第一章 4「紙飛行機に戯曲を書いて」
太郎は頭をフル回転させ、この状況の打開策を考える。今日は向かい風が吹いていて、前髪がぼさぼさになるが気にしない。
左手を顎に当て下を向いて考えている太郎とそれをじっと見ている次郎。
「荒井太郎殿。貴君はどうしてここにいるのだ?」
もうすぐで考えがまとまりそうだった太郎の思考をすべてかき消す声が背後から聞こえた。
洞窟の奥から聞こえてくるような低くしゃがれた声。そこにはどこか動揺や驚が感じられ。
振り返ってみてみるとそこには、背の高い白髪の中年男性がいた。
筋骨隆々な体に、きりっとした目元。首元には何者かに着けられたであろう大きな傷跡が刻まれている。
そのエレガントで気品のある服装を見るに相当な身分の人間であることが容易に想像できる。それに、胸元には多種多様に、そして煌びやかに光る無数の勲章がそのものの存在感を底上げしていた。
見た目の特徴だけで見れば普通の貴族といった感じだが、明らかに普通の人間ではないことはその人間がその場にいるだけでわかる。男の体の輪郭が歪んで見えるほどのオーラ。そこにいるだけで周囲の生物が委縮してしまうほどの覇気を身にまとっており、思わず太郎は腰を抜かしてしりもちをついてしまった。
「だ、誰やあんた。なんで俺の名前知ってんねん。」
目の前の大男が太郎の名前を呼んだのはおかしい。太郎のことを知っている人間はこの世界には次郎しかいないはずだ。なんせ太郎はこの世界に来てまだ二日でありそのうち1日は人のいない極寒の大地で過ごしたのだから。それに、相当の身分のはずの男が太郎に敬語を使っているのも引っかかる。
「っ!…………」
男ははっとした顔をした後、顎に手を当て考え込んでしまった。太郎は、相手が黙り込んでしまったことよりも、男の表情が引っ掛かった。
想定外のことが起こって唖然としている中に、どこか怒りの感情を孕んでいるような気がした。
すると、左手が引っ張られた。
「おい、どうしたんや急に手引っ張って。」
腕を引いたのがだれかなんて見るまでもない。しかし次郎は何もないときに急に動き出すことはない。つまり、次郎が動いたということは何かが起こったということだ。
「申し訳ございません。燈煌者様に無礼な真似を。どうかお許しを。」
次郎のほうに目をやると、地面に膝をついて目を瞑り、頭を下げていた。
「構わん。面を上げろ。」
男は次郎を見下ろし、手短にそう答える。
男に同じ目線で会話をすることを許され、次郎はスッと立ち上がる。
「すんません。なんか舐めた口きいて。で、どちら様ですか?」
「申し訳ございません。申し遅れました。ドリュー・エルダーフローズと申します。どうかドルズとお呼びください。」
「ドルズさん。俺は荒井太郎と申します。よろしくお願いします。」
「敬称は不要です。ドルズと呼び捨てでお呼びください。」
「呼び捨てでええんか?じゃあよろしくドルズ。」
敬称をつけないでくれと懇願するドリューに、太郎は躊躇なくそうする。
昔読んだ友達の作り方という本に、敬語を使わないと書いてあった。実践することがなく捨ててしまった本がこんな形で役に立つとは思っていなかった。この本が正しいとはわからないが……。
男の身分はとんでもなく高そうだが、本人に言われたのなら仕方ない。がっつりため口で行かせてもらおう。
「てか、なんで俺にだけ敬語なん?全然ため口でええで。」
「私が敬うに値する方と思った方にはそれにふさわしい言葉の交わし方をさせていただいております。ましてやあなたにタメ口なんて...」
「あぁ、そう?」
疑問は絶えない。しかし聞いてもきりがないことだろうし、なんせ今は時間がない。
こんなところで話してないで早く打開策を考えないと。
急にうつむいて考えだした太郎を男は見て、男が口を開いた。
「少しお待ちください。」
「えっ?」
太郎が顔を上げた時にはもう男の姿はなかった。
「何もんなんや。あのおじさん。」
「ドリュー・エルダーフローズ。20年前に起きた隣国のガルドワとの戦争の英雄。ほとんど壊滅状態だったグレーテンに突如として現れ、一人で約20万の命を屠りこの国を救った。その後の功績も十や二十では収まりません。今はその力を国に認められ、グレーテンの燈煌者として世界の均衡を守ってらっしゃいます。」
独り言のようにつぶやいた太郎の疑問に隣の少女が十で返してきた。
「いや、とんでもない奴やんけ‼こわっ‼普通に気のいいおじさんかと思って、ドルズとか呼んでもーたって。俺殺されたりしいひんかな?」
「ドリュー様は燈煌者の中でもとりわけ温厚な方で、無益な殺生を誰よりも嫌うので大丈夫かと。それよりも、ドリュー様の太郎への態度が気になりました。まるで太郎と関わりがあったかのように見えました。」
「燈煌者って何?文脈から判断するにむっちゃえらい人的な?」
「むっちゃ偉い人というより、むっちゃ強い人というほうが正しいと思います。燈煌者は一国に一人、つまりこの世界に13人存在します。選定方法も誰が選ぶかも不明ですが、その国で今一番強い方が燈煌者になります。その力はあまりに強大なため、厳格な決まりで、行動をかなり制限されています。例えば、燈煌者は戦争に参加してはいけません。燈煌者同士が戦えば、戦場が崩壊するどころか、世界が壊れてしまう可能性があるので、世界共通の国際法のようなもので決められました。」
「強すぎて法律で制限されるとかなんかかっこいいな。なんでそんな人が俺を知ってたんだ?」
「分かりません。しかし、燈煌者にまともな者はいないというのが世のしきたりです。燈煌者にお目にかかることがこの先……」
次郎が言葉を続けようとした。その時。
「お待たせいたしました。住民の貴殿への誤解を解いてまいりました。」
後ろから声が聞こえて、振り返る。その異常な移動速度もさっきの話を聞いたら納得だ。
「マジか!もう追われることはないってこと⁉てか、なんでそのことを?」
「町がすこし騒がしかったので見に来たのです。そうしたらあなたがいて、状況を理解しました。その問題は解決しましたが、別の問題が発生しました。私と一緒に来ていただけますでしょうか?」
ドリューは少し焦っている様子だ。危うく公然わいせつで逮捕されることは彼のおかげで回避されたが、なんだかもっと厄介な問題に直面しそうな予感がする。
「俺がいても何の力にもならへんで。まぁこいつはちょっとは使えるかもしらんけど。」
「少し急ぎましょう。話は移動しながらでお願いいたします。」
ドリューが走りだす。それに後ろから太郎たちもついていく。太郎が全力で走ってやっとついていけるくらいの速度でドリューは走っているが、これでも相当ゆっくり走ってくれているのだろう。おそらくドリューが本気で走ったら、もう目的地についているだろう。
「ほんで、何が起きたん?」
「この円盤世界で我々が、今いるのは表の世界。13ある国のうち12国は表の世界にあり、裏の世界はいまだ観測出来ていない状況です。そこに何があるのかも不明、どうやって行けばいいのかも不明、どんな生き物がいるのかも不明、そもそも生命体が存在しているのかも不明。そこで我々、表世界の人間は、裏の世界にある国を『エンド』と名付け、調査を続けています。」
「それが事件に何の関係があんねん。」
急に太郎にとっては意味の分からないことを言い出したドリューに、思わずツッコんでしまう。
「数年に1回、裏の世界から来たと思われる存在、『顛倒人』が表の世界に現れます。その目的は不明ですが、毎回甚大な被害を残します。」
「前回に顛倒人が来訪してきたのは11年前。コードネーム『白南風』。シラホシという国に突如として現れ、国の騎士団を全滅させました。シラホシの燈煌者様がいなければ、今頃この世界は12国になっていたでしょう。」
ドリューに続いて、次郎が補足説明をする。そんなことまで知っているなんて、次郎は相当な知識量らしい。
そして、それと同時に気づいてしまった。察しの悪い次郎だがこの流れでこの話をしたということは、どういうことかわかる。それは。
「まさかその顛倒人っちゅうとんでもない奴が来たとか言わんよな?」
「…………」
帰ってきたのは沈黙。その沈黙が肯定の意であることは明白だった。
「急ぎましょう。」
声色の変わらない次郎だが、その声からは少し緊張が伝わってきたのは気のせいだろうか。




