第十二章 『知られざる過去』
「大御婆様、冥界の剣と言っていましたが……」
「ああ、聖なる剣はこの神界にある」
「それでは石版を集めれば下界と繋がるのですか?」
「繋がると言っても人は行き来出来ん」
私の心はすべて大御婆様には見透かされていた。行き来出来るのならいつの日かミーシアに会えると思ったのだ。
「聖なる剣は、今はオリュンポス宮殿に祀られておる。扉が開く時、剣だけが現世へと導かれるのじゃ」
「選ばれし者とは……」
「神の末裔、言い方を替えれば、わしの血を受け継ぐ者じゃよ。特別な血をな」
「ではミーシアが……」
「ミーシアだけが継承者の資格を持っている訳ではない。其方が一番知っておろう」
大御婆様のお言葉で、姉のエリーザもその一人だと理解した。
「まだ早いが、剣に少し細工を施しておかねばいかぬなぁ~」
「細工?」
「悪しき者には持てんようにせねばいかんじゃろて」
「悪しき者……」
「わしがオリュンポスに行っている間に、其方は、エリーザと最後に会った前夜から、エリーザの過去をしっかりと真実の泉で見ておくのじゃ。よいな!」
「承知しました」
大御婆様がオリュンポス宮殿に向かうと、私はエリーザの過去を真実の泉に映し出してもらった。
ムアール国とミンティア連合王国は、私の父アサー王と、エゼルドの父シザー王が腹心の仲だった事もあり、幼き頃より私とエリーザ、そしてエゼルドとそれにカイルはどちらの国にもよく行き来していた。当然のごとく同じ年頃の私達は、仲良くなるのにさほど時間は掛からなかった。互いの国を訪れた時には、いつも一緒に四人で仲良く遊んだものだ。
私がエゼルドに恋心を抱いたのは十六歳の頃だったように思う。それから少しして、惹かれあった二人は二年後に婚約したのだ。その婚約から二か月後、私達はムアール国で式を挙げたのだが、その式を機に私はエリーザとは会っていなかった。私はムアール国に嫁ぎ、エリーザは式が終わるとミンティア連合王国に帰国したからだ。
水面に映し出された映像は、エリーザがムアール国に滞在するにあたって、式の前夜に与えられた寝室から始まった。
エリーザはその日、私が着ていたドレスとまったく同じ物に袖を通し、ドレッサーの前でメイクしていた。双子の私達は同じ顔をしているが、好む物は異なり、メイクも私とは異なった。エリーザは通常派手な物を好み、メイクも私のようにナチュラルなものではなく、どちらかというといつも少し派手目だったが、この日寝室でドレッサーの前に座るエリーザは、私のようにナチュラルメイクを施していた。鏡に映るエリーザの容姿は、私が見ても自分自身だと見間違えるほど私そのものだった。
エリーザはメイクを終えると部屋を後にした。向かった先はエゼルドの寝室だった。
(こんな出来事があったなんて私はまったく知らなかった……)
明くる日の式に備え、私は寝室で身体を休めていたからだ。私は驚きに両手で口を塞いだ。
「入ってもいい」
声も私の声そのものだった。
「勿論だとも」エゼルドが言った。「どうしたんだいこんな夜更けに」
エゼルドの言葉に答える事なくエリーザはエゼルドに駆け寄り、縋り付くようにエゼルドの胸に飛び込んだ。
エゼルドがエリーザの肩に手をやり、少し自分の身体から引き離すと、エリーザの顔を見つめた。
「エリーザだね」
「何を冗談言っているの、私はエレーナよ。私を見間違えるなんて失礼な人」
エリーザは冗談ぽく怒ってみせた。
「いや、君はエリーザだよ。僕にはわかるよ! どういうつもりか知らないが、こんな冗談は止めてくれないか!」
水面に映るエゼルドの言葉を聞いた私は、自分ではないと気づいてくれた事に胸を撫で下ろした。
「どうして私じゃなかったの? 私の気持ちにも気付いていたはずよ!」エリーザは涙ながらにエゼルドに訴えた。
(姉がエゼルドを愛していたなんて、私はこれっぽっちも気づかなかった……)
「私とあの子のどこが違うって言うのよ!」
「エレーナはこんな事はしないからさ」
「お願い、一度だけでいいの……。一度だけ私を愛してさえくれれば、私はあなたに対する愛をずっとこの胸にしまって生きて行くから……」
「それは出来ない。僕の愛している人はエレーナ一人だから」
私は水面に触れ、エリーザの気持ちを知るのが怖かった。触れなくてもこの時の姉の思いは痛いほど分かった。姉は私の事を思い、ずっと自分の心を偽っていたのだ。
「触れてみるがよい。いや、触れらなくてはダメだ!」
そのとき背後で大御婆様の声がした。
私は水面に触れるのを躊躇った。
「ミーシアを大切に思うなら真実から目をそらしてはならぬ!」
私は恐る恐る水面に手の平を近付けた。水面に触れたとき手の平から痛みが伝わった。苦しいほど切なく、痛いほど悲しい心の痛みが私の全身に広がった。
「まだ水面から手を放してはならぬぞ!」
大御婆様はそうはおっしゃったが、これ以上姉の気持ちを知るのが怖かった。
「知っておかなくてはダメだ! エリーザがこれからどう変わっていくのかを……」
大御婆様のその声に、私は震える手を水面から離せなかった。
「私のたった一度のお願いすらも聞き入れてくれないのッ?」
エリーザの言葉にエゼルドは黙っていた。
「私は姉だというだけで、これまで自身の抑制を幾度となく重ねて来たわッ! 一度くらいのわがままを聞き入れてくれたっていいじゃないッ!」
「エリーザ、僕の愛を君は得る事は出来ない。それは君が本当の愛とは何かわかっていないからだ。すまないがエリーザ、もう出て行ってくれないか……」
手の平から伝わるエリーザの感情が怒りに変わって行くのがわかった。激しい怒りはやがて激しい憎悪へと形を変えた。
「こんな事があったなんて……」
私は姉の事を思うと、胸が熱くなり自然と涙が零れ落ちた。
「エレーナ、心して観るのはむしろこれからじゃ」
「大御婆様まだあるのですか?」
涙ながらに私は言った。
「知っておくべき事実がな」
大御婆様の杖のこぶが水面に触れると、波紋が広がり次の映像が写し出された。
エリーザは帰国すると、悪魔が眠ると恐れられている魔の樹海へと足を踏み入れた。奥へ奥へと足を踏み入れるにつれ、どんよりとした霧が立ち込め光は閉ざされていった。松明に火を灯し、エリーザは更に奥へと進んだ。その先には、中央に石台が置かれたストーンサークルがあった。エリーザはサークルを見るや駆け出し、石台の上で両手を掲げた。足元に投げ捨てられた松明がエリーザの顔を不気味に下から照らした。
「樹海に眠りし悪魔スルガトよ。千年の眠りから目覚めよ!」
エリーザが手をかざす先にはどす黒い靄が立ち込め始めた。
「誰だッ! ワシの眠りを妨げる者は……」
その靄の中から、重圧のある闇に染まる厳格な声が聞こえた。
「我が名はエリーザ・ベネット・ウォールデン。其方の力を我が物としに来た。姿を現せッ!」
どす黒い靄の中心に、闇を支配する眼光鋭い赤く光る眼が浮かび上がった。
「選ばれし血の一族が、闇を支配する我力を得に来ただと……。理由次第では生きては帰さんぞ!」
エリーザは臆する事なく話を続けた。
「我に流れし陽の血を、其方の魔力と共に闇色に染めたくはないか?」
「どういう事だ!」
赤く鋭い眼光の周りの靄が密集し、悪魔スルガトの容姿が浮かび上がった。獰猛極まりない牙は犬歯以外もすべて牙の先端が鋭く尖り、頭から生えた角は太く、やはり先端は鋭く尖っている。眉間にある彫刻のように彫の深い皺は、千年以上生き永らえた事を物語っていた。その悍ましい容姿は、悪魔という言葉一つで表現するにはあまりにも安易だった。
「我と共に世界を我が物とする為、其方は我が魂と一つになるのだ! さあ我が身体に棲まい憑くがよい!」
「面白い。実に面白い! 貴様の望みしかと聞き受けた!」
スルガトは歓喜に満ちた厳格な声でそう言うと、どす黒い靄がエリーザの口目掛けて飛び込んで来た。エリーザの表情と衣装が一瞬にして変わった。もう私の知る姉ではなかった。悪魔その物に成り果ててしまったのだ。
「まずは手始めに、ザルーラという駒を使ってムアール国を滅ぼしに参るぞッ!」
エリーザの復讐の炎は、地獄をも焼き尽くす凄まじいものだった。
「私達はエリーザに殺されたのですね」
「悲しいかなそうじゃよ。エリーザは、今はミーシアが死んでいると思っておるが、しかしミーシアが生きていると解れば放ってはおかぬじゃろう」
「ではどうすれば?」
「今は待て、今はわし達にはどうする事も出来ぬ! しかしわしの見解が正しければ、宿命を背負い愛に包まれて生きる少女は必ず生き残り、その希望がきっと未来を繋ぐはずじゃ!」
その後大御婆様に見せて頂いた映像は、エリーザがザルーラ国を支配するといったものだった。そして私達に止めを刺したドルニック率いる憎きクラーケン海賊団に、大イカの化け物を与えた時の映像だった。
海賊姫ミーシアとは別に、コメディータッチの自伝、
レッツ ゴー トゥ ザ NY ウィズ 岸和田㊙物語シリーズ1『武士はピンク好き 編』
も同時連載しておりますので、よければ閲覧してくださいね!
作者 山本武より!




