022 妻は緊張をする
トットマ達の用件が思ったより早く終わったのと、トットマがラーミへと買ってくれたケーキが予想よりも多すぎる為に、結局はマルクの育った孤児院へと行く事に決まった。
宿を出て歩き出すと、元気いっぱいだったラーミの口数が段々と減って行く。
マルクは元々喋るほうではないので、ラーミが黙ると二人ともほぼ無言だった。
孤児院の前へと着いたとたん、ラーミがマルクの服を引っ張る。
「マルクさん、私の服装、変じゃないですかね?」
「ああ、変ではない、緊張しているのか?」
「とってもです! シスターアンさんはマルクさんの母親みたいな人なんですよね。
その人物に挨拶するとなると、緊張もしますっ!」
(そういうものだろうか……)
マルクが一歩前に出ようとすると、後ろから元気な声がかかった。
「あれ? オジサン。玄関前でどうしたの? それにその子供、あっ、新しく一緒に暮らす子? そんな緊張しなくても大丈夫だよ」
新しく一緒に暮らす子と表現するのは、一人じゃないよという、メルなりの優しい心使いだ。
「あの、私はですねっ」
「ウチはメル、この家で一番上のお姉さんって所」
メルは腰を曲げると目線をラーミへと合わせて喋る。
ガサツであるが、気の利く少女である。
「あの、えと、ありがとうございます。でもですねっ!」
「いいよ、いいよ。
最初は皆不安だからね。
ほら、オジサン。新しい子が緊張してるじゃん、ばあちゃんを呼んで……、って来たみたい」
メルがラーミを建物の中へ連れて行こうとする前に、シスターアンが建物から出て来た。
外の騒ぎで様子を見に来たらしい。
「あらあら。マルク、今日はどうしました?
先日は沢山のお土産をありがとうございます、今は何処に住んでいるんです?
お礼を言いに家へ向かいました所、その焼け落ちてまして、それに彼方のお嫁さんという方もあって見たいんですけどね」
話の終わりそうにないシスターアンをみて、メルは割り込み入ってくる。
「ばあちゃん、話が長いよ。新しい子、オジサンが連れてきた新しい子。
ねー、名前はなんていうの?」
「そうでしたね、気をつけましょう」
メルに言われてラーミはますます緊張し始める。
「あの、その。
入居者ではなくてマルクさんの妻でラーミといいます……」
最後は消え去りそうな声だった。
シスターアンとメルが顔を見合わせた。
マルクに視線が集まるので、説明を始める。
「ああ、ラーミの言っている事は本当だ、その紹介が遅れた」
「マルク……。彼方はいつも……おめでたい日ですね、メルっ」
「何ばあちゃん?」
シスターアンは、修道着のポケットをまさぐり、銀貨や銅貨を取り出すとメルに渡す。
「これで、お酒を買って来てください」
「えっ! ばあちゃん。酒って、ここじゃ禁止っ」
「ええ、ですけど。
こんなおめでたい時は主も許してくれる事でしょう。残った分は適当に皆さんのオヤツでもどうぞ」
メルが、ばあちゃんの考えが変る前に、じゃぁいってくると、言うと来た道を戻り走っていく。
困惑するのはマルクであった。
「シスター、そんな無理に使うような事は……」
「大丈夫ですから、本日ぐらいは、さぁラーミさんどうぞどうぞ」
シスターアンはラーミの手を握り建物へと入っていった。
(まるで、孫を連れて歩く人だな……)
考えた事は心にしまい、マルクもその後を続いて入っていく。
◇◇◇
メルが果実酒などを買い戻ってくると、調理がはじまる。
孤児院はシスターメルのほかにも、通いの大人も数人いるが遅い時間なので既に帰宅していた。
料理が出きるのは、シスターアンにメル、それに大きい子供達が色々と作っていった。
夕食の時間になり、大きなテーブルには様々は料理が並んでいた。
どれも材料費は安いがお腹にたまり、栄養があるものばかりである。
マルク自身は、何度も来ているので周りも知っている。
他の子供は、そのマルクの隣にいるラーミへと注目していた。
ねーねー。マルクにいちゃん結婚って本当?
隣のいるのがお嫁さん?
私より小さい……。
マルク兄、もう子作りした?
およめさんの名前はー?
など質問が飛び、その度にまだ少し緊張しているラーミが答える。
子供というのは、興味があれば何でも聞いて見たい衝動があるのだろう。
途中に性に関して質問した子は、シスターアンが背後に回り、後頭部を持っていたオタマで一撃でしとめた。
この子が目が覚めるのは夕食会の後半になるだろう……。
「はいはい、質問ばっかりじゃ、ラーミさんも困りますよ、皆さんの事も教えてあげてください」
シスターアンの言葉で、次々に自己紹介がはじまった。
その後はまったりとした時間が進む。
楽しい夕食会も終わり、子供組は既に寝室に入っていった。
全員を寝かしつけたメルが戻ってくる。
「ばあちゃん、全部終わったよー」
「はい、ありがとうございます。
メル、あなたもどうですか?」
シスターアンは果実酒の入ったコップをメルへと差し出す。
メルはテーブルを確認すると、マルクとラーミの場所にも果実酒が既に注がれていた。
「ばーちゃん、ありがと。あっ美味しい」
「いえいえ、あなたが隠れて飲んでいるのは知っていますし、ほどほどであればいいんですよ、それに……」
シスターアンは少しラーミをみて、言いにくそうにしながらも続きを話す。
「メルが禁止で、メルよりも若いラーミさんが飲まれているんですし、ただ他の子にはお酒の味を覚えさせたらダメですよ」
「はーい」
メルとの話が終わると、シスターアンはマルクへと話しかけた。
「では、家のほうはなんとかなりそうなんですね」
「ああ、知り合いが物件を用意してくれてな」
「失礼ですが、前の家みたいな家ではないでしょうね、夫婦といえど何もかも一部屋で済ますのは……」
「大丈夫だ、ラーミは別に一部屋でもいいらしいが、良い所を紹介してもらえてな」
マルクは新しい家の間取りを簡単に説明した。
「明日にでもラーミと見に行こうと思ってる」
「ラーミさん」
「は、はいっ!?」
シスターアンはそれまで、マルクの横でちびちびと果実酒を飲んでいるラーミへと話しかけた。
ラーミは驚き、少しだけ果実酒をこぼす。
「マルクは口数が少ないですけど、決して冷たいわけじゃありません。これからもよろしくお願いしますね」
「だ、大丈夫です! もう、十分に堪能してます!」
「シスターアン、こう本人の前でそういう事は辞めてくれ」
「あらあら、普段はいう事をききませんのに、さて私達も寝る用意をしましょう。
部屋を用意してきますので失礼しますね」
シスターアンが部屋から出ていくと、マルクはメルが考え込んでいるのを目にした。
「メル、どうした」
「え、いや?」
「メルさんどうしたんです? 私のほうを見てますけど……」
ラーミも不思議に思い訪ねてみる。
「ねー、オジサンが買う家って、橋の向こうにあって井戸が複数あり、浴室つきのよね」
「ああ、そうだとおもうが?」
「そっかー」
「何かあるのか? 紹介してくれた人間も歯切れが悪くてな」
「いや、入る前だから言うけど幽霊騒ぎがある家でさ、貴族がだれか管理してるはずなんだけど、誰も買い手がいないって話。取り壊す話もあったけど近所の人が反対していてね」
(なるほど、ミイナが話さなかった訳だ)
「幽霊か……」
「いませんよっ!」
突然大声をあげるラーミに視線が集まる。
大きな声を出した事に慌てて謝ると、静かに喋り始めた。
「幽霊なんて、幻覚の一種です。いると思うからそう見えるのです。
メルさんも子供っぽい事を言わないで現実をですねっ!」
「あはは、ウチ。君より上なんだけどっー」
メルはラーミを背中から抱きつくと話題を続ける。
「怖いのかなー? 怖いよねー?」
「ち、ちがいますっ!
思っていたんですけどっ! マルクさんをオジサンというのも失礼と」
「じゃぁ、ウチが、マルクさんって言うとラーミちゃんは嫉妬するんじゃないかなー」
「え、いや、それは、まぁ……」
「じゃぁオジサンのままでいいじゃん」
二人がじゃれあっていると、シスターアンが部屋の用意をし終わって戻ってきた。
仲良さそうにしているのをみて微笑む。
「あらあら、仲がいいんですね。
狭いですけど部屋が出来ましたよ、さ。メルももうお休みなさい」
シスターアンは一言いうと廊下へ行く。
メルもラーミから離れると、ラーミの頬へキスをして廊下へ消えた。
廊下から、はーい、じゃっラーミちゃんおやすみーと、言い残す。
「まったくもう、霊なんてものは……。
あ、マルクさん。
寝るときに、手を握って寝ていいですか?」
(怖いのか……。そもそも霊が居ないというが、世界にはゴースト系という魔物もいるだろうに、見た事はないが、ゾンビだっているはずだ)
突っ込む事はせず、ラーミの手を握り、用意された部屋へと向かうのであった。




