19、仲直り
事務所に戻る。
キッチンは昨日のままで、黒焦げになった物体が鎮座していた。洗い物だって放りっぱなしだし、いつもきれいに武弘が整理している食器棚だってめちゃくちゃだ。
だが、武弘は迷うことなく、動いた。
冷めてカチカチになった黒焦げを一口、かじったのだ。
「武弘!」
「ん、独特な味だけど、見た目よりはいける……」
「貴様は嘘が下手だな」
ふっとかんなぎが笑った。ほっとして、武弘はもう一口、黒い塊にかじりついた。鶏ハムとポテトサラダと、あとなにかの味が混じった、よくわからない食べ物だった。
「でも、ここまで焦がすなんてそれもある種の才能だよな」
「それは貴様が……」
「俺が?」
「な、なんでもない」
言い淀んだのは初めてかもしれない。かんなぎが言葉を濁すところを、少なくとも武弘は初めて見た。
「言いたいことあるなら言えよ」
「……武弘が、あめ色玉ねぎは最強と言っておったから……肉もあめ色にすればうまくなるものだとばかり」
「ふはっ、なんだそれ」
そういう発想は素人のそれだと思う。同時に、武弘には思いつかない考えだとも思う。
料理は独創だ。想像力を欠いては、いい料理は作れない。
武弘は客用のソファに座るかんなぎの真ん前のソファにどかりと座る。
「ありがとう、うれしいよ」
「……そのような社交辞令」
「社交辞令じゃない。俺さ、ずっと神楽と食事してたから、忘れてたんだよな。ひとりで食べる寂しさも。誰かに食べてもらう幸せも、誰かに否定される悲しさも」
馬鹿だよな、と笑って、武弘がソファの背もたれに背中を預けて天井を仰ぐ。傍ら、かんなぎがほうっと武弘を見ていることには気づけない。
「あーもう、俺料理人失格」
「いや、貴様の料理は美味い。誰がなんと言おうが」
「お、今日はやけに素直じゃん」
武弘が体を起こしてかんなぎを見る。かんなぎはばつが悪そうに武弘から視線をずらして、やや斜め下の床を見ている。
「でも、ありがとな」
「礼など」
「あと、俺、これからも神楽の料理人として働いていいかな?」
「むろん。契約したからには破棄されるまで続けてもらうつもりじゃが?」
いつもの口調に戻ったかんなぎを笑い、だが武弘は真剣な面持ちで、
「それで、俺のアルバイト代。今後はいらねえ」
「なにを。まだ金の心配をするか」
「いや、違うんだ。俺、まだまだ未熟ものだからさ。金取れるような代物じゃない。だから、俺が一人前になるまで、ここで修行させてくれないか?」
詭弁だと思う。かんなぎに気を遣わせないための。
だが、武弘の決意は固い。その瞳に見えた強い意志に、かんなぎは飲み込まれることにした。
「あいわかった。じゃが、貴様が三年たっても使い物にならなければ、儂は迷わず貴様を解雇する」
「望むところだ」
武弘は改めてかんなぎの料理人としての責務に励むことになる。
「あと、神楽さ」
「なんだ?」
「謎解き、のこと、なんだけど」
むしろこっちのほうが本題かもしれない。かんなぎは謎解きは共有しないと断言した。仲直りしたとはいえ、今後かんなぎが今まで通り学校に通うのか、はたまた学校はやめて探偵に戻るのか。
そして、武弘を呪いのメールと関わらないようにさせるのか。
「……そうさな。謎解きは武弘、貴様と続行しよう。儂には貴様を見守る義務がある」
「義務…?」
「こちらの話だ」
ふと脱力し、かんなぎが少しだけ笑った。
「あと俺」
「なんじゃ、まだあるのか」
「うん。俺、神楽の名前、絶対諦めないから」
「……期待はせんでおく」
むっと口を結ぶ武弘に、かんなぎは表情を殺すので精一杯だった。
武弘がかんなぎのまことの名前を調べてくれている事は、かんなぎもよく知ってる。だが、だからといって、武弘がかんなぎのまことの名前を見つけられるとも思っていない。
だというのに、この胸があったかくなるような不思議な感覚はなんだというのか。
自分の名前なんてはなから見つかるとは思っていない。いないのだが、もしかしたら、と期待をしてしまうのは、武弘の人柄のせいなのかも知れない。




