26、女子高潜入捜査
四、巫女相対
女子高、という響きは男にとっては秘密の花園を覗き見るような、そんな高揚感がある。
かんなぎは容姿だけはそこいらの女子のなかでもずば抜けていい。昆布のような長い黒髪と切れ長の目は鮮度のいい魚のようにうるんでいる。小さな唇は熟れたいちごのように赤い。
と、ここまできて、武弘は自分のボキャブラリーが食べ物しかないことに気づいた。
「神楽ってさ」
「なんだ」
「洋服持ってないの?」
最初から思っていたことだ。かんなぎの私服はいつも着物だ。よく時代劇で見るようなぴしっとしたものの時もあれば、着慣れたひとが遊び心を持って着崩しているようなときもある。
どちらにせよ、似合う。黒い髪も黒い瞳も。白磁のように白い肌も。着物を映えさせるには十分だった。
「洋服は好かん。こちらのほうが落ち着く」
「……それって、神楽が長いこと生きてきたから? 昔から着慣れてる着物のがいいってこと?」
「おしゃべりは嫌われるぞ」
ふん、っと鼻を鳴らして、かんなぎが女子高の校門を潜り抜けた。次いで、武弘もかんなぎに隠れるようにして足を踏み入れる。
そこだけ異空間のような、不思議な感覚だった。
「気づいたか?」
「え? 気づく?」
「はー。貴様は本当に目出度い」
かんなぎが空に文字を描く。一本、二文字、三個。
文字を描き終えると、ぞおおお、っと学園内に黒い霧が立ち込める。
「わ、わ!?」
「そら、これが呪いのビデオの一部だ」
ぞぞぞ、とうごめく黒い霧は、武弘を見つけるや迫りくる。思わず目を閉じ両手で頭をかばうも、その霧はかんなぎによって薙ぎ払われた。
代わりに、黒い霧が学園のとある教室に流れていく。
「あちらだ」
「あ、え?」
「ぐずぐずするな、行くぞ!」
行くぞ、と言われても、まずは許可を取らなければ、と武弘は思うのだが、かんなぎには逆らえない。このまま校舎内に侵入して、あとで問題に問われないだろうか。
そんなことを思いつつも、武弘ははやる鼓動を抑えきれない。今、自分はきっと探偵なのだ。正しくは探偵助手、であるがこの際どうでもいい。
好奇心のままに、武弘は私立高金学園の校舎内に侵入する。
「誰かしら」
「男の方よ?」
「あちらの女の子は転入希望かしら?」
廊下をずんずん歩くかんなぎと、挙動不審の武弘。ふたりを見ながら、学園の生徒たちがひそひそと耳打ちをしている。
「こっちだ」
「ま、待って。神楽。まずは職員室で許可を」
「時間がない。ぐずぐずするな」
本日二度目の叱責に、武弘は「はい」と小さく返事をして黙り込む。
黒い霧がとある教室に吹きだまっているのが見えた。
「あそこ……?」
武弘が走る。なぜなら、教室から悲鳴が聞こえたからだ。
「大丈夫ですか!?」
がたた、と教室のドアを開けて、武弘が走り入る。すると女子生徒数人がスマホを取り囲んでふるふると震えている。
「なにが……」
武弘が女子生徒の間に割って入り、スマホを手に取った。
「……?」
しかし、いたって普通のスマホである。武弘が首をかしげると、女子生徒のひとりが、
「呪いのメールが、来たんです……」
「それだけ?」
「それだけ、ですって? 見なさい。この文面の女子生徒。その名前がこのクラスの生徒のものなのですよ!?」
確かに、書いてある。不幸のメールの内容は、武弘が受け取ったものと『また』違った。
――――――――
人は古来増えすぎた。庵野明美さんは今は無事です。
我我のならう謎に逆らうのなら、きっと其の子は帰れない。
其はかいくぐり、我から逃げた。しかし其の隣には、何がある?
それのならざる心こそ、其の心に他ならぬ。
其と我らの間にあるものは、其と人ならざるを繋ぐもの。
我とそこのはざまにありし、黄泉と現世、すなわち其方。
移ろ虚ろの世の中なれば、我は其を手に入れ笑うだろう。
それがすなわち、其の運命。庵野明美は十人目なり。
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この、『庵野明美』が、このクラスの生徒らしかった。
「これ、いつ届いたんですか?」
「さっきよ、さっき。ああ、明美さん……」
女子生徒がくらっと体を傾ける。とっさに武弘が抱き留めて、女子生徒の頬が赤く染まった。
「貴様、遊びに来たわけではないのだぞ?」
「神楽! 遅い」
悠長に表れたかんなぎに、武弘はスマホを持ったままかんなぎのそばに走った。
「これ。また呪いのメールだ」
「まだビデオは見てないな?」
「ああ。まだ謎解きできてないから」
「そうか」
どこか安心したようなかんなぎの表情に、武弘はこのメールにはまたなにかが隠されているのだと勘づいた。だが、気づいたところで武弘に暗号が解けるわけでもない。
「あの、明美さん? って、いつから学校休んでるんですか?」
嫌な汗が背中を伝う。もしこの呪いのメールが本当だとしたら、早く暗号を解いて明美を助けに行かねばならない。
女子生徒の一人が答える。
「二週間弱、ですわ」
「二週間か……」
武弘はスマホをにらむ。
「このメール、俺のスマホに転送してもらえますか?」
「え、っと、アナタたちは?」
「あー、俺は単なる高校生。だけどこっちの子は」
「心霊探偵だ」
女子生徒たちがざわめいた。無理もない、そのようなことを真顔で言われても、信じられるほうがおかしい。
しかし、女子生徒たちも藁にもすがる思いである。
「わかりました。送ります。そういえば、明美さんは呪いのメールについていろいろと調べていたようですけれど」
「調べてた? 明美って子が?」
武弘が聞き返すも、
「むろん、無関係だ。そもそもそなたらも、このメールと明美の件は無関係故、首を突っ込むでないぞ?」
「なんですこの子、偉そうですわ」
「や、神楽はちょっと変わってて。でも、このいたずらは俺たちが止めるんで、あまり気にしないでください」
言葉ではそう言ったものの、内心では武弘も彼女らと同じ気持ちだ。よもや、呪いのメールのせいで明美が死んだのではないだろうか。
そもそも本当に死んだのだろうか。
二週間前、というと、武弘が呪いのメールを見てからしばらくあとだ。となると、武弘が見た動画のあの足は、明美のものではないだろう。そうあってくれ。
「さて、情報は得た。次はその動画の発信地を探れ」
「神楽、は」
「なんだ」
「明美さん、のこと、心配じゃないの?」
「むろん、案じておる。じゃが、だからとむやみに動じたとて、明美が見つかるわけでもあるまい」
すん、としたかんなぎの表情は、武弘には理解できない。だが、ひとつ確かなのは、かんなぎなくしてはこの事件の解決は難しいということだった。
「なるべく早く発信地突き止めるけど」
「期待はせん」
「なんでそういう言い方するかな」
ふたりは一度、かんなぎの事務所に足を向けた。




