20、世界反転
平日の昼間から学校をさぼるのは、罪悪感もあるがどこか武弘をワクワクさせた。
「昼飯、材料買ってないんだよな」
「よい、儂は腹は減らぬ」
「言って神楽、朝飯は食べないんだろ? 朝は一番大事なのに。あり合わせで作るわ」
武弘が冷蔵庫をあさりだす。
昨日かんなぎが消し炭にした鶏ハムは、全部が全部焦げたわけではない。真ん中の部分はかろうじて食べられるところが残っていたため、それを使ってトマトのグラタンを作ることにした。
「まずは鶏肉を炒める。あれば玉ねぎも一緒に」
「グラタンとはなんだ?」
「え。相変わらず料理に疎いな。グラタンは、牛乳のソースにチーズを乗せて焼いたものだよ。ただし今日は」
炒めた鶏肉に玉ねぎを加え、よく炒めたら小麦粉を入れる。
小麦粉がよく馴染んだら、牛乳を入れてとろみがつくまで火にかける。
味付けはシンプルに塩だ。
そして、今日はグラタンに角切りのトマトを混ぜて、出来上がったグラタンは、中身をくり抜いたトマトに入れる。
「トマトにグラタンを入れたら、チーズを乗せてオーブンレンジで焼く」
「なるほど、器も食せるのか」
「うん、普通のグラタンでも美味しいんだけど、焼いたトマトとグラタンって、すげえ合うんだよ」
「ほう」
かんなぎが興味津々にキッチンの前に立ち、武弘の料理を凝視している。
武弘はグラタンの入ったトマトを天板に乗せて、オーブンに入れる。
「あとは、焼けるのを待つだけ」
十五分、タイマーをかけて、さて武弘は、かんなぎの事務椅子の前に腰掛けた。
「で、これ。新しい呪いのメールなんだけど」
「そうさな。これは儂も、昨日見たが」
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古事記の古きもの我がときなり。歌謡のはじまり、神々の始まり。其の歌たるや、美しきかな。我が求め呼ぶもの、そこにありき。其が我、我が其、其は巫女、我がものなりて、我は笑う。
http://xxxxx
「この動画、一緒に見ようと思って」
「ならば、貴様は暗号が解けたのか?」
「いや、わからないから、神楽に聞こうと思って」
オーブンからトマトとチーズ、ホワイトソースの焼ける匂いが漂ってくる。
かんなぎは、ひとつ呼吸をすると、
「古事記がヒントじゃ。古事記は、九、四十三、六十一の歌謡から成っている」
「あっ、じゃあ、九四三六一を末尾に入れれば!」
それから、その数字はこの呪いのメールの文字を拾う順番だ。つまり、九番目、四十三番目、六十一番目の文字を拾うと、『我呼巫』。
「我呼巫……? ふ? 巫女?」
「巫とは、かんなぎとも読む」
「え……つまり、この呪いのメールって、神楽に宛てたものなの?」
「そうじゃ」
そういえば、最初の呪いのメールでは、『まことのなをとる』と解読された。つまりそれも、かんなぎ宛のものだったのだろう。
「でも、誰なんだ、神楽を呼ぶやつって」
「……さあ。それより、ビデオは見ぬのか?」
「あ、うん。じゃあ、開くぞ」
URLを入れて、タップする。
すると、動画の中から手が伸びてくる。
「えっ!?」
「ちっ、まじないか……!」
瞬間、世界が反転した。動画が世界に、世界が動画に。
武弘たちは今、動画の中にいる。そこには、大きな時計がころがり、仮面を付けた女がいた――かと思えば、仮面の女から毛が生えて、手足が伸びて太くなる。
月が空から降りしきる。それを避けて、かんなぎは仮面の女に刀を振りかぶる。
「あはっ、無駄よ」
仮面の女が武弘を指さすと、空の星や月が武弘目掛けて落ちてくる。その星は、プラネタリウムの星たちだ。
ここは廃墟、プラネタリウムの跡地。空があると思ったのは、そこに星や月が浮かんでいたからだった。
「作られた惑星よ、散れ!」
かんなぎが胸の前で手を鳴らすと、それに共鳴して月と星が弾けた。
キラキラと金色の粉が武弘の周りに降りしきる。幻想的だ。
「武弘、呑まれるな!」
「……はっ、え?」
「出るぞ!」
かんなぎが、巨大化した仮面の女を右手で指さし、くっと人差し指を曲げる。それに合わせて、仮面の女がぐにゃりと歪んだ。
かんなぎが武弘の手を握る。やはり、かんなぎの手に体温はない。
かんなぎがまじないを唱えると、体の真ん中から外側に向かって、武弘の体が引っ張られた。
「うっ、気持ち悪」
「我慢しろ、もうすぐ出られる」
景色がぐるりと一回転して、武弘の体が内側から外側に向かって一捻りした。
内臓を引っ掻き回されたような感覚だった。
「……はっ、あっ」
息ができない。ここはどこだ。動画の中? プラネタリウム? かんなぎの事務所?
ぱち、と武弘の両頬を、冷たいものが包み込んだ。
「武弘、武弘」
「あ……あれ。俺、体ちぎれてない?」
あまりの衝撃に、一瞬気を失っていたようだった。
意識がハッキリとする。武弘は、どうやら無事に動画の中から現実世界に帰ってこられたようだった。
「神楽、なんか俺、足手まといでごめん」
「それははなから分かりきったことだ」
「はは。だよな」
しかし、あの空間はなんだったのだろうか。
「神楽、さっきのは?」
「ああ。あれは、儂ではなく、武弘。貴様を狙ったのだろうな」
「俺?」
もしも、今回の呪いのメールのURLをひとりで開いていたら、武弘はあちら側に引きずり込まれていただろう。
つまり、呪いのメールの本来の使い方が、これなのだ。
「じゃあ、俺が最初に見た、あの動画から聞こえた『助けて』って声は……」
「ああ。あちら側に引きずり込まれた、人質じゃ」
だが、不可解だ。
かんなぎを狙っている割には、武弘を狙ってみたり。
「あちらとしても、儂の様子を見ているのじゃろう」
「様子を?」
「ああ。今までに、あやつと対峙した事は数しれず。しかし、儂はその全てをかわしてきた。ゆえに。今回こそ、儂の名を、確実に手中に収めるため……弱らせるのが目的か」
かんなぎにはなにか心当たりがあるらしいが、武弘に真意は話さない。
水臭い。と同時に、怖かった。
かんなぎはいつも、まじないの形やあやかしを、なんなく滅してきた。それは、悲しい力だ。かんなぎは力を持つが故に、悪しきものと対峙してきた。
そして、その力が強すぎるがゆえに、今回のように『何者かに』付け狙われる。
「神楽、おまえを狙うやつは」
ぴぴぴ!
タイミング悪く、オーブンのタイマーが鳴った。
急に現実に引き戻されて、かんなぎと武弘、ふたりで同時にオーブンを見た。
「腹が減ったな」
「神楽?」
「その話は、いずれ。今日は、冷えた体を温めよう。貴様の料理が冷めぬうちに」
なんだか言いくるめられた気もするが、武弘はふらつく足でオーブンに向かう。




