31、今、幸せか?
地獄のような長い十五分を終えて地上に戻ると、ティーカップやジェットコースターの時とはまた違った足の震えに襲われた。
「お兄さん、お姉さん。写真どう?」
「いや、俺は」
断ろうとするも、かんなぎが武弘をじっと見ていることに気づいた。今日は神楽の誕生日だ。記念に一枚。そうだ、誕生日なのだから、記念写真くらい撮ってやらないと。
「一枚お願いします」
「お、いいね、彼氏さん。じゃあ、そこに座ってください。彼女さんきれいですね、着物がよく似合ってる」
もはや彼氏でも彼女でもないと否定する気力も残っていなかった。かんなぎと隣り合わせに座って、カメラマンさんの言う通り距離を詰める。
密着した体が妙に暑いのは、まだ観覧車に酔っているからだろうか。
「はーい、笑って」
ひきつる。武弘の顔はひきつり、かんなぎにいたっては笑うことなど普段からしないため、なんとも味気ない表情の写真が焼きあがった。
「なんか、ごめん」
「……なにがじゃ」
「や、写真、記念くらいと思ったんだけど。今日神楽の誕生日だっていうし」
ぽりぽりと頭をかけば、かんなぎは懐に写真を大事にしまい込んで、うつむくだけだった。
観覧車の後はお化け屋敷に入った。だが、ここはかんなぎの得意分野だ、驚く武弘をエスコートしたのはかんなぎのほうで、武弘は情けない姿を恥じ、消えてしまいたい気持ちになった。
「うらめしやぁ」
「うわあっ!?」
「ふむ。なるほど。これはなかなか」
お化け屋敷というものは、暗さに加えて音が曲者だ。明るい場所ならばここまで驚くこともないだろう。太古の昔から、人間は闇を恐れ忌み嫌ってきた。
暗闇と人間は切っても切れない縁がある。人は視覚を頼りに生きてきた。だが暗闇は、人間からそれらを奪う。だからこそ人は、闇をことさら嫌うのだ。
「なんかさ、昼間なのに暗い建物にいると頭バグるよな」
「バグる……?」
「なんかこう、非現実的っていうか」
とすとすと、武弘とかんなぎの足音が妙に響く。
「暗いだけでお化け屋敷って雰囲気出るよな」
「闇を嫌うのは本能じゃな」
口数が多くなってしまうのは、恐れを払うために他ならない。
かんなぎに隠れるようにしながら、武弘はきょろきょろと辺りを見渡している。
よくあるVRなどは、人の視覚を利用して、あたかもその場にいるかのように脳を錯覚させる仕組みである。視覚に加えて風や音、振動を与えることで、より一層人の脳を騙しているのだ。
お化け屋敷もそれに似ていると思う。暗闇により視覚を奪い、音や風など人間の五感に訴え、恐怖を助長する。
「わかってても、急にでかい音するとびびるし――」
ばん! ガラガラガラ!
「ひっ! いや、怖くはないのに、体が勝手にだな」
「よい。人間はいつの時代も暗闇は克服できぬものじゃ」
言いつつ、かんなぎが笑っているのは明らかで、武弘は顔がかっと熱くなるのを感じた。
ジェットコースターとは打って変わって、かんなぎは生き生きとすら感じられる。
「貴様がかように頼りないとは」
「や、違うって、音が……うわっ!」
足を絡め取られる。暗闇の中したを向けば、落ち武者が武弘の足を掴んでにたりと笑っている。リアルとは程遠いそれにすら恐怖を覚えるくらいには、武弘は暗闇に飲み込まれている。
真っ暗な道をひたすら歩く。
「神楽はなんで怖くないの?」
「儂か……? そうさな、慣れじゃ」
「慣れ……」
確かに、かんなぎはまじないの形と対峙する巫女だ。一々音や闇に恐れていては、巫女なんて務まるはずもない。
「ジェットコースターは怖いくせに」
「そのようなことは……!」
「はいはい……って、冷たぁっ!」
びたりとこんにゃくが武弘の頬に貼り付いて、武弘は今日一番声を張り上げた。
この上なく恥ずかしい思いをした武弘は、ただただ早くお化け屋敷から出るために、半目で暗闇を走り抜けた。
ようようお化け屋敷をくぐり抜け、外の明かりのもと武弘は空を仰いで深呼吸した。
「た、楽しかった~……」
「見栄を張るな」
「張ってねえし。で、次はどこ行きたい?」
「そうじゃな。あそこじゃ」
指さしたのは、とある建物。この遊園地の歴史を振り返る展示がしてある、なんとも情緒のない場所だった。
「ええ、遊園地の歴史なんて、どうでもいいじゃん」
「じゃが、儂は古いほうの遊園地も見てみたい」
「まあ、神楽がそこまで言うなら」
渋々足を向けたそこには、旧遊園地の写真が所狭しと展示されていた。時計台、お化け屋敷、観覧車、ジェットコースター。マスコットキャラや柱時計、氷の世界やアスレチック。
「あったあった、懐かしいなあ」
「……そうか、かような場所で貴様は育ったのか」
「まあ、育ったっていうか」
昔はそれこそ、スマホもなくゲームもなく、遊ぶと言ったら遊園地か水族館か、草野球かミニバスか。
だからこそ、懐かしく思う。両親は共働きで忙しいけれど、休みの日にはちゃんと武弘を遊びに連れて行ってくれたし、お土産だってたくさん買ってくれた。
最近は両親ともに仕事で夜が遅いこと、武弘自身もかんなぎのもとでアルバイトをしていることもあって、家族の時間が減ったように思う。
今日は帰ったら、久しぶりに両親に作りたての料理をふるまおう。それで、最近の出来事、学校のこと、文化祭のこと。
いろんなことを話して笑いあって、それで明日も明後日も、その先も。ずっと一緒に過ごすのだ。
じゃあ、かんなぎは?
ふとわいた疑問が、一気に武弘に影を落とす。
「どうした?」
「いや……神楽は」
「儂がなんじゃ?」
「神楽は今、幸せか?」
なんてことを聞いてしまったのだと、後悔しても遅い。かんなぎの瞳が揺れて、明らかに動揺を見せた。
慌てて話題をそらそうとするも、かんなぎのほうが早かった。
「儂は今、幸せじゃ。こうして好いた人間と遊園地なる場所にきておるからのう」
「かぐら……?」
「とでも言えば満足か?」
「悪い。浅はかだった」
だが、嘘でも幸せだと言ってほしかった。かんなぎには、いや。武弘の目が届く範囲の人間には、幸せでいてほしい。そう思うことは強欲で、浅はかなことなのだろうか。




