第二十章 『船長と真実の泉』
「ミーシア、俺はここだっ! ミーシア気付いてくれっ! おいっ、赤鼻っ! 泣いてないで何とか言えこの野郎ォ~ッ!」
船長は自身の抜け殻の胸で泣くミーシアに、何度も何度も話し掛けていた。時折赤鼻のじいさんに話し掛けてはいつもの調子で汚い言葉を吐いていたが、まもなくして自分が死んだ事に気付いた。
「大御婆様、船長はこのまま現世を彷徨い続けるのですか?」
「いや、やっと自分が死んだ事を自覚したようだから、そろそろあの世に導かれるだろう」
「するとエゼルドがいる世界ですか?」
「さよう! だがそれもすぐに旅立たねばならん」
「どういう事ですか?」
「あの男のミーシアに対する愛は本物じゃ! よって真実の泉には欠かせない人物なのじゃよ」
「すると此処に来られるのですか?」
「ああ、そういう事じゃ」
大御婆様の言葉に、私は柄にもなくそわそわと浮ついてしまった。船長とまもなく対面する事になるのだと思うと、なんと挨拶すればいいのか緊張していたのだ。
船長はミーシアに話し掛ける事を止めなかったが、そうしている内に、私が導かれた天に続く光の行路へと引き込まれ、ミーシアと引き離された。
「ミーシアァァァーーーーッ!」
「ではそろそろ迎えに行って来るかのぉ~」
大御婆様はそうおっしゃると、杖の先端を足元へ打ち付けた。次の瞬間大御婆様は姿を消した。
私は水面に船長を映し出してもらった。
「やはりお前も助からなかったのか」
船長がスマートに話し掛けていた。二人は天界で再会を果たしていたのだ。
「船長も命を落としただなんて……」
「ジミーが危なかったのでな。俺にとって船員達は息子も同じだからな。そらそうと見ていたぞスマート、赤鼻を庇ったんだろ」
「私にとっても船員達は家族同然ですから」
「お前の執った行動は誇らしい限りだ! さすが俺の見込んだ男だ!」
「積もる話もあるじゃろうが、悪いが船長、わしと一緒に来てもらうぞ!」
船長の背中に、天界に降り立った大御婆様が話し掛けた。
船長は振り向き、大御婆様をまじまじと見つめると、
「悪いがばあさん後にしてくれ!」
とそっけなく突っ返し、またスマートの方に向き直った。
「ばあさんとは何じゃ! ばあさんとはッ! 仮にも神を捕まえてばあさんとはッ!」
船長は大御婆様がお怒りになっているのを見るわけでもなく、大御婆様に背中を向けたまま、スマートの方を向いて自分の頭を指で指さした。
「ここを強く打ったんだろう」
船長の言葉に、大御婆様は怒りに顔を赤くしている。
「こらッ! 誰が頭を強く打っただとッ!」
船長にとっては神ケリドウェンも、ただの年老いた老婆扱いだ。私は笑いを堪えようとしたが、大御婆様が居ないので声を出して笑ってしまった。
「ミーシアの高祖母を捕まえて、この神ケリドウェンを気狂い扱いするとはけしからんッ!」
「なにっ、ミーシア!」
船長が振り向いた。スマートも驚きに目を丸くしている。
「ミーシアのばあさんなのか?」
「ミーシアはわしの遠い孫じゃ!」
「本当か? にしちゃぁ~あまり似てねえなぁ~」
「バカ者ッ! 五百年もの歳月を重ねれば、似ていた者でもこうなるわいッ!」
「ばあさん五百年も生きていたのか? なら妖怪だなぁ~」
「バカ者ッ! 神年齢を足した上での話じゃッ!」
私はおかしくて仕方なかった。あのミンティアの神話ミーシア・ベネット・ウォールデンを捕まえて妖怪呼ばわりするのだから……。
「わしはお前がミーシアを樽の中から救い上げた時から、お前の事は真実の泉で見て来た」
「何ッ、真実の泉とやらでミーシアを見れるのか?」
「その真実の泉にお前を誘ってやろうというのだ! ありがたく思えッ!」
「ばあさん早く俺達二人を、その真実の泉とやらに連れて行けッ!」
「悪いが二人では無理なのじゃ。お前だけしか連れて行ってやる事は出来ん」
「そうなのか?」
大御婆様は頷いた。
「真実の泉は愛を必要とする泉じゃ! お前のミーシアに対する愛が、ミーシアの持っている守りの指輪を通して、ミーシアが危機に陥ったとき力を発揮するのじゃ! まもなくミーシアにその危機が訪れようとしている。余り時間が無いゆえ、早くその男と別れを済ませ」
「船長、今言った事が本当ならば、グズグズしている暇はありません。早くミーシアの為に行ってやって下さい」
「ああ、済まねえスマート。必ず会いに戻って来るからな! それまで淋しいだろうがこの世界でなんとか生き抜いてくれ! って、俺達もう死んでいるんだから生き抜く必要ねえんだなぁ~」
スマートは船長の言葉に微笑んだ。勿論私もこの場面を水面で見ながら笑い声を上げた。
まもなくすると大御婆様は、船長を連れて真実の泉に戻ってこられた。私は船長を見るなり深々と頭を下げた。
「もしかしてミーシアの母上さんでいらっしゃいますか?」
船長が私の顔を見て言った。私の容姿にミーシアの面影を見たのだろう。十七歳になったミーシアはどことなく私に似ていたからだ。
私は頷いた。
「おいっ、お前、わしの時と扱いが偉く違うではないか!」
「ばあさん少し黙ってろよぉ~っ、今大事な挨拶をする場面なんだからぁ~」
大御婆様にしては珍しく、プンとそっぽを向いて膨れた顔をなさった。
「その節はミーシアがお世話になりました」
私はあらためて頭を下げた。
「いえいえ、娘さんには、ん? 娘さん? いや俺の娘でもあるのだから娘さんは他人行儀だなぁ~。あなたと俺の娘には、ん? これじゃあ~、あなたと俺が何かあったような言い方になるなぁ~」
私は船長の真剣に言葉を探す態度を見て、大御婆様の前ではあったが、堪えきれず笑ってしまった。船長もそんな私を見て緊張が解けたのか笑顔を見せてくれた。
「とにかくミーシアには俺達が救われたんです。あの子と出逢ったおかげで、俺達は深い絆で結ばれたんです。あの子が居なかったら、俺達荒くれ共はどうなっていたかわかりません。礼を言うべきは俺の方です母上さん」
船長は私に深々と頭を下げてくれた。
「さあ、挨拶はそれくらいにして、ミーシアのこれからを三人で見ようではないか」
「はい、大御婆様」
私は水面にミーシアを映し出してもらった。
「しかしばあさん。あんた本当にミーシアの高祖母か? ホント似てねえなぁ~っ」
「うるさいわいッ! つべこべ言わず水面を見ろッ!」
いつもと違って賑やかな観覧がこれから始まりそうだ。私は笑顔を浮かべながら船長と大御婆様と共に水面を見つめるのだった。




