23、文化祭③
文化祭は三日ある。その三日のうち前半の一日半は、かんなぎも武弘も店番を任されている。残す後半の一日半は自由に動けるため、そこで武弘は他校の生徒に不幸のメールについて聞いて回ろうと画策していた。
だが。
それにしても、店が忙しい。前日に仕込んだ料理が、飛ぶように出る。加えて、ウェイトレスがメイド服となれば、おのずと客足も増えるというもの。
あっちこっちにせわしなく動き回りながら、武弘は料理にいそしんでいた。
「天野! ミートソースふたつ!」
「おう」
「こっちはナポリタン三つとグラタンとチーズケーキ四つ!」
「あい!」
武弘はキッチンであわただしく動いているというのに、かんなぎのほうはそうでもなかった。どうにも接客に向いていないらしく、早々に裏方に回された。
そもそも、会話が噛み合わないのだ。
「あ、ウェイトレスさん! ナポリタンとラザニアとデザートふたつで!」
「なぽ……でざ……? 貴様はなにを言うておる?」
「え、だから」
「すみません! 私がうかがいますね!」
まるで他人の言葉など右から左で、かんなぎは注文のひとつもうまくとれない。見かねたクラスメイトが助け舟を出し、難を逃れること数回。かんなぎ自身もあきれるほど、かんなぎはひととの関わりが下手だ。だがそれも、致し方ない。かんなぎは本来、ひとと極力関わらずに生きてきた。心霊探偵だって、要件を聞くのみであるし、そもそもそれらは本業であるから会話が成り立つだけで、日常会話は苦手を通り越して不可能に近かった。
「最初から思ってたけど」
クラスメイトのひとりが、かんなぎを裏方に引っ張り、妙に神妙な面持ちで切り出した。よもや、蔑まれるかと覚悟したかんなぎだが、
「やっぱり、神楽ちゃんってどこかのお嬢さまなんだね」
「……儂が……?」
「うん。なにか訳あってこの学校に来たんだよね。いいよ、事情は聞かない」
周りの女子もうんうんと頷き同意を示す。そのような大それた人間ではない、そう思いはすれど、やはりかんなぎはひととの会話がうまくできない。弁明もそこそこに、女子たちから「裏方でいいよ、無理しないで」と気遣われる始末だった。
ただしそれは、女子に限ったことである。かんなぎをよく知る武弘にとっては、かんなぎは他の女子と変わらない、単なる一クラスメイトである。
「神楽、ミートソース運んで」
「儂に命令など」
「今はそういうのいいから!」
鬼気迫る武弘に、ぐむっと口を結んでかんなぎがミートソースをウェイトレスのところまで運んでいく。
「神楽ちゃん、ありがと」
「うむ。して、客はあとどのくらいではける?」
「んー。なんか評判良すぎて全然はけないんだよね。あ、いらっしゃいませ!」
なるほどどうして、武弘の料理は評判が良かった。そりゃあそうだ、武弘の料理が美味いことはかんなぎが一番よく知っている。
しかしかんなぎは面白くない。いうなれば、武弘はかんなぎだけの料理人であったのに、文化祭なるもののせいでそうではなくなった。それがたまらなく不愉快だ。
「なにを考えている、儂は」
そもそも、かんなぎと武弘ではすむ世界が違う。かんなぎは悠久の時を生きるが、武弘はそうではない。
いずれ大人になって社会に出て働いて。恋人を作って結婚して、子供が生まれて子供を育てて、子供が成人したら妻との水入らずの老後を過ごす。
「なんだ、これは」
胃がむかむかする。胸糞悪い。
自分だけ幸せになりおって。
ハッとする。今、なにを考えた。自分はまた、あの時のように利己的に、自分のことばかり考えていないか。
「ばかばかしい」
ふっと、かんなぎは持ち場を離れて、メイド服のまま文化祭の雑踏へと消えていく。
かんなぎのことなど露知らず、武弘は調理の合間に客の反応を覗き見た。
「うわ、美味しい。これすごく美味しいわ」
「そうね。ミートソースが絶品。うちの子の話だと、ソースは手作りらしいわよ」
「道理で。私なんかより何倍も美味しいわね」
熱々の料理を頬張るお客さん。みな笑顔で、会話も弾む。
美味しい、すごい、本格的。幸せ。
お客さんの驚く顔が、武弘を笑顔にする。やはり自分は、料理の道に進みたい。もっと本格的に。そして専門学校に入学したら、どこかのレストランで働こう。かんなぎの料理人を辞める気もないが、やはり本格的なレストランで学びたい気持ちは日に日に募るばかりだ。
「さて、あとひといき、頑張りますか」
最初は嫌々引き受けた裏方も、あとになってみればやってよかったと武弘は思った。
「しっかし、たけやんの料理、大評判じゃん」
「茶化すなって」
「茶化してなんか。オマエも見ただろ、店満席」
肘で武弘を突っつきながら、友人である正が笑う。正は店の外観担当、兼、一日目の裏方、武弘の料理補佐だ。
とはいえ、料理はほとんどが前日に仕込んである。
ミートソースは前日に翌日分を、チーズケーキも焼けてすぐに出せるわけではない。一晩寝かせてから型から外さなければならないため、今日の分は昨日のうちに焼き終えている。
ちなみに、このチーズケーキの焼き加減は、最後まで悩みに悩んだ。
「このチーズケーキ、マジでうまいよな」
形の悪い、客に出せないチーズケーキをつまみながら、正が武弘の手際に感嘆する。
「つまむなよ。でも、うれしいけど」
最終的に、湯煎焼きでなく天板に水を張って焼くこと、途中オーブンの温度を上げて、天板に水を追加すること、そして微妙な焼き時間の調整を経て、武弘も満足のいく逸品が出来上がった。
なかはとろりと、外はしっとりした半熟チーズケーキだ。
「たけやんって調理師専門学校行くだけあるよな」
「いや、そんなこと」
「謙遜はいいって。でも、隣のクラスのきんちゃんは、確か一年制の調理師学科だって言ってたけど、たけやんはなんで二年制?」
はくはくはく、と三口でチーズケーキをほおばって、正が武弘に問うた。チーズケーキの甘みと酸味が口の中にねっとりと広がる。正はパスタを茹でながら、ミートソースを盛り付ける武弘をじっと見ている。
盛り付けのひとつとっても、武弘はこだわりを持っていて、正はそんな武弘が少しだけうらやましくなる。自分はこんなにも情熱を注げるものを、いつか持てるのだろうか。
「いや、ほんとは俺も一年で免許取って早く現場に出たかったんだけど。そこは親の願いっていうか」
「親の?」
「そう。なんか、一年制だと学位がもらえないんだけど、二年制だと『専門士』? なんかそんな感じの学位がもらえるんだって」
「学位、って?」
「わからん。でも、いつもなんも言わない親が、そこだけは譲れないっていうからさ。それに、二年制だと二年目のカリキュラムでコースが別れて、進路に合わせて和洋中・スイーツから専攻が選べるから、それもいいかなって」
ふうん、と正が相槌を打った。ぐつぐつとパスタが茹で上がる。正がパスタレードルでパスタをすくいあげ、皿に盛りつける。盛り付けは、事前に武弘から指導を受けている。
なるべく真ん中に、ひねりながらパスタをこんもり盛り付けることで、見た目がぐんとよくなるのだそうだ。
確かに、料理番組でコックなんかはそんな盛り付けをしていた気がするが、料理と無縁の人間からすれば、盛り付けにこだわる理由がよくわからなかった。食べてしまえばみな同じ、というのが正の正直な感想だ。
「正、もう少し盛り付け気を遣えって」
「だって、きれいに盛り付ける必要ある? 見てる人なんていないっしょ」
「……それでも、ひとつでも手を抜いたら、それが当たり前になっちまうし。そもそも、見た目って意外と大事だぞ? 食べる前に感じるものって、においもそうだけど、見た目もそうだろ?」
「ふうん、そういうもんなんだろうな、料理人にとっては」
自分には生涯わからないのだろうなと正は思った。正は料理に興味がない。それはきっと、正だけでなくここで喫茶店を任されたほとんどのクラスメイトも同じであろう。ひとは興味のないことには注意を払えない。そのひとのこだわりだって、興味があればこそのものなのだ。
高校生にしてここまでのこだわりを持つ武弘がうらやましくもあり、心配でもあった。
「たけやんって、家のごはん作ってるんだっけ」
「ん? まあ、物心ついた時からそうだけど。おかげで将来の夢を見つけられた感じかな」
「だよなあ」
今日は武弘の両親は文化祭には来ないのだと聞いた。正は武弘の家に遊びに行く仲ではあるが、ほとんど武弘の両親と会ったことがない。武弘はいつもひとりだ。対して正は、いつも両親のどちらかが家にいることを鬱陶しく感じていた。だから武弘をうらやましく思っていたくらいなのだが、だが実際、武弘の『高校生らしくない』料理の手際に、どこか不自然さを覚えた。
「俺はオマエが人生を本当に楽しんでるのか、心配だよ」
「なんだそれ」
けたけた笑い飛ばす武弘だが、正は思う。武弘は小さいころからなんでもひとりでこなさなければならなかった。子供が子供らしくいられない、それはもしかしたら、両親に干渉されるよりつらいことなのではと思ったのだ。




