32、プレゼント
気まずい雰囲気の中、ふたりはとある中年の女性に呼び止められた。
「もし。おふたりさん」
「え、っと、俺たち?」
「そうそう、アナタたち」
中年の女性はカードを手に、にこりとふたりを手招きしている。なんの疑いもなく、武弘はその女性に近づいて、「あっ」と声を漏らした。
「占いなら、間に合ってるんで」
「いやねえ、今日は特別無料出張なんだけど。ふたりともカレカノ? 若いっていいわあ。今ちょうど人いないから占ってあげる!」
頼んでもいないのに女性がタロットカードを切り、展開する。
六芒星の形にカードを開いて、最後は真ん中にカードを置いた。
「うんうん。なるほど、君は安定志向の事なかれ主義ね。半面、お人好しでおせっかい。相反する自分がいるわね」
「うそ。当たってる」
「でしょ。で、そうね。彼女さんとの相性は抜群」
「いや、神楽は彼女じゃ……」
「そうじゃ。見たところそこそこできる巫女じゃろうが、口から出まかせは――」
かんなぎも一緒に応戦する。しかし、占い師の女性は終始笑みを崩さない。笑いながらカードを一枚指さして、
「安定志向のアナタには、近々魅力的な女性が現れるわ」
「女性……?」
「そう。あなたはその女性を一目見て、好きになる。あ、ごめんなさいね、隣に彼女さんがいるのに」
「わざと言ってます?」
「怖い顔しないで。だって、カードが言ってるんだもの!」
いつの間にか占い師のペースに巻き込まれる武弘に、かんなぎも飲まれつつある。
巫女と占い師は似た部分があるが、西洋のタロットカードの仕組みはかんなぎには少々理解しがたい。
「彼女さんも。素直になれば、いいことがあるわよ?」
「余計なお世話だ」
ふん、っとかんなぎはその場を離れ歩き出す。武弘は占い師に一応頭を下げてから、かんなぎの後を追いかける。
「待てよ。態度悪いな」
「なんとでも言え。あのようなうさん臭い商法など」
ずんずんと歩くかんなぎに、武弘はまんざらでもない。かんなぎは、占い師の言葉に嫉妬したのだろうか。
「武弘、次はあそこじゃ」
「ん、わかった」
かんなぎが心底遊園地を楽しんでいるのがひしひしと伝わって、だからこそ、武弘は今日、無理してでもかんなぎのわがままを聞いてよかったと思う。
しかし、帰ったらまた、謎解きが残っているのも事実ではあるが。
「あれの次、行きたいところあるんだけど」
改まった様子で武弘が言う。かんなぎは首をかしげるも、
「貴様が行きたいなど、珍しいな」
「うん。付き合ってもらっていい?」
「仕方あるまい」
今日はかんなぎの誕生日だ。だからかんなぎに付き合う形で遊園地を訪れた。
だが、それだけでは足りないと思った。武弘は、かんなぎに幸せを感じてもらいたい。
「じゃあ、電車で少し移動するけど」
「あいわかった」
どこに行くのか、最後まで武弘はかんなぎに告げなかった。
見覚えのある街につく。そして、見覚えのある店舗。
「武弘?」
「これ、オマエにプレゼントしたくて」
武弘が手に取ったのは、イヤリングだ。以前、かんなぎとともに来たジュエリーショップで、武弘はそれを迷わず手に取った。
まだ売れ残っているかは一か八かのかけであった。結果として、残っていたのだから、武弘は是が非でもこれをかんなぎにプレゼントしたい。だが、かんなぎは渋い顔だ。
「儂には似合わぬ」
「そんなことない」
「じゃから、儂はそのようなもの」
「使わなくたっていい。俺がプレゼントしたいだけで」
「……貴様は」
ぐっとかんなぎが言葉に詰まる。これ以上話しても無駄だと踏んだのだ。いや、それ以前に、感動して言葉が出ない。かんなぎ自身は無自覚であるが、かんなぎは感動のあまり言葉を失った。だが、かんなぎはこれを、怒りのあまり言葉にならないのだと勘違いしている。
武弘がイヤリングの会計を済ませる。かわいらしいラッピングを施してもらい、不機嫌なかんなぎのもとへ戻ってくる。
「捨ててもいい。けど、誕生日って、それってすごく大事なことっていうか」
「……貴様はどこまでも目出度いな。誕生日など口実じゃ。己の誕生日などとうに忘れた」
罵るだろうか、怒るだろうか。不可解だと困惑するだろうか。
しかし、そのどれでもなかった。武弘は眉根を寄せて、だが笑いながら、知ってた、小さく返事をした。
武弘は相も変わらずかんなぎにプレゼントを差し出したままに、
「なら今日! 今年からは今日が誕生日でいいじゃん」
「……! そうやって貴様は……」
どこまでもお人好しで、だからこそかんなぎは、武弘に負けた。
ばしっと、奪うように武弘の手からそれを受け取り、かんなぎは眉を下げて、しかしなんとも形容しがたい表情で、
「儂をこれ以上、困らせてくれるな」
本音だ。困っているのは。この不可解な胸のもやもやも、普通の人間に戻りたいと切望してしまうのも、今日一日が終わらなければいいと思ってしまうのも。
全部全部、捨てたはずの、かんなぎの感情。かんなぎは幸せを恐れている。そんなもの、まやかしだと思っている。
だから、だから。
「ごめん、余計なことしたよな」
「……」
遊園地に誘ったことを、かんなぎは後悔した。そもそも、なぜ誕生日だと嘘をついてまで武弘を連れ出したのか。武弘を気分転換に誘い出したのか。
すべてはあの、呪いのメールが悪い。早くあれの場所を突き止めて、この生活を終わりにしなければ。
「神楽?」
「呼ぶな。儂は神楽ではない」
「……今更言われても」
拒絶を示すかんなぎに、武弘が少しだけ気圧される。
「そもそも、なぜ儂の名を、『神楽ゆい』とした?」
本当に今更だ。ずっと聞きたかったこと。だが聞けなかったこと。自分だけがこの名前を特別に思っていたら。武弘が理由なくその名前を決めたのだとしたら。
「かんなぎ、だから神楽。神とこの世を繋ぐ、ってよりは神に奏される歌舞ってイメージ。名前は結ぶって意味。色んな人との縁っていうか」
「えにし、か……」
今も昔も、人々はかんなぎを恐れ敬う。だが、武弘がつけた名前からは、他の意味が見て取れるようにも感じた。
ゆい。結び。人の縁。
「大層な名前じゃな」
帰路はふたりとも無言だった。だがかんなぎは、受け取ったプレゼントを大事に、大事に。事務所の引き出しにしまい込んだ。ラッピングを開ける勇気を、いつか持てる日が来るのだろうかと思いながら。




