第一章 1「冷たい少女と極寒の地」
目が覚めるとそこは雪国だった。
昼過ぎに自室のベットで目を覚ます。枕元に置いた携帯の時間を見て飛び跳ねることはもうなくなった。なんてったってもうすでに、この堕落した生活は3年も続いているからだ。
頑張って受験した高校もすぐに行かなくなった。理由はさまざまであるが端的に言うと自らの怠惰であった。その怠惰の代償としては親が払ってくれた多額の入学金を無駄にしたことだろう。
申し訳ないとは思っている。女手一人でここまで育ててくれて、受験に合格した時なんて泣いて喜んでくれた母親なのだ。申し訳ないとは思っているが体が動かない。この感情をもってしても自分の怠惰には勝てないのだ。心から自分を軽蔑する。
こんな生活を続けていても母親は毎日ご飯を作ってくれる。初めの一年くらいは部屋の中まで運んでくれていたが、今はもう母親の顔を見ることが出来なくなってしまった。決して嫌いになったわけではない。今の自分にも以前と変わらず接してくれる母親を見ると、情けなさや申し訳なさで胸が張り裂けそうになるから顔を合わさないようにしているのだ。
トレーに置かれた異様に凝ったご飯をドアの前に置いてと頼んだのも自分だった。
そんな生活を初めてちょうど3年である今日の朝、変化は起きた。この摩訶不思議な光景は、3年引きこもっていた太郎でなくても言葉を失うほど驚くだろう。
あたり一面の雪景色。吹き付ける吹雪に耳がころりと落ちそうになる。あたりに人影は見えない。それもそうだろう。こんな天気の中で外を出歩くことは自殺も同然だ。
あまりに異様な状況により一層輪をかけるものがあった。
太郎の腕の中に少女が眠っているのである。
その体制も不可解で、太郎は少女を腕の中で守るように上にかぶさって覆っていたのである。
「なんだやこれは?って冷たっ!」
普通ならそばで倒れている少女の心配をすべきなんだろうが、頭が状況を理解できずに真っ白になる。
真っ白な雪に肌が触れ心臓が止まりそうになり、少し冷静になる。
「大丈夫か?」
腕の中で倒れている少女を起こして肩をたたく。驚いたことに少女の肌はまるで金属の世に冷たく、
「痛った!」
金属のように硬かった。
すでに痛いかじかんだ手でそこそこの力でその謎に硬い少女の肩をたたいたことによりジーンといたんだ。
「なんなんやこれ。どうなってんねや。俺はいつもどうり部屋におって……」
ピーピーピー
警報音のようなものが少女から鳴り出した。そして少女のうなじあたりが赤く点滅し始めたのだ。
「うるさいうるさい。どうなっとんねん。はよ止まれ。お、なんやこれ。電源ボタン?」
止まらない不快な警告音を早く止めようと、少女をひっくり返し、光っているうなじを見てみるとパソコンの電源ボタンのようなものがあり、この電源ボタンが光っていることに気づいた。
「押したら爆発とかないよな?押すで?」
意味はないが意識のない少女に確認をする。
女のうなじを触るという普通なら未成年に刺激の強い行動だが、なぜかそういった感情はわいてこない。不快な警報音のせいだろうか?
しかし今はそんなことを考えている暇はない。
ピッ
押した効果音とともに警報音と光の点滅は止んだ。
「おっ止んだ。止んだのはええけどこっからどうしろ言うねん。万年引きこもりの俺が急にこんなとこに来ても出来ることなんかないで。てかこいつ生きとんのか?」
しかしこのままでは凍え死んでしまう。早く何とかしなければならないが3年ぶりに外に出た太郎にできることなんて何もない。
「よお見たらあそこに家みたいなんあるやん。はよ行かな死んでまうな。……どうしよこいつ。」
家のようなものがうっすら見えたがかなり距離がある。
この少女を置いていけばギリギリ行けそうな距離だ。しかし目の前の少女をほっていくのはさすがに気が引ける。生きているかわからないとしてもだ。
「頑張って担いで行くか。どうやって担ご。」
いろいろ考えてみた結果お姫様抱っこに決めた。
「小柄な子ぉやしそんな重ないやろ。」
少女の首の裏と腰の下に腕を回し、持ち上げようとした瞬間
ぶっ
鈍い音と同時に前に倒れ、顔から雪に突っ込んだ。
「ぶえっ!いや重すぎやろ!」
少女が起きていたら怒られそうな発言だが、それも仕方がない。
完全に人間の重さではない。
持っただけでは正確な重さはわからないが体感500キロはありそうな重さだった。
「何者なんやこいつ。重いし硬いし冷たいし。鉄でできとんか?どうやって運ぼ。足引っ張って引きずったら行けんことなさそうやけど…。あかんわ頭ぼーっとしてきた。そろそろまずいかも。」
はやくあの建物につかないと凍え死んでしまう。
「引きずるけど堪忍してな。」
そう言って少女の左足をつかんで歩き出した。
長い長い道のりだった。
手足は小鹿のように震え、視界はぼやけてほとんど何も見えていない。びちょびちょに濡れたパジャマは凍ってきている。意識はもうほとんどなく、何回も転倒したことにより傷だらけだ。おまけに数百キロはある少女を何メートルも運んでいたので肩が外れて腕が伸びている。
やっとのことで到着した小屋。
倒れこんだドアは幸い鍵はかかっていなかった。
「やっ……と、着い………………た。」
ドアが閉まり明りも窓もない小屋の中は真っ暗になる。
緊張がほどけた太郎の視界も真っ黒になり意識が落ちた。
「…………」
少女が体を起こしたのを見たのはもう少し後のことである。




