第二十一章 『博物館の石版』
「みんなにお願いがあるの……」
「なんだいミーシア、オレ達に出来る事なら何でも言ってくれっ!」
誠意を込めてトニーが言った。マーカス、デビット、ゴッズも無言で頷いている。
「そうよミーシア、私達に遠慮はいらないわ!」
カトレーナの言葉に、女の子達も頷いている。
「私は片足のとうさんやスマートの仇を討ちたいの! だからそれには聖なる剣をどうしても手に入れたいの」
「博物館の石版を盗み出すんだな」真剣な面持ちでトニーが言った。
女の子達はトニーの大胆な発言に驚き、口に手を当てた。
ミーシアは無言で頷いた。決意を固めたミーシアの瞳は、自分一人でも決行する覚悟だった。
横を見ると船長が感動に涙しながら、
「ミーシア、頼むから危ないマネだけはよしてくれっ!」
と水面に向かって必死にミーシアを止めようとしていた。
「わかったわミーシア、私も協力する」
以外にもアリスが最初に名乗り出た。
「勿論です。ミーシアにとっての仇は、僕の師匠の仇でもあるのですから!」
マーカスはヤル気十分だ。
「私達は仲間よ! あなたが決意を固めたのなら、私達はどんな事があろうと力を貸すわ! それに私の大好きな船長がやられたんですもの……。やらない理由が見つからないわよ!」キャシーも言った。
「おぉ~、キャシー~ぃ。それほどまでに俺の事をぉ~っ!」
大粒の涙を流して度々口を挟む船長に、
「さっきからうるさいわいッ! 黙って見ておれッ!」
と、大御婆様は杖のこぶで船長の頭を小突いた。
再び水面に目を戻すと、子供達の中で怖気づく者は誰一人としていなかった。
「この事は校長先生には内緒にしておきたいの」
「ああ、校長先生に言ったところで、ダメだと言われるのは目に見えているからな」
トニーの発言はもっともである。生徒に泥棒を許す先生がこの世に存在するはずもない。
「で、いつ決行するの?」カトレーナが尋ねた。
「決行する前に、マーカスに博物館の見取り図や、警備の状況を調べ出して貰いたいんだけど……」
「それは任せて下さい。僕は幼少期に、石版の魅力に取り憑かれていた頃もあったから、その時に一度、博物館の石版を盗もうと思った事があったんですよ」
意外な発言に一同目を丸くした。
「勿論未遂に終わりましたけどね。その時に調べた事を、今の見取り図と警備の状況とを比較して計画を練っておきます。二、三日頂ければ出来上がるかと思います」
マーカスは自信ありげに片方の口端を上げ、メガネの位置を少し上げた。日の光がレンズに反射しメガネがキラッと光った。皆の目にはマーカスが不気味に微笑んでいるように映ったに違いない。
数日後、マーカスは素晴らしく素敵な計画を練ってきた。それは警備の手薄な時間帯を狙って、子猫を使い警備員達を出し抜く作戦だった。
「いいですか、この計画には、見るからに人のハートをメロメロにするかわいい子猫が必要になります。ミーシアは子猫を準備して下さい」
「ええ、わかったわ!」
「トニーとデビット達は、梯子とロープ、それとここに書いてある物を段取りして下さい。使うか使わないかは状況によって変わりますが、書いてある物はあって無駄にならない物ばかりです」
「よしわかった!」
「あと理数系に詳しいアリスと僕は、これから研究室で催眠ガスの調合に取り掛かります」
「研究室なんて何処にあるの?」
マーカスはメガネの位置を変えた。
「僕の親は考古学に詳しいだけではないのですよ。母は科学にも精通していまして……」
メガネの奥でマーカスの瞳がキラリと光っている。
「私達は何をすればいいの?」
キャシーとカトレーナ、それにスーザンが尋ねた。
「万が一の時に備えて、カトレーナは救急の準備。キャシーとスーザンは夜に溶け込めるような真っ黒な衣装を人数分用意して下さい。勿論顔も隠せるよう目出し帽もお忘れなく」
「万が一ってそれほど危ないの?」カトレーナが聞いた。
「梯子から落ちるだとか、軽い怪我に備えてって意味ですよ」
「わかったわ。ナース志望の私に任せて!」
更に数日が過ぎた。子供達の準備はどうやら整ったようだ。
決行の日、子供達は念入りに計画を見直した。日が沈み、月がお昼寝から目覚め出す頃、子供達は黒装束のいかにも泥棒らしい衣装に着替えた。その上からいつもの普段着を羽織り、いかにも街の中を仲良く歩く友達のフリをして博物館の裏手に着くと、鞄に着ている服を詰め込み目出し帽を被った。そして子供達は博物館の建物を背に、月が雲に隠れるその時を待った。
月が雲に隠れると、前もって用意していた梯子を男の子達は素早く立ててミーシアを登らせた。建物の下にある通風口の蓋をキャシーが器用に外すと、アリスがリュックから子猫たちを取り出した。
「お願いね子猫ちゃんたち、ミーシアの言った通りに頼むわね」
子猫たちは誇らしげに「ミヤァ~」と一声鳴いた。
催眠ガスは万が一警備員に見つかった時の最後の切り札だった。出来る事なら人に危害は加えたくないというのが子供達のポリシーでもあった。
ミーシアは建物の上部にある、人が一人通れそうな程の換気口に顔を近付け、子猫たちの様子を外から窺った。
子猫たちはミーシアの指示通り、警備員に愛らしさを振り撒き近付いた。
「おい、子猫ちゃん。何処から入ったんだい? いけない子たちだねぇ~」
警備員が子猫に近付いた時、子猫たちは四方八方に駆け出した。慌てた警備員二人は、四匹の子猫を捕まえようと右往左往している。
子猫たちは、警備室に誘い込むようミーシアに指示されていたので、最終的には警備室の方向に、小さな肉球を使ってぴょんぴょん駆け出した。その姿は実に愛らしかった。
ミーシアは換気口の蓋を外すと、リュックから鉤つきのロープを取り出し室内に垂らした。スルスルと降りるその姿は、いつもマストからロープを伝い降りて行く手慣れた姿そのものだった。
ミーシアは石版が展示してある奥の部屋に素早く駆け出した。しかし石版の上に被せてあるガラスケースを目前にした時、ミーシアは愕然となった。ガラスケースの中に石版が入っていなかったのだ。ミーシアは一呼吸置くと、またロープの所まで移動し素早く上った。蓋を閉め梯子を降りたミーシアにトニーが問い掛けた。
「どうだったミーシア?」
ミーシアは目出し帽を取った。
「石版が無かったの!」
「どういう事だよ?」
「いつも展示されているはずの石版が消えていたの!」
目出し帽を外した子供達の表情は、愕然とうな垂れた顔をしている。
子猫たちは数十分後捕まえられ博物館の外に出された。その子猫たちをミーシアが呼び寄せた。
「ありがとうね子猫ちゃんたち……」
「ミヤァ~」子猫たちはかわいい泣き声を上げた。
子供達は帰りの道すがら、いったいなぜ石版が無くなっていたのか話し合った。結果辿り着いた答えは、閉館後、石版は別の場所に仕舞われるのだという事に意見が行き着いた。
明くる日授業が終了すると、子供達は用務員室に集まった。勿論校長先生には昨日の出来事は内緒のままだ。
「さあ、みんな座ってお茶でも飲みなさい」
校長先生の淹れてくれるお茶は子供達は大好きだ。最近ではそのお茶に合わせて各自がお菓子を持参して、みんなで仲良く頂くという習慣が常になっていた。
「どうしたんだい。皆、浮かない顔をして……」
校長先生がアリスの持って来たクッキーを、口に放り込みながら言った。
皆は顔を見合わせた。
「そうだ、今日は皆に嬉しい報告があるのだよ!」
そう言った先生は椅子から腰を上げると、奥の棚に向いて歩いた。そこにはこれまで集めた石版が仕舞われてある事は皆承知していた。
「私の古い友人が博物館の館長をしていてね。それで用が済んだら私達の持つ石版を寄贈するという約束で、少しの間展示している石版をお借りして来たのだよ」
皆は目を丸くした。
「どうしたんだ、皆、喜ばないのかい?」
子供達は、取り越し苦労だった自分達の計画に苦笑いしている。
「何はともあれ、これで石版が揃いましたね」マーカスが言った。
校長先生はマーカスの「何はともあれ」と言う言葉に頭を傾げたが、それほど気にならなかったのか直ぐに本題に入った。
「さあ、ここに書かれた文字はもう皆も承知だと思うが、どう見るかねこの文字の意味を?」
校長先生の言葉を機に、マーカスがノートを千切り、現代語で『月近し時、近き場所、石版持ちて戌の刻、意を述べよ選ばれし者』と皆に書いて見せた。
「戌の刻って何時なんですか?」キャシーが先生に窺った。
「戌の刻とは、午後八時から十時までの間だよ」
「その時間に石版を持って行かなくてはいけないんだよなぁ~、しかし何処に行くんだろ」
「バカねぇ~、月近き場所に決まってるじゃない」
「だからそれは何処だよ?」
「月の近い所よ」
いつものキャシーとトニーの掛け合いが始まると、子供達は、また始まったとクスッと笑い合った。
マーカスが話を戻した。
「僕が思いますに、この文章の中には、時が二つ記されているのですが、一つは日にち、もう一方は時刻です。時刻は今先生がおっしゃった八時から十時で間違いないと思われます」
「じゃあ日にちはいつなの?」スーザンが尋ねた。
「『月近し時』は、月が一番地球に近付く時と考えるべきかと思うのですが」
「そうだね、私もその意見に賛成だよ。となると考えられるのがスーパームーンだが、『戌の刻』と指定している所を見ると」
「そこまで細かな指定ではない」マーカスが校長先生の続く言葉を引き継いだ。
「ちょっと待って、もっと解り易く説明してよ」スーザンが困った顔をして尋ねた。
マーカス以外の男の子達も似た顔をしている。
「スーパームーンとは、占星術に由来する用語なのですが、満月または新月と、楕円軌道における月の地球への最接近が重なる事により、地球から見た月円盤が最大に見える事なのですが、天文学的に外からの」
「マーカス待って待って、よけい解らなくなって来たわ!」
「簡単に言うと、月が一番大きく見える日の事を言うのよ」アリスが助け舟を出した。
「えっ、月っていつも同じ大きさじゃないの?」デビットも参戦して来た。
「月ってメロンパンに似てるよなぁ~」
「ゴッズ、食べ物の話はいいから黙っててくれない」スーザンがぴしゃりと言い放った。
「はい、月は一年の内で、地球から見る大きさが日々違うのです」デビットの疑問にマーカスが答えた。デビットは「そうなんだぁ~」と頷いている。
「そして僕の割り出した答えから言うと、月が地球に最も近付く位置を近地点と言うのですが、どうやら近地点に近い地球との距離なら大丈夫だと思うのです」
「どういう事なの?」カトレーナも質問を投げ掛けた。
「つまりこういう事です。今年の近地点の日時を割り出すと、十一月十四日の午後八時二十一分がそうなのですが、これは確かに戌の刻に当て嵌まり、その二十一分前後の戌の刻は近地点とは呼べないのです。となるとその誤差の生じた二十一分以外の近地点に近い月の大きさなら、一年に一度の近地点を待たなくても大丈夫だと仮定出来るのです」
「あんたってホント頭良いわね」キャシーは感心している。
「それほどでも……」
言葉では謙遜しているが、手はしっかりとメガネの位置を変えていた。マーカスが自信ありげな時にする仕草だ。
「となると数学的に言って、来月の十一月十四日を逃すと次はいつになるの?」
しっかり者のアリスらしい意見だ。
「はい、計算しますと、次は翌月の十二月十四日、その次になりますと少し離れて、四カ月後の四月十四日になりますね」
「じゃあ来月の十四日までには場所を見つけないといけないわけね!」カトレーナが言った。
「でも物知りなマーカスの事だから、もう大体の目星は付いているんでしょ?」
キャシーが言うと、マーカスはお約束のようにメガネの位置を変えた。レンズの奥では自信ありげに眼が物語っていた。
「これはあくまで仮説ですが、『近き場所』は山に関係すると思うのです」
「そういう事か!」アリスが言った。
「えっ、どういう事なの?」
キャシーは、アリスとマーカスの顔を交互に二回ずつ見た。
「考えてもみてください。山の頂上は我々が住む街に比べて最も月に近いじゃないですか。勿論その中でも一番高い山を見つけるには世界を探し歩かなければいけませんが」
「世界を旅して一番高い山を登るなら、一カ月では無理よね」
「安心して下さい。古くからこの島には宝が眠るという伝説があるので、恐らくこの島の一番高い山だと思います。一番高い山って何処だかご存知ですか?」
「そらぁ~この島で一番高い山って言えば、観光でも有名な『ムーンライトマウンテン』でしょ」
「その名前を聞いて何か思い当たりませんか?」
「あっ、月が使われているわ!」
「それに頂上には何がありますか?」
「古い神殿……」
「ムーンライトの名前の由来は勿論ご存知ですよね」
「ええ、勿論よ! その神殿の奥に、月の光が通る穴の開いた間があるのよね。その光が穴を通して石造に射した時には、ほんと神秘的なのよねぇ~! あっ、石造の天端……」
「そう、ちょうどこの石版が埋め込めるスペースがあるのです」
皆の口端が見る見るうちに上がっていった。場所の答えはもう既に見付かっていたのだ。
「だけどみなさん喜ぶのはまだ早いかも知れません」
「マーカスの言う通りだ」
「どういう事ですか先生?」キャシーとスーザンが同時に同じ事を尋ねた。
「最後の『意を述べよ選ばれし者』の意味は解読出来ないのだよ」
「ミーシアが何か言ったらいいだけじゃないんですか?」
キャシーは思った事をすぐに口にする性格だ。
ミーシアは少し照れ臭そうに俯いた。
「選ばれし者は守りの指輪の事もあり、十中八九、私もミーシアで間違いないと思っているのだが、『意を述べよ』というのは、これと言った答えが無い事を意味するのだよ。解り易く言えば、『意』とは本人の思い、伝えたい事を意味するからなんだ」
「難しく考えないで、その時ミーシアの気持ちを言ったらいいだけだと思うわ。きっとね」
「お前、考えないで物を言う割には、たまに良い事言うよなぁ~」
「あんた、それ褒めているの? それともけなしているの? 答えによっちゃぁ~ただじゃおかないからねッ!」キャシーが指を鳴らす仕草をすると、
「もっ、勿論っ、ほ、ほっ、褒めているのさぁ~っ」トニーが皆を笑かそうと恐々言った。
キャシーはトニーの肩を無言で軽く叩いた。
このやり取りに、皆声を出して笑い合い大満足していた。
肩を乗り出して水面を覗いている船長は、
「しかしマーカスはほんと頭良い奴だなぁ~、さすがスマートの一番弟子だなぁ~」
「お前も少しは見習え」
大御婆様の言葉を他所に、
「あぁァ~ッ、足が生えてるぅ~ッ!」と船長が突然大声で叫んだ。
「当たり前じゃ~、今頃気付いたのかぁ~、お前はもう死んどるのじゃから義足のままの訳がなかろう」
「そうなのか、ばあさん?」
「お前さっきからばあさんばあさんとうるさいが、少しは神を敬い、敬意を込めた呼び方は出来んもんかのぉ~」
「じゃあ、ばあ様でいいか?」
「う~ん。まあよかよう」
「ところでばあさん。しょおべんは何処に行ってすればいいんだぁ~?」
「お前っ、神をおちょくっておるのかッ?」
「いやぁ~、俺は親の顔を知らないから、もしおふくろが生きていたなら、こういった冗談も言えたのかなぁ~なんて思ってよ」
「こやつめ、泣かせる話をしよるわい」
大御婆様は船長をかなり気に入っているご様子だ。口うるさく船長に怒鳴ってはいるが、目はいつも微笑んでいるからだ。
子供達は様々な思いを胸に、来月の来たる日を待つのだった。




