第4話 スパイの正体を曝くには
お父様のベッドの横に小さな椅子を運び、私はそこに座って話しかけた。
「お父様、今日のご気分はどうですか」
「あぁ、マーガレット。今日は少し調子が良いみたいだ」
(本当は辛いくせに、そう言って私を安心させようとするんだから……)
「お父様、ごめんなさい。マルク様とは婚約破棄になってしまいました……」
「はは、そうかい。マーガレット、これで婚約破棄は何回目だ?」
「4回目ですわ……」
「これまでの4人の男は何を見てきたというのか。逃がした魚は大きいぞ?」
婚約破棄になってもお父様は私を責めたりはしない。むしろ私のことばかりを気遣ってくれる優しい父親なのだ。お父様のためなら何でもすると強く誓っている。
「早く良き相手を見つけて、お父様の治療の援助もお願いしますから」
「なに、私のことは気にしなくていい。それよりマーガレット、何かいいことでもあったか?」
「えっ」
婚約破棄されて、スパイらしき男に連れ出されて婚約を申し込まれて、さらには家の名前まで知っていて……。果たして良いことと言えるのだろうか。
「おまえの顔が少し柔らかくなった気がする」
「そ、そうでしょうか……」
お父様は朗らかに微笑みながらそっと私の髪を撫でる。
「お父様、どうしてお母様──アセビナ様と再婚されたのですか?」
「……愛し合っていたからだ」
「嘘はやめてください。お二人を見ていたら分かります。お母様はお父様の前では良い顔をしていますが……」
お父様の体の負担になるからあまり多くは言いたくはないが、最近のアセビナの様子からどうしても聞きたくなってしまったのだ。顔色を変えずにいる限り、お父様も何かを感じ取っているに違いない。
「……私が独り身なら、マーガレットもこの家から離れられないだろう? マーガレットには私のことなど気にせず幸せになってもらいたかったんだ」
「そ、そんな! 私の方こそ気になさらず……」
「こんな病弱の男の元になんて誰も来なかった……が、唯一、アセビナが手を差し伸べてくれたんだ」
私が心置きなく嫁ぐためならば最初から誰でも良かったのか。お父様の愛情が私の心にズシンと重くのしかかった。
「しかし……どうやらマーガレットに心配かけてばかりのようだな。すまない」
「いえ、私は大丈夫ですわよ、お父様! 今日だって公爵様に言ってやりましたもの! 『こっちから願い下げだ』って!」
お父様は目を丸くして驚いていたが、今日一番の大きな笑い声を聞かせてくれた。
「あっはっはっは。おまえは母さんにそっくりだ」
「亡きお母様に?」
「その逞しい姿がそっくりなんだ。ははっ、そうだな。マーガレットを振るような男、こっちから願い下げだな」
お父様の笑顔を見て私は少し安堵した。
(この笑顔がいつまでも続くように、私がなんとかしないと)
「えぇ。ではお父様、私は部屋に戻りますわ。また様子を見に来ますから」
「あぁ、ありがとう」
お父様にそっと毛布をかけ直し、私は自室へと向かった。
◆◆◆
「さて、どうしましょう。ラスクの正体が分かれば一番良いのだけれど……」
ラスクとも婚約破棄になるかもしれないが、60歳の男性と再婚するよりはマシである。ラスクの正体を知らずして婚約などできないし、もし公爵以下であればお父様の治療もできなくなる。
机にノートを広げ、ラスクの正体を曝く作戦を考えていたが何一つ浮かばない。羽ペンをくるくると回しては、考えを巡らせる。
「少しワインでも飲みましょうか」
私はグラスに赤ワインを少しだけ注いで、一口含んだ。この国では18歳になるとお酒を嗜めるようになる。私が誕生日を迎えた日、お父様が部屋の隅からガサゴソと木箱を取り出し、このワインをくれた。どうやら私が生まれた年代のワインらしく、18歳の誕生日に渡そうとずっと秘蔵していたらしい。その日から私はワインの虜となり、お酒全般が好きになった。あまり頻繁に買えないが、婚約破棄された家から持ち帰ったものや酒屋のバーゲンセールを狙ってこそこそと集めている。
「……そうだわ!」
私は部屋に保管してあるワインやウイスキーなどいくつかのお酒を棚から取りだした。ちなみにキッチンに置いていないのは、アセビナに取られてしまうからである。特にお父様から貰った大事なワインは18歳の誕生日にお父様と一杯交わした以来飲んでおらず、大切にしているため絶対に取られるわけにはいかない。大切な日に一杯だけ飲むと決めているのだ。
「お酒よ、お酒! ラスクを酔わせて正体を吐かせるわ。私、男性に劣らずお酒には強いもの。そうと決まれば、明日神殿へ行きましょう!」
私はお父様からもらった以外のお酒をできるだけ詰めて、明日の作戦の準備をした。




