007 妻は走る(時速60㌔
ギルドの外に出たラーミは足早に歩いた。
いくつも角を曲がり、時折マルク以外の人間が居ないのかを振り向き確認する。
その度にマルクと視線が合うとにへらーと笑顔を向けていた。
マルクが疲れて来た頃、ラーミは立ちとまった。
その顔は勝利の笑みという奴だ。
「ふっふっふ。まいたようですね」
「はぁはぁ……まいたって、さっきの奴か?」
「はい、冒険者ランクが高いからって人を見下していいとは限りません、関わるだけソンです。普段なら……いえなんでもないです」
(それはオレも思う。ランクが高いからといって出来た人間とは限らない、しかしなぁ)
自身に納得し、ラーミを心の中で褒め、注意する。
「そうか、そうだな、しかし煽るのはダメじゃないか?」
「え……」
「あれはラーミが悪いと思うのだが、いや陰口は俺も聞こえていた、ああいうのは無視するのが一番と思うのだが」
マルクは今まで実践して来た事をラーミへと伝えた。
ラーミが信じられないと言う顔でマルクを見ている。
「いいですか、マルクさん。言われたら言い返す、冒険者の鉄則ですよ。
そりゃ反論しないってのもありますけど……マルクさんの妻が弱いって広まると」
「広まると?」
「なにか嫌じゃないですか」
その辺は子供なのだろう、理由になっていない理由を聞くとマルクは思わず笑う。
ラーミの頭をぽんぽんと軽くなではじめた。
「ちょ、あの、子ども扱いはだめですよ! 妻としてですね!」
「すまんすまん。で、これから……」
「そうですね。本題に戻り、竜の素材を取りに行きましょうかっ!」
「本気なのか?」
サンガク山といえば、現在居る主要都市マグナから馬車一泊二日、のんびりなら三日。
一般男性が朝から晩まで一日中走ればまぁ着くんじゃないかなって所だ。
それなりの準備をしないと行けない。
(参ったな……。移動する金も無いぞ、シスターに頭を下げるか。問題は返せるかどうかだ……サンガク山に行っても必ず素材は手に入る保障もない、しかし引き受けた以上行った方がいいだろう)
「その、少し待ってくれないか。準備もいるだろう」
「大丈夫ですよ?」
「いや、しかし手ぶらで行くには」
ラーミの現在の姿は旅用のローブを着ているだけである。
「日暮れ前には、ふもとの村へ着くので」
「休み無く走ればいけるかもしれないが、今から馬を手配するとなると、難しいだろう」
「着けますってっ!」
「しかし――」
マルクは言葉を止める。
孤児院での経験から、こう言う時は相手の話を聞いたほうが良い場合もあると思ったからだ。
子供なりの斬新な意見も中々に馬鹿に出来ない。
(おっと、子供扱いしたらまた怒られてしまうな)
「マルクさんは自宅で待ってもらえれば、私がびゅーっと行って来ますので」
「ラーミ一人で行くのか?
その、心配もある、オレも一緒にどうだろうか」
(自宅にある、残った薬草も売ってしまおう。馬代ぐらいにはなるはずだ)
マルクの言葉にラーミの顔がほんのり赤い。
なお、マルクの言葉には子供が危険な事をするのを心配という意味が含まれていて、ラーミは他の誰とでもない、妻である自分の事が心配で着いて来ると、微妙にすれ違っている。
「そ、そこまで言うなら、しょうがないですねっ。
準備しますので、ここでお待ちをっ」
「ここでなのか? オレも一度家に行きたいんだが」
「大丈夫です。いく必要はないですし」
ラーミが自信満々にいうのでマルクは待つ事になった。
直ぐに準備を終えたラーミが戻ってきて、マルクに指示をだす。
暫くしてから準備が出来た。
「対移動用装備完了ですっ!」
「本当に大丈夫なのか?」
ラーミの背中からマルクが喋る。
それもそのはず。
ラーミは背負子を背負い、その背負子にはマルクが縛られていた。
背負子とは、木こりが切った木を載せたり、山を移動する商人が木箱を積んで背負ったりするあれである。
少し前、近くの店から背負子を買うと、マルクに乗ってくれと頼みだす。
当然断るが、時間も惜しいので早く乗ってくださいとせかされた。
最後の抵抗として、万が一持てなかったら違う案でいく、そう宣言したマルクであるが、簡単に背負られてしまったのだ。
あとは、マルクをぐるぐる巻きに縛り、ラーミは大きな布を羽織るだけで準備が出来た。
これなら途中で落ちることもない。
窒息しないようにと外がわかるようにマルクの眼の部分だけは穴を開けてある。
後に一部始終を見ていたパン屋の女主人は語る。
あれは愛だね、愛が生んだ奇跡だよと。
こうして異様な外見となった二人が、出来上がった。
明らかに人を背負った女の子が苦も無く街中を走っているのだ。
街から出る時に、ラーミは決まりなので門兵に挨拶をする。
若い門兵がラーミが背負っている荷物に注目した。
背中に開いている穴から目だけ出しているマルクに当然気づくと、小さな悲鳴を上げそうになった、直ぐに年配の門兵が彼の肩を叩いて首を振った。
何も言うな、黙っていかせてやれ。
関係をもったら面倒だろ? と、目で合図をしている。
結局注意を受けずに街をでたラーミは走った、全力で走った。
辺りは薄暗くなってきた。
サンガク山のふもとには元気いっぱいのラーミと青い顔をしたマルクが立っていた。
「ねっ、着きましたよ」
「そ、そうだな……」
物凄い勢いで景色が変っていったのを思い出す。
途中ですれ違う人々は皆、口をあけて居た。
「なぁ……」
「なんでしょう、マルクさん?」
「いや、なんでもない」
「変な人ですねー。
でも、大丈夫です、そんな所も魅力的ですよっ!」
ドヤッという顔をしているラーミに対して、帰りは馬車で帰らないかと提案しようかと思ったマルク。
財布を見ると小さく首を振った、その理由は手持ちのお金が無いからだ。
もちろん、ラーミに相談すればラーミが出してくれる可能性はある、しかし、僅かに残った大人としてのプライドがあり口には出せなかった。
「むー。外しましたかね……」
「何がだ?」
「別にです。
それよりも、今日は一晩休んで明日の朝行きましょうっ!」
「…………」
「お金の事なら大丈夫です。
実は知り合いの宿があるんですよ、そこなら安くいけます」
村から入った所にある大きな宿へと入った。
一階は広々していて食堂をかねており、階段があり上が宿泊施設になっている。
「いらっしゃ……。
あーーーーーーーっ! お父さん大変大変、ラーミ、ラーミが来たっ!」
ラーミより少し背の高い少女が奥へと消えた。
「人気者なんだな」
「いやー、どうなんでしょうね」
奥から熊みたいな体系と顔の男性が現れる。
店主であり、先ほど叫んだ少女の父親だ。
「おー、ちっこいのまた来たかっ!
今日はどうした」
ラーミを見ると一目散に抱き上げる。
その小さな体をハグし顔をこすり付けた。
「ちょ、急に抱き付かないで、髭が痛いですっ」
「なにいっちょまえに……っと、すまねえ。こっちの人は冒険者の人か?」
マルクを確認して、そっとラーミを床へと降ろす。
頬をごしごしとハンカチでぬぐうと、マルクの説明を始めた。
「もう痛いんですから。
この方は旦那さんでマルクさんですっ!」
「どうも」
店主はマルクを見て、もう一度ラーミを見る。
「旦那って……。まるで結婚しているみたいな言い方だな」
「見たいじゃなくて、してるんですけど」
「誰が?」
「私がです」
「誰と?」
「だから、マルクさんとですって」
旦那の前で、嫁に抱きついた。
その事に気づいた店主の顔が青ざめる。
「あの、失礼しました。コイツに旦那さんが居るとは……」
「いや――」
しょうがない、そう言おうとするとラーミが怒り出す。
「そうですよっ! というわけで、一晩泊めてください」
無茶苦茶な、そう思ったが口に出せる感じではなかった。




