015 妻は盛大にやく事を覚える
あの後なんとか誤解を解き、十七歳のメルを案内役として連れ出す事を許可された。
場所は若い子に人気のショッピング通り。
若い冒険者や、カップル、親子連れなどが回りにいる。
マルクが普段来ない場所で、何時も行く市場などと空気すら違う。
マルクの前には、だぼっとした服に着替えてきたメルが先導している。
「でさ、肉のおっさん。
あっばあちゃんから、せめてオジサンって呼べって言われていたっけ」
「オレはどっちでも構わない」
「話が通じるー。アンばあちゃん、たまに頭が固いからなー。
まぁいいや、オジサンって呼ぶね、奥さんって何が好きなの?」
暫く立ち止まるとメルを見て話す。
「わからない……いや、酒が好きだ」
「酒かー……女性に贈り物としては最悪かも」
だからこそ、女性であるシスターアンに相談しに行ったのだ。
「それより、オジサン。
お腹減ったんだけど、アレ食べたい、案内するお礼として欲しいなー」
結構な甘え上手である。
移動販売をしている屋台があった。
アレと指差すのは、ポテトフライで細く切った芋を油で揚げたオヤツに近い食べ物だ。
甘え上手と気づかないマルクは言われた通りに買う事に決めた。
「ポテトフライか……わかった」
ポテトフライを二つ買う。
買ってもらったのにメルの表情は突然暗くなる。
変な物でも入っていたかとメルの持っているポテトフライを覗き込む。
「どうした?」
「いや、ウチばっかり食べさせてもらって、家の皆に悪いなって思って……。
ご、ごめん。
忘れて、オジサンの買い物だもんね」
家というのは、もちろん孤児院である。
口は悪いが結構な家族思いでもあった。
そこまで言われたら、いくらマルクでも頭は回る。
「親父、すまんが郊外にある孤児院に同じ奴を十六個届けてくれないか?」
「へい、毎度っ!」
年季の入ったポテトフライを売っている親父は、マルクから代金を貰いホクホクな顔である。
メルも喜び、マルクの腕にしがみ付いた。
「さすが、オジサン。お礼にチューしようか?」
「妻がいる」
二人はポテトフライの店主に見送られて街中を歩く。
次の角を曲がると美味しそうな匂いがマルクの鼻に止まった。
骨付き肉の移動販売。
片手サイズの肉で、香辛料をたっぷりとかけた焼き立ての肉は、その匂いを強力に振りまいている。
メルがその屋台をジーっとみて、直ぐに目線を外した。
(これは強力だな……。なんとも旨そうだ、値段は銀貨一枚か)
マルクは骨付き肉の屋台の前まで足早に歩く。
後ろからメルが慌てて付いてきた。
「オジサン。
ウチが見たから買うって事はないよね? お礼だったらさっき貰ったので十分なんだけどっ」
「違う、オレが食べたい。親父、持ち帰りで二本。
あと十六本は届ける事は出来るか?」
骨付き肉の店主は快く承諾する。
直ぐに二本を手渡し、残りの肉を届ける配達場所をマルクから聞き出しマルク達を見送った。
「マジ? オジサンの財布大丈夫なの?」
「ああ、予定外の収入があったのでな」
少し歩くと、次は移動販売の飲物屋が居た。
こちらは若い女性が売っている。
麦酒、果実酒、目の前で冷たい果実を絞ったジュースなども販売している。
(油物を食べた口をすっきりさせるためか、値段は銀貨五枚……。なに余裕があるんだ、別に大丈夫だろう)
「すまない、麦酒ひとつと、こっちには口の中をさっぱりするような物を頼む」
メルは突然の飲み物に驚く。
「えっ、いいの?」
「ああ、さすがに麦酒は配達に頼まないけどな」
「あはは、麦酒もっていったら、オジサン説教部屋に直行だよ」
「…………まだあるのかあの部屋」
女性の売り子に手を振られながらメイン通りへと戻る。
マルクの視界には他にも移動販売の屋台が何件も見えた。
アルコールが入り少しだけ気分がいいマルクが先ほどから疑問に思っている事をメルに尋ねた。
「今日はお祭りでもあるのか?」
「ないよ?」
「では、それにしては出店が多い」
「あー……オジサンここは恋人通りって呼ばれていてね、周りをみなよ男女が多いでしょ」
マルクは言われてから周りを見る。
確かに男女が多く、みなあちこちの出店で軽食を買っていた。
「そんな通りだったのか」
「勝手に名前が付いた通りだけどね、だから出店も多いのよ。
話には聞いていたけどウチも来たのは初めてなんだけどね。
オジサンのお嫁さんより先に来て、やきもちされそうかも」
もちろん冗談だ。
(やきもちか……。ラーミはオレに妬いてくれるのだろうか?)
マルクの気持ちを知らないメルは話を続ける。
「でさでさ、来る途中に考えたんだけど。女の子が喜ぶのってぶっちゃけ宝石だよ」
「宝石か……」
「そう、それだったら別れても売れ……。
あ、ごめん」
マルクは思わず笑う。
(確かに宝石はいいかもしれない、価値も下がりにくいし緊急時の蓄えにもなる)
「大丈夫だ、その通りだからな。
では、そうしよう。どこの店がいいんだ?」
「ウチも店の中までは詳しくないからなぁ。
あの店にいって見ようか」
「わかった」
メルは一軒の店を指差す。
看板には宝石のマークがあり、宝石を売っていますよって印であった。
外見は入りやすそうな入り口で、マルク達が入る前から男女のカップルが笑顔で出てきた。
きっと良い物があるんだろうとマルク達も入れ替わり入店した。
◇◇◇
暫くすると、青い顔をした二人がその店から出てきた。
マルクの手には小さな手提げ袋が握られている。
買い物をしたのに嬉しそうではなく二人とも無言で、近くの公園へ向かった。
『憩いの場』そう言われている場所は中央にミニ噴水があり、あちこちにカップルが座って微笑ましい会話をしていた。
椅子に座った二人はその噴水を眺めている。
メルはマルクに謝り始める。
「オジサンごめん」
「いやいいんだ……俺が悪かった」
何に対して謝っているのかは謎であるが、マルクも謝っている。
別に二人とも悪い事をしたわけじゃない。
入ったお店が悪かった。
「しかし……高い物なんだな」
「ウチもあそこまでするって知らなくて……さ……」
マルクは入店してからの事を思い出す。
まず入った瞬間、にこやかな女性店員がよって来た。
次に嫁にプレゼントしたいので見に来たと伝えると、予算を聞いてきた。
こちらがお嫁さんですか? メルを見てそういうので、妹みたいな子だというとデザイン選びにご一緒ですねと、納得してくれた。
次に予算はどうしましょうと、たずねて来るので、マルクは素直に金貨十五枚と答えると、一瞬だけ女性店員の顔が変ったような気がした。
しかし、女性店員はマルクの要望どおり小さな宝石の付いたリング、すなわち指輪を持ってきたのだ。
マルクは隣で青ざめているメルに気づき、そっとどうしたと声をかけると……。
ベンチに座っているメルも思い出したかのように喋る。
「周りの指輪の値段、みんな三桁だったね……」
「ああ……。奥には四桁のもあった」
「オジサンも金貨十五枚の大金だったのに」
居たたまれなくなった二人は、店員が進められるままに金貨十五枚の小さな赤い宝石が付いた指輪を買ったのだ。
そして、またのお越しをと、見送られて外にでた。
(しかし、いい買い物だったのではないか? この宝石などラーミの髪と同じだ)
マルクは一度噴水を見た後に口を開く、その顔は先ほどの気落ちした顔ではなく気合の入った顔に変っていた。
「出せる範囲で最高の物を買ったと思う、それはメルのおかげだ」
「オジサン……うん、ウチもそう思う。
早くプレゼントしてやりなよっ! ウチはこのまま帰るからさっ」
背中を大きく叩かれメルは走っていった。
途中で立ち止まり、マルクのほうを向いて叫ぶ。
「今日は色々ありがとー。じゃーねー」
(メルに礼を言いそびれてしまったな……。よし、帰るとしようかっ)
マルクは足早に歩く。
何時もの角を抜け、自宅が見える位置についた時、道を間違えたかと思った。
家が見当たらないのだ。
代わりに、焼け落ちた家らしき場所から何かを探しているラーミの姿が見えた。
「これは……」
マルクの気配に、黒い顔になったラーミが走ってきた。
「あ、マルクさんっ!
あの、ええっと……。ごめんなさい」
マルクには小さいラーミがさらに小さく見える。
「何があったんだ……」
「マルクさんと夕飯とおもい、お肉を焼くつもりが家を焼いてしまって、大事な物もあったと思うんですけど殆どが焼けてしまって」
(何故家をっ! いやしかし、だいじな物は特に無い。こういう時は怒るべきなのだろうか、ちがう。オレとの夕飯と言っていたな……)
「その、怪我が無くてよかった」
「ご、ごめんなさいー」
ラーミはマルクに抱きついたまま涙声で謝りまくっていた。




