25、手がかり
いよいよ文化祭も後半、武弘はかんなぎを引き連れて、他校の生徒に呪いのメールについて聞き回り始める。
対象は高校生だ。大人たちはみな、呪いのメールのことを知らないだろうし、そもそも信じないだろう。だから、高校生に標的を絞った。
武弘はエプロンを脱ぎ捨てて、ブレザーを引っ掛けてかんなぎとともに校内を走り回った。
「でも、こんなの聞いて回ったら不審がられるよな」
「ならやめるか?」
「やめないけど。でも少し、不安もある」
武弘は別段社交的でもなければ、話がうまい訳でもない。どこにでもいる、平凡な男子高校生だ。
だが、かんなぎはそうは思っていない。武弘はおせっかいでお人好しで、ほかのどんな人間よりも人間くさい。
ふたりがキョロキョロと歩いていけば、部活帰りだろうか、隣の高校のサッカー部のジャージを着た男子生徒三名が目に入る。ジャージを着ていたためすぐさま彼らが高校生だとわかってありがたい。武弘は最初のターゲットを彼ら決めた。
すうはあと深呼吸をして、眉と眉の間に皺を寄せて、
「すみません。呪いのメールについて聞きたいんですけど」
果たして、サッカー部の男子生徒たちはやはり、武弘に怪訝な目を向けた。
やってしまった、武弘は内心で後悔するも、隣に立つかんなぎが、
「貴様ら。呪いのビデオはもらったことはないか?」
「え、あ! そういや、マサのカノジョがなんか言ってなかった?」
武弘の時とは打って変わって、男子生徒のかんなぎに対する態度は明らかに好意的だった。武弘は悔しい思いより先に、なんだかイライラしてくる。
無意識に一歩前に出て、かんなぎを背中に隠した。かんなぎが小さく息を吐く。しかし、満更でもないといった風だ。武弘からはかんなぎが見えないため、武弘は気づいていないが。
「その、マサってひとと連絡とれます?」
「……個人の連絡先は知らないからなぁ」
「クラスの連絡網で聞く?」
「いや、呪いのメールとか、俺は聞くのやだよ?」
三人が三人乗り気ではない。そもそも、連絡先を知らないのなら仕方がない。
「あの、ありがとうございました」
「え、聞かなくていいの?」
「や……ほかを当たるので」
武弘はやんわり断ったが、サッカー部の三人組が武弘を邪険にしているのは明らかだったため、ここは諦めて次に行くのが懸命だ。
武弘はかんなぎを振り返る。ちょこん、とその場に立つかんなぎは、確かに喋らなければ見た目だって可愛いし、今だって行き交う人々がかんなぎに注目するほどだ。
「武弘?」
「や。次行くか」
「むろん。最初から情報が手に入るとは思うておらん」
にい、と笑うその様は、可愛いとは程遠い、妖しい笑みだと武弘は思った。よそ行きではない、武弘だけに見せるかんなぎの本来の姿。
「なんじゃ、にやにやと」
「いや。別に」
少しの優越感だ。あのサッカー部の三人組は、かんなぎのなにを知っているというのか。かんなぎは見た目こそ可愛らしいが、その実中身は長い時を生きてきた、巫女だ。
「やっぱ、女の子に聞くのがいいかな」
「なにゆえそう思う?」
ぴくり、かんなぎが眉根を寄せた。しかし武弘はそれに気づかない。
「……? だって、女の子のほうが噂好きだし。さっきのサッカー部も、マサってやつのカノジョが知ってるって言ってたじゃん」
「ほう。少しは頭を使えるようになったか」
「いや、ひどいな。俺だって少しは考えてるから」
やいのやいのと言い合いながら、武弘とかんなぎは校内を歩く。しかし、それだけだ。歩けど歩けど、武弘は誰にも話しかける気配がない。
それもそのはず、武弘は今さらになって、怖気付いた。
「武弘、あれに話かけてはどうだ」
「や、あの。いや」
「なんだ」
「だって、俺みたいなのが……」
ごにょごにょと言葉をにごす。もじもじする武弘を見て、さしものかんなぎも気づく。武弘は女の子に免疫がない。クラスメイトとは普通に話せるのだが、見ず知らずの――しかも見た目が可愛らしい女の子を前にして、もうどうしたらいいのかわからなかった。
「意識しすぎじゃ」
「し、してないし!」
「そうか? 貴様は女子との会話に胸を乱されておるのじゃろう?」
「なんでいらんこと言うかなぁ!」
ここまで言われて、武弘が開き直る。
「だって、女の子だよ? みず知らずの! しかも可愛い……」
しりすぼみに武弘の声が小さくなる。最後の一言がかんなぎをざわつかせた。
かんなぎに言い返す武弘が、しかしかんなぎは面白くない。別に、男に話かけるのも女に話しかけるのも大差なかろうに。可愛いかろうがそうでなかろうが、今は関係のない話だ。なにより優先すべきは呪いのメールの出処だろうに。
胸がざわめいて、だがかんなぎは自分を諌めた。
かんなぎと武弘は生きてきた年数も違えば、好きなものも嫌いなものも違う。武弘はたかだか十八年しか生きていない。異性と触れ合うのも、心踊る年齢なのだろう。
「行くぞ」
「わ、待てって」
思考を放棄して、かんなぎは一歩前に出た。二人組の女の子をつかまえて一言。
「すまぬがお主ら、呪いのビデオについてうかがいたい」
「だれ?」
「知らない……」
かんなぎの言葉遣いに違和感がないわけではない。しかし、それより先に、学園祭の主催高校の生徒がいきなり話しかけてくるという事実のほうが、彼女らにとっては不可解だった。
「あ、あの。俺たち呪いのメールについて調べてて」
「……知らないわ」
「私も」
一瞬、明らかに女の子たちの顔が曇った。武弘はそれに気づかなかったが、かんなぎは違う。目ざとくそれに気づくや、くっと彼女らに迫り、さらに踏み込む。
「なんでもいい。お主らは、見て見ぬふりをするのか?」
「神楽……? なに言って」
「貴様は黙っておれ」
かんなぎの綺麗な黒い瞳は、女子生徒たちを鋭く射抜く。女子生徒たちは一瞬迷いを見せたが、片方がもう片方の手を取り、そしてその場から走り去った。
「待って!」
武弘もようやく、彼女らがなんらかの手がかりを知っていると気づく。しかし、彼女らは人混みを上手く利用して逃げ切る。もとより、かんなぎによって武弘は動きを止められていた。きゅっと冷たいかんなぎの手が、武弘の手を握っていたのだ。
「神楽!?」
「よい。あの子らの制服は確認済みだ」
かんなぎはその目で見た人間の痕跡を追うことができる。その力で、先程の女子生徒が通う高校を視たらしい。
つくづく有能な人間だと武弘は思う。そして、自分の不甲斐なさを痛感する。
かんなぎが特定した学校の学生を探しながら、別の手がかりも並行して探す。
「あの、呪いのメールについて知りませんか?」
なるべく高校生から聞き出したいため、制服姿の女の子を当たる。
「呪いのメール……? 私はもらってないけど、友達がなんか言ってたかも」
「友達が? 詳しく聞けます?」
武弘が前のめりに訊き返すと、女子生徒は顔をひきつらせて後ずさった。
「すみませぇん、宗教勧誘は間に合ってますので……」
「え。ちが、え!?」
作り笑いののち、女子生徒がさっと踵を返して走り出した。本日二度目の逃走に、武弘はがーんと肩を落とした。かんなぎを振り返って、
「俺ってそんなに胡散臭い?」
「ふっ」
「あ。今笑っただろ!?」
「いや。笑っておらぬ」
かんなぎによってとどめを刺された武弘は、しゅんと肩を落として再び校内を彷徨う。その項垂れた背中を見ながら、この時間が永遠に終わらなければとかんなぎは思った。
「……っ」
しかしすぐさまその感情を押し殺して、かんなぎは平常心を装った。別に、かんなぎの心の内なんて武弘にも、ほかの誰にも分かるわけないのに、だけれどかんなぎは、誰にも自分の感情を悟られたくなかった。あまつさえ、自分自身が抱く気持ちすら、自覚したくなかった。
気を紛らわし、辺りを見渡す。程よく、目当ての制服が目に入った。
「武弘、あれだ」
「え、え?」
かんなぎが指さした先には、白いブレザーにチェック柄のスカートの女子高生の集団がいた。
「え、あの高校って」
「知ってるのか?」
「知ってるもなにも」
ここいらじゃ有名な私立の女子校だ。偏差値が高いことに加えて、生徒はお嬢さまと相場が決まっている。
かんなぎが武弘をせっつく。じとりとした視線は、「早く声をかけろ」と言っていた。
「あ、あのぉ」
恐る恐る話しかける。腰が引けて背中が丸まった。
「わたくしたちかしら?」
存外優しく返されて、武弘の背中がしゃんと伸びた。
ふわりと花の香りを漂わせながら、女子生徒たちが一斉に武弘を見た。
「呪いのメールについて、知りませんか?」
ダメ元、半分は勢いに任せて武弘が訊く。しかし、意外なことに、女子生徒のひとりがはっきりと答えた。
「最近うちの学校で流行ってますわね」
「本当ですか?」
「ええ。確か二週間前くらいかしら。はじめて呪いのメールがわたくしたちの学校の生徒に回ってきましたの。そのあとはもう、毎日のように回ってきますわ」
だが、武弘には判断が出来ない。武弘の欲しい情報がそこにあるのか、確信がないからだ。
武弘の心の内を知ってか知らずか、かんなぎが女子生徒に礼を述べ、彼女らは武弘たちから離れ歩いていく。
「神楽? もっと聞きたかったのに」
「いや。当たりじゃ。武弘、あの高校に行くぞ。案内できるか?」
「え。なんで? なんでわかったの?」
武弘の疑問に、かんなぎは答えない。
そもそもかんなぎは、この謎の主も、謎解きの答えも知っている。ゆえに、先程の女子生徒の通う高校に『なにかがある』ことがわかるのだ。
かんなぎの不敵な笑みに気圧されて、武弘はそれ以上追求することが出来なかった。
とにもかくにも、なかなか難航したものの、不幸のメールの出どころのめどがついた。
私立高金高等学校。武弘の学校からそう遠くない女子校だった。
「して、武弘。明日の放課後、決行するぞ」
「え、明日? 段取りがまだ――」
「つべこべ言うな。そう悠長なことも言っておられなくなった」
かんなぎの真意なんて武弘にはわからない。わからないからこそ、不安になる。
この謎が解けたら、自分たちの関係はどうなってしまうのだろうか。
かんなぎと武弘は、この先ずっと一緒にいられるわけではない。かんなぎは本来探偵で巫女で、高校生なんかでは決してない。
自分がどうしたいのか、かんなぎがなにを思っているのか、武弘にはなにもわかっていなかった。




