第一章 3「もう床の上じゃない」
あれから数分、太郎と次郎の小競り合いが続いた。
太郎があの手この手を使って手を離そうとしたが、すべて空振りに終わってしまう。
結果、不可能だと悟った太郎はその運命を受け入れることにした。
「どんな力しとんねん。もうええわ。で?これからどないしたらええねん。」
「回答。今から我々はここから南に位置するグレーテンに向かいます。」
答えを期待していなかった太郎の丸投げの問いに次郎は即答した。どうやら次郎にはこれからのプランがあるらしい。
「いいか?俺はこの世界のことを何も知れへん。赤ちゃんでもわかるように説明してくれ。」
「かしこまりました。太郎は赤ちゃん言葉で説明されたいのでちゅね。この世界には十三の国で構成されており、グレーテンはその中でも一番の大国であり、全人口の5割がグレーテンに住んでおりまちゅ。わかりまちたか?」
「おちょくってんのかお前?!わかりやすく説明しろ言うてん!赤ちゃん言葉で説明しろなんか言ってへん!」
次郎の声は今までと変わらず抑揚のない機械音声のようだが、明らかにからかってきているのが分かる。
そんな次郎に太郎は顔を真っ赤にして言い返すがもちろん何も返ってこない。その態度にまた太郎はご立腹だ。
まあ太郎はこの世界ではほとんど赤子同然なので次郎の計画に従うしかないのだが。
「じゃあ、ここおってもすることないしとりあえずそのグレーテン言うとこ向かうか。」
そうして特に準備するものもないのですぐに出発する。出発のタイミングでこの小屋に深い一礼をした。この建物がないと間違いなくこの世界に来てわずか5時間程度で死ぬという歴史上最もダサい転生者になっていただろう。
「しかしなんでこんな何もないところに一軒だけ小屋が建ってるんやろ。お前なんか知らん?」
周りを見渡しても建物どころか人の気配もまったく感じない。明らか不自然だ。そこで人工知能であり、何でも知ってそうな次郎に聞いてみた。
「回答不能。この建物のデータは私の中にございません。しかしこの木材を解析してみたところ、建設されたのは479年前だということが分かりました。ほかの情報も必要なら探します。」
「五百年前⁈日本で言ったら平安時代ぐらいやぞ。よお今日まで残ってくれてたわほんまに。」
太郎の記憶が正しければ、平安時代からそのまま残っている建物はなかったはずだ。異世界の特殊な素材を使ってるのか魔法でもかかっているのかはわからないが、今日まで残ってくれていたことに感謝を。
とりあえず歩き始める。もちろん手はつながれたままだ。人生で当たり前に女性経験のない太郎であるが、なぜだかそういった気持にはならない。機械だからだろうか。
「こっからそのグレーテンまでどのくらいかかるん?歩いて行くしかないやんな?」
「歩いて五時間程度で到着いたします。ほかの移動方法もあるにはありますが今回は歩いて向かいましょう。」
「五時間⁈俺昨日も死ぬほど歩いてんけど⁈んでほかの方法あるんかい。そっちで行こや!」
二日連続でその距離を歩くのは引きこもりの太郎でなくてもさすがに嫌気がさす。それにほかの方法もあると言われたらなおさら歩く気も失せる。
「そちらの方法で行ってもいいですが、後悔することになるかと。」
「なんでそんなん分かんねん。行ってみなわからんやろ。疲れてるからそっちで行かせてくれ。」
次郎が謎の忠告をしてくるが今の太郎の耳には届かない。なんせ気絶するまで歩いた次の日なのだ。楽に行けるならそれに越したことはない。
「かしこまりました。ではそちらの方法で参りましょう。目を瞑ってください。」
「なんや聞き分けいいやん。目瞑るだけでええんか?」
太郎は次郎の謎の指示に疑問を感じながらもそれに従う。先ほど言ってた後悔についてはよくわからないが、歩かないで済むなら多少のことなら許せるだろう。
「3…………2…………1………」
謎のカウントダウンが始まる。何が始まるのか気になって目を開けそうになるがなんとなくよくない気がするのでぐっとこらえる。
「……………………ゼロ。」
カウントダウンが終わる。
太郎は瞳を閉じているので視覚による情報は得られないが、なにかものすごい力が働いているのを感じた。
――目を開ける。
急に眼を開けたので視界がちかちかする。周りの状況が分からない。今私たちはどこにいるのだろうか。
「は?ここがグルーテン?着くの早すぎるやろ⁈」
気づけば街の真ん中に二人は突っ立っていた。
建物を見れば大体その国の文化が分かる。太郎の記憶によればイギリスの建物に近い。
ずっと日本にいた太郎からすれば憧れの光景だった。しかしそんなことをのんきに思っている暇はなかった。
視覚による衝撃が大きすぎて、耳から入る情報を気にする余裕はなかった。
「誰だお前ら!何をしている!」
「きゃーーーーーーー」
「お母さん何あれ?」
「見ちゃダメよ!」
「いい体してるな」
「どんな趣味してんだあいつ。」
「何見てんのあなた!」
「あんなんいたら見てしまうだろ!」
周りを大量の人で囲まれているのに気づかなかった。その住民であろう人たちからは非難轟轟。何かしてしまったのだろうか。みんなが話している内容だけでは何をしてしまったのか分からないが大半が太郎たちから目をそらしている。
「おい。なんでこんな囲まれてんねん。お前なんかした?」
「とりあえずここから逃げましょう。少し面倒な状況になりました。
「だから、なんで逃げなあかん状況にいるねんって聞いてんねん。」
何の説明もなしにこの場を去るように言ってくる次郎。
なぜ説明してくれないのかと思ったがすぐにこの状況を理解することになる。
「なんでこの人たち服着てないんですか?」
「……は?」
目を落とすとそこには剣が刺さっていた。
いや刺さっていたのではない。生えていたのである。
瞬時にすべての状況を理解し、冷汗が頬を伝う。今街中で次郎は裸で立っているのだ。もちろん横にいる少女も服は着ていない。先ほどからのこの町の住民からの変な視線はそういうことだったのか。
次郎の言葉は正しかった。異世界初めてのイベントが公然わいせつで逮捕なんてごめんだ。
二人はとりあえず走り出す。
「人目のないとこどっかないか?」
「こちらです。」
「うおっ⁈」
急に次郎が九十度に曲がる。それに異常に速い次郎のスピードについていけなくなりこけてしまう。
「痛ってて。」
後ろから個々の住民たちが追いかけてきているのが見えた。
まずい。このままでは捕まってしまう。ここの法律を知らないので捕まってどうなるかもわからない。
すぐに起き上がろうとすると、勝手に視界の高さが変わった。
「失礼いたします。」
次郎に持ち上げられたのだ。お姫様抱っこの形で持ち上げられた。次郎の胸やお腹が直で密着する。肌は金属でできているので肌は硬く冷たいのになぜだか変な気持ちになってしまう。機械だと分かっているが、見た目は美少女なので……うん。
「少し揺れるかもしれませんが、ご了承ください。」
太郎の気持ちなんて気にせず、次郎が走り出す。
今まで感じたことがないほどの空気抵抗を一身に受ける。体感で速度を正確に測ることはできないが、車よりは間違いなく速い。
「って速ええええええええええ!」
「場所がばれてしまいますのでお静かにお願いします。」
太郎はすぐに空いている左手で口を紡ぐ。とりあえず隠れるまでは黙っていよう。
そして数十秒追いかけてくる者たちを巻き、人のいない路地裏のようなところに隠れることに成功した。
「もう下ろしてくれていいぞ。」
「かしこまりました。」
次郎がこれでもかというくらい丁寧に下ろしてくれる。
「とりあえず状況の整理を、と思ったけど先に服やな。」
目の前の相手は機械だからと言って裸で話し合うのはさすがに恥ずかしい。
「服なら先ほど走っていた時に外に干してあった服を調達してまいりました。太郎の服ははこちらです。」
「いつの間に⁈ってか人の物かい!」
次郎の懐から黒いTシャツとズボンが出てきた。この服の持ち持ち主は申し訳ないが拝借させてもらおう。
着替えの時はなんだか気恥ずかしいので太郎は少し離れて着替えた。ちなみに次郎は見た目にそぐわない白いフリフリの服を着始めた。
二人とも着替え終えたので、話を始める。
「聞きたいことがありすぎて何から聞いたらいいかわからへんけど、なんで裸なってん。」
「こうなる可能性があったので転送前に忠告いたしました。」
若干腹を立てて聞いた太郎だったが、確かに歩きたくないといったのは自分だったし、忠告もしてくれていたことを思い出しばつが悪くなる。
「てか瞬間移動とかできるんかお前。結構高性能やな。」
「様々なリスクがあるので緊急時以外はできるだけ使わないようにして下さい。」
「まあ、せやな。」
瞬間移動は非常に便利だが、毎回裸になるのはさすがに使い勝手が悪すぎるので次郎の言うとおり緊急時のみの使用としよう。
「これからどうする?」
「今、おそらくこの町の治安維持を任されているオルドという組織に通報をされ、町中に捜索隊が我々を探しているので、見つからずに逃げるのは不可能でしょう。」
「オルド?警察みたいなもんか。」
「オルドはグレーテン全体の秩序を守っている政府直属の組織でございます。組織の規模もかなり大きく、この国がそれなりに平和であるのはオルドのおかげです。オルドの組員は全員が戦闘に長けており、数人でも敵対することになれば厄介です。」
「逃げたら見つかるし、戦っても多分負ける。どうしたらいいねん。自分人工知能なんやろ、なんか解決策ないんか?」
太郎の戦闘力は皆無で、その上に例の騎士団はかなりの手練れ集団らしい。おそらくもうすでにこの周りは包囲されておりこのまま隠れてやり過ごすのは不可能だろう。この手詰まりの状況の打開策を次郎に丸投げする。
「――少しはご自分で考えてみてはどうですか?」
口調は今までとは変わらなく冷たく、無機質だ。しかし、ぴしゃりと水をかけられたような感覚になった。
今まで太郎のいうことや命令には従順に従ってきた次郎から発せられたその言葉に、太郎は息が詰まった。
次郎の言うと通りだった。この世界に来てから、いやこの世界に来る前もそうだった。自分で何かを選択したことなんてなかった。いつまでも行く道にはガードレールが敷かれてあって、それ通りにい進めばいいだけの人生。17歳になった今でも周りに甘えきり、いつまでも一人で生きていくことのできない人生。
「そんなままじゃあかんか。」
太郎はそうつぶやき、決意する。
変わるのだと。変わらなきゃいけないのだと。
このまま隣に居る人工知能に頼りきりの人生でも、生きていくことはできるのだろう。しかし、それがだめなことくらいこの17年でいやというほど身に染みてきた。今までの怠惰とはもうおさらばだ。
隣の機械人間がすこし微笑んだのを太郎は気づかなかった。




