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第7話(2)


「僕は何者でもないよ」

「うん、そうじゃなくて……。あれ?」


 初めて出会った時と同じことを言われてしまった。それなりの服を着て香油の香りを漂わせるこの男が何者でもないことはない。何かしらの身分は持っているはずだ。


「えーと……身分は? どこの家なの?」

「どこだろうね?」

「家がないってことはないでしょう!?」

「どうだろうね?」


 ラスクは何一つ口を割らなかった。ラスクが強い力を所持しているとは思えない。つまり……作戦はまたまた失敗してしまった。まぁベーナからすると良い失敗データが取れたのだろうが。


(あんなにも恥ずかしい思いをしたのに!!)


 先程のことを思い出し気を緩めてしまい、またもや頬を熱くしてしまった。こんなにも感情を揺れ動かされることも悔しい。


「さて、もう1つ余っているね。マーガレットも食べなよ」


 ラスクは残りの飴を指で摘まみ、動揺している私の口に運んだ。唇にそっと押し付けられ思わず小さく口を開いてしまったの私の舌の上でじんわりと溶けていく。


(甘い……ってそうじゃない! 私、食べちゃった!?)


 それに気づいた時には飴は跡形もなく溶けていた。ラスクに全てを勘づかれてしまう前にこの場から去らなければ……いけないのに、ラスクが私の顔をじっと見つめている。新緑色の瞳が私を離してくれなかった。


「どう? 美味しい?」

「え、えぇ……」


 ついうっかり口を滑らせてしまわないよう、ぎゅっと口を噤む。ラスクはどこか物欲しそうにじりじりと迫り来ていた。


(頼むからこれ以上質問しないでちょうだい……!)


 どうにかして回避しようと少しずつ体を左へとずらしラスクから遠ざかろうとしたが、彼は微笑みながら私の右手首を捕まえて逃がそうとしてくれなかった。


「ひっ……!」

「さーて、マーガレット。この飴はベーナからもらったね?」

「は、はい」


(私のバカー!!)


 違うと答えたかったが、口が意図しない方向に歪み正直に答えてしまった。やはりベーナの実験は成功していたようだ。しかしここで2つ疑問が生じた。1つは……


「……え? ベーナを知ってるの?」


 ラスクの出身地がどこかは分からないが、自分の住まう領地の薬屋を知っていることに驚いた。ましてやベーナの魔法がかかったアイテムは、悪用を防ぐためにベーナが信頼する相手にしか教えていないはずだ。この男がベーナと仲が良いとは想像しがたい。それにベーナを知っているということは、薬屋の近くに住んでいる可能性があるということになるが私は彼を一度も見たことがない。


「あぁ」

「どうして?」

「それは教えられないな」


 スパイ疑惑が再び浮上したが、とりあえずは置いておこう。私は2つ目の質問をした。


「どうして魔法がかからないの?」

「……さあ、どうしてかな? 僕が食べた方は失敗作だったんじゃないか?」


 ベーナが言っていた。


──強い力を持っている者には効かない。魔女や聖女、僧侶、王族あたりだろうね。


 魔女や聖女は性別的に該当しない。

 下心を垣間見せるこの男が僧侶なわけがない。

 残るは王族になるが……それは一番ありえないことだった。王族が一人でフラフラと外を歩けるはずがない。やはり失敗作だったのか……?

 私が頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると、ラスクがくすっと笑っていた。


「想定外、と言ったところか」

「……分かっているのなら質問して聞けば良いでしょう?」

「分かりきっていることを聞いても面白くないだろう?」


 この数日で私をからかうことに面白さを見いだしたのか、ラスクは意地悪そうに笑うことが増えた気がする。


「さて。僕は優しいからね。質問はこれで最後にしよう」

「……何よ」

「僕のことどう思ってる?」


 一番聞かれたくない質問だった。

 正直、私も分からなかった。

 今までの婚約に愛というものはなかった。ただただ、嫁ぐこととお父様の治療のことだけを考えていた。ラスクに対しても始めはそのはずだった。けれど今は、心地よいとか苦しいとか知りたいだとか、心が揺れ動いている。でもその感情を持ち合わせていいのかすら分からないのだ。どうせまた婚約破棄される運命なら、感情を持たない方が楽だ。今口に出してしまえば、すべてを認めてしまうような気がして嫌だった。

 でも飴の効果に抗える力はなく、どうせ口を割ってしまうのならせめて小さな声で。


「嫌い……じゃないかもしれない」


 そう呟いた後に魔法が解けたのか口の筋肉が緩くなった。訂正することもできたけれど、私はそのままにしておいた。相応しい言葉が何一つ見つからなかったのだ。

 耳が熱い。きっと私は顔を赤くしている。

 

「マーガレットが素直じゃないってことは正直な証拠だな」


 ラスクは白い歯を見せて大きく笑った。

 今日も私の完全な敗北である。ラスクにも自分にも掛ける言葉が見つからなかったが、この日はこれ以上何も問われることはなく、ラスクの追手の声が解散の合図となった。


「明日も待ってる」


 そう言ってラスクは今日も颯爽と帰っていった。


「……飴なんて持ってくるんじゃなかったーっ!!」


 これは本音。私の声は天井のない神殿の上を空高く飛んでいった。


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