27、誰だ?
不測の事態に備えて、かんなぎは武弘を事務所の外に待機させて、その動画を開くことにした。
今回の呪いのメールのURLの末尾に入る数字は、四だ。
これは、最初の呪いのメールと繋がっている。
最初の呪いのメールの文の最後に、『次世こそ安定なり。次世こそは安定なり。』と締められていた。これは、次次回、つまり今回の呪いのメールへのヒントだ。つまり、今回の呪いのメールの四文字目を繋げて読む。
―――――――
人は古来増えすぎた。庵野明美さんは今は無事です。
我我のならう謎に逆らうのなら、きっと其の子は帰れない。
其はかいくぐり、我から逃げた。しかし其の隣には、何がある?
それのならざる心こそ、其の心に他ならぬ。
其と我らの間にあるものは、其と人ならざるを繋ぐもの。
我とそこのはざまにありし、黄泉と現世、すなわち其方。
移ろ虚ろの世の中なれば、我は其を手に入れ笑うだろう。
それがすなわち、其の運命。庵野明美は十人目なり。
http://xxx
―――――――
メッセージは、『来ないならころす』。
武弘には、この暗号の答えを告げていない。告げれば取り乱し、足手まといになる。
だからかんなぎは、武弘を事務所の外に待機させて、それをひとりで開いたのだった。
がたり。ごとり。
武弘の目の前に、赤い番傘をさした女性が止まった。雨でもないのに、体と傘が濡れていた。
「あ、依頼ですか? 今取り込み中で」
「アナタが、天野武弘くん?」
傘を畳んで、大層美しい女性が、笑った。その真っ赤な口紅が、武弘の頬にへばりついて、武弘の体から力が抜ける。
なにかが、おかしい。
「武弘くん、あなた。私のものにならない?」
「は? 初対面でなにを」
地面に膝をつき、武弘は女を見上げた。顔がなかった。ブラックホールのように、顔が真っ暗で、そこに空気が吸い込まれていく。
顔のない女は、今一度武弘の顔に自分の顔を寄せた。口紅なんて、もはやない。
目も鼻も口も、なにもない。
ブラックホールに武弘が吸い込まれていく。女の顔に、武弘が飲み込まれていく。
不思議と恐怖はない。女の中に取り込まれていく。くるくると体が回転して、奥へ奥へ進んでいく。
周りにも、武弘と同じように、沢山の人間がくるくる、くるくると女の奥深くへ向かって溶けていく。
「――弘」
誰だ、気持ちよく寝ているのに。
ふわふわとたゆたい、武弘はもう、自分が天野武弘なのか、番傘の女なのか、わからなくなった。
なのに、暗い渦の中をかき分けて、誰かが武弘の名前を呼ぶ。いや、武弘とは誰の名前だったか。
「武弘!」
また、誰かが誰かの名前を呼んだ。もう、自分という概念は溶けて亡くなって、ただ武弘は、そこに在った。
「武弘! 飲み込まれるな! 貴様の名前は、天野武弘じゃ!」
はっ、として、武弘は眩しい光に包まれた。
目の前には、かんなぎの泣きそうな顔。
「神楽……?」
「すまない。みすみす罠にかかるとは。儂としたことが」
つまり、かんなぎが開いたURLは囮だった。その動画から湧き出た魑魅魍魎を倒していたため、武弘を助けに来るのが遅れたのだった。
はっと、武弘が番傘の女を見る。番傘の向こうに、唇だけが見えた。この女が、庵野明美を、そして、かんなぎを付け狙う、張本人だろうか。
力の抜けた体で立ち上がり、武弘は女を睨みあげた。
「なにが目的だッ!」
番傘が、くるくる、くるくると回り出す。女の姿が歪んでいく。
『彼女らは無事さ。ご飯も睡眠もちゃあんと与えてる。今は、ね』
「誰が信じられるか!」
女に踏み込もうとした足には、やはり力が入らなかった。
かんなぎが胸の前で手を鳴らす。一個、二転、三拍手。
ごう、と空から手が伸びて、その巨大な手が女を握り持った。
番傘がはらりと落ちる。しかし、そこにいたのは、番傘の女ではなかった。
あの金白学園の制服を着た、女の子だった。
「え……?」
「明美! 手を……!」
かんなぎはすぐさま状況を理解した。あそこにいるのは、行方不明になっている、庵野明美だ。
明美が手を伸ばす――しかし、その周りにパンパンパン、と空気が弾けた。
弾けた空気が、天から伸びた手を無に帰す。
『あは。かんなぎ、あなたの弱点、見つけたわ』
忌々しい、声だったに違いない。かんなぎにとっては、名を奪った憎い相手。しかし、かんなぎの目に映るのは、庵野明美ただひとりだ。
空気を蹴って、空に消える明美に、かんなぎは手を伸ばす。
『あはっ。かんなぎ、分かってるくせに』
す、と明美が消えていく。これは、まじないだ。まじないで作った、幻。
かんなぎがこんな初歩的な罠にかかるなんて。
プチン! と空が真っ黒になる。急に始まって急に終わる。
かんなぎの手が空を切る。武弘が歯噛みしている。
「絶対におまえを突き止めてやる」
武弘は躍起になる。それがかんなぎのためか、明美のためかは、わからない。




