第十六章 『告白』
元気のないミーシアを見ていると私まで落ち込んでしまう。水面に映るミーシアを見て、どうしてやる事も出来ない自分にやり切れない虚しさを感じていた。
明くる朝、目が覚めたミーシアは、物悲しげに窓の外を眺めていた。
水面に触れると、ミーシアの切ない気持ちが伝わってきた。
ギャスターと係わった時間は短いけれど、なぜかいつも側に居て欲しいビッグママのような存在になっていた。指輪の事も気になっていた。
(今日みんなになんて言おう……。神話のミーシアはわたしと同じ能力を持っていた。そしてその人の指輪までわたしが持っている。気が付けば幼い頃から持っていた。わたし自身どうして指輪が手元にあるのか分からない……) それを皆に話すのがミーシアは嫌だった。石版は手元にあるが、皆に報告する時すべて打ち明けるべきか迷っていた。
こんなにも娘が悩んでいるのに側に居てやれない。それどころか声も掛けてやる事さえ出来ない。母親として何一つしてあげられない。こんなやるせなさは私にとって地獄の苦しみだった。
(片足のとうさんにも一度だって聞いた事もない、わたしのおかあさんはいったい誰なの……?)
私は今すぐ名乗り出れるのなら、たとえどんな罰を受けようとも今すぐ名乗り出てミーシアを抱きしめてやりたかった。母親と言えない苦しさ、抱きしめようにも抱きしめられない悲しさ、私にとってこの感情はどんな辛い事より耐え難い思いだ。
いつもならアンナとマッシュに元気よく挨拶するミーシアが、この日は規則的な行動をただこなしているだけのように思えた。ミーシアにとってもう一つ憂鬱な事があった。昨日夜遅くに伝書鳩が届き、手紙には、『明日帰船する』と書かれてあったのだ。片足のとうさん達が帰って来るのはミーシアにとって嬉しい事だったが、それは同時にお友達との別れを意味していた。
「マッシュ、アンナ行って来るね」
「今日はとびきり早く学校に行くんだね」
「ちょっと用事があって……」
そんな思いを一人でしょい込んでいたミーシアが、いつもより早めに学校に向かう理由は、片足のとうさんの面影を持つ校長先生に相談しようと思っていたのだ。
「トロントには昼までに学校に来るよう言ってあるから」
「そうかい。気を付けて行っておいで」
学校に着くと時間が早過ぎる為か、誰一人として子供達の姿は見当たらなかった。校長先生もまだ来ていないかも知れない。そう思うとそんな些細な事でさえ今のミーシアにとって、更に憂鬱な気持ちにさせるのだった。
廊下を曲がり用務員室に明かりが灯っていると、ミーシアはホッとして自身が気づかない内に用務員室まで駆け出していた。
「先生おはようございます」
「えらく早いのじゃないのかね」
「はい、先生にご相談があって……」
浮かない顔をしたミーシアに、
「さあ入りなさい」
と校長先生が笑顔で優しく言って下さった。
「そこに掛けなさい」
ミーシアが椅子を引き腰掛けると、先生はいつものように温かいお茶を淹れて下さった。
「さあ、これを飲みなさい」
「ありがとうございます」
「で、私に相談とはいったい何だね?」
「はい、わたし……」俯いたままミーシアは言葉を無くしてしまった。
先生は何も言わず、温かい眼差しを向けてミーシアの言葉を待って下さった。
「わたし、昨日みんなに言ってなかった事があるんです。それと……」
ミーシアはテーブルに石版を出した。
先生は驚きもせず、ミーシアが話し出すのを待っていてくれた。
「昨日あれから一人で入り江に行ったんです」
「そのようだね」
校長先生は怒る訳でもなく、見守るような優しい表情でミーシアを見つめている。
「昨日は、みんなに言ってから入り江に向かうのは反対されるから、ウミガメのサムと先に入り江に向かったんです」
先生は無言のまま頷いた。
「サムに入り江に近づいてはいけないって言われたのも、みんなに黙っていたんです」
「それはどうしてだね?」
「入り江に近付くと怖い目に合うから、それをみんなに言うとまた心配させてしまうと思って……」
ミーシアは校長先生にも心配を掛けまいと、怖い目というニュアンスで事の重大性を濁した。
「昨日言ってた石版を手に入れる何かは、わたしの持っている指輪でした。『守りの指輪』というミンティアの神話に出て来るミーシア・ベネット・ウォールデンが持っていた物です」
ミーシアの言葉を聞いた先生は驚きを隠せないようだ。
「先生にそれを見せてもらえるかな?」
「はい」
ミーシアは首の後ろに両手を回し、ネックレスの留め具を外すと先生に手渡した。
先生はミーシアからネックレスごと指輪を受け取ると、メガネを掛け指輪を眺めた。
水面に触れてみた。校長先生の心の声が水面から汲み取れた。
(守りの指輪も驚くべき代物だが、更に驚くべきはこのネックレスだ!)
ネックレスに刻まれるムアール国の紋章を、校長先生は真剣な表情で見つめていた。
どうしてこのネックレスと指輪をミーシアが持っているのか校長先生は気になっていたようだが、ミーシアを気遣い聞く事はしなかった。
「この指輪をどうしてわたしが持っているのかわからないんです」
だがミーシアの方から打ち明けた。
「どういう事だね?」
「小さい頃からずっと持っていたから、今までとうさんたちに聞いた事もなかったし……」
「とうさんたち?」
「はい、わたしには片足のとうさん初め、たくさんの船乗りのとうさんが居るんです」
とうさんがたくさん居るという言葉から、先生は複雑な事情があるのだと理解してくれたようだ。
やはり校長先生は賢明な御方だと私は思った。余計な質問は控え、ミーシア自身の話すスピードに合わせ、最終的にミーシア自身から悩みを聞き出すと同時に、自分の聞き出したい事を誘導して本人に話させる形を取っていたからだ。相手の事を一番に思いやる心がなければ、これほどスムーズに相手に悩みを打ち明けさす事は出来ないだろう。
校長先生はじっとミーシアの目を見て、時には頷き、聞き手に徹して下さった。
「おかあさんはビッグママしかいないけど、わたしを子供のようにかわいがってくれているんです」
「ビッグママは優しいおかあさんなんだね」
「はい、海の中でしか一緒に遊べないけど、遊ぶときは友だちのように接してくれます」
「海の中?」
「ビッグママはシロナガスクジラのとっても大っきなおかあさんなんです」
先生は、母親がいない事を瞬時に理解してくれたようだ。
「みんなから実にたくさんの愛情を貰っているのだね」
「はい、みんなわたしの大切な家族です。今日その家族が帰って来るんです。航海を終えて……」
「じゃあミーシアにとって今日は嬉しい日だね」
「はい、とっても嬉しいんだけど……」ミーシアは俯いた。
「何かあるのかね?」
ミーシアの瞳から涙が零れ落ちた。
「みんなとお別れになるのが……」
ミーシアは鼻を啜りながら大粒の涙を流した。
先生がハンカチを手渡してくれた。
「もうこの港には帰って来ないのかい?」
「わかりません。わたしが今お世話になっているマッシュとアンナがこの島に居るから、いつかは帰って来ると思いますが、それがいつになるかは……」
「みんなと会えなくなるのが辛いのだね」
ミーシアはゆっくりと頷いた。
「わたしずっと船で暮らしていて、この学校に来て初めて出来たお友だちだから……」
「みんなに何て言おうか迷っているのだね」
ミーシアがまた頷いた。
「いつまで居るのだね?」
「すぐには出航しないと思いますが、それほど長く居るかどうかは……」
俯いたままミーシアが話した。
「みんなと離れると友達でいられなくなると心配しているのかい?」
唇を噛み、俯いたまま悲しい表情でミーシアは頷いた。
「いいかいミーシア、友達と永遠に会えなくなるのは、ミーシア自身が友達を辞める時なのだよ」
ミーシアが顔をぱっと上げた。
「ミーシアが友達と思っている限りは永遠に友達なんじゃないのかね」
真剣な眼差しでミーシアは校長先生の眼を見据えている。
「ミーシアが友達を思う気持ちは皆も同じだと思うよ。離れていても友達は友達だ。海の上で友達が恋しくなったら空を見上げなさい。きっと友達も同じ空を見上げているはずだよ。空は繋がっている。ミーシア達の友情がずっと繋がっているようにね。離れていても同じ空をいつでも見れるのだから……」
ミーシアは少しだけ気分が晴れた気がした。
「先生、わたしみんなに何て伝えたらいいか……」
「石版の事かね?」
ミーシアは小さく頷いた。
「ミーシア自身はどう思っているのだね」
「昨日石版を手に入れた内容をすべては打ち明けたくないんです」
「それはどうしてだい?」
「心配を掛けたくないのと、あと指輪の事も……」
「言いたくないのだね」先生がミーシアの言葉の続きを引き取って下さった。
(確かに今は指輪の事は伏せておいた方がいいかも知れん。どういう経緯でミーシアの手元に指輪があるのかはさておき、恐らく私の察する所、この二つの品の繋がりは、今は亡きムアール国のエレーナ王妃だろう……)
確かにあの二つの紋章を繋げるには私を措いて他にない。守りの指輪は大御婆様の血を引く者が継承していくミンティア所縁の品。その指輪を継承した私がムアール国に嫁いだ。線を辿れば私しか浮かび上がらない事は国民の誰もが知っている事実だ。
(そして七年前のザルーラ国との戦いの末、敗れたムアール国のプリンセスが今のミーシアとちょうど同じ年頃。また神話にもあるミーシア・ベネット・ウォールデン王妃が猛威を振るった力もまた名前と同様にミーシアと酷似している。守りの指輪や紋章が子供達に明らかになれば、子供達の好奇心からいって、指輪の経緯や出生を詮索するやも知れん。となるともし私の推測が当たっていれば、ミーシアの実の両親が殺され、もうこの世にいない事実がこの幼いミーシアを傷つけてしまうやも知れん)
校長先生の推察とミーシアに対する気遣いには驚くばかりだ。
「さてミーシア、私の意見を述べる前に一つ約束して欲しい事がある」
ミーシアは校長先生の眼をじっと見つめ次の言葉を待った。
「これからミーシアが人生を生きて行く上で、様々な辛い事、悲しい事、投げ出したい事、いや、ミーシアは強い子だから投げ出す事はしないだろうが、とにかくそんな局面に差し掛かった時、一人でしょい込まず、友達や信頼の置ける人に素直に頼る事を約束して欲しいのだよ。一人で何事もする事はとても立派な事だが、しかし言い方を替えるなら、一人でこなす事はとても簡単な事なのだよ。いいかいミーシア、物事を成し遂げるとき一人で成す事も大事だが、大勢で成し遂げる事もとても大事なのだよ。何も大勢の方が一人よりも良いと言っているのではないよ。ミーシアが大きくなって行く内に、その都度その時々でどちらが適しているか分かって行くだろう。今はこう覚えておきなさい。大勢で分かち合える喜びは、一人で得る喜びよりも素晴らしく素敵で、素晴らしく楽しく、素晴らしく愛しあえる喜びなのだと」
ミーシアは下唇を噛みながら深く頷いた。
「おそらく校長先生は、ミーシアの行く末を案じておっしゃってくれているのじゃろう。ミーシアの生まれながらに持つ星を案じてな」
大御婆様が私におっしゃった。
「わかったねミーシア」
「はい、わかりました」
「よろしい!」先生はあたたかい微笑みを浮かべ軽く頷いた。
「さて、本題に入ろうかの」
ミーシアは救いの目を向けて校長先生を見つめている。
「友達に心配を掛けたくないという気持ちは、実に友達思いで良い事じゃ。また、友達もミーシアの事を心配するという事は、ミーシアに対して愛情があって大変喜ばしい事だと思う。しかしだ! その友達の気持ちを分かっていながら、危険な事をしたミーシアは果たして友達思いだと言えるかな?」
「いいえ」
「素直でよろしい!」先生は納得のいくご様子で二度頷いた。
「時にミーシア。先生もミーシアと同じ考えなのだよ」
ミーシアは思いもよらない先生の言葉に目を丸くした。
「今回この石版を手に入れた経緯を、一から十まで話すのは先生もどうかと思っていた所だ。ミーシアの目を見ておれば、どれほど危険な目に合ったかは先生には察しがつく。そしてその事をわざわざ話して友達を心配させるのはもう必要ないと思う。さっきも言ったが、これからはもう無茶をしてはダメだよ!」
「はい、先生」
「指輪の事に関しても、今はやはり伏せておくべきだと先生も思う。しかし昨日の話し合いの際に、石版を手に入れる為の何かが必要だとみんなに言ってしまった以上、指輪を伏せてみんなに説明するには嘘を吐かなくてはいけなくなるだろう。ミーシアは、指輪がどうして自分が持っているかという疑問もあると思うが、友達に嘘は吐きたくないのもあって悩んでいるのだろ?」
「はい」
「そこでだ! 嘘も方便という古いことわざがあるように、方便の使い慣れたこの老人が方便を吐いておこう。今から言う事をミーシアよくお聞き。指輪の事は決して人に言ってはならん。そしてこの先ミーシアが大きくなるまで、指輪の事は誰にも口外してはならん。これは先生からのお願いだ!」
水面から伝わる校長先生の心情は、いずれ解るにせよ、やはり幼い内から実の両親が殺されたという事実を知るよりも、受け止められる年齢が来るその時まで、ミーシアに真相を聞かせたくないという配慮からだった。私は校長先生に感謝しきれない思いだった。
「でもどうしてですか?」
「その指輪を求める輩が居るからだよ。その指輪は『ミンティアの神話』にも出て来る貴重な指輪だ。そんな指輪を子供のミーシアが持っていると知ったら、恐らくそれを狙う輩が後を絶たなくなるだろう」
先生はもっともな言い回しで、指輪から私に辿り着かないように配慮して下さった。
「でもわたし……」
「わかっておるミーシア。すべては言わずとも、本当の事を話さないといけないという気持ちがあるのだろ?」
ゆっくりとミーシアは頷いた。
「ではこうしよう。今回の石版の件に関しては、先生に任せてくれないかね」
「でも先生……」
ミーシアは校長先生にすべて押し付けてしまったように感じ、悪いなと思う気持ちになっていた。
「ただし、この事は二人だけの秘密だよっ!」先生はミーシアに向けて笑顔で片目を瞑った。
校長先生の笑顔に、ミーシアの気持ちがすっかり晴れた訳ではなかったが、しかし校長先生が続け様にもう一度ウインクをしたので、ミーシアは校長先生のぎこちないウインクを見て、吹き出してしまいそうになるのを堪え小さく笑った。
「よし、決まりじゃ。後は先生に任せておきなさい! それから、放課後みんなに集まるように言っておきなさい」
「はい、わかりました!」
ミーシアに笑顔が戻った
教室に入るとキャシー初め友達たちは、すでに教室で楽しく雑談に花を咲かせていた。
「あっ、おはようミーシア。今日は遅かったじゃない。早くこっちに来てスーザンの話を聞かせてもらいなさいよ。面白いんだからぁ~!」一番にミーシアに気付いたキャシーが声を掛けた。
「おはようみんな。校長先生から伝言で、放課後集まるようにって」
「わかったわ!」
「でね、夜中に弟の瞼の上にインクでぱっちりお目目を書いてやったのよ。もちろん気づかれなかったわよ」
「それでどうなったの?」とキャシー。
「朝起きてテーブルに座った時に、まだ眠たいのかみんなの前でうとうとし出すのよ」
スーザンの話を想像したのか、皆ニタニタと吹き出す寸前だ。
「そこでパパが言ったの。フレッド、最近お前、母さんに似て来たなぁ~! って、そしたらママが、あら私に似たのならもっとハンサムなはずだわ! きっとパパに似たんじゃない! って、そしてフレッドが目を瞑ったまま言うのよ。おいらはどちらにも似なかったおかげでクラスの女の子にモテモテさ、って。ところでわたしはどっちに似たのかな?」
スーザンの問い掛けに、みんなは無言のまま一斉に明後日の方向に目を向けた。
「ちょっとぉ~、どうしてみんな何にも言ってくれないのよぉ~」
女の子達は、スーザンの言葉でキャッキャウフフと楽しく盛り上がった。
授業中ミーシアは、校長先生のウインクと、スーザンの弟のぱっちりお目目の話を思い出し、笑いを堪えるのに必死だった。
お昼になると女の子達は楓の木の下で、またウサギを引き連れランチをしようという事になった。そんな女の子達にマーカスとトニー達男の子が、「おれ達も一緒に混ぜてくれよ」と言って来たが、「女の子だけのランチ会だから、あなた達はどっか別の場所で食べなさいよ」とキャシーが頑なに断ったので、トニー達はあえなく教室でお弁当を食べる羽目になった。
トロントは「ブウブウブブブウ……ブウ!(よってらしゃい見てらっしゃい! 好き嫌いのある子、お腹がいっぱいで弁当を食べきれない子、ご遠慮なくこの残飯入れに、さあさあみなさんどんどんお入れくださいませませ! トロントちゃんが今日も残飯を見事なまでに平らげちゃうよ! 食べっぷりの見たい方は一人一品置いてきな! さあさあよってらっしゃいみてらっしゃい!)」と大ハッスルしていた。
授業終了のチャイムともに、皆はこぞって用務員室に押し掛けた。
「さあみんな集まったかね。ちょっと報告があったので寄ってもらったのだが。何かというと実はこれなのだが……」
校長先生は戸棚から石版を取り出して来た。勿論ミーシアが今朝渡した石版だ。
「うわぁ~、新しい石版が増えてる!」
マーカスが驚いた声を上げたが、それ以上にみんなも驚いていた。ミーシアは少し済まなさそうな顔をしている。
「昨日あれから先生は、石版を手に入れる何かをずっと考えていんだが、そしてある事に思い至ったのだよ。何かとは、もしや他の石版の事ではないのかと……」
「それで石版だったのですか?」トニーが口を挟んだ。
「まあまあ待ちなさい。話は最後まで聞くものだ。結論から言って石版に間違いはなかったのだが、先生はギャスターなる動物は知らないのでのぉ~、そこであれからミーシアに付き添ってもらったのだよ」
みんなが一斉に驚いた顔をミーシアに向けた。ミーシアは顔を真っ赤に染め、済まなさそうな顔で俯いたまま頭を掻いた。
「ミーシアったら、朝からそのこと知ってたのにちっとも言ってくれないんだからぁ~」
キャシーが口を尖らせ言った。
ミーシアは申し訳なさそうな表情をしている。
「これこれキャシー、ミーシアを責めてはいかんよ。先生が黙っておくように言ったんだ」
「わたしだったら黙っておくのに耐えきれず、はしゃいですぐにばらしてしまっていたわ」
それほどキャシーは怒ってはいないようだ。
「みんなから預かっているクマの穴蔵で見つけた石版と」先生が話を戻した。「先生が持っていた石版を持ってギャスターの所に向かったのだ。やはり面識のあるミーシアが居てくれた御かげで話は早かった。他の石版を持つ者ならとすんなりと譲ってくれたのだよ」
「でも良かったですね。こんなにも早く石版が手に入って」
マーカスは率直な意見だ。みんなも同様に喜んでいる。
私は水面に触れてみた。
(ごめんねみんな……、ほんとごめんね……)
ミーシアは心の中で繰り返しずっと謝り続けていた。
「ところで、これで石版はぼく達の手元に三つ集まった訳ですが、校長先生が持っておられた石版には『近き場所』、クマの親子の穴蔵にあった石版には『意を述べよ』、そして今回手に入った石版には『選ばれし者』、これらの形状からいって組合すと、真ん中に入るのが博物館に置いてある、『持ちて戌の刻』と言う文字が書いてある長方形の石版が当て嵌まります。上から読んで行くと、『近き場所、持ちて戌の刻、意を述べよ、選ばれし者』。みなさんはどう思われますか?」
「どうって……、どっかの場所に行って、何かを持って、選ばれし者が何かを言えばいいんじゃないの?」マーカスの問い掛けにキャシーが答えた。
「はい、それはそうなのですが、この中で『近き場所』と『持ちて戌の刻』の前文が抜けているのです。『近き場所』はいったい何に近いのか、『持ちて戌の刻』は何を持って戌の刻に行けばいいのか、という事が最後の石版に記されていると思われます」
「さすがマーカスね。頼りになるわ」スーザンが笑顔で言った。
マーカスはメガネの位置を変えた。
「その答えをこれからこの学校で探すのね」続いてアリスが真面目な表情で言った。
「はい、そこでなのですが、校長先生がこれまで探して見つからなかったほどなので、闇雲に探し回っても石版はおろかそのヒントさえ辿り着けないだろうと思うのです。なので山で探し当てたように、区画分けして、各班で探すのが効率が良いと思うのですがいかがなものでしょうか?」
「わたしは賛成よ」素早くアリスが答えた。
「おれたちも賛成だぜ」トニーも続いた。
「それっきゃないわね」とスーザン。
「わたしも問題ないわよ」カトレーナも合意した。
「わたしはトニーと組む以外なら何でもオッケーよ」これはキャシーだ。
「なんでおれと組むのが嫌なんだよ!」
「決まってるでしょ、嫌いだからよ!」
「まだおれたちの事を認めてないのかよぉ~……」
「おれたちじゃなくてあなただけよ!」
「トホホ」トニーの情けなさそうな声に、みんな声を上げて笑い合った。
「ところでミーシアはどうなのです?」マーカスがミーシアの目を見つめ尋ねた。
ミーシアは視線を外し、救いを求めるように校長先生の顔を見た。
先生は見守るように温かい表情をミーシアに向けてゆっくりと頷いた。
ミーシアが話し始めた。
「わたし……、みんなに報告があるの……」
突然のミーシアの発言に、全ての目がミーシアに注がれた。
「わたし……、今日で学校を離れるかも知れないの……」
「どういう事ミーシア?」
驚きと悲しみの入り混じった顔付きでカトレーナが尋ねた。他の子供達も同様に驚いている。
「今日わたしの船がこの港に帰って来るの……」
「それじゃあ今日お別れになるという事ですか?」マーカスはあまりの驚きようにメガネがずり落ちていた。
「それはまだ解らないけど、どれだけ港に碇泊するかは船が着いてみないと解らないの……」
子供達は愕然として悲しみに表情を曇らせた。
「じゃあまだ数日はこの街に居るんだろ?」トニーも淋しがっている。
「えぇ、すぐには出航しないと思うわ。でもおそらく今日で学校は来ないと思う……」
「港に行けば会えるんだろ?」
「勿論会えるわ。それに……、みんなには船に招待するって約束もあるし。だから今日はカトレーナと約束した招待状を持って来たの……」そう言うとミーシアは、鞄から招待状を取り出した。
一番に涙を見せたのはカトレーナだった。
「ミーシアがずっとこの島に居てくれるのなら、わたし招待状なんていらない……。その方がわたしは嬉しいもの……」
ミーシアはぐっと涙を堪えた。
「わたしもよミーシア」キャシーも瞳から涙を溢している。
「お願いずっとこの街に居るって言ってよッ!」手の甲で目を隠して話すスーザン。
「ミーシア……」多くは語らず、ずっと瞳を赤くして涙を堪えているアリス。
「ごめんねみんな、わたしが言い出した事なのに最後まで石版を一緒に探せなくて……。でもわたし、きっとまた戻って来るから」
「必ずよミーシア。それまでわたしたち石版を探しておくから、必ず戻って来てよ」アリスが言った。
「必ず戻るって約束するわ! だってわたしにはこの街が故郷だもの。それにあなたたちはわたしにとって、初めて出来た友だちなんだもの……。こんなわたしだけど……、これからもずっと友だちでいてくれる……?」
「もちろんよミーシア」
「当たり前じゃないミーシア」
「今さら何を言ってるのよミーシア。もしあなたが友だちを辞めたいって言ったって、辞めてあげないんだから……」
「これからもずっと友だちに決まってるじゃない」
子供達の心に、この時、揺るぎない結束が芽生えた。女の子達が手と手を取り合い、別れを惜しむ中、
「でもミーシア、明日船に尋ねて行ったらまだ会えるんだろ?」
トニーが余計な一言を言った。
「あんたほんと空気を読まないわねッ! せっかくのいいムードが台無しよッ!」
キャシーが涙ながらにトニーに注意すると、みんな笑顔と涙の入り混じった表情で笑い合った。
海賊姫ミーシアとは別に、コメディータッチの自伝、
レッツ ゴー トゥ ザ NY ウィズ 岸和田㊙物語シリーズ1『武士はピンク好き 編』
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作者 山本武より!




