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12、かんなぎの過去①

二、失名少女


 かんなぎというたいそう腕の立つ巫女がいることを、人々は最初信じなかった。神力を具現化し、まじないを唱え、人並み外れた力を持つ、巫女だ。

 だが、巫女と言えば、時の権力者卑弥呼など、神に仕える高貴な存在と相場が決まっている。そもそも、巫女とは神の神託を降ろすもの。神力やまじないは、当時の人間にはまだ知られていなかった。だから、川べりのあばら家に住むかんなぎなる少女のことを、人々はさげすみ、その力を信じなかった。

 かんなぎは年のころは十五、六ほどの幼い少女で、身寄りがないのだという。そのかんなぎは、自ら呪いをかけ、人々に災厄をもたらし、そうして村人が困り果てたところを、自身の神力で災厄をはねのけて金もうけをしているのだと、貴族の人間の間でもっぱらの噂だ。


「かんなぎ、という人間はおるか?」

「いかにも。儂がかんなぎじゃが」


 とある日の昼下がり、高貴な衣を身にまとった貴族さまが、かんなぎのあばら家を訪ねてきた。かんなぎはあばら家の中に行儀よく座って、まるでその貴族さまがここに来ることを予見していたかのように、さもありなんいった様子で貴族さまを迎え入れた。


「貴様が不義を働くものか。成敗しに――」


 おつきのものに持たせていた刀を、貴族さまが抜き取る。振りかぶり、切り下した――しかし、かんなぎはもうそこにはいない。


「おなごの家に土足で上がり込むばかりか、かようなものを振り回すとは」


 かんなぎが貴族さまの後ろに立ち、その刀を右手で軽く握っている。刀の峰をきゅっと、本当に軽く握っているにもかかわらず、貴族さまの手はまるで動きそうにない。そもそも、先ほどまで目の前にいたはずが、なぜ背後を取られているのだろうか。

 貴族さまが刀を捨てる。そばにいたはずの召使たちの姿がないことに気づいた。


「貴様、俺の部下をどこに……」

「案ずるな。話をするのに邪魔故。少々外に遣わした」


 部下たちはあばら家の外に締め出され、しきりに貴族さまの名前を呼んでいる。しかし、その声は貴族さまには届かない。


「さて。時に貴様――いや。帝がかような場所に何用で?」

「……! 俺を誰か知っていてその態度……なるほど、貴様は本物の『巫女』なのだな」


 参った、とでも言わんばかりに、貴族さまーー帝が両手をあげた。


「少々困ったことになっていてな」

「儂は面倒ごとは請け負わぬが?」

「そう言わずに。とある巫女が、この国を脅かそうとしている。そう、そなたと同等か、それ以上の力を持つ、巫女だ」


 かんなぎには心当たりがあった。自分の身に降りかかる危険は、嫌でもわかってしまうのだ。

 ただ、巫女の力は万能ではない。自身の、或いは誰かの生死となれば、神のみぞ知るものであるのだが。


「儂はそれでも、誰かに肩入れする気はない」

「頼む。俺の父の命がかかっている」

「……儂は面倒ごとは」

「この通りだ。この国のため、なんて建前だ。俺はただ、家族を、父を救いたい。そう思う俺は、この国の帝にふさわしくないのだろうな」


 自嘲的に笑う帝が、実に人間臭いと思ってしまう。かんなぎは帝に負けた。国のためと言われたのなら、こんな面倒は引き受けなかった。だが、父親のため家族のためと、帝が正直に、おのれの利己的な部分をさらけ出したことに、ほだされてしまったのだ。


「儂にできるかはわからぬが」

「頼む。もうそなたしか頼れる巫女はいない」

「……そう期待するでない」


 かんなぎは帝の申し出を受け入れた。その日から、かんなぎは帝の直々の巫女となった。



 かんなぎの仕事は主に結界を張ることである。帝もそうだが、帝の父である上皇は、今も権勢を振るい陰からこの国を支えている。温厚で頭が切れるが、優秀な人材ほど疎まれるのが世の常だ。

 あの手この手で暗殺を企てられたことは数知れず、最近は巫女や陰陽師までもが上皇の命を狙っている。

 そこで白羽の矢が立ったのがかんなぎである。かんなぎの噂は帝も知るところとなっていて、帝は藁にもすがる思いでかんなぎを訪ねた。結果、それが功を奏した。

 かんなぎの結界は強力だった。


「かんなぎ。今日はなにが食べたい?」

「儂は腹が満たされればなんでも良い」

「そういわず。俺はかんなぎに礼がしたい」

「礼などいらぬ。儂は早う自由の身になれたらそれだけでよい」


 半分本音、半分は帝をあしらうための嘘だ。かんなぎは別に、ここでの役割を嘆いてなどいない。むしろ、やっと自分の生きる意味を見出せたような気さえしていた。

 なにより、帝がかんなぎを気遣い、いろいろな書物を読み聞かせたり、うまい料理を食わせたりと世話を焼くため、居心地の良さを感じていた。

 かんなぎはみなしごだ。物心ついたころには両親に捨てられていた。それは、かんなぎがたびたび不可解な言動を繰り返したからだ。


「母さま、あそこになにかいます」

「なにもいないわ」

「父さま、部屋にいるんです、わたしを食おうとするものが」


 それが毎日続くものだから、両親はかんなぎを『普通じゃない』人間だと、とある朝、かんなぎを捨てて家族はどこかへ消えていた。

 残されたかんなぎは、食うや食わずの毎日であった。化け物はいまだにかんなぎを脅かす。だが、生き延びねば。かんなぎは化け物を殺すすべを身に着けた。同時に、その化け物たちは人間に悪さをする元凶であることも学んだ。

 ゆえにかんなぎは、化け物退治をして金を稼ぐようになった。


「ここの生活は温くて、儂は腑抜けになりそうだ」

「腑抜けになればいい。時々ならば、そなたも自由な時間を過ごせるよう、俺も上皇さまに話してみるし」

「帝は物好きじゃな」

「物好き、か。そうだな、そうだ。そなたを好いているくらいだからな。俺はきっと、稀代の物好きに違いない」


 朗らかに笑う帝の笑顔が、かんなぎはなにより好きだった。だからと言って、ふたりが結ばれないこともわかっていた。かんなぎは巫女で、帝はこの国の主。身分が違いすぎる。


「帝が帝ではなかったのなら、儂はきっと、なんの悩みもなく生きられたのじゃろうな」

「そうだな。俺もそう思う」


 帝とて、この恋がかなわぬものであることは承知していた。



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