第十四章 『入り江の主』
昨日の興奮が冷めやらない日曜日の朝早く、用務員室では熱い話し合いが行われていた。
「だからおれたちも仲間に加えて欲しいんだ!」
「でもあなたたちが今までして来た事はわたしは許せないわッ!」
トニー達に腹を立てているのはキャシーにアリスだった。
「もうあんなひどいことは絶対しないからさ!」
「だったらマーカスやミーシアにちゃんと謝んなさいよッ! 人に物を頼むんだったらそれからじゃないッ!」
確かにキャシーの言う通りだ。
「わかった。ちゃんと謝るよ……。マーカス、ミーシア本当にごめんなさい……」
三人は深々と頭を下げた。
「もういいよトニー」
「わたしももう怒ってないわ」
マーカスとミーシアがそう言ったが、キャシーはまだご機嫌斜めだった。
「本当にあなたたち、もう人を傷つける事はしないって約束出来るの?」
「ああ、もちろんだとも! なぁ~?」
トニーがデビットとゴッズに同調を求めた。デビットとゴッズは何度も首を縦に振った。
「まあまあ、言い争いはそのくらいにして、温かいお茶でも飲んだらどうだね」
校長先生が仲裁に入った。
「ミーシアはどう思っとるのだね?」
「仲間に加える事ですか?」
「勿論その事だ」
「わたしは別にかまいませんけど、それに仲間が増えることは喜ばしい事だと思いますし」
「そぉ~らみろ、ミーシアはいいって言ってくれたぞ!」
「トニーあなたすぐ調子に乗るんだから! そういう所がわたしは許せないのッ!」
「マーカスはどう思っておるのだね?」
「ぼくもかまいません。後はみんなで話し合って頂ければ」
「そらみろキャシー、マーカスもいいって言ってくれたじゃないか!」
「あなたほんと反省の色がないわね!」
「反省はしているさ、だからこそ本当に仲間になって石版を一緒に探したいんだ! 昨日の出来事があってから、ほんとおれたち感動しちまったんだ! なっ、お前たちもそうだろ?」
「おいらも昨日は興奮して遅くまで眠れなかったよ」とデビット。
「ボクは感動して、晩飯いつもより三杯多く食べたよ!」これはゴッズ。
「意味わからないし!」とキャシー。
みんなはゴッズの真剣に話す意味不明な言葉に笑っていた。
「みんなはどうだね?」
「わたしはミーシアがいいって言うのなら構わないわ」とカトレーナ。
「わたしのこと、ミスターとか今後一度でも言ったら、即グループから外すからね!」
スーザンは少し怒り気味だ。
「あなた達がすぐに心を入れ替えるとは思えないけど、一応誠意だけは認めるわ」
アリスは冷静な意見だ。
「わたしは完全に認めた訳じゃないからね! 研修期間という事なら構わないわよ」
腕を組みながらそっぽを向いてキャシーが言った。
「よし、それでは本題に入ろう」校長先生が仕切り直した。「マーカス、今日の石版は何処を探すのだね?」
「はい校長先生。今日は水に関連する所を探そうと思うのですが」
「ほほぉ~う。山の次は水かね」
「はい、昨日別れる前に、今日は水着を着て来るように前もって言ってありましたから、先生とトニー達以外は水着を着用して来ています」
女の子達は海水浴にでも行くような気分でいる。
「ジャジャぁ~ん! そんなこともあろうかと、おれたちも海パンはもう穿いて来ているぜ!」
浮かれているトニーを他所に、アリスがマーカスに話し掛けた。
「で、大体の目星は付いてるの?」
「はい。ぼくが調査した所によりますと、水はおそらく入り江の事だと思われます」
「入り江って、あの怪物が棲みついているって言われている入り江のこと?」
海水浴気分は早くも転覆し、キャシーは少し不安な顔をした。
「はい。その入り江です」
「怪物って本当に居るのかなぁ~?」スーザンも少し不安そうだ。
「怪物って?」ミーシアが尋ねた。
「この島の入り江には、古くから怪物が棲みついていると言われているのです。その怪物を見た多くの人達は、竜だとか船ほどもある大蛇だとか、中には恐竜だとか言っていた人も居たみたいですが、ぼく自身見た訳ではないので、今言った事はあくまで仮説に過ぎないと思って頂きたいです」
「でも何かは存在するのね」
「ええ、まあ目撃証言がこれほど多くある以上、否定出来ないでしょう」
「でもミーシアなら動物と話せるから大丈夫なんじゃねえの?」
「トニーあんたって、ほんと単純な脳ミソしているわね!」キャシーが毒を吐いた。
「なんでだよ、動物と話せるなら心配いらないじゃないか」
「相手は怪物よ! 話してわかる相手だってわかるもんですか! もし水に潜って話が通じなかったら、その地点でミーシアが襲われるのよッ!」
トニーは自分の浅はかな意見に反省したのか、ガクンと首を折るようにして頭を垂れ、しょんぼりと黙り込んだ。
「今キャシーが言ったように、相手が何物か解らない内は、今のところ水に潜るのは止めておいた方がよさそうですね。まずは相手を知る事が今日の課題です」
「わたしもマーカスの意見に賛成よ」
ミーシアを除いた女の子達は、口々にマーカスの意見に同意した。
「わたしその怪物と話してみたいわ!」
突然ミーシアが突拍子もない事を言い出したので、みんなして驚いた顔をした。
「ミーシア何言ってるの、ダメよ危険よ!」カトレーナが言った。
「水の中に潜らなければいいんでしょ?」
「それはそうだけど……」カトレーナはミーシアの事をとても心配してくれていた。
「わたし良いこと思い付いたわ」とミーシア。
「どうするの?」とスーザン。
「他の動物たちから情報を集めるわ」
「ぼくもその方法が一番いいと思います。もし入り江の何処かに石版があるのなら、今までの目撃情報や人が襲われた事から言って、その怪物は石版を守っている入り江の主かも知れませんからね。危険は出来るだけ避けて、丈夫な橋の真ん中を歩いて渡りましょう」
「あの入り江に橋なんてあったかなぁ~?」
女の子達がトニーの顔をまじまじと見つめた。
「なんだよ、おれなんか変なこと言ったか?」
「あんたバカねぇ~、橋なんかある訳ないでしょ! 比喩表現よ!」
「なんだ、ひゆ表現って? おまえたちも解っているのか?」
トニーの言葉にデビットは首を横に振り、ゴッズは「それ食べ物か何かか?」ととんちんかんな事を口にした。
そんなおバカさん三人トリオに、
「あなたたち、もう少しちゃんと勉強した方がいいわよ!」
と、キャシーが世界一適切な指摘をしてあげた。
学校から海岸に向かったミーシア達は、まず入り江に向かう前に、海岸で日向ぼっこをしているアザラシの群れに話しを聞く事にした。
「アザラシさん。ちょっと教えて欲しいんだけど、あの入り江には行った事はある?」
「これは珍しい事もあるもんだ。人間に話し掛けられたのは初めてだよ」
「それは良かったわね。ところで今言ったこと教えて欲しいんだけど……」
「入り江なんて危なくて近寄れないよ」
「まあ、それはどうして?」
「ヤツが居るからさ」
「ヤツって?」
「獰猛なヤツさ。オイラたちの仲間もやられちまった事もあるんだぜ!」
「アレを何と呼ぶかはわからないけど、この海であんなヤツは世界で一匹だけだろうな、おそらくね」
「じゃあ入り江の中に何があるか知っているアザラシさんは居ないのね」
「オイラたちは入り江に入った事がないから解らないよ。ただヤツは何かを守っているみたいだぜ。まあヤツと渡り合えるのはシャチぐらいなものさ。いや、そう言や一匹入り江に入れる奴が居たなぁ~……。確かあれは……。おい誰だっけ?」
アザラシは横に居る仲間に尋ねた。
「ウミガメのサムだろ」
「そうだそうだ、ウミガメのサムだ。あいつならヤツに襲われても硬い甲羅があるから自由に入り江に行けるんじゃないか」
「どうすればサムに会えるの?」
「サムに会いたいのなら、港に遊びに来ているイルカに聞くといい」
「ありがとうアザラシさんたち」
ミーシアは今聞いた事を即座に仲間に話した。するとみんなの意見は満場一致で港に向かおうという事になった。
港に遊びに来ているイルカは人懐っこく、人間から餌をもらったり、子供達と泳いだりしていた。ミーシアはそんな光景を見てビッグママを懐かしく思った。
「わたしたちも一緒に泳がない?」
ミーシアの提案に、マーカス以外はその場で服を脱ぎ出した。
「ぼくは泳げないからここで見ておくよ」
「大丈夫よマーカス、わたしが泳ぎを教えてあげるから。それにここは浅いからあなたでも足が届くはずよ」
ミーシアの誘いに、マーカスはちょっぴり不安があったものの、一度助けてもらった時の事を思い出すと、ミーシアの言葉は他の誰よりも信じられた。水面からそんなマーカスの気持ちが伝わってきた。
「ねっ、ほら大丈夫でしょ」
ミーシアはマーカスにバタ足をさせて手を引っ張ってあげた。
「ホントだ! これならぼくでも大丈夫だ」
九才になったミーシアは、船長はじめ紅鯨団の男達、そしてマッシュやアンナ、それにビッグママのそれはそれは温かい寵愛を受け、本当に優しい女の子に成長していた。忘れてはいけない、トロントも……。
「イルカさん。わたしたちも仲間に入れてもらえる?」ミーシアがイルカたちに話し掛けた。
「わたしたちの言葉を話せるなんて、あなたいった何者だい?」
「何者って言われても解らないわ。小さい頃から話せるから」
「驚いたね。ちょっとみんな来ておくれ!」
雌のイルカが仲間に話し掛けると、ミーシアの周りにたくさんのイルカが集まった。
「この子わたしたちの言葉が解るみたいだよ!」
雌イルカはミーシアを気に入ったようだ。
「こんにちはイルカさんたち」
ミーシアが挨拶すると他のイルカたちが「オォ~!」と歓声を上げた。
「わたしたちと一緒に泳いで下さる?」
「もちろんだともお嬢ちゃん」雄イルカもミーシアを気に入ったようだ。
ミーシア達は石版の事も忘れ、イルカたちと楽しいひと時を過ごした。トニーなどイルカの背ビレに掴まって海面を泳いでもらった時、「どうだぁ~、おれすごいだろぉ~っ!」と自慢していたが、周りでは他の子供達もイルカの背に乗って泳いでいた。
「楽しかったわ。ありがとうイルカさんたち」
「どういたしまして」雌イルカが言った。
「ミーシア、ところでウミガメのサムの事は聞いたの?」しっかり者のアリスが尋ねた。
「ごめんなさい……。すっかり忘れていたわ。今から聞くね……」
ミーシアが済まなさそうに頭を掻きながら言うと、子供達はミーシアの顔を見て、わざとほっぺを膨らませて怒った真似をした。
「イルカさんウミガメのサムってご存知?」
「ああ、ウミガメのサムなら毎日会うよ。なんならウミガメのサムの所まで連れて行ってやろうか?」
「お願い出来るかしら」
「それは構わないけど、沖まで行くから泳ぎの達者な君だけしか連れていけないな」
ミーシアは仲間達に事情を説明した。沖まで行くのはみんな怖かったのか、代表してミーシアが行ってくれるのなら……。と誰も羨ましがる者はいなかった。
「それじゃあ、わたしちょっと行って来るね」
こうしてミーシアは、イルカたちと共にウミガメのサムに会いに向かったのだ。
「ミーシア一人で大丈夫かしら……」
イルカの背に乗るミーシアを見送りながら、カトレーナが言った。
「大丈夫よ。あんなにもたくさんのイルカさんが付いているんだもの」
アリスがカトレーナを元気づけた。
「しかしミーシア、わたしたちの背に乗るのに慣れているわね」
「ええ、よくビッグママの背に乗って遊んでいたから」
「ビッグママって?」
「シロナガスクジラよ」
「へぇ~、シロナガスクジラのお友だちも居るのかい?」
「ええ、子ブタのお友だちも居るわよ」
「何年振りだろうねピューター。こうして人間のために泳ぐのは?」
横を泳ぐ雄イルカに雌イルカが言った。
「ピュアー、あれは人間じゃないよ。あのとき海を案内したのは幽霊だったじゃないか」
「そうだったわ。確か樽まで案内したのよね」
「綺麗な幽霊だったよなぁ~」
私は胸が高鳴った。
「大御婆様。あの時のイルカなのですか?」
「勿論そうだとも。そうそう幽霊を樽まで案内するイルカはいないじゃろて」
こんな偶然があって良いものなのか……。あの日、私を樽まで案内してくれたイルカだったのだ。そのイルカに、あのとき樽に入っていたミーシアが跨り泳いでいるのだ。私の心に熱い思いが湧いてきた。
(あの時はありがとうイルカさんたち……)私は心の中でイルカたちにお礼を言った。
するとピュアーとピューターが、
「なんか今、胸の奥が温かくなったような気がしたわ」
「えっ、ピュアーもかい? ボクも今、胸の奥の方で優しい温かな気持ちがふぁ~っと広がったんだ!」と不思議な事を口にした。
「大御婆様。どういう事ですか?」私は再び大御婆様に尋ねた。
「思いやる気持ちや愛は伝わるという事じゃ。真実の泉は愛を伝える泉でもあるのじゃ。よいか、よく覚えとくといい。人は愛と不安とを交差させて生きておる。だが時として、愛するが故に、愛から不安に駆られる事もあるのじゃ! 其方がミーシアを思い、心配するあまり不安になるのがよい例だ。だが人は不安に駆られた時も考えねばならぬ! 果たしてこの不安は愛から来るものか、もしくは愛ではなく、心の片隅のほんの小さな悪から来る不安かを……。そして見極め、その都度心を修正し、人は心の中を愛で満たして行かなければ、世界は破滅へと向かってしまう。一人一人の愛が、一人一人の思いやりが、世界を良くして行くのじゃ」
大御婆様のおっしゃった事の意味は、砂に水が浸み込むように私にはよく理解出来た。そして双子の姉エリーザもまた、愛に飢え悪に身を染めたが、真実の愛を心の何処かでは追い求めていたのだと……。
「さあそろそろ着くわよミーシア」
「何もないけど本当にこんな所にウミガメのサムが居るの?」
「まあ見てなさい。そろそろ浮かんで来るわよ」
ピュアーの言う通り、しばらく待っていると、アオウミガメのサムが海藻を口に銜えプカリと海面に浮上して来た。
「おお、誰かと思えばピュアーにピューターたちじゃないか。しばらく振りだな」
海藻を食みながらウミガメのサムが話し始めた。
「何言ってるの、昨日も会ったじゃない」
「えっ、そうだっけ?」
「ほんとあなたって呑気な性格ね」
ピュアーに指摘された通り本当に呑気な性格なのか、ウミガメのサムはピュアーに言葉を返す事なく海藻を食んでいたが、自分の納得のいく回数を食み終えたのか、ゴクンっと海藻を飲み込むと自分のペースで話を始めた。
「その背中に乗せているカワイ子ちゃんは誰なんだい?」
「はじめましてサム。わたしはミーシアよ」
「ミーシア、はて何処かで聞いた事のある名だなぁ~」
「サムはとびきり忘れっぽい性格なのよ」ピュアーが補足してくれた。
「さあミーシア、サムに聞きたい事があったんでしょ」
「聞きたい事? ワタシにかい?」
「ええ、入り江について伺おうと思って」
「入り江、入り江、おお入り江か! 入り江の何を知りたいのだね?」
「入り江に棲みつく怪獣の事なんだけど……」
「入り江の怪獣ってギャスターの事かい?」
「ギャスターって言うの、すごく狂暴なんでしょ?」
「昔はああじゃなかったのだがね」
「昔ってどれくらい昔なの?」
「何百年も前さ、まだ入り江の真ん中に神殿があった頃さ」
「入り江に神殿があったの?」
「ああ、遠い昔の話だがね」
「その話し詳しく教えてくれない?」
「いいけど思い出すのにちょっと時間が掛かるよ。もしなんならワタシの背中に乗るといい。帰りはワタシが送って行ってあげよう。送りながらゆっくりと思い出す事にしよう」
「わかったわ」
ミーシアはイルカの背から海面に飛び降りると、得意の泳ぎで素早くサムの所まで辿り着いた。サムは一旦海中に潜り、ミーシアを乗せてまた浮上した。
「ありがとうサム」
「どういたしましてミーシア」
「それじゃあサム、この子の友達が待っている所まで、ちゃんとミーシアを送り届けてあげてよ」ピュアーが言った。
「ありがとうピュアー、ピューター、それにイルカさんたち」
「また遊ぼうミーシア」ピューターが言った。
「ホントありがとね」
ミーシアはイルカたちに笑顔を向け、イルカたちが見えなくなるまで手を振った。
「さて、ワタシたちも向かうとするかの。で、何の話だったかなぁ~?」
ミーシアはくすっと笑った。
「入り江とギャスター。それに神殿」
「おお、そうだったそうだった。入り江には昔神殿があった所までは言ったかのぉ~?」
「ええ、何百年も前にあったのよね」
「そう、ワタシもギャスターもあの頃は若かった。いや、若いと言うよりまだ子供だった。ギャスターも今のようにあんなデカくはなく、ワタシよりも小さかったのだよ」
「へぇ~、今は船ほどもあるって聞いたわ」
「そうだなぁ~、長さで言ったら船以上かも知れんなぁ~」
「長さ?」
「そうギャスターはとにかく長いんだよ。海棲怪獣シーサーペントって言うのを聞いた事があるかね?」
「本で読んだ事があるわ。大海蛇の事よね」
「そう、その伝説の生き物だ! ギャスターはその子孫なんだよ」
「へぇ~」
「神殿はもう地震で入り江の底に沈んだが、神殿がある頃は、よくワタシとギャスターはある御方に可愛がってもらったものさ」
「ある御方って?」
「えぇ~っと、何だったかなぁ~、最近名前を聞いた事があったような無かったような……」
私は横に佇む大御婆様に尋ねた。
「もしかして大御婆様なのですか?」
「あの頃のサムもギャスターも、ようわしに懐いておった」
大御婆様は昔を懐かしむように笑顔を浮かべた。
「ですがウミガメが何百年も生きられるものなのでしょうか?」
「ギャスターが一人ぼっちにならぬよう、わしがサムの寿命を延ばしたのじゃよ」
「まあいいや、とにかくギャスターは、あの御方を今でも待っているのかも知れないな」
「じゃあどうして昔はやさしかったギャスターが狂暴になったの?」
「今でもギャスターはやさしいよ、ワタシにはね。ギャスターはあの御方が言われた物を守っているだけさ」
「言われた物?」
「神殿の奥深くには石版があるのさ」
「今言った事って本当っ?」
「ああ、本当だよ。あの御方がギャスターに、『この神殿は近い内に地震で沈むだろう。その時はギャスター、あなたがこの石版を守るのよ! 私のこの……』えーっと、なんだったかなぁ~。とにかく『この何とかを持つ物が現れるまで……』と言ったのさ。だからギャスターは石版を守り続けているのさ」
「そうなんだぁ~、なんか悲しい話ね……」
「いや、ギャスターにとっちゃぁ~石版を守る事で大好きなあの御方と会えなくても心で繋がっていられるのだから、悲しいどころか温かい話だよ」
「そう言われてみればロマンティックな話だわ。きっとあの御方と言う人は、心やさしい素敵な人だったのでしょうね」
「ああ、それはそれは優しく綺麗な高貴な御方だったよ」
私は大御婆様に顔を向けた。
「わしにも若い頃はあったのじゃよ」
大御婆様は昔を懐かしむ遠い目をなさった。
「わたしギャスターに会えないかしら? 会って話がしたいわ」
「そりゃ~ワタシと居れば、ギャスターに襲われる事はないだろうけど、でもまたどうしてギャスターと話したいのだね?」
「石版が必要だからなの……」
「ダメだダメだっ! 石版の事になるとあいつは気性が変わっちまう! どれほどミーシアがいい子でも、あれっ、さっきこの名前思い出したかったようなぁ~、なかったようなぁ~……。まあとにかく会うのは進めないよ!」
「それでもわたし会って話がしたいわ」
「それほど言うなら連れて行ってやるが、頼むから石版の事は言わないでくれよ」
「わたしウソは言えないからハッキリ言うけど、石版の事でギャスターとお話がしたいの。サムが連れて行ってくれないのなら、自分一人で行くわ」
「わかったよ。それほど心を決めているなら仕方ない。連れて行ってやるよ! でも港に友達を待たせて大丈夫なのかい?」
「友だちに言ってからだと反対されるから、このまま行って欲しいわ」
「わかった、じゃあちょっとスピードを上げるよ」
「わたしなら全然平気よ」
ミーシアとサムは入り江に向かった。入り江はそう遠くなかった。
「さあミーシア、ここから入り江だ。ギャスターを見て腰を抜かすなよ!」
「大丈夫、へっちゃらよ」
入り江に入ってしばらくすると、海面を黒く大きな長い影が、クネクネと蛇のように蛇行しながら泳ぎ近付いて来た。その大きさは優に三十メートルはあろうかという長さだ。影が海中で止まると、黒い影の頭が海面から飛沫を立てて現れた。首回りは大の大人が二人で手を回しても手を繋げない太さだ。瞳は黄色く鋭い眼をしている。ドラゴンのような口の中にある牙は鋭く光っていた。
「サム、どういう事だ! 人間をこの入り江に連れて来るとは!」
ギャスターはミーシアと同じく人の言葉を話した。
「わしが言葉を教えたのじゃよ」
水面を見つめながら大御婆様がおっしゃった。その瞳は我が子を見つめるようなそんな優しい目をなされていた。
「ギャスター、この子がお前に話があるそうだ。怒りを鎮めて聞いてやってくれ! さあミーシア話すがいい」
「ミーシア……。その子はミーシアと言うのか?」
「はい、わたしはミーシアと言います。あなたに話しがあって来ました」
「話し? ワタシは人間に話しなど無いが」
「いえ、あなたがお守りしている石版の事でお話しがあります」
「石版⁉ サム、石版の事をしゃべったのか?」
「ああ、ついついこの子といると昔を懐かしく思えてな」
「石版の事を知った以上、生きてここから帰しはせんぞ!」
「待てギャスターっ、ミーシアの話を聞いてやってくれ! それからでも遅くはあるまい!」初めて会ったミーシアを、サムは精一杯庇ってくれていた。
「では聞こう。石版の何を知りたいのだ!」
「知りたいのじゃなくて、石版が欲しいんです」
庇いようのないミーシアの言葉に、サムは焦り出し、
「ミ、ミ、ミーシアっ、ぁぁ……っ、ちょっと話を飛ばし過ぎてやしないかっ、ぁぁ……っ」とかなり動揺し始めた。
サムの言葉を他所に、ミーシアは曇りなき眼で真っすぐギャスターの眼を見つめた。
「ミーシアとやら、石版は誰にもやれぬ! 石版の事をサムから聞いたのなら、どうして石版をやれぬのかも聞いておろう」
「はい、聞きました。ではどうすれば石版を頂けるのですか?」
「それはサムから聞いてないのか?」
「ちょっと昔の事過ぎて、一部記憶が出張に出かけたのだよ……」サムが照れながら補足した。
「ミーシアとやら、お前などが持っているはずのない物があれば話は別だが、もしもお前があのお方の子孫でも、それを持っていなければ石版は渡せぬ!」
「それは何ですか? どういった物なんですか?」
「お前に教えてやる義理はない! 今日の所はサムに免じて見逃してやる。だからもうここを去るがよい。そして二度と近づくな! 次にお前に会う時は、お前の命は無いものと思え!」
「じゃあ、石版に書かれている文字だけでも教えて下さい」
「しつこいッ! 帰れと言うのがわからんかァ~ッ! これ以上一言でもしゃべったら、この場でお前を八つ裂きにしてやるッ!」
ミーシアはまだ話したいという気持ちを必死に抑えた。サムに迷惑が掛かってしまうと思ったのだ。
「ミーシア行こう。生きて帰れるだけでも、あいつにしちゃぁ~よぉ~く堪えている方だ」
ミーシアは頷いた。そしてサムとその場を去った。
「大御婆様、守りの指輪の事なのですね」
「ああ、ミーシアの首に掛けてある指輪だ」
「それならミーシアは持っているではないですか!」
「しかしギャスターはそれを知らん」
「大御婆様が伝える事は出来ないのでしょうか?」
「あの子の人生はあの子が乗り越えてこそ、あの子が本当の意味で育って行くのじゃよ。我らは愛を持って今は見守ってやるしかないのじゃ」
港ではキャシー達が、ミーシアの帰りを今か今かと待ち侘びていた。
「帰って来たわよ。おおぉ~いミーシア!」
八人は遠く沖に見えるミーシアに向けて手を振った。校長先生も駆け付けていた。
「あれっ、今度はカメに乗って帰って来たぞ!」トニーが指を差した。
「イルカの次はカメって、ほんとミーシアって動物とすぐにお友だちになるのね」
少し羨ましそうにスーザンが言った。
「遅かったじゃないミーシア」
「ごめんなさい。ちょっと寄り道して来たの」
「寄り道ってまさか入り江に行ったんじゃないでしょうね!」
カトレーナが恐怖と驚きの入り混じった顔で問い質した。
「そのまさかなの……」
ミーシアはカトレーナの表情を見て済まなさそうな顔をした。
「どうしてそんな危ない事するのよ! もし何かあったらどうするのよ!」
「ほんとごめんなさい……。でもサムが居るうちにどうしても行っておきたかったの。サムほんとありがとね」
ミーシアは、皆に報告してから入り江に向かうのは、反対されるから先に行ったのだという事は黙っておいた。カトレーナ初め皆の心配する顔を見ているとその事は言えなかったのだ。
「ミーシア、もう入り江には近付いてはいけないよ」サムが念を押した。
ミーシアは返事をしなかった。また行く気でいる事は水面から汲み取れた。
「とにかくサム、あなたが居てくれて助かったわ。本当に今日はありがとね」
「じゃあミーシア、またワタシに用がある時はいつでも遠慮なく言ってくれ」
「わかったわ、また遊びましょうね」
「じゃあなミーシア!」
サムは夕日に向かって水平線に消えて行った。子供達もサムが見えなくなるまで手を振った。
「ミーシアかぁ~、何処かで聞いた名だったなぁ~?」一瞬の間を置いて、「あっ、思い出した、ミーシア様だぁ~っ!」
港が遠くに見える遥か沖で、サムが大御婆様の名をやっと思い出したのだ。
学校に戻るとミーシア達は、今日の出来事を早速用務員室で話し合った。
「それじゃあ化け物に会ったのかよッ!」トニーは自分が化け物に遭遇したとでもいうように驚いていた。
「ええ、名前はギャスター。神殿に隠された石版をずっと守っていたわ」
「入り江には神殿があるのですか?」マーカスがミーシアに尋ねた。
「大昔に地震で沈んだって言ってたわ」
ミーシアが答え終えると、マーカスは即ノートに記録した。
「それじゃあギャスターに石版を守るように言った人が、何かを持って現れたら石版を渡すようにギャスターに言ったのね」
アリスの言葉にミーシアは頷いた。仲間が心配するような事をミーシアは一切言わなかった。
「でもおれはそんな何百年も生きている怪物を、一度でいいから見てみたいものだぜ!」
トニーは石版の事よりギャスターの事で頭がいっぱいのようだ。
「あんたなんかその怪物に食べられちゃったらいいのよ」
「これこれキャシー、そういう風に言うものではない」
「すいません校長先生……」
「さて、もう遅いしそろそろ話を纏めようか。さあマーカス!」
「はい、それでは話を纏めさせてもらいます。結論から言って、石版がある事は間違いないのですが、その石板を手に入れるには、名前が解らない何かが必要になって来る訳です。その何かが解らない限りは、入り江に近づくのは得策ではないと思うのですが、いかがなものでしょう」
「わたしはマーカスの意見に賛成よ」心配性のカトレーナが即座に言った。
「今回の石版は後にして、残りの一つを探すべきよ」 キャシーも意見を述べた。
「ぼくもキャシーの意見に賛成です。次の石版を探しながら、その何かが、まずどういった物かを探るのが一番かと思うのですが」
「わたしもマーカスの意見に賛成よ。残りはこの学校の何処かにあるのでしょ? まずその石板を探すべきよ」アリスが言った。
「みなさん、あと意見はないですか?」
手は上がらなかった。しかしミーシアは納得いってはいなかった。水面から伝わるミーシアの心情は、ギャスターに「これ以上一言でもしゃべったら、この場でお前を八つ裂きにしてやるッ!」と言われて、サムの事もあったが、言い返せなかった自分に納得がいっていなかった。もっとちゃんと話せばわかり合える。ミーシアはそう思っていたのだ。
「誰に似たんじゃろなぁ~?」大御婆様が言った。
「頑固な所はきっと大御婆様に似たのですわ」
私は言ってから(しまったっ!)と慌てて口を塞いだ。
「案外其方だったりしてな」大御婆様はクスっと笑っていた。
その夜ミーシアは、こっそり家を抜け出して入り江に向かった。
私は気が気でなかった。横を見ると大御婆様は平然としたお顔をなさっている。
「石版の番人ギャスター、姿を見せてちょうだい!」
月に照らされた水面に向かってミーシアが叫んだ。長く黒い影が水の中を走った。水面が盛り上がり飛沫を上げた。月に照らされた黒く巨大な鎌首がゆっくりとミーシアに近付くと、暗闇に光る黄色く鋭い眼がミーシアを見下ろした。
「また来たのかッ! 次に会う時は命を奪うと言ったはずだがッ!」
「ええ、それは聞きました。でもわたしはもっとあなたとちゃんと話がしたかったの」
「陸から話をするのは対等とは言えんな! そこからなら殺される心配もないものな!」
ギャスターのその言葉を聞いたミーシアは、力強く地面を蹴り、水面向かって駆け出した。そして迷う事なく水中に飛び込んだ。
私は胸が張り裂けそうな思いに駆られた。
水面に手を触れてみた。ミーシアは一抹の恐怖も持ち合わせてはいなかった。驚いているのはむしろギャスターの方だった。
水面から顔を出したミーシアが、
「これで対等になったわね」と笑顔でギャスターに言った。
「その度胸だけは認めてやろう」
「ありがとう。光栄だわ」
「それで、これ以上話をしたいとは何を話したいのだ!」
「ええ、わたしどうしても石版を集めたいの」
「集めてどうする?」
「集めて選ばれし者に会ってみたいの」
「どうして石版に書かれている文字を知っているのだッ!」ギャスターが突然怒り出した。
ミーシアは何の事だかさっぱりわかっていない。
「大御婆様、どういう事なのです!」
娘を心配するあまり私は恐怖し、横に佇む大御婆様に焦りながら早口で尋ねた。
「ギャスターが守る石版には、『選ばれし者』と書かれてあるのじゃ」
大御婆様はいつものように落ち着いた口調で私に答えて下さった。
「やはり貴様を生かして帰すわけにはいかぬようだ!」
「好きにするといいわ。わたしは逃げない! あなたがわたしの話をちゃんと聞いてくれるまで」
ギャスターは水面から擡げている鎌首をミーシアに向けて振り下ろした。ミーシアは瞬き一つせずギャスターの眼をじっと見据え離さなかった。そんなミーシアの瞳から眼を逸らせられなかったギャスターは、寸前の所でミーシアを避けて一の攻撃を与えなかった。
再びギャスターが頭を擡げた。
「次は外さぬぞッ!」
ミーシアはしっかりと瞳を見開いて、ギャスターの黄色く光る眼を見据えた。再び鎌首がミーシアを襲った。ギャスターは寸前の所で肉を引き裂くのを躊躇し、ミーシアの服を食い千切った。ミーシアはよろけて水中へと沈んで行った。
水中で不気味に黄色く光るギャスターの鋭い眼が、大きな鎌首と共に物凄い速度でミーシアに襲い掛かった。ギャスターは牙を使わずミーシアの肩に突進した。その時ミーシアの裂けた衣服の切れ目から、ネックレスに通された指輪が水中へと浮いて出た。
(それはっ!)水面に触れる私の手の平から、ギャスターが指輪に気付いたのだと解った。
ミーシアは気を失いゆっくりと海中深く沈んで行った。
ギャスターは沈みゆくミーシアの襟首を銜えて水面へと浮上した。そしてミーシアを銜えたままゆっくりと陸に近付き、やさしくそっとミーシアを寝かせた。間を置かずギャスターは海中に潜った。しばしの時が過ぎると、ギャスターが口に石版を銜え再び現れ、ミーシアの寝ている顔の横に石版を置いた。
しばらくするとミーシアが目覚めた。
「目が覚めたかい……」やさしくギャスターが言った。
ミーシアは仰向けになったまま、星空に浮かぶ大きな月をしばらく眺めていた。
「綺麗なお月さまね」
ミーシアはギャスターの声の響きから、分かり合えたのだと理解していた。
水面を見つめながら大御婆様が話し掛けて来た。
「最初にミーシアがギャスターと会った時から、どうやらギャスターは匂いからわしの子孫とわかっておったようじゃの」
「でもそれなら!」
「ギャスターは迷っていたのかもしれん。指輪が無くとも子孫に石版を渡すべきかを……」
私は大御婆様の顔を一瞬見、また水面へと顔を戻した。
「石版をどうしてくれる気になったの?」
「ミーシア様の指輪をお前が持っていたからだ」
「ミーシア様ってミンティアの神話の?」
「神話はワタシには解らないが、ミーシア様がおられた国はミンティアに間違いない」
ミーシアは本を読んだ時から、もしかして自分の首から掛けている指輪が『守りの指輪』かも知れないと思ってはいたが、やはりそうだったのだとこの時わかった。同じミーシアという名前も偶然ではないように感じていた。まだ確信は持てないが、神話の中のミーシアとは何か関係があるのかも知れないとこの時から強く思い始めた。
「石版を渡しちゃったら、ミーシア様に繋がる物が無くなっちゃうね。淋しくない?」
「ミーシア様はワタシの中で生き続けている。今もそしてこれからも……。それにミーシア様の約束が果たせて本当に嬉しく思っている。きっとミーシア様も喜んでくれているはずだ」
横を見ると大御婆様は涙していた。
「これからどうするの? もうこの入り江に留まらなくていいんでしょ? もしよかったら、わたしの船が帰って来たら一緒に旅に出ない?」
「誘いは嬉しいが、ワタシはこれまで一度もこの入り江から出た事がなかった。一度世界を周ってみようと思っている」
「じゃあその旅が終わったら次はわたしたちと一緒に旅に出ましょうよ。ビッグママにも会わせたいし、わたしのとうさんたちにも紹介したいわ!」
「ああ、是非その時はよろしくお願いするよ。ミーシア、もしもこの先海で困った事が起こったら、大きな声でワタシの名前を叫ぶといい。必ずワタシはお前を助けに行くから……」
「ありがとう。その時はそうするね!」
月の光が気遣い合うミーシアとギャスターを、我が子を見つめる母の眼差しのように、優しくほのかに照らしていた。
海賊姫ミーシアとは別に、コメディータッチの自伝、
レッツ ゴー トゥ ザ NY ウィズ 岸和田㊙物語シリーズ1『武士はピンク好き 編』
も同時連載しておりますので、よければ閲覧してくださいね!
作者 山本武より!




