18、料理人失格だ
思えば、かんなぎと夕食を共にするようになってから、孤食の機会が減っていた。さして気にも止めていなかったが、ひとりで食べるご飯は味気ない。
「めんどくさ。カップ麺あるかな」
ひとりの食事はつまらない。家族の幸せそうな顔も見られないし、料理の感想も聞けない。今日あったこと、つらかったこと楽しかったこと、かんなぎと喧嘩したこと。
今日はひとりではいたくない。だが、そういう日に限って友人とは連絡がつかず、武弘はひとりでカップ麺をすするしかなかった。
翌日学校に行くと、かんなぎは休みなのかその姿が見当たらない。
「おはよ」
「あ、おはよ。なあ、神楽って今日休み?」
思わず友人の正に問えば、正は「おやおやおや?」と武弘をからかう。
「オマエら、本当に付き合ってないの?」
「だから、何度も言わせるなって」
「そっかあ。じゃあ、男子の連絡網に載せるけど、いいの?」
「いいもなにも」
男子連絡網は、連絡ツールのアプリに登録してある、このクラスの男子のみが使う連絡網である。ちなみに、連絡ツールはほかにクラス用と、女子専用のグループのものもあるらしい。
「あれ。天野。昨日は楽しかった?」
ふいに、クラスメイトの女子が武弘に話しかける。武弘はそちらを向き、首を傾げた。
「……へ?」
「あれ。神楽ちゃんがね、昨日呪いのメールについて聞いてきたんだけど。昨日天野に送ったのと同じやつ教えたら、怖い顔して。だから、和ませるのに、天野が昨日誕生日だって教えたんだけど、なにもなかった?」
「……なにもねえ――」
思い当たる節が多々あった。あれは、あの料理は、まぎれもなく武弘をねぎらうためのものだったのだ。かんなぎ自身もなにかを言いかけたが、武弘がその言葉を遮ったため、なぜ料理をしたのか、理由すら聞いていなかった。
どっど、どっど、心臓がけたたましく鳴り響く。なんで、どうして。いや、理由なんてわかってる。武弘は料理が好きだ、ならば、プレゼントに料理をとかんなぎが考えるのは自然なことだ。かんなぎは不器用だが、ひとの機微がよくわかる。だからこそ、苦手であろう料理に手を出した。
「俺……」
「なにもなかったならいいや。ふたりとも、お似合いだなってもっぱらの噂」
女子生徒はひらひらと手を振って、言うだけ言って去っていく。残された武弘は気が気じゃない。
そうと知っていたのなら、あんなことを言わなかった。嘘でもうまいと言って、あの料理を食べていた。
馬鹿だ、自分は。
料理人としてなによりやってはいけないことは、他人の料理をけなすことだ。料理は愛だ、その人の気持ちが込められている。
自分の好みじゃないからと、「邪道だ」「まずい」と相手の料理をののしるのは、料理人としてだけでなく、人間としてやってはならないこと。
それを武弘はやってしまった。
ぱあん!
武弘が自分の頬を両手でたたく。
「たけやん?」
「悪い、俺用事あるから早退するわ」
「ええ、今来たばっかじゃん。それに今日は文化祭の役割決め――」
正の言葉などつゆ知らず、武弘は学校を走り出ていた。
ひた走る。そういえば、平日の昼間にかんなぎの事務所に行くのは初めてだ。
呪いのメールの件で学校に潜入捜査しに来てからは、かんなぎも昼間は仕事ができない。だというのに、定期的に支払われるアルバイト代や食材費は、どうやって捻出しているのだろうか。
道すがら、かんなぎの姿が目に入る。質屋だ。今時本当に成り立っているのだな、と思いつつ、武弘はかんなぎめがけて質屋に入る。
「はあ、神楽!」
「……! 武弘。学校はどうした?」
「それどころじゃないだろ。オマエ、それ」
かんなぎが質屋に持ち込んだのは、着物だ。振袖や訪問着、豪華なきらびやかな模様の帯に、そして簪などの装身具。
昼間に仕事ができないのは、かんなぎにとっても痛手に違いない。そもそも、武弘にアルバイト代を払っていたのだって不思議なくらいだ。
「俺、なんも知らなくて」
「……これは儂が欲しいものを買うためじゃ」
「欲しいものなんてないだろ。オマエいつもなにも言わねえし」
「儂とて欲しいものくらいある」
「嘘だ。神楽、この着物だってそうだ。こんなに大事にきれいに着てたものを手放すなんて」
「五月蠅いやつめ。儂がよいというのじゃから」
ふたりで押し問答すると、質屋の店主があきれ顔でため息をつく。
「こっちは未成年相手ってだけでも法に触れるんだ。喧嘩するなら帰ってくれ。着物なんて今時二束三文にしかならんよ」
しっし、と追い出されて、かんなぎは着物一式を風呂敷にまとめて店を出る。
気まずい雰囲気の中、沈黙を破ったのは武弘のほうである。
「なんか、ごめん」
「……なんの話じゃ」
「その、昨日は俺の誕生日を祝ってくれてたんだろ?」
「別に、貴様のためではない。儂もたまには、気分転換くらいしよう」
素直じゃないかんなぎに、武弘はどうしたものかと頭をかく。
「とりあえず、事務所戻るか」
「貴様の事務所ではないがな」
素直ではないが、ここは目立つ。大人な街の真ん中で、真昼間から高校生ふたりが喧嘩しているとなれば、嫌でも場所を移さざるを得なかった。




