第7話 飴より甘い彼
翌日。私は約束の神殿に向かう前に、お父様の常用薬を補充するために薬屋を訪ねた。裏路地に入り、いかにも魔女が住んでいそうな黒色の扉をギィッと押し開けた。
「すみませーん」
どこから入手したのか分からない天然石や剥製などが飾られた店内をぐるりと見渡す。薬草の匂いが強く出ているところに店主の魔女──ベーナがそこにいた。くせ毛の白髪に黒装束、手には大きな木の棒を持ち、何やら火鍋で薬草を調合しているようだった。おばあさんではあるが、私が小さい頃からこの姿ゆえに年齢は不詳だ。やはり本当の魔女なのか。
「おや、マーガレットか」
ベーナは手を止め、私の目の前のカウンターに足を運んだ。
「いらっしゃい。今日もお父様の薬かい?」
「えぇ。よろしく頼むわ」
「そろそろ来る頃だろうと思って満月の日に調合して用意しておいたさ」
ベーナは薬の入った紙袋をカウンターにそっと置いた。
「いつもありがとう」
私はその袋を受け取り代金を払い際に、ベーナにある相談をすることにした。
「ねぇ、ベーナ。相手に口を割らすような秘薬、何かない?」
「口を割らす、ねぇ……。なんだい、意中の相手でもいるのかい?」
「そ、そんなんじゃないけど……。自分のことをなかなか話してくれない相手がいるの。だから知りたくて」
「いいねぇ。私は何百年ともう恋をしていないから羨ましいよ」
ベーナが言うとそれは冗談に聞こえない。
「こ、恋じゃないわよ。知りたいだけ!」
大人げなくも少しムキにになって返答してしまった私に、ベーナは「ははは」と笑いながら薬棚を漁った。
ベーナがカウンターに小瓶をコトンと置いた。
「そんなマーガレットにこの飴をあげよう。代金はいらないさ」
「飴……?」
「飴といっても固いものではない。食べたらすっと口に溶ける魔法がかかっている。そしてこれを食べた相手は3分間だけ何でも素直に答えてくれるんだ」
何気なくアイテムを聞いてみたが、まさか本当にあるなんて。私は小瓶を手に取り観察した。手に収まる程度の透明なガラス瓶の中に、虹色の小さな飴が2つ入っていた。可愛いらしいフォルムとは裏腹に、相手の口を割らす恐ろしい効果が孕んでいる。
「本当に何でも?」
「あぁ。ただ例外として強い力を持っている者には効かない」
「強い力っていうと?」
「魔女や聖女、僧侶、王族あたりだろうね。まぁなにせ新作だからあまり期待はしないでおくれ」
ベーナは私に小さくウインクをした。なるほど、代金はいらないというのはそういうことか。私に治験させる気だ。とはいえ、やってみる価値はある。
「分かったわ。ありがとう」
「また報告に来ておくれよ」
私は紙袋の中に小瓶を入れて、薬屋を去った。話し込んでしまったから、到着が少し遅れてしまいそうだ。彼にどう食べさせようか案を練りながら小走りで神殿へと向かった。
◆◆◆
神殿に到着すると、すでにラスクは来ていた。いつものように階段の一段目に座り、首をコクコクさせてうたた寝しているようだった。
(あ、フードに葉っぱが……)
私が葉を取ろうとフードに触れようとした瞬間、ラスクはパチッと目を覚まし寝起きとは思えないほどの速さで私の腕を捕らえた。
「寝込みを襲うなんて積極的だね、マーガレット」
「お、襲ってなんかないわ。葉っぱを取ろうとしただけ」
「おや、これは失礼」
ラスクは私の手を離し、さっと葉を払った。
(さっきの速さ、何だったのかしら……。耳の良さといい素早さといい……やはり何かがありそうだわ。やはり口を割らせないと)
ベーナからもらった飴をどう渡そうか考えていたが、ラスクの方から問いかけてくれた。
「その紙袋は何だ?」
「ここへ来る前に薬屋に用事があって。あっ、そうそう。店主から美味しそうな飴をもらったの」
少しの強引さは認めるが、自然な流れだろう。私は紙袋から小瓶を取り出してラスクに見せた。太陽に当てられた飴は、店内で見ていたときもより一層キラキラと透き通っていて綺麗だった。私はコルクの蓋をポンッと開け、一粒を掌に取った。
「良かったらどうぞ?」
良かったらと言っているが、本音は何が何でも食べてほしい。ラスクが警戒することなく普通に手に取り食べて欲しかったのだが、この男は一筋縄ではいかなかった。
「ふぅん……マーガレットが食べなよ」
(やっぱりそう来たかー!)
私もこの奇想天外な男に会うのは4日目である。こうなることは予測できていた。
「大丈夫。ほら、もう1つあるし」
私は小瓶をカランとさせてみせた。この男の前で私が食べるわけにはいかない。だからこそ小瓶の中身を1つだけにしておこうとも考えた。だが、私に食べさせようとしてくることを予想していたため、あえて2つのままにしておいたのだ。ちなみにラスクの食べさせた後は、うっかりを装って地面に落とすつもりだ。
「ほら、どうぞ?」
「……そんなに僕に食べてほしいの?」
「……え、えぇ。まぁ無理にとは言わないけれど……」
ラスクは警戒しているのか、私をまた弄んでいるのか、恐らく後者だろうけれどなかなか食べてくれなかった。
(しょうがない……あまり使いたくない手ではあったけれど)
私は小さく息を吸い、決意を固める。
「……ラスクが気に入ってくれると思って持ってきたんだけれど」
その名も、可愛い令嬢上目遣い作戦である。お淑やかな令嬢ではない私がこれを演じるのは少し吐き気を覚えたが、食べてもらうにはそうするしかない。ラスクが私を気に入ってくれていることを逆手に取った作戦だ。
ラスクは目を見開いて、少し固まっていた。
「マーガレット、熱でもあるのか?」
それはそれで失礼な話である。
(いつもの私ではないことは認めるけれど、少しぐらい乙女に合わせてくれない?)
思い通りに行かないことに少しだけ苛立ちを覚えた。飴の作戦も失敗である。
「……もういいわ」
私が飴を小瓶に戻そうとするも、またもやラスクに腕を掴まれてしまった。
「そんなに僕に食べさせたいなら、食べさせてよ」
「えっ」
ラスクは人差し指を小さく開けた自身の口に向けた。目が悪戯に笑っている。
(なによこの男はーっ! でも食べさせるなら今がチャンスだわ)
私は指先で飴を掬い、ラスクの口にそっと運んだ。ただ口に入れるだけなのに、どうしてこんなにも手が震えて緊張してしまうのだろうか。私はラスクの顔を直視できず、少しだけ目を逸らしたのだが、それが判断を遅らせることになる。
ラスクの大きくゴツゴツとした手が、私の手の甲を包んだ。
「な、何するの……っ」
驚きのあまり私はラスクの方を見てしまったが、新緑色の瞳に捕らえられてしまい目が離せなくなってしまった。
ラスクはそのまま私の手を自分の口に近づけ、飴を舌で掬う。ラスクはまだ手を離さない。そのまま自身の唇に私の指先をそっと触れさせてペロっと小さく舐めた。くちゅりと小さく鳴った艶やかな音は私の鼓膜に大きく打ち付けた。
「ひっ……!」
体中が熱くなり身動きが取れない。目を離したいのに離せない。「やめて」の一言さえも出せなかった。指先からラスクの熱が伝わってくる。
ラスクはそっと私の手を下ろし、唇を舌でペロリと1周舐めた。
「マーガレットは甘いな」
「ち、ちが……! それは飴の味で……!」
今にも頭がショートしそうだったが、ミッションは成功した。飴の効果は3分間。今はラスクに翻弄されている場合ではない。
私は心の奥底からじんわりと湧き出る感情を抑え、気を取り直して問う。
「……ラスク、あなたは一体何者なの?」
ついにこの男の正体が分かる。
名家や騎士など安定した身分の者なら申し分はない。スパイならば私を狙う目的を聞けば良い。
(それ以外なら……)
それ以外なら今後会わなければいいだけ……なのだが。それを考えると、胸がきゅっと締め付けられた。
(いや、遅かれ早かれ知らなきゃいけないことだもの……)
ラスクはにっこりと笑ってこう答えた。




