13、かんなぎの過去②
一日だけ、代わりの陰陽師を立ててかんなぎにいとまが出された。帝が紅葉狩りにかんなぎを連れ出したのだ。
「儂は別に、いとまなど」
「そう言うな。俺がただ、出かけたいだけだ」
本当はかんなぎも知っている。帝は近々貴族の娘と婚姻する。だから最後に、かんなぎとともに思い出を作りたいのだ。
知っていても、かんなぎは素直になれなかった。かんなぎの人生はこのまま終わるのだと思っていた。帝の屋敷の結界を張って、敵を排除し、上皇と帝の命を守る。それを死ぬまで、毎日。
だが、それでもいいと思った。好いた人間を守れるのなら、かんなぎはそれでいいと思ったのだ。
「……!?」
ごうっと地響きがする。かんなぎがハッとしたように今来た道を振り返る。目を凝らしてなにかを見ているようだった。
「よもや……!」
走った。かんなぎは持てうる能力のすべてを使って、上皇のいる居所へ、ひた走った。
火のついた木造の寝殿は、よく燃える。そんなことを思いながら、かんなぎはその人物と対峙した。
「貴様、上皇を殺めたか」
「あは。待っていたよ。待ってた。あなたのその力、私に頂戴?」
帝からさんざん話は聞いていたはずだ。上皇と帝の命を狙う巫女がいること。それなのに自分ときたら、帝の誘いに喜んで、あまつさえ屋敷を他人に任せて遠出をした。
罰だ。かんなぎに平穏な人生など訪れるわけがない。かんなぎはこの力を持って生まれた時点で業を背負っている。それは、力のあるものが弱きものを守る、その理に背いたかんなぎへの罰だ。巫女の力を金もうけに使った、罰だ。
いくら生き抜くためとはいえ、化け物退治を生業とし、食いつないできたかんなぎへの。
両親を困らせたかんなぎに与えられた、業。
かんなぎと巫女が対峙するさなか、遅れて帝も荒れ地にたどり着く。火に燃える屋敷と逃げ惑う人々を見て、帝はためらうことなくその巫女へと向かう。
「よくも父上を!」
「ああ。もう君はいらないから」
巫女の神力が帝を貫く。止められなかった。止めきれなかった。どこかでかんなぎは思った。もう、これ以上巫女として生きるのはごめんだ。もしここで帝が死すれば、自分は自由の身になれる。
その思考が、かんなぎの動きを鈍らせた。好きゆえに、好きだから。結ばれない人生はむなしい。そんなあさましい人間臭い感情が、かんなぎからすべてを奪った。
「あはは。いいね。アナタって本当に」
「貴様の目的はなんじゃ」
「目的? そうね。新たな名前を奪うなら、それ相応のものがいい。だから帝を利用したの。私のまじないを祓えるだけの巫女を選別するために」
巫女がゆがんだ笑みを浮かべる。巫女の言葉は半分以上理解できない。なにが言いたいのか、なにを意味するのか。
だが、かんなぎにとってそれはもうどうでもいいことだった。生きる目的も死ぬ意味も、全てを失ったかんなぎは膝から崩れ落ち、やがて名前を失った。
時は戻って現在。
「本来、名を失った人間は死するものじゃが、儂の場合は特別じゃった。死ぬこともなく、じゃが名を亡くしたことで自身の存在を失った。貴様の言う、『不老不死』じゃな。あの世とこの世の境を生きるもの」
「どうやったら名前を取り戻せるんだ?」
「さあな。その巫女に会えばあるいは。じゃが、もう何百年も儂には名がないゆえに、今更まことの名前を取り戻せるのかはわからぬ」
かんなぎがティーカップに口づける。それが様になるくらいには、かんなぎははかなく美しい。
かんなぎはどれだけの間ひとりで生きてきたのだろうか。ひとりきりで。
「じゃが、これは儂の業じゃ。貴様が泣いてもどうにもならん」
「でも、でも。あんまりじゃないか」
「自業自得じゃ。帝を自分のものにしたいなどと。自由に憧れた儂自身が悪い」
あきらめたように、かんなぎが笑った。その笑顔はいつもの嘲笑ではなく、自身に向けた侮蔑にも感じられた。
武弘はウーロン茶を一気に飲み干して、
「俺も神楽の名前、探すの手伝う」
「よい。貴様はまず、勉学に励め」
「でも」
「暗号も解けぬ人間が、儂の業を解き放てるわけもあるまいて」
かんなぎの笑みが、強がっているようにも見えた。
武弘は思う。かんなぎは不器用だが優しい人間だ。だからこそ、武弘の依頼を請け負って、あまつさえ学校に潜入捜査に出向いている。
かんなぎが少しだけ嬉しそうに笑ったことに、武弘だけが気づかない。
喫茶店でケーキと紅茶を頼みながら、ふたりは神妙な面持ちで話を終えた。武弘はなんと言葉をかけていいのかわからなかった。
「なんか、その」
「よい。無理に慰めの言葉など」
「でも。でも、神楽のせいじゃない。それだけは言える」
かんなぎが目を見開く。そんな言葉、気休めでしかない。ずっとずっと、ひとりで背負ってきた。この業は、自分の中にしまい込んで、誰にも生涯、今までもこれからも、たとえ誰にだって話すつもりはなかった。
それを、会って間もないこんな子供に話すなど、自分はどうかしている。武弘は優しい性格だ、この短い間でもそれは嫌というほどにわかっている。だからこそ、かんなぎのせいではない、とういう言葉を臆することなくかんなぎに言ってみせた。そして、かんなぎがその言葉に救われたのも事実だった。おかしい、許されるなんて思わない。だが、武弘の言葉が妙に心に染み入って、暗い影に一筋の光が差すような、こんな自分でも生きていていいのだと言われたような、そんな気持ちを持たされる。
「神楽?」
「なんでもない。貴様はそうやって、誰彼かまわず優しくするのだろうな」
「……別に、俺だって優しくする相手は選ぶし」
「どうだか」
ふっと小さく息を吐き出して、かんなぎは気を取り直す。
「して、この街をもう少し案内してくれるのであろう?」
「えっと、神楽さえよければ。チーズケーキ付き合ってくれたお礼に、行きたいとこあるなら案内する」
「では、行くとしよう」
かんなぎが立ち上がる。武弘は食べかけのケーキを一気に口に頬張って、店のレジへと歩いていく。かんなぎは先に自分の分の会計を済ませて、外で武弘を待っていた。




