15、まじない
一度駅に戻って電車に乗って、ついた先の駅から徒歩五分。そこにあったのはだいぶ立派なプラネタリウムで、かんなぎは眉根を寄せて、
「この建物の中に星があるのか?」
「うん。そう、いろんな星が」
「貴様は儂をからかっておるのか?」
「いいから。入ろ入ろ」
説明が面倒だったので半ば強引にかんなぎをプラネタリウムに押しやった。
チラシのクーポンを使って入場割引を受けて、上映時間までかんなぎと武弘は土産店を見て回ることにする。
「星座の下敷きだって。このはがきも面白れえ」
武弘が見ているのは、スリーディーの写真はがきである。対してかんなぎは、星の砂の砂時計や、星を模したアクセサリーなど、やはり『女の子らしい』ものに目が行くようだ。
「なにか買う?」
「いや。世の中には色々なものが存在するのだと見ていただけじゃ」
「素直じゃないねえ」
くすくすと武弘が笑う。かんなぎは自分の感情に鈍い。欲しいものもそうだが、いまだ食事に関しては、腹を満たせればそれでいいと思っている節がある。正しくは、思いこんでいるのだが。
かんなぎは昔のことが忘れられない。自分の罪が。咎人である自分は、幸せになる価値などないのだと思い込んでいる。だからかんなぎは自分からなにかを買うことはほとんどない。
着物だって、依頼人から譲り受けたものがほとんどだ。かんなぎにとって生きることは業。死ねないかんなぎは、悠久の時をもってその罪を償っている。
「お、そろそろ上映時間。行くか」
「うむ。まことに星など見えるのか、儂の目で確かめてやる」
言い方が偉そうだが、楽しそうであることはよくわかる。あのかんなぎの表情が、今日は子供のようなそれに見えた。少なくとも武弘には、そう見えて仕方がなかった。
上映中、かんなぎは武弘の横で目を輝かせるばかりだった。暗い中でもかんなぎが感嘆していることはよくわかった。かんなぎが小さく声を漏らすのだ。
だから武弘は、プラネタリウムどころじゃなかった。かんなぎの一挙一動がかわいくて、笑いをこらえるのに必死である。
「面白かった~。星の成り立ちとか、勉強になるよな」
「まあ、それなりに楽しめたな」
「見栄張るなって。めちゃくちゃ楽しんでたじゃん」
「別に、儂はただ、物珍しかっただけで」
「はいはい、素直じゃないねえ」
ぶふっと無遠慮に笑って、かんなぎがむきになって武弘の腕を小突いた。武弘は「悪い」と言いながらも、笑うことをやめない。いよいよかんなぎは頬を膨らませて、ふいっと武弘から顔をそらした。
「ごめんて。てか、」
今日はころころ表情が変わる。そう言いたかったのだが、なぜだかはばかられた。それは、かんなぎの過去を知ってしまったからかもしれないし、なにか言い知れぬ感情が芽生えたからかもしれない。
単なる依頼主と探偵の関係、そのはず。自分たちは、恋人でもなければ友達でもない。
「武弘?」
「あ、うん。そろそろ暗くなるし、今日は帰るか」
「そうだな。して、今日の夕飯は?」
「えっと、まだ考えてない」
考える余裕がない。頭の中がかんなぎのことでいっぱいだ。なぜ、自分はこんな気持ちになるのか、武弘にはまるで分らなかった。
帰る途中、かんなぎがふと、宙を見てなにかを呟いたことに、武弘は気づいた。
「武弘。今日は夕飯はよい」
「え? なんで?」
「帰ればわかる。時に武弘、事務所にはカモミールティーはあったかのう?」
「カモミール? ないな。だって神楽、紅茶が好きじゃん」
他愛ない話をしながら、歩く。武弘はかんなぎに頼まれて、帰路にあったスーパーでカモミールティーを買って帰ることになった。
事務所に着くや、そのドアの前に人影があった。
「あの、その探偵事務所に御用ですか?」
「あ、私……」
「立ち話もなんだ、儂の事務所に入れ。そなたの悩み、儂が晴らしてくれようぞ」
不遜なかんなぎの言葉に、だが女性は震える身体で頷いて、武弘が開け放ったドアをゆっくりと潜り抜ける。
カモミールティーを客に出しながら、かんなぎと武弘は女性の話を聞いている。
いつもは紅茶を所望するかんなぎが、珍しくカモミールティーなんかを注文するものだから、さしもの武弘も首を傾げ、だが注文通りにそれをかんなぎと依頼主の女性に出した。今日はカモミールの気分なのだろうか。
ハーブティー独特の、落ち着く香りが部屋に充満している。
「夜になると、聞こえるんです」
「聞こえる、とは?」
「歌が……」
「歌」
ひとつひとつの言葉を丁寧に拾いながら、かんなぎが先を促す。
「とおりゃんせ とおりゃんせ って」
「なるほど、わらべ歌か」
ふむ、と顎に手を添えて、かんなぎが思案する。なにか心当たりがあるのだろうか、少しだけ考えた後、やや口の端を引き上げて、
「まじない、じゃな」
「まじない……?」
「簡単に言えば、呪いの一種じゃが……そうさな。最近変わったことは?」
かんなぎが聞けば、そういえば、と女性が続ける。
「妊娠、がわかったんです」
震える手でハンカチを握りしめる女性。なるほど、今日に限ってカモミールティーを所望したのはそういうわけかと武弘は納得する。
「懐妊か、なるほど。あいわかった」
かんなぎがはっきりと答えたことに、女性は驚きを隠せない。
「わかったって……たったこれだけで?」
「うむ。まあ、一週間以内にその歌は聞こえなくなるゆえ、安心して過ごされよ」
時に。とかんなぎが相談料と、成功報酬について説明し始める。その額は武弘がいい意味で驚くほど良心的なもので、生業上、もっと依頼料をとればいいのにとさえ思う。命がけの仕事に見合った料金を。
「わかりました。期待、していいんですよね?」
「むろん。儂は心霊現象には強いからな」
ふっと笑ったかんなぎの笑みが、頼もしく見えるのは武弘だけではく依頼主も同じなのだろう。ぽろぽろと涙をこぼして、何度も何度も礼を述べていた。




