24、文化祭④
午後二時になって、ようやく店がひと段落する。思った以上に料理がはけて、ストックはもう空っぽである。
今から明日と明後日の分の仕込みをするとして、初日の今日の食数を考えると、食材の追加を買いに行かねばならなかった。
「俺買い物行ってくるわ。てか、神楽は?」
ふと、武弘が気づく。かんなぎの姿がどこにもない。
「あれ。途中までは裏方にいたんだけど」
「え、どっか行ったの?」
「わからない」
さああっと血の気が引く。過保護かもしれないが、かんなぎをひとりにすることに武弘は一抹の不安を覚えた。どこかで誰かに迷惑をかけているに違いない。
「俺、買い物ついでに神楽探してくるわ」
「え、行ってらっしゃい」
「おうおう、心配性だねえ」
クラスメイトの冷やかしなど気にも留めず、武弘は文化祭の人混みをかき分けて走り去る。
どこだ、どこ。かんなぎが行きそうな場所。
お化け屋敷、喫茶店、展示室。
しかし、どこにもかんなぎの姿はない。焦る。もしや、校外に出てしまったのだろうか。
「くそ! アイツスマホ持ってないもんな」
どうしようかと昇降口を行ったり来たりする。かんなぎが行きそうな場所。かんなぎが好きそうな場所。
「ねえねえ、さっきの子見た?」
「見た。あの女の子。すっごい美人だった」
他校の生徒の噂話が耳に入る。武弘はダメもとでそのふたりに話しかけた。
「あの。その子どの辺にいました?」
「え、あ。えーと、中庭のほう」
「あ。中庭! ありがとうございます!」
がばっと雑に頭を下げて、武弘は中庭に走った。そうだ、かんなぎは中庭がお気に入りだ。いつも武弘と昼食を共にするときは、決まってあの場所を選ぶ。
中庭につき、息も絶え絶えにかんなぎを探す。視界の端にとらえたのは、他校、いや、大学生と思しき男ふたり組に詰め寄られるかんなぎの姿だった。
「やめぬか。離せ」
「いいね、その話し方。すっげえ美人だし」
いわゆるナンパだ。武弘は考えなしにかんなぎと男ふたりの間に割って入った。かんなぎの手をぎゅっと握って、にこりと圧のある笑みを湛えて。
「うちのスタッフになにか用ですか?」
「なんだよ、クラスメイトか?」
「だったらなんですか。大体彼女、嫌がってるじゃないですか」
「そうだったか?」
「嫌がってないよな。な?」
男ふたりがかんなぎに笑みを向ける。しかし、
「我が名は高宮――」
「あーあー! なんでもない! なんでも!」
かんなぎが唱える口をふさいで、武弘はかんなぎを引っ張り走り出す。
ふわふわひらひらとかんなぎのメイド服のスカートが揺れている。校内を全速力で走るふたりは、おのずと悪目立ちした。
「は、はあ、ここまでくれば」
「離せ。貴様、なぜ邪魔をした」
かんなぎが一切息を切らしていないことに、武弘は妙なもやもやを感じた。やはりかんなぎは、この世界の人間ではないのだ。不老不死の、巫女。
ばっとかんなぎから手を離す。かんなぎは、つないでいた手をきゅっと握りしめ、うつむいた。
「すまなかった」
「……え」
「いや、儂が謝る必要もあるまい。撤回だ」
かんなぎがなにに対して謝ったのか、武弘にはまるでわからない。わからないのだが、きっとかんなぎなりになにか考えているのだろうと思うことにする。
「なんで出かけたりしたんだよ。店番もそこそこに」
「……あそこは窮屈だ」
「そりゃあ、狭苦しいけど」
「違う。儂はただ、貴様が皆の輪の中心にいることが……。――!」
なんでもない、とかんなぎの消え入りそうな声。蚊がなくような小さなそれが、なぜだか武弘には一言一句逃さず聞こえた。
どっど、と心拍が上がるのがわかる。なぜ、どうして。かんなぎはなにを考えている?
武弘もかんなぎも黙り、うつむく。
「……あ、そうだ。買い出し行かなきゃなんだけど、一緒に来るか?」
「……仕方あるまい。貴様ひとりでは持ちきれぬだろう。儂も手伝ってやる」
「……」
「……」
悶々とした文化祭は、だけれど慌ただしさに忙殺されて、かんなぎの言葉の意味すら考える余裕は、武弘には残らなかった。




