な試練だった。頂上付近を訪れた時には、ミーシアでさえ少し息を切らせていた。
「それじゃあこの辺りに武器を置いて行こうか」
「その事なんだけど、私一人で行かせて欲しいの……」
言われたカイルは驚いた顔をしている。
「私、なんとなく解かるの。一人で行った方がいいって……」
言い辛らそうにミーシアが言った。
「それはどうしてだい?」
「説明するのは難しいけど、ギャスターの時もそうだったし、上手くは言えないけど、その方が良いような気がするの……」
「でもミーシア、相手はドラゴンなんだよ」
「えぇ、わかってる。でもやっぱりその方が良いと思うの……」
カイルは顎を掴みながら眉間に皺を寄せ、やや俯き加減でこの上なく困った表情を見せた。
「カイルさん。ミーシアのこれまでの直感は外れた事がないの。お願い、信じてあげて……」アリスが懇願するように手を組んだ。
「僕もミーシアの直感を信じます」マーカスも言った。
「私達も一人で行かせるのは心配だけど、ミーシアが言うならきっとそうだと思うわ」カトレーナもミーシアを信じていた。
他の子供達も頷いている。
カイルは子供達の信頼関係を改めて知らされた。見えない子供達の絆は、今は亡きカイルの腹心、エゼルドを思い出させた事だろう。
「そうか、君達がそう言うのならきっとそうなのだろう。さっきもそうだったように……」武装の事を思い出してカイルが言った。
ミーシアは間近に見える山頂を前に、武器を置いて一人歩いて行った。その後ろ姿をカイル初め子供達は、懸念と励ましの入り混じった瞳で見守るように見つめていた。
「リーゼント、来たわよ」
「あれっ、ミーシア一人なのかい?」
「ええ、ドラゴンにお願いしたいのは私だから、他の人は向こうで待っていてもらっているの」
「そうか、一応炎王には言っておいたよ。炎王は会ってくれるそうだ」
「そう、それは良かったわ!」
「それじゃあ行こうか。足元に気をつけてな」
「ありがとリーゼント」
ミーシアは火口に入るとリーゼントの指示に従い、険しい崖を慎重に足場を選び下って行った。火口の底まで到達すると、そこには船が一隻入りそうな程の大きな洞窟があった。
「ここね、炎王と呼ばれるドラゴンが棲んでいる所は」
「ああ、今呼ぶから、会って驚くなよぉ~っ! それはそれは凄いお方だからなぁ~!」
珍しく緊張しているのか、ミーシアはゴクリと生唾を飲んだ。
「炎王さまぁ~、到着しましたぁ~!」
洞窟の暗闇の向こうに、赤く鋭い眼が二つ光りミーシアを睨んだ。永く生き永らえているというその眼に睨まれたミーシアは、自分の全てを見透かされているような気がしていた。水面がそう教えてくれた。
「我こそは炎王なり!」
「人間の言葉が話せるの……」ミーシアが驚きに目を丸くした。
「千年も生き永らえれば人間の言葉くらい当然だ! わしに会いたいとは貴様か!」
「ええ、私はミーシア。あなたにお願いがあってここに来たの」
「ミーシア……。五百年前にもそのような名の娘が来たが……」
「それはきっと大御婆様よ」
「その血を引く者がわしに何の用だ!」
「巨悪な敵を討つ為、私を乗せて一緒に戦ってもらいたいの」
「ハッハッハッハッ!」炎王の声が暗闇で木霊した。「たかが二十歳そこらの小娘が、この千年生き永らえた炎王の背に乗り、わしを従わせるというのかッ!」
「従わせるなんてそんなこと思っていないわ! 仲間になって欲しいの」
「仲間……。巨悪な敵を討つと言うが、貴様が悪かも知れぬではないか!」
「私は悪じゃないわ。悪とは罪もない人を苦しめるのが悪よ! 私はそんな事はしないわ!」
「口だけは達者なようだな! だがわしの姿を見てもまだその威勢の良さでいられるかな!」
暗闇の中から一歩ずつ近付いて来る、地響きする炎王の重圧ある足音が、ドシンッ、ドシンッ! と火口に響く度、ミーシアの身体が少し浮いた。
ミーシアは心に決めた。例え狂暴なドラゴンが姿を現したとしても、これっぽっちも怖がらないと……。
暗闇の途切れるところで、鋭い爪の生えた太い黒光りする右肢が姿を現した。
続いて左肢が見えた。ミーシアは視線を上げた。横幅は三メートルもあろうかというほど巨大な体をしたドラゴンが、狂暴な顔付きでミーシアを見下ろした。そのドラゴンが翼を広げた。優にビッグママほどの大きさがあった。その翼を広げた風圧で足元の砂ぼこりが舞い上がった。
炎王は狂暴な鋭い牙がある大きな口を、ミーシアに向けて大きく開き威嚇した。炎王の咆哮がミーシアの髪を激しくなびかせたが、ミーシアは少しも動じる事なく炎王の鋭く血のように赤い眼をじっと見据えた。
「ほほぉ~う、度胸も尋常ではないほど持ち合わせているとは、大した娘だ!」
それを聞いてミーシアは少しホッとした。相手に恐怖が伝わらなかったのが分かったからだ。
「ばあ様、ミーシア一人で本当に大丈夫か!」船長が言った。
「一人であろうが百人であろうが、炎王の前では一緒じゃよ。あヤツが一度火炎を吹けば、百人の兵も一瞬で黒焦げじゃ。まあ黙って見ておれ、わしに似た性格を持ち合わせているのじゃから大丈夫じゃよ」
「ばあ様ぁ~、ばあ様に似てるから心配なんじゃねえか!」
「言うではないか!」大御婆様は大層嬉しそうだ。
「一人でここへ来た度胸は褒めてやろう。もしも一人でなければその時は皆死んでいたがな!」
やはりミーシアの直感は当たっていた。普通ミーシアの年頃の女の子なら、怖がって皆で行こうと言うだろう。しかしミーシアは、怖いからこそ度胸を試されているのだと理解していた。ギャスターとの件が強くミーシアをそう思わせたのだ。
「炎王、それで私のお願いは聞いてもらえるの?」
「千年も生きれば神と崇められる存在のこのわしが、小娘に従う訳にはいかぬ!」
「じゃあどうしたらお願いを聞いてもらえるの?」
「神の剣を持って来い! 神の剣を所有する者なら、わしも喜んでお前をこの背に乗せようぞ!」
「神の剣って?」
「聖なる剣の事だ!」
「わかったわ。必ず聖なる剣を持ってこの地に戻って来るわ!」
「健闘を祈る!」
そう言うと炎王は翼を広げ天高く舞い上がった。炎王が起こした羽風に飛ばされぬよう、ミーシアは足を踏ん張り腕で顔を覆った。
「リーゼント、ありがとね。道案内してくれて」
「いいってことよ。それよりがんばれよ、ミーシア!」
「ええ、また会いましょう。リーゼント」
フレイムマウンテンを下山した子供達は、まずミンティア城に立ち寄り父に報告した。そして聖なる剣を手に入れたら、またミンティアに再び戻ると言い残した。
別れ際、母はミーシアを強く抱き締めると、涙を流しながら孫に言った。
「ミーシア、必ず会いに来てね」
「ええ、おばあさま」ミーシアが笑顔で答えた。




