第十七章 『海賊船に招待』
学校から帰ったミーシアは、一週間という短い期間だったが、マッシュとアンナとトロントと共に郷愁の思いで港に向かった。ミーシアにとっては、片足のとうさん達とは一日だって離れた事がなかったので、淋しさもとりわけ募っていたのか、港に着くとミーシアはまだかまだかと水平線を眺めた。
夕日が沈み出す頃、水平線に船が見えた時、
ミーシアは嬉しさのあまり「やっと帰って来たぁ~っ!」とアンナの腰に手を回して抱き付き、誕生日とクリスマスが二つ同時に日を跨いで訪れたかのような喜ばしい表情を見せた。トロントは久しぶりに料理長の残飯が食べられると大はしゃぎだった。
「おぉ~ぃ、ミーシア~っ!」
船が港に近付くと、船員達はこぞってデッキに集まり、我先にミーシアに気付いてもらおうと、声の届かない所から手を振り声を上げた。その中でも一番乗りはやはり船長だった。ミーシアが水平線で船を見付けた時分から手を振り出していたのだ。ちなみに船長は遠眼鏡でずっと港を眺めていたが、水平線の距離から港を眺めても、モアイ像とトーテムポールの違いは解らなかった事だろう。それぐらい距離が離れていたのだ。
「みんなお帰りぃ~!」ミーシアが元気よく大きな声で叫んだ。
碇が降ろされ、ロープ(艫綱)が陸へ投げられると、ミーシアはそれを拾いビット(係船柱)に掛けた。
ジミーが船から陸へタラップ(舷梯)を掛けると、ミーシアはタラップを駆け渡り一目散に船長の胸に飛び込んだ。
「お帰り、片足のとうさん!」
船員達は自分の胸に一番に飛び込んで来るものだと思っていたので、皆両手を広げ待っていた。
「他のとうさんたちもお帰りなさい!」
ミーシアが船員達に顔を向ける前に、船員達は気付かれまいと広げていた両手をサッと降ろした。
「ただいまミーシア!」
男達は声を揃えると、船長の腕の中に抱かれるミーシアの周りにぞろぞろと集まった。
「ミーシア!」
赤鼻のじいさんが船長の横で両手を広げると、ミーシアは両腕を伸ばし、船長の腕の中から赤鼻のじいさんに抱かれ移った。
「お帰り赤じい」
それを見た船員達は、やはりここでも次は俺の番だと両腕を広げた。密集していた場所で皆が両腕を広げるものだから、それぞれの手が隣の人の顔に当ってしまい、揉み合い状態になっていた。
「ミーシア、誰か忘れてないかい?」声と共に船の横で噴水が上がった。
「ビッグママだ!」
ミーシアは赤鼻のじいさんの腕を振り解き、一目散に船縁へと走った。
「ビッグママ、忘れていたわけじゃないのよ」
「そうかい。なら安心したよ。こんな大きい体を忘れられちゃ悲しいからね」
ミーシアの後方では、船員達が人の顔を押しあった状態で凝り固まっている。
ビッグママ初め紅鯨団の人達は、本当にミーシアの事を愛してくれているのだと、改めて感じさせてくれる素敵な光景だった。
「あのね、お友だちもたくさん出来たのよ」
「そうかい。良かったじゃないか!」
後方では船長達が、ミーシアの一言を聞いて「OHォ~!」と感嘆の声を上げている。
「それでね、陸ではいっぱい冒険したの」
ミーシアがビッグママに一言いう度、「OHォ~!」と男達の歓声が上がる。
「それでね、明日この船に友だちを招待したの」
「ええええぇぇぇぇェェェ~~~~~~~~~ッ!」
いきなりのミーシアの報告に、船長はじめ船員達は驚きの声を上げた。
「ミーシア、今言ったのは本当かっ?」船長がミーシアに駆け寄りながら尋ねた。
「ええ、本当よ。たくさん来るわよ」
「おいっ、野郎ども! こうしちゃ居れん! みな明日の為に正装の準備をしろッ!」
船長は焦りながら振り返り、後方の男達に忙しなく言った。
「正装なんて持ってなかったらどうするんですかい?」飲んだくれのジョンが言った。
「バカ野郎ッ! 正装の一つも持っていないのかッ! それなら俺と今から貸衣装屋に向かうぞッ!」
「なんだ船長も持ってないんじゃないですかぁ~」
「俺は貸衣装屋にキープしてもらってんだよ!」
「ボトルキープのように言ってやがらぁ~」ジミーが小声でぼやいた。
結局、一張羅を持っていたのは赤鼻のじいさんただ一人だけだったので、男達はこぞって船長の後に付いてぞろぞろと貸衣装屋に向かった。貸衣装屋の店主は、荒くれた三十人近い男達が閉店間際に訪れたので、強盗でも押し寄せて来たのかと驚き、カウンターの下からライフル銃を取り出し男達に向けたが、客だと解ると、揉み手をしながら「いらっしゃいませ!」と営業ボイスに切り替えた。船員達はタキシードやジャケットに蝶ネクタイを借りれたが、船長はクマのように身体が大きく貸衣装屋に合うサイズが無かったので、蝶ネクタイとタキシードハットしか借りれなかった。それを見ていたジミーは、
「なにがキープしているだよ、行った瞬間銃まで向けられていたじゃねぇか!」
と小声で失笑していた。
「なんだ船長その格好は?」船に戻ったとき赤鼻のじいさんが言った。
ミーシアもくすくすと小さく笑った。
「もぉ~う、みんな普段のままでいいのよ、みんなその方がステキなんだから!」
ミーシアの言葉に救われたのは船長ただ一人だけだった。ミーシアの普段のままがステキという言葉に、男達は変わり身早く無言で普段の海賊衣装にまた着替え直した。しかしミーシアのお友達が初めて来るという記念すべき接待の日なので、明日は皆、蝶ネクタイだけはしておこうという事になったが、海賊衣装に蝶ネクタイはアンバランスな格好にしか見えなかった。
料理長の普段の服装は、白と赤の縞々のTシャツに、くたびれたズボンと白のエプロン姿だったが、「そういえば昔コックをしてた時のユニフォームがどっかにあったなぁ~」と、衣装ケースから純白のコックコートを引っ張り出して来た。やはりそれでも蝶ネクタイは欠かさなかった。
「で、ミーシア、明日は何人来るんだ?」船長が聞いた。
「女の子が四人と、男の子が四人、校長先生は来るかどうかわからないけど、あとそれにマッシュとアンナも……」
「そんだけも客人が来るのなら豪勢にしないといけないなぁ~。料理長、一つゴージャスなランチ会をデッキでするとしよう」
「でも学校が終わってからみんな来るから、ランチ会には少し遅すぎるわね」
「ならディナーといこう。お前達はマストに煌びやかな飾りつけをしろ! そしてお前達はテーブルや椅子、それにテーブルクロスもよろしく頼む! あとジミーと赤鼻は、お持ち帰りの品を明日の朝一番で街に買いに行って来い!」
「わたしも付いて行っていい?」
「勿論だともミーシア」船長が答える前にジミーと赤鼻のじいさんが声を揃えた。
「それとバイオリンや演奏の出来る者は今晩の内に音合わせやっとけよ!」
「ビッグママ、日の明るい内に少しみんなで泳ぐから、滑り台や噴水やってね」
「任せておきなミーシア」
紅鯨団の男達は、明日の午後からだというのに早くも用意の出来る事は準備に取り掛かった。そしてある程度準備が整い終わると、男達はテーブルを囲みミーシアの冒険談に花を咲かせた。ギャスターから石版を貰った件になると、ここでもミーシアは心配を掛けまいと、校長先生が子供達に言って下さった作り話を話して聞かせた。
一週間振りの再会は、皆にとって心安らぐひと時となった。
夜が更け始め、自室の愛着あるベッドに入ったミーシアは、素晴らしく安心しきった寝顔で夢に落ちて行った。
明くる朝、快適な自身のベッドでぐっすりと安眠したミーシアは、目覚めも良かった。目覚めるなり直ぐにベッドから飛び起きて顔を洗うと、日課のマスト登りを始めた。
「こらミーシア、危ないから降りて来いっ!」
「平気よォ~!」
「怪我でもしたらどうするんだっ!」
「べぇ~だッ!」
二人のやりとりが始まると、船員達は「また始まった」と思いつつも、いつもの平穏な生活に戻りなんとなく落ち着くのだった。
朝食時には恒例のお話が待っていた。久々のお話だったので誰の順番か分かりかね、誰が話すか話し合った結果、この日は料理長が話す事になった。
「これはまだ俺が若かりし頃、あるレストランで働いていた時の話だ。そこに朝から朝食を食べに、近所の口うるさい夫婦が息子と爺さんを連れて来たんだよ。この家族の注文する物といえば毎回Aセットなんだが、Aセットには目玉焼きが付いていた。ここからいつもの言い争いが始まるわけだ」
「へぇ~、この目玉焼きでか?」ジミーが朝食の目玉焼きをホークで突き刺し、目の高さまで上げた。
「あぁ、まずテーブルにAセットが四品運ばれると、テーブルに置かれている調味料の中から旦那がソースを取るわけだ。それを目玉焼きにたっぷり掛ける。すると嫁が調味料に手を伸ばしながら言うわけだ。『目玉焼きには醤油でしょ!』ってな。旦那は、『目玉焼きに醤油を掛ける女の気が知れん!』とまず毒舌を吐く。一方女は『ソースを掛ける男は気が小さい男が多いと言うけど、まさにあなたがそうね!』。だが旦那も負けてはいない。『何をぉ~ッ、この醤油気狂いがッ! いつもいつも朝から晩まで醤油味の物ばかり食いやがってッ! 晩飯に醤油味以外の物をちょっとは作れってんだッ! 毎日醤油味の物を食わされている身にもなってみろッ!』。女も『うるさいわねッ、そんなにソースが好きなら他の女にソース味の料理を作ってもらえばいいでしょッ!』とな」
「この話のどこが面白いってんだ?」やはりジミーが聞いた。
「まあここからなんだが、そんな夫婦げんかの最中に息子がマヨネーズをブチュ~ぅと目玉焼きに掛ける。二人はそれを、何をするのだ! というような目で見る。そして二人して言うわけだ。『マヨネーズなんか使わないで醤油を掛けなさい!』。いっぽう男は、『マヨネーズなんか掛けないでソースを掛けなさい!』。二人が更にいがみ合っている中。そこで爺さんが最後の調味料に手を伸ばすわけだ」
「何を掛けたの?」ミーシアが期待に胸を膨らませ尋ねた。
「手に取ったのはまずソース、それをたっぷりと掛け、次に醤油を少々、そしてマヨネーズをどっさり、最後にケチャップを目玉焼きが見えなくなるまで掛けるんだよ。それをトーストの上に乗せて言うわけさ。『目玉焼きにはこれが一番じゃて……』とな」
「気持ち悪ぅ~い」
「そうさ、その夫婦も気持ち悪がって、毎回夫婦ゲンカはそこで収まるのさ」
今一つ盛り上がらなかったので、今日はもう一人いこうという事になった。
「それなら俺に任せろ」とジミーが手を上げた。
「じゃあジミー話して」
ミーシアが言うと、ミーシアの独断と偏見でジミーに順番が回った。
「これは四年ぶりに会う旧友の話なんだが、そいつがとある病院に入院したという知らせが届いて俺は見舞いに行ったんだ。病室は直ぐにわかった。大部屋だったので部屋の前に表札がしてあったんだ。アンドリューと書かれた表札は左の列の一番窓際だった。中に入ってみると、その大部屋には六人の患者がそれぞれカーテンの敷居で区分けされていた。俺はこのとき悪戯を思い付いたわけさ」
「どんないたずら?」
「まあ聞きな。まずカーテンで仕切られている部屋の通路から、『アンドリューさんもう直ぐ浣腸の時間ですので、後で来ますからお尻を出して待っていてくださいね』とナースの声を真似て言ってやったんだ。だから少し時間を置いて、いきなりカーテンを開けてやろうと思ってな! そして再び病室に戻ると勿論まだカーテンは閉まっていた。俺は笑いを堪えてカーテンをいきなりガバッっと開けてやったよ。案の定その男は四つん這いになって尻を開いて待っていやがった」
男達は目尻を垂らし、ニヤけた面をしている。
「そして俺は言ってやったのさ」
「何て言ったの?」
ジミーの次の一言を期待しているミーシアは、吹き出す寸前の顔付きだ。
「汚ったないケツだなぁ~っ! てな」
皆想像したのか吹き出し大笑いしている。
「しかし俺は笑うに笑えなかった」
「どうしてなの?」
「表札に書かれたアンドリューは、同姓同名の奴だったんだ!」
テーブルは爆笑の渦である。
「ちょっとぉ~、まだ食事終わってないのに汚い想像させないでよぉ~っ!」
ミーシアは言いながらも笑いが止まらなかった。
朝食の後ミーシアは、ジミーと赤鼻のじいさんと一緒に、街にお友達が持ち帰る引き出物を買いに行く予定だった。どうせ街に出るのなら、料理長達も買い出しがあるので一緒に行こうという事になった。
街の市場は活気ある賑わいで溢れ、黒山の人だかりだ。
料理長達とは「後で船でな」と言って別れ、ミーシア達は三人でキャシー達が喜びそうな物を探しに回った。
「どんな物がいいかなぁ~ミーシア?」
あちらこちらにある露店に目を向けながらジミーが尋ねると、
「男の子たちの喜びそうな物はわたしには分からないわ」
とミーシアがジミーの顔を見上げて答えた。
「それじゃあわたしは女の子が喜びそうな品を探すから、二人は男の子たちの品を探して来てよ。あと校長先生の分も頼むわね」
「よし、わかった。じゃあ後であの広場で三十分後に集合するか?」
「そうしましょ」
「でもミーシア一人で大丈夫か?」
「平気よ。何度もアンナと街には来ているから慣れっこよ」
「そうかわかった。それじゃあ噴水の所でな」
こうしてミーシアは二人と別れ、女の子が喜びそうな品を探しに回った。
「何にしようかな、髪飾りは大きくなったら子供っぽいって付けないだろうし、かといって手鏡なんか割れたら持っていてくれないだろうし。ほんと何がいいかなぁ~?」
ミーシアが悩んでいると、数軒先にかわいらしい小物が売ってある露店がミーシアの目に留まった。ミーシアは逸早く人ごみを縫って駆けて行くと、小物がたくさん陳列されてある露店の前で、目を輝かせて小物に目を走らせた。
「わぁ~綺麗、これなんかもいいかもね」
ミーシアが手に取ったのはブローチだった。淡い緑の四葉のクローバーは、他に並べられた品に目が行かないほ、どミーシアの心を魅了した。
「これなら男の子が持っていてもおかしくないかも」
「お嬢ちゃん、それが気に入ったのかい?」
「ええ、でも高いんでしょ?」
「それほど高くはないよ」
「いくらなの?」
「三ゼニーだよ」
「でもどうしようかなぁ~」ミーシアが悩んでいると、
「お嬢ちゃん。四葉のクローバーのそれぞれの葉の意味を知っているかい?」
「それぞれの葉に意味なんてあるの?」
「あるとも、それぞれの葉には『勇気』『愛情』『信頼』『希望』、そういう意味があるんだよ。裏を見てごらん?」
ミーシアはブローチをひっくり返し、留め金が付けられている方を向けてみた。台はシルバーで出来ていて、それぞれの葉の裏には『勇気』『愛情』『信頼』『希望』という文字が彫られてあった。ますますミーシアはこれが欲しくなった。しかしミーシアは二十ゼニーしか持っていなかった。
「どうした買わないのかい?」
「欲しいんだけど、わたし今二十ゼニーしか持ってないの」
「二十ゼニーもありゃ~六個も買えるじゃないか?」
「友達とお揃いにしたいから、九つ欲しいの」
「いいよ、負けてやるよ」
「ほんとにいいの?」
「あぁ、その友達と永く友情が続くように、おじさんも奮発してやるよ」
「ありがとおじさん」
ミーシアは三十分も経たない内からお気に入りの品を買い揃えた。
「どうしよう、まだ時間が大分あるしなぁ~……」
ひとまずミーシアは、余った時間を利用して街を探索する事にした。山積みされたフルーツや、ソーセージが軒先に吊るされた肉屋、色取り取りの野菜も露店には豊富に積まれていた。活気ある商人達が競い合うように商品を取引し、盛んな露店街を歩くミーシアは、この街の景観を気に入っていた。物珍しそうな表情で後ろ手に歩く幼いミーシアを、水面から眺めているだけで私も温かい気持ちになれた。しばらくしてミーシアは少し先に見えている路地に入った。人混みから抜けてひっそりとした路地に入ったので、私は気になり水面に触れてみた。ミーシアは先ほど買ったブローチを早く付けてみたくて仕方なかったようだ。ミーシアは早速袋からブローチを一つ取り出すと、嬉しそうにブローチを胸元に付けた。そんな時ミーシアの耳にこんな声が聞こえて来たのだ。
「店主、こんな指輪とネックレスを付けた少女を見なかったか?」
ミーシアは聞こえて来た方向に目を向けた。それはミーシアの背より少し高いガラス窓の奥からだった。ミーシアは気になり爪先立ちして窓枠を覗いた。ミーシアの目に映る光景は、長いカウンターの中に、バーテンダーの格好をしたコップをトレシーで拭く飲み屋の店主と、カウンターの外に立つ腰に剣を差した髪の長い男だった。
髪の長い男はカイルだった。カイルは紙に正確に描いた『守りの指輪』と私の『ネックレス』を店主に見せていた。
ミーシアの目にその描かれた指輪とネックレスが映った。
(あれはわたしの持っている指輪とネックレスだわっ! なんであの人が……。しかも少女が持っている事まで知っているの……?)
ミーシアは困惑した。やはり校長先生の言った通り指輪を付け狙う輩がいるのだとミーシアはこの時思った。
(あの男には注意しなくっちゃ!)
そしてミーシアはカイルの顔をしっかりと記憶した。
この時ミーシアがカイルと出会えていれば、ミーシアが指輪とネックレスを持たないまでも、カイルは私の娘だと気付いてくれたに違いない。幼き日の私にミーシアはよく似ていたからだ。校長先生の配慮がこういった形でミーシアとカイルを遠ざける事になるなんて……。そう考えると私は運命の悪戯というものを恨むばかりだった。
「これでいいのじゃよ」大御婆様が言った。
「でもミーシアが……」
「それでは聞くが、幼いミーシアに、ムアール国の宿命を早くも背負わせるのか? それはあまりにも残酷な事じゃとは思わんか?」
私は大御婆様の言葉でハッと気が付いた。
私は母親という立場から、自分の存在を早くミーシアに気付いてもらいたいという一心から、先程のように思ったのだと理解した。
「すべては時が解決する事じゃ」大御婆様は温かい笑みを浮かべ言って下さった。
私はこの時、カイルの過去を水面に映し出してもらった。
水面に映し出されたのは、私の亡骸をミンティア連合王国まで運ぶカイルの姿だった。国葬で行われた式の後、カイルは私が指輪とネックレスをしていない事に気付き、私がミーシアに持たせたのだと推測し、それからというものカイルはミーシアを探す旅に出たのだ。ムアール国はもう滅びて無いが、カイルはミンティア連合王国の庇護の下、ミーシアを探し続けていてくれたのだ。
広場で待ち合わせしていたミーシアは、赤鼻のじいさん達と合流すると、それぞれ買って来た物を見せ合った。
「ミーシア、いい物を見つけて来たじゃないか。しかも男の子達の分まであるなんて」
「そうなの、お店の人が値段を負けてくださったのよ」
「へぇ~、やるもんだなぁ~。さすが俺達の娘だな! 赤鼻のじいさんなんかいつも半額まで値切るんだぜ。ビックリするだろ!」
「で、二人は何を買ったの?」
「ほれっ、男の子にはやはり拳銃がいいと思ってな、四挺も買ったんじゃぞ!」
「赤じい、そんなの小学生が持ってどうすんのよぉ~、早く返してらっしゃい!」
「そうかのぉ~、わしが小学生なら必ず欲しいと思ったんじゃがなぁ~」
「後はないの?」
ジミーが袋を開いて見せた。
「とりあえず校長先生には、果物の詰め合わせでも持って帰ってもらおうと思ってな」
「いいと思うわ。果物の詰め合わせならみんなにも持って帰ってもらいたいわ」
「それじゃあこの拳銃を返しに行くついでに、みんなの分も買って帰るとするか」
三人は拳銃を返し、果物を人数分買って船に戻った。船では料理長らがたくさんの食材を担ぎ船に戻った所だった。
「すごくたくさんの食材ね!」
「ああ、今日は腕を振るって美味しい物をたくさん作ってやるからなミーシア」
「うん。ありがとう料理長。プディングも忘れないでね」
「勿論だとも」
デッキには「わっせ、わっせ!」と大きなテーブルが運ばれ、その上には赤いビロードの、金糸の細かい刺繍が施されたテーブルクロスが敷かれた。
マストの上からは、
「おお、ミーシア、帰ったか!」
と飲んだくれのジョンが、カラフルな飾り物をマストに飾りつけながら声を掛けてきた。
「ジョン、わたしも手伝いましょうか?」
「いや、もう終わるから大丈夫だよ」
デッキの奥には楽器隊が、一人勝ちジャンケンで自分が腰を据える配置を決めていた。
「みんな、そんな大人数で一斉にジャンケンして、いつになったら勝者が決まるの?」
「かれこれ三十分もしているんだが、なかなか席順が決められなくてなぁ~」
「なら勝ち抜き戦でしたらいいじゃない」
「それもそうだな」
「ほんとおバカさんな人たちなんだからぁ~」笑顔でミーシアが言った。
子供達が到着する時間が近付くと、船員達は海賊服の中でもとびきり上等な物に着替えた。そして首には蝶ネクタイを忘れなかった。マッシュとアンナは心安い仲なので、早くから来てパーティーの用意を手伝ってくれていた。
「ミーシア、そろそろ来てもいい頃じゃないか?」
「ええ、もう来るんじゃない」
「そうか、それなら楽器隊、派手な演奏をそろそろ始めようか」
船長の一言に、待ってましたとばかりに楽器隊は、陽気に心躍る演奏を奏で始めた。
「ほらっ、片足のとうさん。来たわよ!」
ミーシアが指差す方向には、キャシー達が楽しそうに会話をしながら港に向かって歩いて来ていた。その後方に校長先生の姿もあった。
「やったぁ~、校長先生も一緒だぁ~っ!」
「なにっ、校長先生さまも一緒だと……。こうしちゃ居れん。言葉づかいの練習をみんなにさせんとな!」
「もう遅いわよとうさん」
船長はうぅ~っと頭を抱えた。
「野郎ども、校長先生さまに粗相のないようにしろよッ!」
船長が大きな声で言うと、
「わかってますぜ船長。そう言う船長の方こそ言葉づかい大丈夫なんですかい?」
と、デッキブラシを持たせれば、紅鯨団一の磨き屋ハーネストが聞き返した。
「当たり前だ! 俺は上品な家庭に生まれた男だぞ、言葉づかいの一つや二つ何て事はない」
「それじゃあ俺を校長先生と見立てて喋ってみてくださいよ」
「よしわかった、何か言ってみろ」
「これはこれはミーシアのおとうさん。本日はお招き頂きありがとうございます」
「な、なっ、何をおっしゃいますですぅ~。校長先生さまがこんなへんぴな船に、よ、よ、よっ、よくぞお越しくださいましたですますぅ~」
「ダメだこりゃ~」傍らで見ていたジミーが額を押さえ言った。
「もぉ~う、片足のとうさん。普段のままでいいのよ普段のままで! あまり緊張しないで」
トホホと屈んで肩を落とし込む船長を、励ますようにミーシアが船長の肩に手を乗せポンポン叩いた。
水面を見つめていた私と大御婆様は、どちらが大人か分からない光景に、お腹を抱えて笑い合った。
キャシー達が港に近づくと、
「あの船じゃないか?」と、トニーが指を差した。
「すごい大っきな船だなぁ~っ!」ゴッズもデビットも感心した顔付で高揚している。
「紅鯨団の旗が掲げられていますよ」マーカスが旗に指を差した。
「紅鯨団って、街でうわさされているあの紅鯨団か?」トニーは驚きに目を丸くしている。
それもそのはず、街では民間船を極悪非道な海賊から助けたと、紅鯨団の名は良い噂で持ち切りだったのだ。
「すげぇ~、ミーシアは本当に海賊だったんだ!」
「えっ、紅鯨団って海賊なの?」キャシーが尋ねた。
マーカスが知識をひけらかすように、メガネの位置を替え物知り顔で説明を始めた。
「紅鯨団とは元々熊ヒゲ海賊団なのですが、ぼくの記憶にある限り、海賊と名の付く割には難破船を救助したり、社会に貢献する事ばかりしていますよ」
「なぁ~んだ、すごくいい海賊じゃない」キャシーが言うと、
「そらそうよ。だってミーシアが乗る船ですもの」とカトレーナも好評した。
「みんなぁ~、来てくれたのね!」
船縁からミーシアが大きな声で皆に声を掛けると、皆に向けて大きく手を振った。
「待って、今そっちに降りるから」
ミーシアは両腕を翼のように広げタラップを駆け降りた。
「先生も来てくださったのね」
「ああ、私は保護者替わりだ」
「そうなのよ。校長先生が付いて来てくれるってママに言ったら、それじゃあ少々遅くなってもいいわよ。だって」
「うちもそうなのよ」
「なんだお前のところもかよぉ~」
みんな校長先生を出しに使ったのかも知れない。
船の上では早くも心弾む快活な演奏が響いている。
「わぁ~、なんか楽しそうな音楽が聞こえてるじゃない?」
期待に胸を膨らませ、スーザンが胸の前で手を組み言うと、
「今日はみんなで盛り上がりましょ!」
とミーシアがそれに答えた。
「ミーシア、はい、招待状持って来たわよ」カトレーナがミーシアに手渡した。
昨日の話し合いの後、あれから一人一人に名前と日時と場所が書かれた招待状を手渡して行く度、ミーシアは涙が止まらなかった。アリスも涙を堪えていたが、ミーシアから直接招待状を受け取った時には大粒の涙を流していた。
「さあ、上がって。タラップに気をつけてね」ミーシアが先導して皆を船に案内した。
皆がデッキに上がるなり、
「おお~、これはこれはミーシアの良き友人達、それに校長先生さまもよく来て下さった!」船長は両手を広げ友好的な挨拶で子供達を迎え入れた。
「今日はお招き頂き有難うございます」校長先生が船長に挨拶を返した。
「あれがミーシアのおとうさんね」カトレーナがミーシアに尋ねた。
「ええ、でもこの紅鯨団の人たちは、みんなわたしのとうさんたちよ」
「さっそく挨拶しなくちゃ」
カトレーナは船長初め男達に、
「今日はお招き頂きありがとうございます」
と、きちんと一礼して挨拶を交わした。キャシーや他の女の子達もカトレーナに倣った。
男の子らは照れ臭そうに「ありがとうございます」と頭に手を添えて一礼した。
「硬い挨拶は抜きにして、さあさあこちらへ座ってくだされ!」
船長が示す手の方向には、ビロードのテーブルクロスが敷かれた、大勢の人が座れる大きなテーブルあり、その上には食べ切れない程の豪勢な料理が並べられていた。
「あっ、トロントちゃんだ」
スーザンがテーブルの下に居るトロントを見つけると、トロントはスーザンに全速力で駆け寄り、親しみを込めて顔をスーザンの足に擦り付けた。
「ブヒ、ブヒィ~!(この大根のような足、素敵だなぁ~っ!)」
「トロントちゃんたら、すごくわたしに懐いているんだから、カワイイわね」
スーザンは屈んでトロントをなでなでした。
横で見ていたミーシアは、トロントの言葉を訳さなかった。というより訳せなかった。
「うわぁ~、すごく豪勢な食事ねぇ~っ!」
キャシーは感激のあまり両掌を胸の前で結び、うっとりとした顔をしている。
「見てアリス、マストの飾りつけ、色んな色があってまるでクリスマスツリーね。素敵よねぇ~!」カトレーナも胸の前で両掌を結び言った。
「ほんと、演奏もあるし、船の上でゴージャスなパーティーって感じね」
そのとき噴水が上がった。
「ミーシア、あたしには紹介してくれないのかい」
海面から大きな声が聞こえた。
「きゃっ、ビッグママね!」キャシーが言った。
「ええ」
女の子達は心待ちにしていたビッグママにやっと会えるとあって、椅子に腰を落ち着かせようとしていた腰をもう一度浮かせると、期待にときめく笑顔で船縁まで駆け出した。そして船縁の手すりを掴むと、女の子達は嬉しそうな表情で海面を覗き込んだ。
「うわぁ~、大きいんだぁ~っ!」キャシーは驚きに声を上げた。
「ビッグママ、これがわたしのお友だちよ」ミーシアが言った。
「ビッグママ初めましてカトレーナです」
「こんにちはカトレーナ」ビッグママがカトレーナに挨拶を返した。
女の子達が次々にビッグママに自己紹介をすると、ビッグママは温かく少女達を迎え入れた。
男の子達も後から走って来て海面を覗き込んだ。
「ビッグママ、おれ今すごく感動してます。え~っと、え~っと……」
トニーは感激のあまり次の言葉を忘れてしまったようだ。デビットとゴッズも流暢な挨拶ではなかったものの、トニーよりましな挨拶をビッグママと交わした。
最後はマーカスだった。
「どうも初めまして、ぼくマーカスです。今日はよろしくお願いします」
「えらく丁寧な挨拶をしてくれる子だね。メガネも掛けてとても賢そうだねぇ~」
「そうよ、マーカスはとても物知りなの」ミーシアが付け加えた。
「そうかい。マーカス、それにみんなも、うちのミーシアをこれからもよろしく頼むよ!」
ビッグママはやはり母親代わりなのだと、水面を見ながら私は思った。
「任せといて」
キャシーが言うと、子供達も笑顔で返事した。
「あの人が校長先生だね」
後から歩いて来た男性を見てビッグママが言った。
「これはこれはビッグママさん。今日はよろしくお願いします」
校長先生もビッグママに挨拶をした。
「校長先生、さん付けはいらないよ。ビッグママでいいよ」
ビッグママが親しみを込めて言った。
校長先生は、笑顔でわかりましたと返事した。
「ビッグママとのご対面も済んだ事だし、みなさん席に着いて下さいな。料理が冷めちまわない内にパァーっと盛り上がろうではないですかぁ~!」
船長が両手を広げて満面の笑顔で促した。
それぞれが席に着くと、スマートが来客のグラスに飲み物を注いで回った。
「さあそれでは飲み物も行き届いた事ですし、乾杯と行きたい所なのですが、うちのミーシアから一言みなさんに挨拶をしたいという事なので、しばし喉を潤すのはお待ちくだされ! さあ、ミーシア!」船長が右手をミーシアに向けた。
「今日はみなさん来てくれてありがとう。わたし……」一呼吸置いてミーシアは大きく息を吸い込んだ。「校長先生初めみんなと出会えて、本当に良かったです」
「ミーシア、わたし達もよ」キャシーも気持ちを伝えた。
ミーシアの横では船長が感動して涙を流している。ジミーや赤鼻のじいさん、それに船員達も、ミーシアに友達が出来て嬉しいのか目に腕を当てている。
「今日はみなさん楽しんでいってください」
ミーシアのスピーチが終わると、船長が乾杯の音頭を取る事になっていたのでコップを掲げたが、感極まり涙以外にも鼻水を垂らしている船長を見兼ねて、赤鼻のじいさんが仕切り直した。
「それではみなさんグラスを持って頂けますか」全員がグラスを掲げたのを見計らって赤鼻のじいさんが音頭を取った。「出会いに、そして友情に、乾杯ぁ~い!」
「乾杯ぁ~い!」大勢の声が甲板に響き渡った。
乾杯の音頭と共に、また気分が高揚するコミカルな演奏が始まり、ミーシア達は楽しさ溢れるほっぺが落ちそうなほど美味しいディナーのひと時を過ごした。男達もまた、友達と楽しそうに話すミーシアを見て、この上なく喜ばしい笑顔を見せた。
「お腹がいっぱいでもう食べれないよ」マーカスがお腹に手を当て摩っている。
その横ではゴッズが、「明日の分まで食ってやる!」と、両手にチキンを持ち、右の手に持つチキンにかぶりついたと思えば、まだ口の中の物を食べきらない内から次は左手のチキンにかぶりついている。
「ホントあんたってよく食べるわねぇ~」キャシーは呆れ返った眼差しでゴッズを見ている。
「こいつ赤ん坊のとき母ちゃんのオッパイ飲み過ぎて、オッパイ凹ませた記録も持っているんだぜ」悪戯っぽい笑みをキャシーに向けてデビットが言った。
「さあ先生さま、グッと空けて下さい。酒ならいくらでもありますから」
酒で顔を赤くした船長が、ワインボトルを持って校長先生に勧めている。
「いやいや、私はもう……」
「そんなこと言わずにもう一杯いきましょう」
「それではお言葉に甘えて」校長先生もかなり顔が赤くなっている。
「でね、その時弟が言ったの、姉ちゃん最近綺麗になったなぁ~、パパとママに似て来たもんなぁ~。ですって、見る目あるでしょううちの弟!」スーザンが笑顔に言ったが、
「あなたそれ、皮肉を言われているのよ」アリスが冷静に教えてやった。
スーザンは、「えっ、そうだったの?」と驚いた顔を見せた。
「へぇ~、海賊って話を聞けば聞くほどカッコいいよなぁ~っ!」
トニーはジミーの話で海賊にかなり興味を持ったようだ。
その横ではスマートがマーカスに、分配法則を用いた方程式の解き方を教えて上げていた。
「なるほど、そうやって解くのですか、参考になります。あとスマートさんは決定回避の法則についてはどう思われますか?」
二人に勉学の話は尽きないようだ。
「みんな、そろそろビッグママと遊ばない?」
待っていましたとばかりに女の子達は「賛成ぇ~ぃ!」と手を上げた。
男の子達は、
「おれたちはジミーさんに船の中を案内してもらうから後で行くよ」とトニー。
「ぼくもスマートさんにもうちょっと勉強を教わりたいので」とマーカス。
「それじゃあわたしたちだけで行きましょう」
女の子達はビッグママと遊ぶ為に、周到にも洋服の下に前もって水着を着用して来ていた。そうとは知らず女の子達がその場で洋服を脱ぎ始めた時には、船長初め男達は手の平で両目を塞いだ。赤鼻のじいさんだけは指の隙間が少し開いていた。
洋服を脱ぎ終わった女の子達は船縁に向かって駆け出した。船縁から水面までの高さはかなりあったが、ミーシアは躊躇する事なく水面へと飛び込んだ。
「ビッグママ、お待たせ」ダイブしながらミーシアが言った。
「うわぁ~、さすがミーシアね」船縁にしがみ付きながらキャシーが言った。
「あなたたちも早く来なさいよ」海面から顔を覗かせたミーシアが、手を振りながら皆を呼んだ。
「わたしたちも行きましょ!」
船縁に立った女の子達は、当初下を見て身体を縮こませていたが、キャシーが先頭を切ると続いてカトレーナ、次にアリス、最後にスーザンが残った。スーザンは、「わたしにはまだちょっと早いかなっ……」と逃げ腰になり、結局縄梯子で海面まで下りて行った。
ミーシアがビッグママの背に乗ると女の子達も後に続いた。先頭からミーシア、キャシー、カトレーナ、アリス、最後にスーザンがビッグママの背に座って、前の人の腰を掴み一列になった。
「それじゃあ行くよ!」ビッグママが発進の噴水を吹かせ、沖に向かって泳ぎ出した。
「うわぁ~っ、爽快ねぇ~」キャシーは笑顔で喜んでいる。
「まだまだこんなもんじゃないわよ」ミーシアが教えてあげた。
「それじゃあみんな飛ばすよ!」ビッグママが言った。
速度を上げたビッグママは、時折ジャンプして女の子達を楽しませた。喜びながら「キャァーっ!」と楽しさの悲鳴を上げる女の子達は実に嬉しそうだった。
その頃トニー達は、
「じゃあそろそろ船内を案内してやろうか?」
とジミーに言われたが、
「おいらは明後日の分もお腹に貯えとくよ」
とゲップをしながらゴッズだけがテーブルに残り、トニーとデビット二人がジミーに船内を案内してもらう事になった。
「いいかい君達、まずこのライフパルス号は、主にチーク材を使用している。だから船内のこの温かな落ち着きのある空間は、色合いもさる事ながら、母親の胎内にいるような居心地の良さなのさ」ジミーが後ろ手に組んでいた腕を解き、右人差し指を立て自慢げに説明を始めた。
「確かにそうだよなぁ~。おれもっと戦艦のようなゴツゴツしたイメージを想像してたけど、全然違うよな」デビットが辺りに目を向けながら言った。
「そして男の子なら気になるのが大砲だろう」
「おれ大砲大好き~ぃ!」トニーは満面の笑みで元気よく答えた。
「砲甲板は十八門、また上甲板にも八門、計二十六門搭載している。ここが砲甲板だ」
ジミーが扉を開けて中を見せた。
「入っていいの?」
「ああいいとも」
「うわぁ~、カッチョいい~っ!」
「ホントだすげぇ~っ!」
二人は大はしゃぎだ。
「さあ、次は武器庫に行くぞ」
武器庫でも二人は大はしゃぎだった。ライフルや剣に短剣、これを二人が手にした時には大喜びだった。武器庫の後にはダイニング、そして談話室、更に船員達の寝室まで案内してもらった。
「ところでジミーさんは、なんで海賊になったの?」ふとトニーが尋ねた。
ジミーは懐かしむように虚空見つめた。
「俺は孤児だったんだ……」
聞いちゃいけない事を聞いたと思い、トニーはしょんぼりとなった。
「トニー気にしなくていいよ。逆に俺にとっては忘れもしない良い思い出なんだから」
どういう事かとトニーは首を傾げた。
「俺な、小さい頃、露店で食べ物を盗んではひもじい生活をしていたんだ。なかなか盗むのも大変でなぁ~、店の店主から顔を覚えられたらその店はもう盗めなくなっちまうんだ。だからパン一個盗むのにかなり苦労したよ、当時はな! 盗みを働き過ぎて店の前を歩いただけで『あの子また来たよ!』なんて言われて、もう街中で盗む店がなくなっちまったんだ。そして腹を空かせて道端で座っていたら、そのとき船長が通り掛かってな、『坊主、腹減ってるのか?』って聞いて来たんだ。俺は頷いた。すると船長は『付いて来い』とそれだけ言ったんだ……」
二人はジミーの話を真剣な眼差しで聞いている。
「案内された先は船の中さ。料理長に『おい、何か食わしてやれ』と船長はそう言うと、その部屋から出て行った。俺は無我夢中で料理長の出してくれた食い物を食べたさ。こんなに旨い物がこの世の中にあるなんて……。とその時思ったね! そして船長が部屋に戻って来ると言ったんだ。『居たいならいつまででも居ていいぞ』ってな。その日以来俺はこのライフパルス号が家って訳さ。俺以外にもここに居る奴のほとんどは、身寄りのない境遇の奴ばかりさ。船長はそんな奴を放っとけない性格なんだよ。ああ見えてあの船長、ほんと宇宙一やさしいんだぜ。だから船長は俺達の父親代わりなんだ。そんな俺達だから仲間の絆も海の底よりも深いんだ。そして俺達の娘ミーシアが現れた時には、俺達は本当の家族になったんだ」
「おれも仲間になりたいな」トニーが言い出した。
「トニーが仲間になるなら、俺は兄貴分だなっ」ジミーが笑顔で言った。
「じゃあおれっ、兄貴って呼んでいい?」ジミーは温かく微笑んだ。
マーカスとスマートは、愛も変わらず知的な話に盛り上がっていた。
「なるほど、カラーバス効果は言われてみればその通りですねぇ」
マーカスがメガネの位置を変えた。
「マーカス、引き寄せの法則は知っているだろ?」
「はい、知っています。ポジティブな思考はポジティブな結果を引き寄せ、ネガティブな思考はネガティブな結果を引き寄せるっていうやつでしょ?」
「そうだ、思考が現実となる法則だ。だがマーカス、これは人にも当て嵌まるんだぞ!」
「どういう事ですか?」
「自分が望む事が引き寄せられるという事は、その望む事を得る過程で、必ずしも人が関わっていると言えば君なら解るだろ?」
「なるほど。つまり言い換えれば、人なくして物事は成就しないという事ですね」
「その通りだマーカス!」
「スマートさんは、引き寄せの法則で何を引き寄せたのですか?」
「少し話が長くなるけどいいか?」
「構いません。ぜひとも聞かせてください」
スマートは一つ頷くと話し始めた。
「俺は孤児院の出でなぁ、小さい頃から航海士に憧れていたんだ。そんなあるとき港に大きな船が碇泊しているのを目にして、まだガキだった俺は、こっそり船に忍び込んだのさ。小さいながらに甲板に立った時には感動したのを覚えているよ。憧れの大きな船に乗れたんだからなぁ~。当時孤児院でろくに本も買えなかったのもあって、船内に置いてある書物の中には、きっと航海の事が書かれた物があるだろうと思って、幼かった俺は冒険心が湧いて来て、更に船内に忍び込んだのさ。お目当ての品は談話室にあった。そして本棚を物色していると、そのとき後ろから声がしたのさ。『そんなに本が好きなのか?』ってな。ビックリして心臓が止まるかと思ったよ、あの時は……」
マーカスは話に引き込まれ真剣な表情で聞き入っている。
「俺は恐々ゆっくりと後ろを振り返ったんだ。すると熊のようにデカい、髭を生やした義足の男が立っていたんだ」
「もしかして船長ですか?」
「ああ、そのもしかしてさ。俺は手に持つ本を背中に隠した。すると船長は、『何も隠す事はねえじゃねえか』と別段怒る訳でもなく言ったんだ。そして俺がビクビクしていると、『欲しいだけ持ってけ!』とこう言ってくれたんだ。怒られるどころか大好きな本を貰えたんだよ」
「へぇ~、船長って気前がいいんですね」
「いや、あの人は気前がいいどころの騒ぎじゃないよ」
「どういう事ですか?」
「そのあと俺は船長に礼を言って孤児院に帰ったんだが、それから一か月もしない内に孤児院に封書が届いたんだ。中には大金が入っていたよ。一通の手紙とね」
「なんて書いてあったのですか?」
スマートは一呼吸置いて話し始めた。
「こう書かれてあったんだ。スマートに好きなだけ本を買ってやってくれ。あとの残りは他にも居る子供達にも何か買ってやってくれ。余った金は施設で使ってくれ、勿論子供達の為にな! とな」
「でも誰から送られて来たのか書いてなかったのでしょ?」
「いや、ペンネームが記されていたよ」
「どんなペンネームですか?」
「片足長おじさんより……。だよ! 笑うだろ。『あしながおじさん』をもじっているんだよ。一発で船長だってわかったよ」
「ホント笑っちゃいますね!」
「でも船長の寛大さはこんなもんじゃあないぞ! 今でも恵まれない子供達に寄付を送り続けているんだ!」
「ええ~あの船長が、以外ですねぇ~」
「あの人の優しさは人間の器のデカさでもあるし、そんな大きな愛に満ちた人だから皆あの人に付いて行くんだ」
「つまりスマートさんは引き寄せの法則で、今の航海士と、愛情のある人達に出会えた訳なのですね」
「ああ、そういう事だ!」
「スマートさん。いつかぼくにも航海術を教えてもらえますか?」
「ああ、俺の知っている事は全部教えてやるよ」
スマートは温かな微笑みをマーカスに向けた。
校長先生と船長は、テーブルを離れ船長室へと移動していた。
「で、校長先生さま、話とは何ですか?」船長が唐突に尋ねた。
「ミーシアの指輪とネックレスの事なのですが……」
まさかその事が話の本題になるとは思ってもみなかった船長は、驚きを隠せないでいる。
「どうしてそれを……」
「ミーシアから相談を受けましてな」
「ミーシアから……」
校長先生は事細かに、ミーシアから相談を受けた日の事を船長に話して聞かせた。
「そんな事があったんですか」
「私が思うに、ミーシアの父親と母親は、ムアール国の国王と王妃に間違いないと睨んでいるのですが」
「やはり校長先生さまもそうお思いになられますか」
「では船長も気付いておられたのですな」
「はい、ですがミーシアに伝えるべきか否か……。まだミーシアはあの年頃ですし……」
「迷われておられるのですな」
「はい、その通りです」
「私がミーシアに相談を受けた時に事実を伝えなかったのは、まさしく船長と同じ思いで伝えなかったのです。両親がザルーラ国に殺されたと聞かすにはあまりにも幼すぎる。そしてまた、それを知った時ミーシアがどう受け止めるかが心配で、私なりに考慮した訳なのですが……」
「いや、先生さま。本当にお気遣い感謝いたします!」
「して私の見る所、ミーシアは母親が誰なのか気になり始めているように見受けたのですが、まだそう言った事はミーシアに聞かれていないのですかな?」
「昨日は港に着いたばかりだったので、まだ何も……」
「では指輪とネックレスの事も聞かれていないのですな?」
「はい」
「ですがその事を、ミーシアが尋ねて来る心積もりはしておいた方が良いでしょうな」
船長は早くも眉間に皺を寄せ難しい顔をし始めた。しばしの時間が流れた。船長は、ありとあらゆるミーシアにとって一番いい返答は何かと思考を巡らせたが、直ぐに答えが出るものではなかった。
「本来これより先は私の立ち入ってはならぬ所なのですが、もしよければミーシアと出会った時の事をお聞かせ願いたい」
「勿論ですとも先生さま」
船長の眉間の皺が取れた。船長は昔を懐かしむように話し始めた。
「あれはちょうど九年前、俺達は航海を終え、リトスという港に向かっていました。その前夜は天候が荒れ、俺達は陸に近い所で碇泊していました。時化ていた波も収まり、碇を上げ、またリトスに向かっている道中、船員の一人が海に浮かんでいる樽を見つけたのです。俺達はお宝でも入っているのではと面白半分でその樽を船に上げ、中を開けてみると、珠のような赤子が入っておったんです」
「それがミーシアなのですな」
「はい、それはそれはもう皆が喜びました。この船に乗る者は皆、本当の家族を知らない親兄弟のいない者がほとんどですし、家族と呼べる者はこの船のクルーだけでしたから、ミーシアと出会った時は、俺達に娘が出来たと本当に喜びました。ミーシアに出会えた事で、クルー全員が本当の家族になれた訳なのです」
校長先生は目を瞑りしみじみと頷いた。
「ミーシアという名前も、その時赤子が持っていた指輪に彫られた名から付けました」
「なるほど」
「後に情報が入ったのですが、やはり碇泊していた一昨晩の時化た波の夜に、ムーアル国の船が襲撃されたとの事でした」
「おそらく必死でミーシアを逃がしたのでしょうな」
船長は頷いた。
「襲ったのはクラーケン海賊団との事でした。これも後になって分かった事ですが、どうやらクラーケン海賊団とザルーラ国は、何らかの繋がりがあるとの事でした」
「一国が海賊に加担するという事があるのですか?」
「先生さま、海賊をしている自分が言うのもおこがましい話ですが、海賊なんて稼業をする者なんて、所詮金に汚い者がほとんどです。ザルーラ国は繋がりのある海賊に民間船を襲わせ、上前をはね、あえて海域での強奪に目を瞑っているのです」
「そんな事があるなんて……」
「いや先生さま、これが世の中ってもんです。わしらはそんなやり方の海賊を放ってはおけず、紅鯨団の旗揚げをした時から、海賊を敵に回しておるのです」
「つまりザルーラ国を敵にですか?」
「ミーシアの親の仇は、わしらの仇でもあるのです!」
私は船長の言葉に涙が止まらなかった。感謝という言葉では物足りない思いだった。まさか船長は、血の繋がらないミーシアに、ここまで愛情の深い人だとは思いもよらなかった。ジミーの言っていた意味がこの時わかった。本当に船長は、宇宙一優しい人なのだと……。
「しかしそうなるとミーシアに危険が及ぶのでは?」
「だから我々は海賊を襲う時、ミーシアをマッシュ夫妻の所に預ける事にしたのです。今回の船出は一週間という期間で帰って来れましたが、次にまた海賊の情報が入った時には、どれほど掛かるか分かりませんが、その時は先生さま、またミーシアをよろしくお願いします」
「それではミーシアは、また学校に戻って来れるのですね」
「はい、ですが情報が入るまでは、我々はこれまでのように、ミーシアと船の旅を続けるつもりです」
「それを聞いて安心しました。子供達もミーシアを大変慕っているし、実は私もミーシアを気に入っております。あの子は皆から愛される子ですから」
「あの子は俺達の宝ですから、そう言って頂けると俺も嬉しいです。そうだ! 校長先生さま、ミーシアの小さい時の話もお聞かせしましょう」
「是非ともお聞かせ頂きたいもんですなぁ~」校長先生は嬉しそうに微笑んだ。
「あれはまだミーシアがよちよち歩きを始める前、おかしな事が起こりました。海に落ちたミーシアが、シャボン玉のような大きな気泡に包まれ空中に上がって来たのです」
「ほぉ~ぅ、そんな事があったのですか!」
「それはもう一同全員が驚きました! 信じられない光景でした。俺はそのとき思ったんです。この子は神から授かった、本当の神の子だ。とね。そしてまだミーシアが言葉を覚える前は気付きませんでしたが、今考えれば言葉を喋れない赤ちゃんの時分から、動物たちと会話していたのだと……」
「そうですね、私も驚きました。クマに襲われるかと思っていたら、なんとそのクマとミーシアが仲良く会話しているのですから」
「そらぁ~先生さまも、大層驚きになった事でしょう」
校長先生と船長は、昔を懐かしむように二人して懐古の笑みを浮かべた。
ミーシア達は、ビッグママの背に乗り遊んだ次は、胸ビレを掴み潜水してもらった。左の胸ビレには、ミーシア、カトレーナ、アリス。右の胸ビレには、キャシーとスーザン。
海床に広がる壮大なサンゴの絨毯を眼下に、子供達は本当に楽しそうだ。潜水中、ピュアーとピューター含むイルカたちを見つけたミーシア達は、片手を振ってイルカたちに挨拶すると、イルカたちも一緒になってミーシア達と楽しく泳いだ。前もってミーシアが、みんなに息が続かなくなる前に、ビッグママの噴水孔へ集まるように言っていたので、子供達はビッグママに酸素を分けてもらい、長時間幻想的な景色を眺めていられた。
海面に浮上すると、皆が楽しみにしていた尾ヒレの滑り台も、ビッグママに体験させてもらった。滑り台から滑り下りた最後の噴水は、皆「キャっキャ、キャっキャ!」と楽しそうな声を上げていた。
日が沈み、お月様がやさしい光で船を照らす頃、子供達の別れの時間が訪れた。
「みんな今日は来てくれてありがとう。これ、わたしたちお揃いのブローチよ」
ミーシアは一人一人にラッピングされた小さな袋を手渡した。
「ありがとうミーシア。ミーシアの胸に付けているブローチ、実はいいなぁ~と思っていたの」キャシーが言った。
「おれたちの友情の証だな!」トニーは早速胸に付けている。
ジミーは校長先生に引き出物を手渡し、子供達にも同じ物を手渡した。
「本当にみなさん今日はありがとうございました」
カトレーナがお礼を言うと、子供達はありがとうございましたと揃って頭を下げた。
「ミーシア、校長先生から聞いたけど、また学校に来られるんですってね」
スーザンが言った。
「ええ、いつになるかはまだハッキリとわからないけど、それほど遠い話ではないみたい」
ミーシアが笑顔で言った。
「しばらくのお別れね」 アリスも笑顔で言った。
「必ず戻って来いよな」トニーは照れ臭そうだ。
「ミーシアがいない間も、わたしたち石版を探しておくわね!」
カトレーナが言うと、みんなヤル気を感じさせる頷きを見せた。
「うん。お願いね」
翌日、水平線に夕日が沈み掛ける頃、港から出航して行くライフパルス号を、子供達は水平線の彼方に消えるまで手を振り、再会を夢見て温かく見送った。
海賊姫ミーシアとは別に、コメディータッチの自伝、
レッツ ゴー トゥ ザ NY ウィズ 岸和田㊙物語シリーズ1『武士はピンク好き 編』
も同時連載しておりますので、よければ閲覧してくださいね!
作者 山本武より!




