第二十三章『選ばれし者』
「ミーシア、いよいよ今夜ね!」
「ええ」
学校帰りミーシアは,白樺並木をカトレーナと歩いていた。
「で、その後どう、みんなの様子は?」
「とうさんとスマートが亡くなってからというもの、まだみんな糸の切れた凧のよう……」
「ごめんなさいミーシア、思い出させてしまって……。私そんなつもりで言ったんじゃ……」
「いいのよカトレーナ、気にしないで」
「本当にごめんね……」
「私なら大丈夫。とうさんとスマートは、私の心の中で生き続けているから……」
ミーシアは胸に手を当て言った。
「あれ誰かしら、ほらあそこ!」
不意にカトレーナが、少し先に見える木を指差した。カトレーナの指差す先には、白樺の木に背を預けて佇む男の姿があった。カイルだった。
ミーシアは背を向け、
「行こう、カトレーナ」
と、今来た道を戻って行こうとした。
「どうしたのミーシア、誰か知っている人?」
「いいの気にしないで、いいから気付いてないフリをして一緒に歩いて、理由は後で説明するから」
「待ってくれ、お願いだ!」だが早くもカイルはミーシアに声を掛け近付いた。
「カトレーナ、走るわよ!」
ミーシア達が駆け出そうとしたその時、
「ミーシアだね!」カイルがまた声を掛けた。
ミーシアは振り返った。
「どういうつもり、私の名前まで調べてッ! どうして私を付け回すのッ!」
「あの男に付け回されているの?」
ミーシアの言葉を聞いたカトレーナは驚いている。
「早合点するところもお母さんに似ているな!」
幼き頃から私の事を知っているカイルは、私の性格もよく知っていた。
「おかあさん……? 私のお母さんの事を知っているの?」
「ああ、君のお母さんもお父さんもよく知っている」カイルが近付きながら言った。
カトレーナは事情が呑み込めず首を傾げた。
「本当に君はエレーナによく似ている」
「エレーナ、お母さんの名前はエレーナって言うの?」
警戒しながらミーシアが尋ねた。まだ完全にカイルの事を信用していないのか、ミーシアは近付いて来るカイルを前に一歩後退さった。
「お父さんはエゼルド、私の幼馴染でもあり、私の主君でもあった。申し遅れたが私はカイル。カイル・バーネットだ」カイルが右手を差し出した。
ミーシアはカイルと聞き、船長の手紙を思い出した。指輪を狙う者という、何十年にも渡る自身の勘違いに笑いが込み上げて来たのか、ミーシアは堪えきれずプッと吹き出して笑い声を上げた。
「ごめんなさい、突然笑ったりして」更に笑いが込み上げて来たのか、耐えきれず右手で目を隠し、左手はお腹を押さえている。「でもおかしくておかしくて我慢出来なかったのっ!」
笑いが治まると、あらためてミーシアも右手を差し出した。
自身が笑った理由をカイルとカトレーナに説明すると、二人も笑わずにはいられなかった。
「それで先日は走って逃げ出したんだね!」
カイルはまた思い出し笑いした。
「私、あなたの話をたくさん聞きたいわ!」
「勿論だとも!」
「じゃあ私の家でじっくり話を聞かせて頂ける? カトレーナ、あなたも来るでしょ?」
「行ってもいいの?」
「勿論よ」
三人は白樺並木を通り、ライフパルス号に向かう間も話は尽きる事はなかった。私の幼い頃の失敗談の件になると、二人は夢中になってカイルの話に耳を傾けた。
「なんか似ているわね。ミーシアと」そのときカトレーナが言った言葉だ。
三人は港に着くと、まるで旧知の仲のように楽しく話しながら、タラップを渡り船に上がった。
甲板では男達が、初めて見る来客にきょとんとした目で見つめている。
「誰だいミーシア、そのイカした御方は?」聞いたのはジミーだ。
「紹介しとくわね。私のお母さんとお父さんの幼馴染のカイルよ!」
男達はミーシアの言葉に度肝を抜かれた。船長と話し合った結果、ミーシアを悲しませるといけないので、実の親の事は大きくなるまで伏せておこうという事で話は纏まっていたからだ。その何も知らないと思っていたミーシアが、いきなり実の親の幼馴染を連れ帰り、何食わぬ顔でその男と楽しく話しながら現れたのだ。
男達はミーシアの周りに集まった。
「ミーシア、知っていたのか?」
「ええ、少し前にね! とうさんが残してくれた手紙に書いてあったの」
「船長ぅ~、それならそれで俺達に言っておいて欲しかったもんだぜぇ~」
男達は船長らしいなと笑顔を見せた。どんな事でも船長の話題になると、男達は嬉しそうに笑顔を見せた。
「で、カイルの旦那。勿論こっちもイケる口なんでしょ?」
ジミーがカイルに向けて酒を飲む仕草を真似た。
「ダメよジミー。これからいっぱい話を聞くんだから!」
「ちぇっ、まあいいや。で、俺達もその話を聞かせてもらえるのかなぁ~」
「酔っぱらって聞かないって約束出来るなら、一緒に聞かせてあげてもいいわよ!」
「一杯だけでもダメか?」
「ダぁ~メッ!」
「わかったよ。でもどうせなら美味しい物でも食いながら聞こうぜ!」
「それは名案ね」
「よし、そうと決まれば、俺ちょっくら料理長の所に行って来らぁ~!」
「ええ、お願いね」
男達の、ミーシアの連れて来た友人は俺達にとっても友人だという姿勢は、まったく持って船長と同じだった。船長がこの泉に来てもうしばらく経つが、いつも面白く優しい船長は、人を惹きつける魅力ある男だ。船長と共に暮らして来た男達も優しさに溢れ、よきミーシアの理解者だ。そんな男達に囲まれて暮らすミーシアは、実に幸せな事だと私は思う。
「でもミーシアが生きていてくれて私は本当に嬉しい。何十年も探し続けた甲斐があったよ」ダイニングで料理が運ばれて来たときカイルが言った。
「私は今でもあの時の事はよく覚えている。君の父エゼルド王が、君と君の母エレーナ王女を逃がす為、私に命を下したのだが、私はザルーラ国の手先、クラーケン海賊団から君達を守れなかった」
「えっ、クラーケン海賊団……」
「ミーシア、驚かないで聞いて欲しいんじゃが……」
ミーシアの声に反応するように、赤鼻のじいさんが割って入った。カイルは二人の言葉と語調から、事の重大性を悟り一旦話を切った。
「今はミーシアに隠しておく必要も無いから話すが、わしらはずっとクラーケン海賊団を探していたんじゃよ。勿論わしらに言って来たのは船長さ。船長はミーシアのご両親を殺した仇を取ろうとしていたんじゃよ」
ミーシアは口に手を当て涙を浮かべた。
「わしらの中で誰一人として反対する者はいなかった。それはわし達の娘の親の仇は、わしらの仇でもあったからじゃ」
事実を知らされたミーシアは、顔を手で覆い隠し咽び泣いた。横に座っているカトレーナはミーシアの肩を優しく抱いた。
カイルは聡明な男だ。その会話を聞き、どういった状況の中、ミーシアが育って来たのかある程度理解していた。
「今は亡き船長は偉大な男じゃ。船長は育ての親になるが、本当に実の娘としてミーシアを愛し、ミーシアと共にずっと生きたいと誰よりも願っていたんじゃよ。言っておくが勿論わしらもじゃよ」
ミーシアは顔を覆い隠したまま、何度も何度も頷いた。
「すまんなぁ~、カイルの旦那、話を中断させちまって。船長もそしてスマートというこの船の航海士も、クラーケン海賊団につい最近やられたんじゃ」
「そうだったのですか、あなた達の思いには感服する限りです」
「話の腰を折っちまったが、よかったら旦那、話を続けてやってくれませんですか」
カイルは無言のまま頷いた。
ミーシアはカトレーナからハンカチを借りて涙を拭った。
カイルは頃合いを見計らって話を再開した。
「その時ミーシアを樽の中に入れて、私達三人で脱出するはずだったのですが、王女は矢に射貫かれ命を落とされたのです」
ミーシアは止まりかけていた涙をまた流した。
「今日はミーシア、忙しい日だなぁ~。止まったと思った涙がまた出てらぁ~」
アクセントが言うと、ミーシアは涙を流しながら笑った。テーブルはアクセントの言葉で和んだ雰囲気に変わった。
「私が海に飛び込んだ時には、ミーシアを乗せた樽は流され、私は王女を担ぎ陸まで泳いだのです。そして王女の御遺体をミンティアに運んだ時ふと気付いたのです。王女が嵌めているはずの指輪とネックレスが無い事に……。私はそれからミンティア連合王国の庇護の下、もしかすればミーシアが生きているのではないかと思い、一縷の望みを掛けてミーシアを捜索する事にしました。でもその甲斐あって、今日ミーシアを探し出す事が出来ました。でも当人は幼い頃から私を避けていたと、さっきミーシアから聞かされ三人で大笑いしましたがね!」カイルが笑顔に言った。
ミーシアとカトレーナも笑っている。
「どういう事なんですかい?」ボーケルトが尋ねた。
カイルはその話を男達に伝えると、男達は声を出して笑い合った。
それからカイルと男達は、自身がムアール国では騎士団長をしていた話から、ミーシアを樽から取り上げた時の話を笑いを交えて話していたが、場を一変させたのはカイルが話したミンティアの話題だった。
「ミンティアの現状からいって、王位を継承するはずだったミーシアの亡き母エレーナの双子の姉が、突然姿をくらませ行方が解からなくなったので、なのでミーシアには、ミンティア連合王国の王位を受け継いで頂きたく」
「ちょっと待ってくれ旦那っ! ミーシアと俺達はこれまで共に楽しくやって来たんだ。これからも俺達はミーシアと共に生き続けたい。そうだよなみんなッ!」ジミーが言った。
「そうだともッ!」興奮気味に男達は声を揃えた。
私の横では船長も興奮している。
「私、ミンティアには行かないわ!」出し抜けにミーシアが言った。
船長は納得のいく様子で、腕を組み水面に向けて頷いている。
男達も船長と同じ仕草をしていた。
「私にはやるべき事があるの!」
「やるべき事……」カイルは一言いうと、ミーシアに話す主導権を譲った。
「私はとうさんの後を継ぎ、この紅鯨団の女船長になるの!」
「よく言ったミーシア!」ジミーが合いの手を入れたが、次の瞬間、
「なにぃ~っ、女船長ぉ~?」
とジミー初め男達が、目を丸くしてミーシアの顔を見つめた。
「そう、私この海賊団を引っ張って行きたいの。そしてクラーケン海賊団とザルーラ国を必ず倒すわッ!」
「ミーシアっ、それはダメだッ、そんな危険なこと絶対ダメだッ!」
私の横では船長が、また興奮し始めたかと思うと、次はあたふたと焦り始めた。
「ミーシアっ、それはいけねえっ、そんな危険なこと絶対いけねえっ!」
ジミー初め男達は、船長とまったく同じ言葉を口にした。
「でも私もう決めたの。誰が何と言おうと私の決意は変わらないわ!」
男達は一斉に落胆の溜息を吐いた。ミーシアは幼い頃から一旦言い出すと、後には引かない性格だという事を男達は知っていたからだ。
「今夜も私、その為に出掛けるわ!」
「どういう事だミーシア?」赤鼻のじいさんが尋ねた。
「奴らを倒すには特殊な武器が必要なの。だから今夜私達は、聖なる剣を探しに行くの!」
「聖なる剣?」ジミーが復唱した。
「聖なる剣の在り処が解ったのかい?」聖なる剣と聞き、カイルも口を挟まずにはいられなかった。
「ええ、でもまだ今日手に入るかどうかは分からないけれど……」
「旦那、聖なる剣って何ですかい?」ボーケルトが尋ねた。
「聖なる剣はミーシアの高祖母、つまりミンティアの神話に登場する、ミーシア・ベネット・ウォールデンが持っていた剣なのです。その剣は、一度振るえば稲妻を呼びお越し敵を焼き尽くすと言われる程、強力かつ神力を兼ね備えた剣と言われている幻の名剣なのです。だがそれを見付けるには、まず石版を探さなければいけないはず……」
「ええ、すべて揃えたわ!」
「じゃあ本当に在り処が解ったのだね」
「ええ、そしてそれを手に入れる限られた日が今夜なの」
男達は、密かにミーシアが船長の仇を取ろうと活動していたのだと知ると、自分達がここ最近船長の事で、まだ落ち込んでいた事を恥じるばかりだった。
「ばあ様、どうにかばあ様の魔法でミーシアを止められはしないのか?」
「わしの血を引く孫じゃぞ。一度決めたら何があろうと止まる訳がなかろう」
「だからそこを魔法でだなぁ~」
「そんな魔法があったら、わしがもう使って、とっくの昔に世界を平和にしておるわい!」
「それもそうだなぁ~」船長は頭を抱えた。
「ミーシア、私も同行していいかい?」
「ええ、構わないわ。いいでしょカトレーナ」
「勿論よ! 何と言っても元騎士団長だもの。もしもの時その方が心強いし。ミーシア、早く学校に行きましょうよ! そろそろ集合の時間よ」
「ええ、支度するわ」
カイルがミーシア達に同行して学校に向かうと、男達はミーシアの言った事について話し合った。そして色々と意見が飛び交ったが、最終的に出た結論は、これからはミーシアをサポートして行こうというものだった。一度言い出したら頑として自分の言い出した事は曲げない性格を、十分考慮した上での結論だった。
「ミーシア、こちらのダンディな紳士はどちらさん?」
キャシーがカイルを初めて見た時、胸の前で手を組み、憧れの目を向けて言った。
横ではトニーが膨れた面をしている。
ミーシアは、校長先生初め皆にカイルの事を紹介すると、これまでの経緯を順を追って説明した。
「えぇぇぇ~~~ッ! ミーシアはムアール国のプリンセスだったのぉ~ッ?」
声を荒げたのはキャシーだった。
カトレーナは先に事実を知っているので勿論の事、校長先生も驚きはしなかった。他の子供達はミーシアがプリンセスと知ると、腰を抜かすほど驚きはしたものの、時間が経つにつれ、これまでの数々の出来事から考えて、ミーシアならそれもあり得る事だと徐々に落ち着きを取り戻した。
「すると今日カイルさんは護衛って訳なのね。心強いわぁ~! ──」
カイルの横にピッタリとくっ付きキャシーが言った。
トニーはやはり面白くなさそうな膨れっ面をしている。
「──トニー足手まといにならないでよ!」
トニーは腕を組み、プンッとそっぽそ向いた。
ムーンライトマウンテンは、観光名所といえども島一番の高い山だけあって、頂上までは一苦労だった。中腹に差し掛かった時、「もうダメだぁ~っ」と弱音を吐いたのはゴッズだった。
「あんたいつも食べ過ぎだからいけないのよ。ちょっとはダイエットしなさいよね!」
トニーに対していつも厳しいキャシーは、ゴッズにも手厳しかった。
「ゴッズ、確かにキャシーの言う通りだ。お前このままだと、これから先みんなに置いてきぼりにされちまうぞ!」珍しくデビットもキツく言った。
「わかったよ……。食べ物の量は減らせないけど、運動して体力は付けるようにするよ」
「ゴッズらしい返答ね」スーザンが笑いながら言った。
日も沈み辺りが暗くなると、先頭を歩く校長先生の手に持つランタンに灯りが点された。トニーとミーシアもランタンに灯りを点した。
「ミーシア持ってあげようか?」
「大丈夫。ありがとカイル」
一同は頂上を目差して足を動かした。
「あともう少しだゴッズ。しっかり歩けよ」
デビットが声を掛けた時、頂上の神殿は目前だった。
「やっと着いたよぉ~っ」殿を歩くゴッズは、神殿に着くなり地べたに腰を下ろした。
「良く頑張ったじゃないゴッズ」ミーシアが声を掛けた。
「あぁ……、なんとか辿り着いたよ……」息を切らせてゴッズが言った。
「でも帰りの下山もがんばってね」
「そうだったぁ~っ、それもあったんだぁ~っ。あぁぁ~~ぅ」
ミーシアの言葉を聞き、ゴッズは目を回し大の字に倒れ込んだ。
「もうそろそろ時間だな」トニーが言った。
「それじゃあみなさん。こちらに集まって下さい」マーカスが石造の台の横で言った。
「すぐ行くから先に始めといて」ゴッズは神殿の入り口で、まだ大の字で寝ころんだまま息を切らせている。
石造の台の真上に開けられた天井に、月が少しずつ顔を覗かせ始めた。
「それじゃあ石版を置いてみるとするかな」
校長先生がリュックから石版を慎重に取り出し、一つずつ台に嵌め込んでいった。最後の石版を嵌め込んだ時、天井に開けられた穴に大きな丸い月が完全に姿を現した。月の光が神秘的に石造を照らし、石版から眩しい光が溢れ始めた。次の瞬間、光の中に剣先が石版からゆっくりと姿を現した。
「見て剣よ!」カトレーナは両手をぎゅっと握りしめ、感動に声を震わせた。
眩い透徹した光が、子供達の顔に反射して神秘的な空間を醸し出している。
「すげぇ~っ!」トニーが感嘆の声を上げた。
「意を唱えなくても大丈夫そうじゃない。ミーシア、剣を取ってみたらどう?」
キャシーが楽観的に言った。
ミーシアはキャシーの言葉に従い手を伸ばした。しかし光のシールドが邪魔をして剣には手が届かなかった。
「さあ、ミーシア、意を唱えて!」アリスが言った。
ミーシアは一呼吸置いて胸に手を当てた。
「私は……、とうさんの仇が打ちたいの。だからお願い、私に剣を使わせて!」
ミーシアが意を唱えた直後、聖なる剣が言葉を発した。
「選ばれし者よ。今の其方では我を手にする事は出来ぬ!」
その時だ! 突然後方からゴッズの恐怖する叫び声が聞こえた。
「うわぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ!」
子供達は何事かと後ろを振り返った。視線の先には、入り口の方から驚愕の形相で、ゴッズが両手を前に突き出し慌てて皆の許へ駆けて来ていた。
「どうしたのゴッズッ!」ミーシアも叫んだ。
「でっ、出たあぁぁぁぁ~~~~~っ!」
慌てて駆けて来るゴッズの後方から、物凄いスピードで空中を飛び迫る黒い影が現れた。その影はゴッズを追い越し、ミーシア達の頭上へと姿を現した。黒い影はやがて人の輪郭を形成し、見る見るうちに漆黒の装束を身に纏った闇を支配する悪魔に姿を変えた。
「エリーザ!」悪魔を見たカイルが言った。
悪魔と融合したエリーザは、足元のカイルを表情ない目で一瞥すると、カイルの存在をまるで相手にせず剣に手を伸ばした。しかし光のシールドがエリーザの手を拒み、エリーザに剣を握らせなかったが、エリーザは呪文を唱え、光のシールドの内側に手を入れた。そしてエリーザは剣の柄を掴んだが、その刹那、柄に強烈な電流が流れた。エリーザは強烈な痛みに耐えきれず即座に剣から手を離した。エリーザの手は黒く焼け焦げている。しかしその焼け焦げた手は、時間を遡るようにして見る見るうちに元に戻った。
「神めッ、こしゃくな真似を……」
エリーザは自身の手を見つめながら落ち着いた口調で言った。
「大御婆様ッ!」
「悪しき者には持てんように細工をしておいたのじゃ!」
「ばあ様あれはッ?」
「悪の根源、ザルーラ国とクラーケン海賊団を裏で操る黒幕じゃ。さあしっかりと見ておくのじゃ。其方達のミーシアを守ろうとする気持ちが指輪に伝わる時が来たッ!」
私と船長は泉を覆うように、身体を乗り出して鬼気迫る表情で水面を見つめた。
エリーザが氷のような冷酷な目をミーシアに向けた。ミーシアは怯む事なくエリーザの目を見据えている。エリーザは口を開けると、「ハァ~ッ!」とミーシアに向けて息を吐いた。口からブリザードのような白い息がミーシアに襲い掛かった。素早くカイルはミーシアの前に移動し、腰から抜いた剣でブリザードを払い除けた。しかしその剣は凍りつき音を立てて粉々に壊れた。
「みんな下がってッ!」カイルが子供達に言った。
第二のエリーザの攻撃がカイルに襲い掛かった。カイルはブリザードを避けてエリーザに素早く近付くと、右腕を伸ばし拳をエリーザの胸に放った。しかしカイルの拳はまるで霧にでも打ち込んだように、エリーザの気体化した身体には少しも効いていなかった。エリーザは胸にカイルの拳をめり込ませたまま、そのまま真っ直ぐ歩きカイルの身体を通り抜けた。カイルは直ぐに振り返り、今度は両腕でエリーザを後ろから羽交い絞めにしようと試みたが、カイルは霧を掴むばかりだった。エリーザがミーシアの右中指に嵌めている指輪を目視した。
「守りの指輪……。生きていたか……。ではとどめを刺さねばならぬな!」
「生きていたですってッ! 私を殺そうとした事があるのねッ!」
エリーザが薄気味悪く笑みを浮かべた。
「お前の両親もろとも葬ったと報告を受けていたが、まさか生き残っていようとは!」
ミーシアはこの時、実の母や船長を殺した最大の敵の存在を知った。ミーシアの中にある凄まじい復讐の炎が怒りとなって前に躍り出た。ミーシアは闇雲に悪魔に立ち向かって行こうと試みた。
「エレーナッ! 船長ッ! このままではミーシアが危ないッ! ミーシアを助ける為に、わしを下界へと導くよう強く泉に願うのじゃッ! 下界ではわしの力は半減されるが、この状況下ではわしが居ないよりましじゃろッ!」
「わかったばあ様ッ、ミーシアを頼むッ!」
船長はそう言うと、泉を見つめ眉間に皺を寄せた。
私も泉を見つめ、大御婆様がおっしゃったように強く泉に願った。
大御婆様は強い吸引力で泉に吸い込まれるように、頭の先からゴムのように長く伸びたかと思うと、次の瞬間、泉の中に入って行った。
水面にはミーシアを背にした大御婆様が映し出され、右手の杖を盾のように構えてエリーザと対峙していた。
「誰だお前はッ!」エリーザが言った。
大御婆様は名乗る前に杖を一振りすると、エリーザ一人をその場に残し、一瞬にして皆その場から姿を消した。
エリーザは、眼光鋭い眼つきで辺りを見回した。
石版も石造の台の上から消えていた。
「ここは……」ミーシアが言った。
皆は学校の用務員室に降り立っていた。
皆は信じられない出来事に、驚きに目を丸くしている。
「貴女はいったい……」カイルが大御婆様に言った。
「指輪の元の持ち主と言えば解るかな……」
「えぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~っ! ミーシア・ベネット・ウォールデン! うそぉぉぉ~~~~ッ!」
キャシーが仰天の声を上げた。一同も仰天している。
「さて、あまり話す時間が無いゆえ大事な事だけ言っておく。ミーシア、フレイムマウンテンに行き、この世で一番永く生き永らえておるドラゴンを仲間にするのじゃ! 簡単には事は運ばぬと思うが、お主ならきっと仲間になってくれるはずじゃ、良いな! エリーザとやり合うには空からも攻撃出来ねばこちらが不利じゃ! きっと仲間にするのじゃぞ!」
大御婆様はそう言い残すと、身体が半透明になって行き、遂には全身をその場から消した。
大御婆様が水面の中から戻って来られた。
「もう少し長く居たかったが、其方らの願いの力が少し弱かったのかもしれんのぉ~」
「そうなのかばあ様?」
「ウソじゃ」
最近では大御婆様も冗談を言うようになっていた。
「でも何とか危機は免れたわい」
水面に映る用務員室の映像は、テーブルに置かれた石版を囲んで深刻な話し合いが行われていた。
「エリーザはミーシアの母君の双子の姉なのですが、まさかあのような姿に変わっていようとは……」カイルは幼き頃からエリーザを慕い心を寄せていた。「エリーザは悪魔に魂を売り、ザルーラ国をも支配していただなんて……」
カイル以上にミーシアも相当ショックを受けていた。叔母が悪魔に魂を売り、実の妹を殺した事に驚きを隠せないでいる。
「私のせいでみんなを危険な目に合わせてごめんなさい……」
「何言ってるんだミーシア、オレ達は仲間だろ、そんなの気にするなよ!」
トニーがミーシアを元気づけた。
「そうよミーシア、私達にとっても船長やスマートさんは大切な人なんだから、私達が好きでやっている事だから気にしないで!」
キャシーもミーシアを元気づけた。
皆「そうよ! そうよ!」とミーシアを気遣ってくれた。
「それにしても今回の剣を手に入れるのは失敗に終わりましたが、どうして意を唱えてダメだったのでしょうか……」
マーカスは早くも反省点の分析に入っている。
「でも選ばれし者はミーシアで間違いないのは事実よね! 剣もそう言ってたし」
アリスが言った。
「成功の鍵は、どうやらミーシア自身の心の中にあるようだな……」
厳格な御声で校長先生がおっしゃった。
「心の中ですか……」
マーカスが復唱した。
「でも私解らないわ! 本当の気持ちを言ったのに、どうしてそれがダメだったんだろ……」
「仮にそこで綺麗事を並べて嘘を言ったとしても、失敗に終わっていたはずだよ」
「どういう事ですか先生?」
「上手くは言えんが、どうやらミーシアの心の成長に関係するのかも知れんなぁ~」
「心の成長……」
「だからこれに関しては焦ってもどうにもならんという事だ。次の剣を手に入れる機会までまだ日はあるのだから、今はミーシア・ベネット・ウォールデンが言っていた、フレイムマウンテンのドラゴンに会いに行ってはどうかな?」
「僕もそれに賛成です」
マーカスが言った。
「しかしフレイムマウンテンって、いったい何処にあるんだ?」
トニーが皆に尋ねた。
「フレイムマウンテンはミンティア連合王国にある活火山だよ」
カイルが答えた。
「ミンティア連合王国⁉」
子供達が眉間に皺を寄せ声を揃えた。
「ああ、私も以前聞いた事がある。フレイムマウンテンには古くからドラゴンの言い伝えがある事を……。しかしそれはお伽の話かと思っていたが、まさか本当にドラゴンが居るなんて、今でも信じられないよ」
カイルの言葉を他所に、ミーシアは一人考えていた。いったい私の心の中の何がいけなかったのだろうかと……。




