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第二十二章 『船長からの手紙』

 来たる十一月十四日までの一日一日は、ミーシアにとって時間が過ぎるのがとても遅く感じられた。十一月に入ると、指折り数えて過ごす日々は、更にミーシアに時間の経過を長く感じさせるのだった。

 ミーシアにとって聖なる剣を手にする事は、復讐ふくしゅうへの第一歩なのだ。


 私は母として、それだけの思いで聖なる剣を手にするのはいけないような気がしてならなかった。横に居る船長ともその事について話し合ったが、やはり船長も行き着く所は同意見だった。自分の為に復讐をしてくれる思いは嬉しいが、ミーシアに危ない橋は渡って欲しくない。戦いになれば危険が及ぶ。自分の娘を危険にさらす親が何処に居ようか。俺はもう死んだ人間なのだから、俺の事など気にせず、自分の為に生きて幸せになって欲しい。ミーシア自身の幸せを俺は望んでいるのだ。そして最後に、復讐心だけでは何も生まれないのだと船長は言った。


 十一月十四日が目前に迫った二日前、ミーシアは街に買い物に訪れていた。

 ライフパルス号は、船長の居ないまま出航する事は出来ず、碇泊を余儀なくされていた。

 この日ミーシアは、料理長から渡されたメモ書きを手に、食料を調達するため街に来ていたのだ。

「え~っと、次は玉ねぎとジャガイモね。今日は何を作ってくれるのかなぁ~? きっとカレーライスかも知れないわね。料理長のカレーライス、片足のとうさん大好きだったもんなぁ~」

 ミーシアは船長の事を思い出すと、自分ではどうしようもなく今も涙するのだった。そんなミーシアが、路地裏に入って涙をぬぐっていると、向こうから男の人が歩いて来た。ミーシアはとっさに背を向け壁の方を向いていたが、男はミーシアに声を掛けた。

「お嬢さん。何かあったのかい?」

 ハンカチを片手にミーシアに声を掛けたのは、


「あっ、カイルの旦那ッ!」水面を見ていた船長が突然声を上げた。

「知っているのですか?」

「えっ、いやぁ~、まあそのぉ~、何と言ううかぁ~、俺は知っているけど向こうは知らないというかぁ~」船長は煮え切らない物言いだ。

「おいお前、何か隠しておるなぁ~」大御婆様が問い質した。

「な、なっ、何も隠してなどないぞ。ばあ様」

 船長は言い終わった後に、不自然にも口笛を吹いて明後日の方向を見ていた。嘘は吐けても身体からだでは嘘を吐けない性分なのだろう。明らかにぎこちない態度だった。あまりに解り易くて見ていて面白い。


 ミーシアは背を向けたまま、

「いえ、何でもないです。大丈夫ですから……」と俯きながら答えた。

「そうですか、それじゃあ」

 と、カイルはハンカチを戻すと、その場を通り過ぎようとしたが、二、三歩歩いて立ち止まった。そしてカイルが振り返った。

 ミーシアは気になり一瞬チラッとカイルの方を見た。刹那せつな、ミーシアはすぐに顔を背けて反対方向へと駆け出した。ミーシアは覚えていたのだ。幼い頃に見たカイルの顔を……。

 カイルも駆け出しミーシアを追いかけた。しかしミーシアは人ごみにまぎれ、カイルはミーシアを見失ってしまった。

 ミーシアはカイルを警戒しながら船まで辿り着くと、ジミーに買い物の残りを頼んだ。

「ミーシア、どうしたんだぁ~、顔色が悪いぞ……」

「ううん、大丈夫。ちょっと走って気分が悪くなっただけだから」

「それならいいが、まあベッドでゆっくり休んどけ。玉ねぎとジャガイモは俺に任せておきな」

「ありがとうジミー、頼んどくわね!」

 ミーシアはベッドで横になり、先程の男の事を考えた。自分の顔を一瞬見られた時、男は明らかに動揺していた。私の顔に見覚えがあるのかしら……。


 そんなミーシアの気持ちを私は水面からみ取った。

「水面を触ると何かあるのか、ばあ様?」

「触れてみるといい」

 船長は私を真似て水面に触れてみた。

「あっちゃぁ~、やっぱり俺はいけない父親だぁ~っ」触れた途端とたんに船長が言った。

「お前、やはり何か隠しておるな!」

 大御婆様の言葉を他所に、私達は水面に目を戻した。


 ミーシアがベッドから立ち上がり、トボトボと船長室に歩いて行った。ミーシアは何かあると決まって船長を懐かしみ、船長が愛用していた椅子に座って思い出にひたるようになっていた。悲しそうな娘の顔を見ると、私も船長も笑顔ではいられなかった。ミーシアは椅子に腰掛けたまま、机に突っ伏して悲しい表情をしている。


「ミーシア、右の引き出しを開けろ!」船長が力を込めて言った。

「何かあるのか?」

 大御婆様が聞いたが、船長は拳を強く握り、

「早く気付け、開けるんだミーシア!」

 と繰り返すばかりだ。

「何番目の引き出しだ?」

 大御婆様がまた聞くと、次は、

「二番目の引き出し」

 と、そこは力まず素直に船長は答えた。

「よし、力を貸してやろう」

 大御婆様はそう言うと、水面に向けて杖のこぶを振り下ろした。すると二番目の引き出しがほんの少し開いた。


「あれっ、何だろ? さっきは開いてなかったような気がしたけれど?」

 ミーシアが引き出しに手を掛けた。


「よしっ、いいぞミーシア、そのまま引き出しを開けるんだ!」

 船長は全身を力ませ、両手を強く握り締めながら水面を見つめている。


 だがミーシアは引き出しを開ける事なく元に戻した。

「おぉ~っ、おしぃ~っ! もうちょっとだったのになぁ~、ばあ様もう一度頼む!」

「よほどミーシアに見せたい物が入っているのじゃな」

「ああ、いけない父親にならない為にも、ミーシアには伝えておきたい事を残して来たんだ!」

「仕方ない。手伝ってやるか」

「ばあ様様、恩に着る!」

「調子に乗るな、ばか者!」

 大御婆様はくすっと笑みを浮かべ、また杖こぶを水面に向けた。


 また少しだけ引き出しが開いた。

「潰れているのかなぁ~、この引き出し……」

 ミーシアは確かめるため引き出しを開いた。その途端ミーシアの目に涙が浮かんだ。

 開かれた引き出しの中には、『愛するミーシアへ』と書かれた封筒が入っていた。

挿絵(By みてみん)

 ミーシアは口に手を当て、封筒の文字を見つめながら大粒の涙を流している。

 愛する船長からの手紙に、ミーシアは少しの間手紙を見つめたまま泣いていた。

 少しして、手紙を手に取り封を開いた。

 始まりはこう書かれていた。


  ミーシア、この手紙をお前が見つけたのなら、俺はもうこの世にいないだろう。


 ミーシアの瞳は涙で溢れている。零れ落ちた涙が船長の書いた文字をにじませた。


  とうさんを許しておくれ、ミーシア。

  九才の時お前に母親の事を聞かれた時、俺はドキッとした。それはどう伝えて良いやら解らなかったのもあるが、本当の事を言ってお前を傷つけたくなかったのがその時の俺の心境だ。だがそれから俺は、いつか話してやらなくてはいけないと思い、お前の事を俺なりに調べたんだ。

  正直驚いたよ。調べれば調べるほど俺は怖くなったよ。本当の事を言ってしまうと、お前は間違いなく自分の過去を追い求め、二度とお前とは会えなくなるような気がして。卑怯ひきょうなとうさんを許しておくれ。

  お前の過去を調べる手掛かりは、お前が持っているネックレスと指輪にあった。

  辛いかも知れないが聞いておくれ、ミーシア。お前は生後まもなくして小さな樽に入れられ海に漂流していた。だがミーシア、お前は捨てられたんじゃないぞ。お前の本当のお父さんとお母さんは、お前を守る為に樽にお前を入れ逃がしたんだと思う。

  それを俺達が見つけたんだ。今でもその時の事はよく覚えている。俺を含め野郎どももそれはそれはお前と出逢った時は嬉しさに喜びあった。お前を抱くのにお前を取り合ったくらいだ。神様が俺達に与えて下さった、俺達の子供だと、本当に俺達は喜び合ったものさ。

  ネックレスと指輪はお前と出逢った日、その時お前が握っていた物だ。

  俺はまずネックレスの紋章について調べた。驚いたよ、ムアール国の紋章だった。

  指輪については俺の調べた限り、お前の母君の母国、ミンティア連合王国の歴代のミーシア王妃の物だと解った。

  ある時酒場で隣に座る男が言っていたのを耳にした。その男はカイルという高貴な御方おかただった。指輪とネックレス、それに、ちょうどお前くらいの年頃の女の子を探していた。その時も俺は言い出せなかった。名乗り出たら、身分の違いにもう二度とお前と会えないようになると思ったんだ。

  本当に済まないミーシア。こんなとうさんを許しておくれ。

  天国からいつも見守っている。

                 片足のとうさんより、愛を込めて……。


 ミーシアは、もう意思の疎通そつうを図れないと思っていた船長と、手紙ではあるが、最後に意思を伝えて来てくれた事に、嬉しさのあまりむせび泣いた。


 水面を見つめる船長は、

「ミーシア、許しておくれなぁ~、卑怯なとうさんを許しておくれなぁ~」

 と、鼻水まで流して涙している。

 私までもらい泣きしてしまった。

 横を見ると大御婆様は、

「目にゴミが入ったわい……」

 と目元を指で押さえていた。


「とうさん。私、怒ってなんかないから……。私、とうさんの子で良かったと思っているのよ……。とうさん。私も愛しているわよ……」

 ミーシアは涙ながらに言った。


 船長は泣くのを通り越して慟哭どうこくしている。

「お前にしちゃぁ~、なかなかいきな事をしよるわい」

 大御婆様はまだ目に指を当てている。指の下にはキラリと光るしずくが見えた。


 以前からもしかしたらと薄っすらと気付いていたのか、船長の手紙を読み終えても、それほどミーシアは落ち込んだ顔をしなかった。むしろ事実が解ってスッキリした顔付きをしていた。

 ミーシアにとってやはり船長は、血の繋がりがなくとも、お互いに愛し合うべくして巡り逢えた親子なのだと私は痛感した。そんなミーシアを母として私は誇りに思う。人と人の愛の絆とは、そういうもので合って欲しいと私は願うからだ。これほど人情味のある子に育ててくれた船長に、私は心より感謝している。そう思うと私の瞳に改めて幸福の涙が溢れ出た。


 明くる朝早くミーシアはまた街に出掛けた。私やエゼルド、そして船長とスマートの為に、冥福めいふくを祈って海に流す花束を買いに行ってくれたのだ。

 海に面した見晴らしの良い崖の上から、ミーシアは花束を海に投げ込むと、私達に向けて歌を唄ってくれた。


 ♪ 顔を知らない 私のお母さん

 ♪ きっとやさしい お母さん

 ♪ お父さんは どんな人?

 ♪ きっといつもやさしく

 ♪ 勇敢なたくましいお父さん

 ♪ お父さん、お母さん

 ♪ 私を生んでくれてありがとう

 ♪ 二人に会えないのは淋しいけれど

 ♪ 虹を見たらお母さんだと思うわ

 ♪ 晴れた空はお父さんだと思うわ

 ♪ 天国からいつも見守っていてね


 ♪ 片足のとうさんは

 ♪ いつも笑顔で私を包んでくれた

 ♪ 愛情たっぷりのクマとうさん

 ♪ とうさんの子供で私は幸せ

 ♪ たくさんのとうさんに囲まれて

 ♪ 愛情をいっぱい貰い私は幸せ

 ♪ 育ててくれてありがとう

 ♪ 私のとうさん達……


 私は涙が止まらなかった。船長もミーシアの唄を聴いて、やさしい娘だと涙している。私達の涙が水面に落ちると、虹色の波紋はもんが二つ重なり合った。


 ミーシアが見上げる大空には、二つの虹が重なるように掛かっている。

 ミーシアは虹を眺め、まだ見ぬ私やエゼルド、そして船長とスマートを思い描いてくれている事だろう。

 水面に触れなくても私には解った。だってミーシアは私の娘なのだから……。

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