011 妻を想う
勝負は決まった。
天高く右腕を上げるエルドラに試合終了を告げるマルク。
そこで気づいた、ラーミがピクリとも動かないのだ。
(命には別状無いとは思うが……)
マルクはうつぶせで倒れているラーミへと駆け寄り、そっと仰向けに寝かせる。
思ったよりも綺麗な顔でほっとし全体を確認した。
体のほうをみても衣服は汚れてはいるが大きな怪我はひとつもない。
安心していると、エルドラが歩いてくる。
介抱されているラーミの服をつまみ上げた。
猫のように空中に釣らされる。
「何時まで寝た振りをしているつもりだ」
それまで無表情だった顔が突然苦しみだし目を開ける。
「はっ、ここは! 私、負けたんですかっ」
完全な棒読みである。
マルクとエルドラは白い眼でラーミを見ると、反論を唱えた。
「い、いま気づいたばっかりですしっ!
決して、介抱されようとかそんな事はないですっ」
ラーミは空中で慌てる、慌てるという事はそうだったんだろう。
ともあれ、マルクは元気そうなラーミを見てほっと息を吐く。
「怪我が無くてよかった」
「結構、怪我あったんですけどね、回復しましたし」
「魔法も使えるのか?」
「そうですね……わたしの母は私のために、たった一つ事を徹底的に教えてくれたんですよ」
「ほう……」
Bランクの強さを知りたい、いやラーミの強さを知りたいマルクは、興味本位で呟いた。
「それは、身体強化の魔法です。それで自己回復も強いんです。
所で、エルドラさん。もうそろそろ降ろしてほしいですけど」
エルドラは突然手を離す、不意を付かれたラーミは尻をぶつけて文句を言っている。
(強化魔法……。それだけでどうにか成るものなのか?)
エルドラがマルクの心を読むかのように話しかける。
「ならんぞ? こいつは異常だし、人間の言葉で言うと大変態だな」
「なっ! 特別と言ってくださいっ、変態とはなんですか変態とは」
「変態とは言っていない大変態と言ったんだ」
文句を言うラーミを無視して説明し始める。
「普通の強化魔法は一を二にする程度だ、良くて四にする程度だ。
こいつの場合は四にした後に、八にして、それを十六などにする」
「きっと神様が、可愛い私にくれた贈り物なのですっ。それに一応限界はあるんですよ」
「ほう、そしたら世界中の女が贈り物を貰ってないとおかしいな」
「ちょっと、どういう事ですかっ!」
突っ込むエルドラと、それを聴いて怒り始めるラーミ。
(やはり、彼女は特別なのか。では何故Bランクで止まっているんだ……)
「おい、そこの男」
「なんだろうか?」
「『なんだろうか?』じゃない。眼と爪を運ぶのを手伝え、お前は運ぶ道具でも作ってろ」
「しかし、勝負はラーミが負けたが、いいのか?」
「我が勝負に負けたら渡さないと言ったか? 我は『運動に付き合え』と言ったはずだ」
◇◇◇
マルクはエルドラに誘われて小屋の後ろへいく。
ラーミは言われた通りその間に運ぶための準備をするようだ、焼けた森の中から使えそうな材木を集めている。
エルドラが先頭で、その後ろをマルクが歩く体制だ。
ラーミからかなり離れた場所で前を向いたままエルドラは口を開く。
「お前は、アイツの事が好きで結婚したのか?」
突然の事で、思わず聞き返す。
「何故だ?」
「どうもお前は無理しているような気がしてな。
アイツは馬鹿だからな、自分を子供扱いされないとかで決めたかもしれないが……馬鹿だから結婚というのをわかってない、我がわかっているか? と聞かれると我もわからんがアイツよりは知ってるつもりだ」
エルドラは其のまま歩くので、マルクも歩きながら考える。
「その上手くは言えないが、一緒にいると驚かされる事が沢山だ。
それに、一緒に飲む酒は旨い」
まとまらないまま、エルドラへと答えを返す。
「…………なるほどな、だったらそれを言葉として伝えてやるんだな。
アイツは馬鹿でも女だからな、しかし安心したよ。
態度が曖昧なのに、お前が『ラーミが好きだから』とでも言うのならここで殺そうかと思った」
周りの温度が下がった気がするなとマルクは立ち止まる。
エルドラも立ち止り後ろを向く、その顔は眉を潜め困った顔をしていた。
「冗談だぞ? 人間の真似をして言ったんだが……」
「冗談でも心に響いた。感謝しよう」
「そうか」
無言のまま進むと、少し開けた場所にでた。
そこには爪や皮膚、抜け殻などが山積みになり無造作に置かれている。
「凄いな。
まるで生きている見たいだ……」
マルクの両腕ほどある目玉をさわると、目玉の焦点が不意に動く。
「うおっ」
「見たいじゃなくて、まだ生きてるぞ。
生命力が強くてな、生え変わっても暫くは生きている。
ほおって置けば石に成るんだけどな。
あいにく人間の好むのがわからん、好きなのを持っていけ」
「オレもわからない、適当にもって行こう」
目玉、爪、皮膚とラーミの所まで持っていく。
ラーミは巨大な背負子を作って待っており準備万端だ。
「持ってきたぞ。
本来はそう簡単に人間に渡す物でもないが、娘の友人という事で我慢してやろう」
「最初からそういってくれれば、ツンデレ、いえ。更年期ですかね?」
「はー……殺すぞ」
ドスのきいた声で脅されているのに、涼しい顔のラーミである。
背負子に乗せ、さらに上から布で隠し落ちないように紐で縛り上げる。
ラーミが背負おうとしたので、マルクはそれを手で制した。
「オレが背負おう」
「え、大丈夫ですかっ? 結構重いですよコレ」
「世話になっているからな、少しは惚れられるように頑張ろうと思う」
「もう、別にそんな事しなくてもー」
手を頬に充てて困っている姿を見て大人の二人は何故か微笑む。
エルドラは腕を組んだまま別れの言葉を言う。
「気をつけて帰れよ」
「はい、あっ。
エレニアがお土産よろしくと……」
「言われなくても、持って行く、変な心配はするな」
ラーミが先に歩いていく。
マルクはラーミが少し離れるまでそこに残っていた。
二人の距離が離れてから、礼の言葉を投げかける。
「サンガクさんの竜よ……いやエルドラ、色々と迷惑をかけた。
先ほどの言葉はしっかりと考えるとしよう」
「男よ、深くは考えるな。我も人間が好きだし、気づいたら結婚し子供も出来た。
だが、感謝するなら今度は手土産でももってこい、娘は甘い物が好きなんだ」
「わかった」
後ろにマルクが付いてこない事を気づいたラーミが、大声でマルクを呼ぶ。
マルクはもう一度礼を言うと急いでラーミの後ろへ走っていった。




