28、遊園地
武弘はひとつのことに集中すると、周りが見えなくなる性格だ。
「武弘。最近思い詰めているな」
「神楽! だって、明美さんは生きてるんだ。あの女……犯人は、俺たちを誘ってるんだ」
興奮気味に話す武弘に、かんなぎはひとつ、ため息をついた。
武弘は今、呪いのメールで見た、明美の居場所を調べている。時計、廃墟、それから、なに?
もう三週間も、授業中や事務所で考えっぱなしで、武弘が疲弊しているのは明らかだった。
「時に武弘」
「なんだよ、今忙し――」
今日は土曜日、学校も休みのため、武弘は朝からかんなぎの探偵事務所に入り浸っている。そこにかんなぎが話しかけ、それどころかかんなぎは武弘の手を取り歩き出す。
「ちょ、どこ行くんだよ」
「今日は儂の誕生日故、出かけるぞ」
「え、ちょ、え? 祝いたいのはやまやまだけど、このタイミングで?」
かんなぎが凄みを乗せて武弘を振り返る。武弘は口を一文字に結んで、なにも言えなくなった。言えるはずがない、言えるはずが。
自分の誕生日を祝ってもらった手前、かんなぎの誕生日を祝わないわけにもいくまい。
それに、かんなぎの言葉も一理ある。もう三週間呪いのメールのことばかり考えて、あの廃墟の場所を探しているというのに、なにひとつわかりやしない。
だから武弘は、仕方なく。本当に仕方なくかんなぎの案に乗ることにした。
連れられたのは遊園地だ。最近移転した遊園地で、その名も「ワクワク遊園地東館」。
昔は移転前の旧東都遊園地に家族でよく遊びに来たものだが、リニューアルしてからは一度も来たことがなかった気がする。
「ここ、行きたいの?」
「餓鬼だと思ったか?」
「や……うん、神楽が行きたいって言うんなら、付き合う」
待ってて、とかんなぎを入り口ゲートに残し、武弘は入場券を買いに行く。大人二枚。ついでだったのでパンフレットももらってくる。
「お待たせ。で、なに乗りたい?」
「乗る、とは?」
「あ、そうだった。遊園地には乗り物があって。例えばジェットコースターとか観覧車とか。お化け屋敷もある」
「なるほど、ここは年中文化祭なのだな」
言い当てて妙である。確かに、文化祭で出される催しは、遊園地のアトラクションを参考にするものも少なくない。
入り口ゲートを潜り抜けると、陽気な音楽が耳に流れ込む。それだけで、まるで異世界に迷い込んだ勇者のような気分になれるのだから、遊園地とはすごい開発だなと武弘は思った。
「おお、あれがジェットコースターか?」
「うん。神楽は高いの平気?」
「むろん。儂に苦手なものなどない」
「そうだよな。神楽が『きゃあ』とか言ってるの想像できない」
ぶふっと噴き出して、なんだか肩の荷が下りた気がした。ここ最近、忙しさで心に余裕もなかった気がする。
こと、呪いのメールがらみになると、夜も昼も忘れて没頭して、脳みそが焼き切れる思いだ。
武弘は目を輝かせるかんなぎに、
「じゃあ、最初はジェットコースター行っちゃう?」
「うむ。貴様のすすめとあらば、それを先に乗るほかにあるまい」
おすすめ、というよりは、単純にかんなぎがどんな反応をするのか見てみたかったのだ。
あの無表情で、他人を嘲笑するかんなぎに限って、ジェットコースターごときにやられるわけがないとは思いつつ。
ジェットコースターの列に並ぶ。心なしかかんなぎの顔がこわばっているように見えた。
「ビビった?」
「まさか。時に、着物でも乗れるものなのか?」
「あ、そうだった。すみません!」
スタッフを捕まえて、武弘が先ほどの旨を聞く。スタッフは笑顔で、「大丈夫ですよ」そう答えた。
「だってさ」
「ふむ……」
「あれ、あれれ? やっぱり怖いとか?」
「たわけが。茶化すな」
言いつつも、かんなぎの顔は明らかに先ほどより険しいものになっている。高さもそうだが、乗り終えた人たちの恐怖に染まった顔が、かんなぎを不安にさせたのかもしれない。
「言って、俺もめちゃくちゃビビってる」
「儂は怖気づいてなど」
「いいからいいから。初めてだと足震えちゃうかもだから、そん時は肩貸すし」
いよいよふたりの順番が巡ってくる。スタッフが説明を始める。
「深く腰掛けたら、上のレバーをおろしますね。係員が確認するので、そのままお待ちください」
にこやかなスタッフに対し、ジェットコースターに乗る客たちは、みな期待と不安の入り混じった顔をしている。
かんなぎはレバーにぎゅっとしがみつき、真ん前を見て硬直している。
「神楽? かぐら!」
「なん、だ」
「いや。緊張するなら、手、握ってやるか?」
小さいころ、よく家族がそうしてくれたことを思い出したのだ。武弘に他意はないのだが、かんなぎは拒んだ。気恥ずかしさが勝ったのだ。本当ならば手を握りたい。この妙な感覚を『不安』と呼ぶのなら、かんなぎにとってこの感情は不要だと思った。
いつぶりだろうか、不安を感じるなど。いや、あの時に比べたら、この感情は『楽しさ』のひとつなのだ。名を失った時の、先の見えない不安――。
「発車しまーす。いってらっしゃい!」
スタッフの元気な声とは裏腹に、乗客はすでにみな青ざめている。
人間は不可解だ。こんな怖い乗り物に乗って、なにが楽しいのだろうか。かんなぎの手が武弘の手を握った。
「儂は、生きてきてかように不可解な気分になったのは初めてじゃ」
「不可解」
からかたかた、きりきりきり。ジェットコースターが頂上に向かってゆっくりと、だが確実に上り詰めていく。かんなぎの手にだんだんと力が籠められ、手のひらが汗ばんでいるのがわかる。
「かように恐怖する乗り物に好んで乗る人間がこれほどいるなど」
「ああ、怖いもの見たさ、ってや――」
一気に急降下する。上がるときはゆっくりであるのに、下りるときのスピードは目を開けていられないほどである。
遠巻きに見たジェットコースターは楽しそうに見えたのに、実際に乗ると怖くて口からは悲鳴が漏れる。
「きゃ、ああああああ!」
「あはは、神楽が叫んでる!」
「うるさ、きゃあああ!」
あのかんなぎですら倒しせしめるジェットコースターを、ふたりは嫌というほど堪能した。




