35、不老の巫女の過去①
醜さは、罪だ。
巫女は清らかな処女にしか務まらない。しかし、清らかさだけでも選ばれない。それ相応の資質がなければ、その責は務まらないのだと、少女は大巫女さまから聞かされてきた。
幼いころから、少女には不思議な力があった。自分をいじめる奴らの不幸を願えば、当たり前のようにそれが叶ったし、家族の幸福を願えばまた、それも当たり前のように成就した。
少女の不可思議に気づいたのは母親で、だけれどその時にはすでになにもかもが遅かった。
少女の力は村中に知れ渡るところとなり、少女を『異形』と称し、村人は少女を殺そうとした。なにより、少女は『醜かった』。少女は村人に追われ、家族は無惨に殺され、だがその時に、少女は今の大巫女さまに拾われた。
「いいかい。ひとは見た目じゃあない。ソナタは心清らかに、人の役に立つ巫女になりなさい」
それは、少女が暗に『醜い』ことを示唆していたが、少女は幼すぎるゆえに大巫女さまの言葉を素直に受け取った。
「はい。私は清らかなる巫女になります」
見習いの巫女は少女を入れてふたり。もうひとりの見習いの巫女は、少女と同じかやや年上か。
「よろしくね」
美しく、まばゆい、仲間だった。
少女が自分の醜さに気づくのに、そう時間はかからなかった。村を渡り歩き、依頼をこなす中で気づいたのは、同じ巫女見習いでありながら、彼女のほうが人々から優遇されていることだった。
巫女なる力から言えば、少女のほうが格段も強い力を持っていた。それだというのに、いつも感謝されるのは彼女ばかり。
少女は不満を持ちながらも、だが大巫女さまの言う通り、人々を助け、清らかに、誰かのためにと一所懸命、自分の責務を全うした。
だがそれも長くは続かない。醜い巫女と美しい巫女、どちらかを正当な後継者に選抜しなければならない事態が訪れたからだ。
大巫女さまは、出会った時分でだいぶしわくちゃの、老齢の巫女だった。ゆえに、醜い巫女と美しい巫女、どちらを後継にするのかと、各地様々な巫女を集め、会議が開かれた。
少女は信じて疑わなかった。自分こそが正当な後継者だ。神託だって、まじないだって、巫女なる力だって、なにをとっても少女のほうが優位にある。ならば自分を後継に選ぶのが筋だ。
しかし、現実は違った。
選ばれたのは美しい巫女である。
「なぜですか! 大巫女さま! 私は誰よりも努力し、巫女なる力だって誰にも負けない……」
「ああ、ああ。だからこそじゃ。ソナタは人の心がわかっていない」
「わかっていない? なぜそんなことを言うのです? 私は醜いと言われようが、化け物と言われようが、人々のためにこの力を尽くしてきた」
「それじゃ、ああ、そこじゃ。ソナタはそれを『尽くした』と言う。しかしあの子はそうではない。あの子はそうじゃ、清らかなる心で人々に『寄り添って』いる。ソナタが悪いわけではない。ソナタはあの子を補佐して――」
聞きたくない。結局大巫女さまも、他と同じだ。醜いことは罪だ。醜いこの姿が嫌いだ。
醜いから、誰もかれもが自分をないがしろにする。
「ああ、ああ……こうなることはわかっておった」
「わかっていたなら、なぜ私を選ばないのです」
「わかっていたからこそ、選べなかったのじゃ」
それが、大巫女さまの最期の言葉だ。醜い巫女が初めて殺したのは、自分の大事な大事な人。慕っていた、尊敬していた。第二の母だと思ってずっと、ずっとそばに仕えてきた、大巫女さま。
いや、そもそも自分の両親だって、自分が醜いがゆえに死んだようなものだ。ならば、自分が初めて手にかけたのは、自分の両親に他ならない。
「あは。簡単に死ぬのね、人間って」
そのあとは、美しい巫女のもとに迷わず向かった。美しい巫女もまた、この未来を予見していたようで、数々の兵を従えて、醜い巫女を迎え撃った。
清らかなる力は、邪悪なる力に簡単に屈した。あっという間に兵をなぎ倒し、しかし醜い巫女は、美しい巫女をこの上なく残虐に殺してやろうと思い至った。
「アナタって、その顔のおかげでなに不自由なく育ったのでしょうね」
「アナタには知る由もないことです」
「最後くらい、命乞いでもしたらどうです?」
「命乞いをしたとて、アナタは私を殺す気でしょう?」
美しい巫女は、最後まで美しかった。それは、見た目だけの話ではない。死に際も、その言葉も精神も、美しいままに散ったのだ。
「ずっと試してみたかったことがあるの。名は体を現す。私がアナタの名前を手に入れたら、美しくなれるのかしら? アナタは美しいまま死ねるのかしら?」
にたりとゆがんだ顔は、外見ゆえの醜さではない、内面の醜さを現しているようだった。美しい巫女はなにも言わず、ただゆっくりと、笑うだけだった。
醜い巫女は、類まれなる才能があった。本来巫女なる力は他人を仕合わせにするために使われるのが常である。だが醜い巫女は違った。この力をどう使えば、『自分が』仕合わせになれるか。そう考える時点で、醜い巫女は大巫女さまの言う通り、後継に相応しくないに違いない。
今からしようとしていることだって、普通の巫女ならば思いもつかない。他人の名前を我がものにする。それにより対象者が死ぬこどだって、考えずともわかりきったことだった。しかしわからないこともある。
名前を奪った本人に、どのような変化が訪れるのか。
「私はアナタの名前をわがものにします。我が名は――」
果たして、醜い巫女は美しさを手に入れた。そして彼女は、不老の時をも手に入れた。名前を奪うこと、それは即ち、他人の人生を掌握することと同義だ。奪った名前は醜い巫女を美しい容貌へと変化させた。だが、醜い巫女は醜さをことの他恐れた。奪った名前が少しでも老い衰える度に、新たな美しさを欲するようになった。
彼女はあまたの人間の名前を喰らい、その人間のすべてを奪い、生きながらえる、『化け物』へとなり果てた。
美しさを求め続けた。老いを恐れた。死を克服したかった、なにものにも勝ちたかった。自分こそ正義で、この世で唯一美しい人間。清らかな心なんてまやかしだ。人間はみな等しく醜い。だから。
だから、完全なる存在に、恋焦がれた。
名を奪った巫女とかんなぎが出会うのは、ここからだいぶ後の話である。




