5、日常になる
かんなぎには巫女なる力が宿っている。そう初めて聞いた時には、武弘は全く信じなかったのだが、先の件があってから、武弘はかんなぎの巫女なる力を信じるようになった。
さらに、たびたび依頼に来る人間の背後にいるなにか、をかんなぎが切り捨てるさまを見て、ようやくかんなぎが『普通ではない』ことに気づいた始末だ。
「神楽ってその、オカルトだと思ってたけど」
「失敬な。儂をなんだと思うておる」
「でもさ、心霊探偵なんて今どき誰も信じない――」
ばちん、と武弘の額が弾かれた。むろん、かんなぎは一切手を下していない。見えざる手が、指が、武弘の額をこれでもかとはじいたのだ。
「いてっ。でも、神楽って何者なの?」
「儂か? 儂はしがない巫女じゃった。そう、単なる一巫女」
かんなぎが遠くを見る。それ以上はなにも語らないため、武弘も深くは聞けなかった。
「そ、それはそうと、俺の事件はどうなってる?」
「それか。そうじゃな、今はまだ時期ではない。が、証言はいくつあっても不足にはならぬ。呪いのビデオの出どころを探すぞ」
そう、約束したのはもう二週間も前のことだ。
実際のところ、かんなぎの探偵業はそこそこ繁盛している。噂がうわさを読んで、怪奇の絡む謎にかんなぎあり。そういう噂すら流れている。
武弘はそんな噂も知らずにかんなぎに事件の解決を依頼したのだが、なるほど、この巫女ならば、呪いのメールの件も解決可能だろうと妙な安堵を覚えていた。
「出どころなんて探せるの?」
「そのために貴様がいるのだろう?」
「え? もしかしてぱしりってこと?」
武弘はまさかな、とつぶやくも、かんなぎは笑みを崩さない。
なるほど、かんなぎはあの暗号は解けているものの、確証が持てない。いや、今は時期じゃないと言っていた。
「貴様は学校の連中に呪いのビデオの件で探りを入れろ。儂は別件で用事がある」
「え、そんな……」
そもそも、あの暗号を解読できたのならば、武弘にも教えてくれてもいいものを。
しかし口にはしなかった。かんなぎが恐ろしい顔でなにかを見つめていたからだ。
かんなぎは巫女だ。それは紛れもない事実なのだと武弘も認めざるを得なかった。だが、ならばその力をもってすれば、こんな事件などすぐに解決できるのではなかろうか。
「貴様は黙って儂に従っておればよい」
かんなぎはいつも態度が不遜だ。そんなことを思いながら、かんなぎに言われるままに武弘は学校で調査を開始することにした。
朝の朝礼の前の時間に、武弘はクラスメイトに呪いのメールについて事情を聴いて回っている。こうしてみると、なんだか『探偵っぽい』と、武弘は少しだけ胸がどきどきした。
「で、石田は河瀬にもらったと」
「そ。で、河瀬ちゃんは隣にクラスの牧田に。牧田は小春ちゃんで……」
途方もない捜査だと思った。少なくとも、武弘は探偵でもなんでもない。ゆえに、この事件の解決の糸口を見つけることは、たいそう困難なことに思えた。
武弘はかんなぎの昼食用の弁当と、それから夕食作りを主に任されている。
お弁当は今まで自作していたものの、誰かに食べてもらうのは初めてだった。だから武弘は不安と期待の入り混じった顔で、かんなぎが弁当を食べる様子をいつも見守っている。
今日のおかずは定番の唐揚げにだし巻き卵、ひじきの煮物にアスパラのベーコン巻き、そしてご飯はのり弁だ。
むろん、ただののり弁ではない。海苔は一センチ角に切って、一枚一枚しょうゆをつけてご飯に乗せている。それを三層に。
ひじきの煮物は汁垂れが気になるところだが、餃子の皮を器型に焼いたものに入れることで、汁漏れもせずにおかずも一品増える一石二鳥の代物だ。
「なにを見ている?」
「や。うまいのかなって」
「まずかったら食さぬが?」
それにしても、かんなぎはわかりにくいのだ。笑うことはあれど、それは嘲笑に近しいもので、歓喜からの笑みは見たことがない。
おまけに、表情を殺すのがうまいときたら、自分の料理がうまいのかまずいのか、武弘にはてんで分からなかった。
だが、どうやら「不味くない」という言葉に嘘はないらしく、かんなぎが弁当を残したことはない。
「さて」
昼休みは、弁当を食べた後ふたりであの暗号について話すのが常になっていた。
「貴様はどこまで暗号が解けた?」
「いや、それ毎日聞いてくるけど、そんなにすぐに解けるもんなの?」
「……? 見ただけでわかるじゃろう?」
心底不思議顔で言われてしまい、武弘は自分の地頭のなさを馬鹿にされたような気持ちになった。
そもそも、このかんなぎという人間はなんでもできすぎるのだ。
数学の解を求められれば、ものの数秒で導き出し。字も丁寧できれいだし、体育だってクラスで一、二を争うくらい足が速い。
「次の授業、だるいよなあ」
「体育、だったか?」
「そ。唯一寝られない授業だし」
とはいえ、最近は授業中の居眠りもせずに、例のメールを見ずっぱりではあるのだが。教師からすれば、「やっとやる気になったのか」と感心される始末であるが、実際は勉強などそっちのけなのである。
そんな武弘は、体育が嫌いだ。もっと言うと、苦手だ。武弘は運動神経があまりよくない。
特に足が遅い。
「貴様にはまだ見せていなかったな」
「……? なにを?」
「よかろう。次の体育で、儂の能力を見せてやる」
能力、という言葉に一瞬首をかしげるも、それが「名前を唱えるとその人物の特技を十分間使える」というそれであることに、武雄はすぐさま気づいた。同時に、今までの秀才ぶりは、全部その能力なのかと思うと、腹立たしくもあった。




