008 妻とお泊り
サンガク山のふともにある、宿屋サンガク屋。
今日の客はラーミとマルクだけであった、金を払わない人間を客と言うのならではあるが。
「クマゴロウさん、おかわり!」
そういうのは、ラーミでありクマゴロウと言われたのは店主である。
「店主よ、すまない。こんなに食事までご用意してもらって」
「いや、謝るのは俺のほうだ、旦那の前で……前で……」
どうも歯切れが悪いクマゴロウ。少し泣いているようにも見えた。
その横を娘のエレニアが料理を運んできた。
「お待ちどうさまー」
ラーミがその料理を受け取ると、手早く口に入れていく。
エレニアも席に着くとラーミとマルクを見ながら、ニヤっと笑う。
「しっかし、ラーミが結婚とは、先を越されたわよね」
「仲がいいのか?」
余りにも親しい呼び方でマルクは、親しいと解っていながらも話の種として聞いてみた。
「あたし? そうねぇラーミとは同じ歳で良く遊んだかなぁ。
あたしより、お父さんがラーミのお母さんと知り合いで」
(同じ歳っ? それにしてはこうも違うのか……十七~二十にみえた)
エレニアとラーミの体つきを見つつ話を聞く事にした。
話を振られたクマゴロウが頷く。
「ちびっこの母親、サナとは幼馴染でな。もっともお互いに故郷は離れた口だ。
次に知ったのは、コイツが赤ん坊の頃よ」
「そうなのか」
「にしても、ラーミってば、昔からおじさんフェチよね」
おじさんフェチと聞いて、思わず咽そうになる。
(いや、当たり前か。こんな少女が俺を結婚したというのは、もしかして俺以外のおじさんでも良かったのか?)
ラーミが食べているナイフを置くと異議を申し立てた。
「な、違いますっ! いいなと思った人が偶然年上なだけです
おじさんだから誰でもいいみたいな事は無いですし、マルクさんにも失礼です!」
「ご、ごめん」
「わかればよろしい」
「で、その年上のマルクおじさんは、ラーミのどこに惚れたの?
出会いは? 初デートは? プロポーズは何ていったの?」
「いや、その」
出会ったのは昨日で、結婚したのは今朝、プロポーズもないし、デートすらしていない。
そんな事を言ってもいいのか判断に迷う。
ラーミが助け舟を出してくる。
「お見合いですよ。会ったのは数日前でビビっと来たっていうんですかね」
「なるほど、お見合いだ」
「お見合いかー、さすが貴族となるとそういうのもあるのね」
エレニアはすんなりラーミの言葉を受け取ると、自らも食事を続ける。
クマゴロウが突然立ち上がると厨房へと走っていった。
マルクとラーミが驚いていると、エレニアはやっぱそうよねと一人頷く、直ぐに戻ってくるからとエレニアも席を離れていった。
残った二人は静かになる。
「あの、楽しいです?」
「ん?」
「いえ、なにか顔が暗いものですから」
「なに、歳を取ると表情が少なくなってきてね、ラーミの過去が知れて嬉しいよ」
「本当ですかっ!
あの、私もマルクさんの過去知りたいです」
またも返答に困る質問をされた。
(オレの過去? 薬草を取って選別して売る。そして薬草を……)
「あれ、どうして笑っているんです」
「何もない過去だなとおもってな、来る日も来る日も山に行き薬草を取って売るだけの人生さ」
「だったら一緒に楽しい未来を作りましょう」
思わず笑顔に見とれる。
(こんな少女に微笑みかけられて、本当に相手が俺でいいのか?)
罪悪感からマルクが返事をする前にクマゴロウとエレニアが戻ってきた。
二人で大きなタルを転がしている。
「これは!?」
「酒樽だ。旦那は知らないかもしれないが、ちびっこは酒が好きでな、街で仕入れた麦酒だ。つまみはエレニアが作る」
「もうお父さん。結婚してる相手にちびっこって失礼だよっ」
「す、すまん」
「それに、旦那さんなんだから知ってるに決まってるじゃないっ」
何かを発言するたびに怒られるタメゴロウを見てマルクは口元を緩ませる。
「と、とにかく飲んでくれ。
さっきの詫びも全部ひっくるめてだ」
「そういう事なら遠慮はしません。
ね、マルクさん」
「す、少しは遠慮したほうがいいぞ……」
◇◇◇
飲み始めること、ソコソコの時間が経った。
最初は三人とも楽しく飲んでいた。
飲まないエレニアは先に寝ると席を外し、そこからクマゴロウがようやくウルサイのが寝たかと言うと、ここぞとばかりに酒樽を追加してきた。
気づけば、三人の周りには酒樽が三つ並んでいる。
ラーミをちらっとみると、酒タルの前に座っている。
コックをひねる。
木製のコップに酒を注ぐ。
飲む。
コックをひねる。
木製のコップに……、一人永久機関であった。
(あんな小さい体にどれだけのアルコールが入るのか……)
「って、聞いてるか旦那っ!。
あの子の母親はぁ、体が弱いのに娘であるラーミに生きるすべを教えたんだっ。
泣かせるじゃねえかっ」
「店主よ、その話は先ほども聞いた」
「いーや、きっと言ってねえ」
絡み酒という奴だ。
そしてわかった事が一つあった。
このクマゴロウ、マルクと同じ歳なのだ。
ますます、複雑な気分になって行く。
片方は同じ年齢で親子、しかも小さいとは言え宿を経営しており自立した生活だ。
(自分はどうだ、冒険者として先が見えない生活をし、最近は体力も落ちてきた。しかもなんだ、娘としてもおかしくない子を嫁にしただと? どうやって養っていく気だ)
クマゴロウがマルクの肩へと手を回してくる。
「旦那っ! 暗い顔だな」
「元々だ……」
マルクは振り向きもせず、自分の酒を見つめていた。
納得の行かないクマゴロウはさらに絡んで来た。
「いいや、違うゴフゥ」
場違いな声がしたので思わず振り向くと、クマゴロウがテーブルに額を付けている。
その背後ではラーミが少し怒った顔をしてクマゴロウに指を差していた。
「おじさんっ! なんなんですか。
マルクさんが困って困って、楽しいお酒が……。
お酒がなんでしたっけ」
酔っ払いである。
もちろん、マルクも酔ってはいるが前回のようにならないように、抑えてる。
外で飲むという緊張もあり余り酔ってない。
「酒は楽しく飲もうって話だったな……」
「そう、さすがです。
おじさん聞いてますか?
お酒は楽しく飲むものですよっー」
そのおじさんクマゴロウは、後頭部にたんこぶを作り意識がない。
ラーミの顔はマルクの悩みなど、全部吹き飛ばすような笑顔でクマゴロウを説教している。
その様子を見て思わず笑いがでる。
「マルクさん、笑ってます。楽しいんですかーっ」
マルクはラーミの腕の下へ手を入れるとそのまま持ち上げる。
「あわわ、マルクさんっ!」
「ああ楽しいな」
「それは大変によかったです」




