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34、不老の巫女

 遊園地の翌日、武弘は例にもれず朝から晩まで呪いのメールについて思案するばかりだった。あの動画を見てからもう一ヶ月半だ。まだ明美は生きているだろうか。そもそも犯人の目的はなんなのだろうか。

 何度も、何度も動画を思い出す。同時に、あの呪いのメールも。


「呪いのメール……時計……廃墟……あっ!」


 疑念が確信に変わる。あの日、あそこに映っていたのは、明美だ。映し出された足に履かれた靴下の校章。

 そして時計、どこかで見覚えのある、大きな時計が背後にひとつ、転がっていた。

 最近だ、あの時計を見たのはごく最近のような気がする。どこでだ、どこで。


「あ!」


 思い出したのは、昨日の遊園地だ。旧東都遊園地の写真展示で、あの時計を確かに見た。

 いてもたってもいられなくなる。武弘はかんなぎの事務所にひた走った。



 事務所に通されたものの、かんなぎは渋い顔だ。


「貴様ではどうにもならぬ。まだ行くな」

「でも、床の時計は東都遊園地のものだし、映ってた足は明美さんの足で、靴下には金白学園の校章があったんだ!」

「校章など。ほかの生徒かも知れぬのに?」

「それは……でも!」

「これ以上貴様は首を突っ込むな。儂の潜入捜査ももうしまいにする」

「神楽!?」


 解せない、といった風に問いただすも、かんなぎはスンとした表情のままだ。

 どこか様子がおかしい。直感で感じるも、決裂はそう簡単にはなおらない。


「そんなの、ならなんで俺の学校に潜入したり、俺に謎解きを手伝わせたりしたんだよ」

「万が一にも貴様が謎を解き、ひとりで暴走させないめじゃ」

「なんだよそれ、まるで俺が子供だって――」


 わかっているなら聞くな、かんなぎの目がそう語っていた。親にしろかんなぎにしろ、武弘を子供扱いすることが武弘には気に入らない。

 はなから自分たちの間には見えない壁があった。かんなぎは見た目こそ子供だが、その実長い時をひとりで生きてきた。武弘なんて、子供、いや、赤子も同然なのだろう。

 最近はかんなぎが武弘を頼ってくれているような気がして、だからこそ武弘は悔しかった。自分たちは全然対等なんかじゃない。最初っから、かんなぎは武弘を守るために、見張っていただけなのだ。


「わかった、もう首突っ込むのはやめにする」

「そうか。約束したぞ?」


 しかし、武弘ははなから約束する気などなかった。かんなぎの事務所を後にした武弘は、迷わずその場所へと走り出していた。

 目指すは東都遊園地跡。そこに行けばきっと、犯人があの暗号を送ってきた理由も、あそこにいるであろう明美も助けることができる。



 しかして、東都遊園地跡に到着する。広い敷地内をしらみつぶしに当たっていく。どこの建物にいるのかまではわからないが、何時間かかってでも助け出して見せる。

 ゴーン! ゴーン!

 無人の遊園地で鐘がなる。その鐘の音に導かれるように、武弘は遊園地の中央にある、プラネタリウムの中へと入る。


「誰かいませんかー?」


 呼びながら、歩く、夕暮れ時、なおかつプラネタリウムの跡地ということもあって、建物のなかは真っ暗だった。とたん、ぴかっと電機が点灯して、武弘はその場に固まった。


「やあやあ、予想外だったな」


 そこにいたのはあの女である。薄々気づいてはいたが、最初の動画でボイスチェンジャーを使うことで、犯人像をかく乱していたわけだ。

 女の見た目は二十代――いや、ややもすれば武弘と同じくらいか。ショートボブの黒髪は、毎日手入れしているのだろう、艶々して星の見えない新月の夜闇のように黒く美しい。口角が上がった控えめな唇に、目はくりっと丸くて愛らしい。完璧な見た目に反し、雰囲気はどこか物々しい。

 女の素性も気にはなったが、真っ先に考えるべき問題はそこではない。建物内にいたのは十人の女の子だ。どの女の子も同じように学校指定の靴下をはいている。意図的に狙われたのだろう。

 そしてその女の子すべての手に、ナイフが握られている。


「男の子は生贄には出来ないからね。君は私が直々に手を下してあげる。それじゃあ、アナタたちは、殺しあいなさい。約束通り、生き残った子だけは生かしてあげる」


 ふふ、と笑って女が武弘の腕をつかむ。かと思えば、武弘はもう、そこにはいなかった。

 遊園地の裏地の林、そこに一瞬で移動したのだ。どうやらこの人物もまた、かんなぎと同等の力を持った人間らしい。

 思えば、二回目の動画をかんなぎと見た時、かんなぎと武弘は動画の中――東都遊園地跡の、プラネタリウムにいたっていうのに。


「君からはかんなぎの匂いがするのに、かんなぎは一緒じゃないんだね。そもそも君はかんなぎからなにも聞いてないのかな?」

「聞く? なにを」

「私がかんなぎから名前を奪った張本人で、私は不老の巫女。でも、不死ではないんだ。だからね、こうやって蠱毒のなかで女の子たちを殺し合わせて、生き残った精神も肉体も強い女の子の名前を奪う。そして私は、その子になる」


 嬉しそうに、恍惚の表情で話す不老の巫女に、ぞっと背筋が凍る。

 武弘は、先ほどの女の子たちを助けんと走り出す。しかし、その足が縫い留められたかのように動かなくなり、やがて力が抜けて地面に倒れこんだ。


「アンタの思うようにはならない。あの子たちも今頃きっと逃げてる」

「あは。本当にそう思うの? ここに辿りつく子は極めて真面目で頭がよすぎる。そう、あの暗号を送ったのは、ふるいにかけるため」


 つまり、武弘もまた、まんまと不老の巫女の思惑にはまり、ここにひとりでのこのこと現れた。

 極めて真面目――あの暗号を是が非でも解こうと大人たちの制止も聞かず、見ず知らずの画面の向こうの女の子を助けようとする。そんな、危うさを含む子供として。


「警察が感づき始めたのも知ってるわ。大人たちは呪いのメール絡みの行方不明者が多数現れたことに懸念を抱き、子供たちを呪いのメールから遠ざけた」


 あはは、うふふ、と不老の巫女が不気味に笑う。

 武弘が呪いのメールについて警察に相談した際、警察にあしらわれてしまったのは、警察が武弘の話を信じていなかったからではない。武弘たち子供を守るための苦肉の策だったのだ。


「そもそもあのURLは、私のまじないの形。一度きりとURLに制限を設けることで、開いた先の人間を見ることができるのよ。ただ、あれは『女の子』にしか開けないはずなのよ」

「な……」

「だからかんなぎも、アナタを傍に置いたのね」


 アナタ、神力あるもの。

 不老の巫女が言うには、武弘には神力があった。だから、かんなぎは武弘を傍に置いた。武弘こそが、この因縁を終わらせる存在だと信じて。

 そして、


「言ったじゃない、アナタには新しい彼女が出来るって」

「……! あの時の占い師……!」

「あは。今頃気づいた? あの時点で、アナタは私のまじないの中」


 だから、不老の巫女には逆らえない。

 何度も呪いのメールを送ってきたのは、何重にも武弘にまじないをかけるため。万が一にも、武弘がかんなぎの助けとならないため。


「でも、やっぱり私も女だもの、恋はするわ」

「はっ、オマエを好きになる人間なんかいないだろ」

「ええ。でも、アナタはもう、私のまじないを何度も受けたわ。だからアナタはもう私のもの」


 やっとね、と不老の巫女が武弘を見くだしている。まるで獲物をいたぶるように。楽しそうに、嬉しそうに。

 狂ってる、と武弘は思う。そして同時に、自分の愚かさを思い知る。

 この女は、何度もかんなぎや武弘を襲ってきた張本人だ。

 二回目のURLの、動画の中の女。そして、先日の番傘の女。

 だが、今更それがわかったからといって、武弘が逃げ切れるわけもない。


「あの子たちが逃げる? なにもわかってないわね。あの子たちはね、私が丹精込めて『育て上げた』」

「育てる?」


 地べたに横たわりながら、武弘は不老の巫女をにらみ上げた。なんとか動きを取り戻そうともがくも、どうにもうまくいかない。


「マインドコントロールって知ってる? あの子たちにはね、毎日、毎日。『殺し合いで勝てたら生き残れる』って、痛みとともに刷り込んだのよ。私の巫女なる力の痛みよ。だからね、最後まで殺しあう。そして君も、ここで死ぬ」


 残念だったねえ、と不老の巫女がにたりと笑った。武弘は後悔する。はなから自分ひとりで来るべきではなかった。自分ひとりではこの不老の巫女にかなうはずもない。


「冥途の土産に教えてあげる。私とかんなぎの、本当の物語を」


 不老の巫女の笑みに、あらがえない。武弘の耳に入るのは、聞きたくもない不老の巫女の昔話だった。



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