4、かんなぎの力
心霊探偵事務所。
かんなぎの事務所の名前だ。うたい文句はこうだ。
「怪奇な事件、請け負います」
今日も今日で、ひがな休日をかんなぎは依頼人との面談に当てている。そばには武弘もいる。
「それで、私……愛猫が死んでから、ずっと誰かに見張られてて」
「そうか。なるほどな、そなたには猫の物の怪が憑いておる。しかし」
ここで、武弘が紅茶を持ってくる。しかもただの紅茶じゃない。甘くてさわやかな香りのする、紅茶である。
「まあまあ。金木さん。紅茶でも飲んで落ち着いてください」
武弘が言う前に、かんなぎは既に紅茶に口をつけている。
金木も言われるがままに紅茶を喉に流し込む。砂糖も入れていないというのに、ほのかに甘みを感じた。それにこの香りは。
「アップルティーです。落ち着くでしょ」
茶葉はアッサム、リンゴは紅玉。りんごを皮ごと薄く切って、そこに紅茶を注いで香りを移す。
本来のアップルティーは、皮だけを使うが、最近の流行りは果物を丸ごと入れる紅茶だ。
金木がふうっと息を吐き出した。
「少し、落ち着きました」
「それはよかったです」
と、かんなぎが武弘に視線をよこしていることに気づき、武弘はおずおずとキッチンのほうへ引っ込んだ。
「それで、そなたのそれ。猫の物の怪のことじゃが」
「やっぱり、呪われたんでしょうか。あの子は不幸せだったのでしょうか」
「逆じゃ。そなたを守っておる、その猫は」
カタン、とティーカップをソーサーに置きながら、かんなぎが笑った。
金木はどっと泣き出して、「よかった、よかった」とうわごとのようにつぶやいている。
「時に金木殿」
かんなぎがゆっくりと、ゆっくりと、まるで緩慢な動きで金木の背後を指さした。
「そなたを呪っているのは、別のモノじゃ」
がたた、がた、と部屋が鳴動する。かと思えば、金木の背後に現れた女の影。生霊だ。
武弘ももう慣れたもので、かんなぎのその異質な能力に驚くこともしなかった。
今日もふたりは、夕暮れの道を歩く。今日の依頼人を『祓う』ためだ。
かんなぎがこの探偵事務所を構えたのは、この世界の理を正すためだと聞いている。
「てかさ。神楽は、昔から霊? 幽霊が見えたの?」
「……儂が生きた時代は、巫女だけでなく、町の人々にもそれらは見えた。じゃが、科学が闇をなぎ払い、人々は何時しか、それらを『なかったこと』にした」
「つまり、俺たちは見えてないだけで、霊も妖怪もいる、と」
「ああ。じゃが、それらは人間との境界を守る。自我も意識もあるからな」
「? だったらなんで」
かんなぎが心霊探偵なんてしているのだろうか。
ひゅお、と風が鳴いた。かんなぎの足が止まる。
武弘は、前に出そうになったところを、かんなぎに手を引かれ止められた。かんなぎが空を見上げている。
「え?」
空が赤く染っていた。
血のようなどろりとした空が、地面に向かって降りてきている。
「また、あやつは」
この世界には、あやかしが存在する。そのあやかしたちは、しかし人間との境界を守り、共存してきた。
「あやつに唆されたな?」
かんなぎが右手を天に掲げる。すると、まわりから風が集まり、かんなぎの手に、透き通った刀が握られていた。
「武弘。動くなよ?」
に、と武弘に笑いかけて、かんなぎが空を駆けた、いや、今は空が地で、地が空になっている。天地がひっくり返ったのだ。
「う、わぁあぁあ!?」
武弘の体が空に向かって落ちていく。かんなぎが、あやかしに向かって刀を振り下ろす。
「憎い、憎い。人間ばかりが、世界の理とおごりたかぶって」
「だからとて、そなたはあれにそそのかされ、人間に害を及ぼした」
あやかしを切り、かんなぎの刀が血に染まった。それは何色とも言い難い、不思議な色をしている。
空に落ちる武弘の手を、かんなぎが取った。
「帰るぞ、武弘」
ぐるん、とそのまま、世界が元通りの形になった。地が地に、天が天に。
あやかしは、死したのか動かない。どろりと吹き出す血のにおいが、鼻に刺さる。
「神楽。さっき、あやつに唆されたって」
「ああ。それは追追」
秘密主義だ。かんなぎは武弘になにも教えない。
あやかしなんてもの、信じていなかった。けれどきっと、この世界にあやかしが存在することを、武弘が一番知っている。
呪いのメール、あのURLは一回きりのまじない。つまり、あの動画は、一回しか表示されないようにできている。
武弘はかんなぎの力を目の当たりにして、かんなぎの『心霊探偵』としての実力を、認めざるを得なかった。




