8、おいしいごはん
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「素戔嗚尊よりぞ、三十文字あまり一文字はよみける」
やくもたつ 出雲八重垣いづもやへがき 妻つまごみに 八重垣つくる その八重垣を
そこに人あり。神武東征五十四歳なりて、古事記に始まる歌詠みの、はじまりの歌は須佐之男なり。須佐之男は海神、嵐神、農耕神の三の神を司る。
其の者、質より出てて、伊邪那美と伊邪那岐の産みし二十四柱超える神々が、この国を守り続ける。歌は十人といろの個々性を持つ。
古事記今は神武天皇にはじまり、二十七代天皇は、屯倉を普及させた。日本の記紀の始まりこそが、古事記にほかならない。其の、なんと美しきことか。
其は何は二十四超える神になるのか?
例えば無になり、二十の神、大山津見神は山と勝利を司るように。
我はぞ事に願う。次世こそ安定なり、次世こそは安定なり。
この、古事記の歌謡が曲者だ。ここになんらかの意味があるに違いないが、だがそれがなんなのか、まるで見当もつきそうにない。
うんうんうなるだけで謎解きは一向に進まない。
「一つ目を教えてやろう」
「え。一つ目?」
「これの数字は、古事記の書き下し文を表している。最初の詠、八雲立つ、が手がかりじゃ。須佐之男の『出雲国』の書き下し文の文字の五十四、三、二十四、二十七、二十四、二十、と繋げて読めば、暗号は解ける」
武弘は、言われた通りにネットで古事記の書き下し文を検索する。
かれここを以ちてその速須佐の男の命、
宮造るべき地ところを出雲の國に求たまひき。
ここに須賀の地に到りまして
詔りたまはく、
「吾此地に來て、我が御心清淨し」
と詔りたまひて、
其地に宮作りてましましき。
かれ其地をば
今に須賀といふ。
この大神、初め須賀の宮作らしし時に、其地より雲立ち騰りき。
ここに御歌よみしたまひき。
その歌、
や雲立つ
出雲八重垣。
妻隱に
八重垣作る。
その八重垣を。
その文字を繋ぎ合わせると、
「まことをとる?」
「そうだ。『真を獲る』。つまり儂の名前。もうひとつは、人質は無事、とある」
呪いのメールにはふたつの暗号が隠されているらしかった。
武弘はまた、最初からメールを読む。しかし、暗号なんてわからない。
首を捻る武弘に、かんなぎは呆れたようにため息をついた。
「最後の文、『安定』というのは数字の四」
「四?」
「そうじゃ。世の中のもの――椅子などは、四本が一番安定するじゃろう? ゆえに、この文章の段落から四番目の文字を繋ぐと、『人質は今は無事』」
ほげえ、と武弘が口を開けている。まったく、かんなぎという人間は、この暗号を初見の、ものの数秒で解いていたのか。
「神楽って、すげぇな」
「今更じゃ。時に、牛すじはどうした?」
「あっ!」
そうこうする間に牛すじ肉がいい具合にとろとろに煮込まれ、武弘は慌てて鍋の中を見た。まだ煮汁は残っている。焦がすところだった。
武弘は気を取り直して最後の仕上げにかかる。
「ねぎの青い部分とショウガとニンニクは取り出す。で、酒、しょうゆ、みりん、砂糖で味付けて、さらに一時間」
「さらに一時間だと?」
「そう怖い顔すんなって。あ、ここで半分はジッパーに入れて冷凍保存で作り置き用にする」
「はあ。貴様は料理にかように時間をかけるのか」
「まあ、時間をかければおいしいものができるのは当たり前だし」
「そういうものなのか?」
「そういうもん」
牛すじ肉の煮込みは副菜にするとして、今日のメインはチキンナゲットにすることにする。
「鶏肉?」
「うん。皮は細かく切って、胸肉は包丁で荒くたたく。で、酒と砂糖と塩で味付ける」
ぱぱぱっと手際よく、武弘が下準備を進めていく。その傍ら、かんなぎは牛すじ肉の煮込みを今か今かと覗き見ている。
「味見する?」
「よいのか?」
「変なとこで遠慮するよな」
武弘が笑う。そして、菜箸で牛すじ肉を一つ、つまみ取り、小皿に乗せてかんなぎに出した。かんなぎは立ったまま、キッチンのそばで箸を持ち、牛すじ肉を口に入れる。
ほろほろほろ、と口の中で崩れる牛すじ肉。じわっと染み出る甘辛い肉汁に、かんなぎはほっと息を吐き出した。まだ味の染みは薄いものの、十分に美味いとかんなぎは思った。
幸せだ、という顔をしている。
武弘は心の中でガッツポーズをする。今日の料理もかんなぎに気に入ってもらえたようだ。それが素直にうれしい。
戻って、チキンナゲットのバッター液を作る。
小麦粉、片栗粉、ベーキングパウダーに油、牛乳と卵と塩を混ぜ合わせる。バッター液は冷やしておいて、揚げる直前に冷蔵庫から取り出すのが理想だ。
「それは?」
「これはバッター液――チキンナゲットの衣」
「ほう」
荒くたたいた胸肉をスプーンですくって形作り薄力粉をまぶす。それをバッター液にくぐらせてから油に入れる。バッター液はフォークを使うと手も汚れずきれいにつけることができる。
「揚げてもいいんだけど、今日は揚げ焼きで」
「揚げ焼き、とは?」
「え……そこから?」
揚げる、というのはたっぷりの油を深めの鍋に入れてそこに食材を入れる方法。対して揚げ焼きは、食材が半分浸るくらいの油をフライパンに入れて、揚げながら焼く方法。
どちらも一長一短はあるが、揚げ焼きは油の始末が楽なので、武弘は唐揚げも揚げ焼きにしているくらいだ。
「それで、焼き色がつくまで中火で加熱」
「ほう」
「あと、付け合わせはもやしのナムル」
ぱぱっともやしをゆでたものに、ごま油と塩と胡麻を和えるだけのシンプルな料理だが、これが驚くほどうまいのだ。
じゅう、じゅう、とチキンナゲットが揚がる音がする。油の跳ねが落ち着いたところで、キッチンペーパーを敷いたバッドに取り上げる。
「いったんキッチンペーパーに油を吸わせてから、金網に移すことでサクッとしていながら脂っこさが軽減された揚げ物ができる。出来上がり!」
「よし、食すぞ」
キラキラと目を輝かせながら、かんなぎが武弘をテーブルに促す。もうだいぶ、事務所の客用のテーブルは、ふたりの食事の場所と化している。
武弘が出来上がった料理をきれいに盛り付ける。料理は見た目も大事だ。
武弘がこだわりながら盛り付けていることを、かんなぎもよくわかっている。だが、理解はできない。
腹に入ってしまえばみんな一緒だと思っているからだ。
きつね色に揚がったチキンナゲットは、じうじうと油が鳴いている。市販のチキンナゲットよりも厚ぼったい衣ではあるが、サクッとしているのは見た目だけでも分かる。
「召し上がれ」
「うむ」
「最初はケチャップなしがおすすめ。マジでうまいから」
かんなぎは言われた通り、そのままで揚げたてのチキンナゲットを一口。サク、とした食感と、程よい塩気の肉。
はふはふと言いながら頬張るかんなぎが、多幸感を体中で表現している。うまい、ということがひしひしと伝わってきて、武弘もまた、チキンナゲットを口に放り込んだ。美味い。
「これは?」
「ナムル。韓国の料理なんだけど、シンプルなのにめちゃくちゃうまい」
もやしのナムルを箸で挟み、かんなぎが口に運ぶ。しゃくしゃくと咀嚼して、ごくりと喉が上下に動いた。
ごま油の香りと、塩のシンプルな味付け。なのに奥深い味わいがして、とても数分で作ったものとは思えない。
「うまいだろ?」
「そうだな、貴様の料理の腕は今更言うまでもあるまい」
最後に、何時間も煮込んだ牛すじ肉。茶色くしっかり味が染み込んでいる。
じゅわ、ほろほろ、と食感が楽しい。一緒に煮込んだ大根も、味が染みていて白米が進む。
ここににらの卵とじの味噌汁が加わって、栄養価も満点の夕食の完成だ。
「はー、うまかった」
「自分で言うか」
「だって、俺の料理ってめちゃくちゃ美味くない?」
あきれたようにかんなぎがため息をつく。まるでかんなぎと武弘は単なる友人同士であるかのように、平穏な時が流れていく。暗号は解けた。しかし、人質の場所はまだ、わからない。
参考
https://classicstudies.jimdofree.com/%E5%8F%A4%E4%BA%8B%E8%A8%98/%E4%B8%8A%E5%B7%BB%E5%85%A8%E6%96%87/




