17、喧嘩
三、料理矜恃
その日ふたりは、喧嘩をした。
ことの発端は、武弘がかんなぎの探偵事務所を訪れたことである。
今日も無事に学校を終えて、放課後は図書室で文献を漁る。かんなぎに関する記述を探すためだ。だが、一向に手がかりは見つからない。
「かむなき、かんなぎ、かみなぎ……どれも話にならねえ」
巫女の伝記はあるものの、かんなぎや、その名前を奪った巫女に関するものは一言も見当たらないのだ。意図的に消されたかのように。
「そも、出身地がわかればまだマシなんだよな」
かんなぎの生きた時代は何百年も前、ともなれば、かんなぎの記憶が曖昧になるのも致し方ない。
だとしても、「かんなぎ」なる巫女の記録は、いまだ一欠片も見つからず、武弘はやや焦りを感じていた。
「このままじゃ、神楽は……」
言葉にこそしないが、かんなぎは悠久の時を憂いている。ひとりは寂しい。死ねないことは辛い。そんな風に武弘は感じている。
そしてもうひとつ、新たな問題が生じた。
別件で、呪いのメールが届いたのだ。武弘に届いたのは、クラスメイトからの新たな呪いのメールだった。
―――――――――――
古事記の古きもの我がときなり。歌謡のはじまり、神々の始まり。其の歌たるや、美しきかな。我が求め呼ぶもの、そこにありき。其が我、我が其、其は巫女、我がものなりて、我は笑う。
http://xxxxx
動画を開くにも、かんなぎと共にが良いだろう。しかし、このURLにもなんらかの仕掛けがあるに違いない。
恐らく数字であることは、前回のURLから察しはつくが、前回と違ってヒントが少なすぎる。
かんなぎの文献を探すかたわら、謎解きをしてみてもまるでわからない。
「マジで俺って、地頭ないんだよな……」
今日もなんの収穫もないまま、武弘は学校をあとにする。
「呪いのメールの報告がてら、夕飯作って、あと作り置きが確かあったから――」
時刻は夕方五時。かんなぎの夕食の仕込みの時間だ。
武弘は夕食の食材を買いそろえて事務所に向かうことにする。ちなみに、材料費はすべてかんなぎもちで、武弘は自由にお金を使っている。とはいえ、一か月の食費の上限はある。
最近は料理のことだけでなく原価の計算も視野に入れるようになってきた。今は個人の料理人だが、将来どこかで働くとなれば、原価計算は大切だ。
調べたところ、飲食店の原価率は三十パーセントにするのが定説だそうだ。
「原価率三十パーセント、って言ったら、この前のチーズケーキが六百円だから……うん?」
勉強をさぼったつけが回る。最も、原価率の計算は中学レベルであるのだが、使わなければさびるのが人間の脳だ。武弘は三年間の怠惰を恥じ、最近はちゃんと授業中も起きているようになった。だが、だからと言っていきなり頭がよくなるわけでもない。
「ちっす、神楽……って、臭っ!」
事務所のドアを意気揚々と開けたのはいいが、中から匂うとんでもない焦げ臭さに、武弘はなにより先に事務所の窓を開け放った。
「くさ、くっさ。オマエなにしてんの?」
「なにとは? 料理だが?」
「は? え、もしかしてそれ……!」
昨日の夜に仕込んだ鶏ハム、そしてポテトサラダとオムレツを一緒くたに混ぜ合わせて、フライパンで消し炭になるほど焼かれたそれに、武弘は体をわなわなと震わせた。
「食すがいい。今日は貴様の――」
「俺がやりくりして作り置きしてたの、知ってるよな?」
「……? 知っているが?」
「ならなんでこんなことできんだよ」
「こんなこと?」
かんなぎはまるで分っていないらしく、フライパンの中の丸焦げになった消し炭を、どうぞと武弘に差し出した。
武弘はそんなに短気な性格じゃない。むしろ事なかれ主義であるのだが、だが、こと料理のこととなるとそうはいかなかった。
料理は自分の分身、子供のようなものだ。丹精込めて作った料理を、こうもぞんざいに扱われては、さしもの武弘も怒りをあらわにした。
「なんてことすんだよ! これもう食えねえぞ?」
「まさか。儂が料理して……」
「どこが料理だよ。オマエってほんと、名前の能力使わないとなにもできないよな」
「なん……そこまで言われる筋合いはないが?」
むっとしてかんなぎも言い返していた。しかし、武弘も引かない。
「儂はただ、武弘を驚かせようと」
「ああ、驚いた、驚いたよ。こんなもん食える代物じゃねえし!」
「なんだと? 人の厚意を」
「そんなん頼んでねえし。押しつけがましいんだよ! そんなんだから帝に見限られ――」
言葉が途中で止まった。見たことのない顔だった。かんなぎの悲しそうな、哀愁を帯びた表情など。
ここにきてようやく自分の失言に気づいた武弘だが、口から突いて出た言葉はそう簡単に撤回できない。
「――する」
「なん、だよ」
強気に言い返す。今更引いてたまるか。
「金輪際、貴様と謎を共有することはやめる。儂にはもう関わるな!」
ドン! っと爆発音に近い音がした。思わず目を閉じれば、武弘の体はもうそこにはなかった。大人な街の、かんなぎの探偵事務所の向かいのビルの前。目を開けると、武弘はそこにたたずんでいた。
「ああ、そうかいそういかい。そっちがそう言うなら、俺はひとりで謎解きするね!」
清々した、と悪態をつきながら、武弘は自宅へ向かい歩き出す。道中考えるのはかんなぎの悲し気なあの表情のことばかりだ。悪いことをした自覚はある。だが、だからといって武弘にだって譲れないものがある。




