11、神力
かんなぎのあとをついて歩くも、どこに向かっているのか皆目見当がつかなかった。つかないながら、どうにも『怪しい』雰囲気の場所に向かっていることは明らかだ。
しゃらしゃらと歩く度に着物の衣擦れの音がする。裾つぼまりの着付けのせいか、かんなぎの歩幅は制服時よりはるかに狭い。小さな足のかかとが少しだけはみ出る草履は歩きづらそうに見えるが、かんなぎはしゃなりしゃなりと綺麗に歩く。
その後ろ姿を見る余裕もなく、武弘はびくびくしながらかんなぎに隠れるようについて歩くも、ぴたり、かんなぎの足が止まる。
「いるな」
ひゅおっと風が吹く。生暖かい、気持ちの悪い風だ。その風が武弘の頬をなぜたかと思うと、やがて武弘の頬にべとりぬるりとしたなにかが這った。
「んひいっ!」
悲鳴を上げると、その『化け物』はにたりと笑い、武弘の手をその長い舌でからめとる。はずだった。
サクサクサク! と化け物の舌が鋭利な刃物で切り取られる。
武弘は化け物を振り返った。巨大な顔だけの化け物だ。舌が手足の代わりをしているらしく、舌先が何枝にも分かれている。
べとりと付着する化け物の唾液をぬぐおうとするも、クラ、と目の前が霞んでいく。
「これだから人間は不便なのじゃ」
かんなぎの手にはいつの間にか刀が握られている。紫色の刀だ。そして、かんなぎが武弘に向かってなにかを唱える。
「かぐら……?」
「しゃべるでない。あやつの体液には麻酔作用がある。退け、悪なるものよ!」
かんなぎの凛とした声。そして武弘の体に絡みついていた化け物の唾液が、ばん! とはぜるようにして体から離れていく。
武弘がいくらぬぐおうとしても取れなかったそれは、かんなぎの言葉ひとつで散り散りになった。これこそがかんなぎの力なのだろうと、武弘はほうっと息をのんだ。
「さて。儂は非力故、舌は切れるが胴体は切れそうにない」
確かに、先ほどから化け物の本体を切りつけているが、傷は浅く深手にはならない。
かんなぎがふっと息を吐き出して、両手を胸の前で合わせながら、唱える。
「我が名は青海友治なり!」
ごうっとかんなぎの体が光る。かと思えば、かんなぎの雰囲気ががらりと変わった。
「腕がなるぜ」
「お、男?」
まるでどこかの江戸っ子のようなしゃべり方だ。しゃきしゃきと動き、その手に握る刀を豪快に振るう。それこそ、先ほどまでの刀の振り方は『繊細』という言葉がぴったりだったが、今のかんなぎ――いや、青海友治なのかもしれないが――は、力任せに刀を振るっているといった感じである。
化け物が次々切り込まれる。一筋、二筋。
結局何回きりつけたのかもわからない。化け物は見るも無残にばらばらに分解され、やがてチリとなって消えていく。
「すげえ……」
しゅうっとかんなぎの体が元に戻る。体が、というより雰囲気だけなのだが、武弘にはそう見えたのだ。
「今のは?」
「怪力の主の名前じゃ」
「怪力……てか、男のひとの名前もあるの?」
「あるに決まっておろう」
ふん、と鼻を鳴らして、かんなぎは武弘を立ち上がらせる。
「行くぞ」
「行く? どこに?」
「まだまだ観光とやらをするのであろう? ならば、儂を案内せよ」
「あ、うん。うん……!」
先ほどまでの不機嫌は、どうやら化け物を見つけたせいだったのだと、武弘はそう思うことにした。
しかし、武弘はやはり、かんなぎのことを全く知らない。先ほどの男の名前だって、刀のことだって。
「なにか聞きたいことでもあるのか?」
「あ、いや……刀どっから出てきたのかなーって」
「……」
てっきりまた断られると思ったのだが、かんなぎはゆっくりと、まるで他人の昔話を聞かせるように、口を開く。
「刀は神力で作り上げた。儂は昔、巫女じゃった。それも、腕の立つ」
わかる気がする。かんなぎは普通の人間じゃない。それを抜きにしても、特殊な能力を持っている。
「そうさな。どこかに腰を据えて話すとしよう」
かんなぎにいざなわれるように、近くの喫茶店のドアをくぐる。こんな風に、こんな場所で、こんなタイミングで、そんな大事な話を聞いてもいいのだろうか。そう思う自分と、好奇心には勝てない自分。どちらも武弘の本音である。




