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第3話 最悪の継母 アセビナ


 不思議な時間を過ごした私は、諸々の出来事を咀嚼できないまま帰路についた。神殿から家までは徒歩でおよそ30分ほどの距離だが、考えを巡らせているとあっという間に家に到着した。


 ドアを開け家に入ると、玄関先に置かれているソファに座り札束を数えている継母が目に入った。我が家では宝石商や仕立屋などの来訪者と商談をする場でもある。このソファにいるということはつまり──


「……ただいま」

「おかえり、マーガレット」


 今日も新しいドレスを着て、首には宝石のついたネックレスが3つ。全部の指に金や宝石のついた指輪をしているこの女性は、私の継母にあたるアセビナ。実母は私が4歳の時に流行病で亡くなってしまった。それからアセビナがやってきたのは17歳の時。実父が病で倒れた1年後のことだった。


「聞いたわよ? あなたまた婚約破棄になったんですってね?」


 アセビナは私の方を一切振り向かず、札束を数え続けた。


「ま、あなたが婚約破棄を繰り返してくれるおかげで、あの人の治療費も賄えているんだけれど」


 この国のしきたりとして、男性は女性と婚約した際に結納金を渡すことになっている。提示された額に女性側の家が納得しなければ婚約には至らない。私はこの額は知らないが、アセビナは相当な額をマルクに言い渡したのだろう。


 さらに婚約破棄になったとしても返金は求められないといった決まりになっているため、変な話ではあるが婚約破棄を繰り返すほどにお金は入ってくる。自分の身を捧げるのだから、繰り返したい女性なんていないと思うけれど……ただ私はなぜか繰り返してしまっている。


「婚約時のお金は本当にお父様の治療費に回しているのですか!? 一向に良くなっていません!」

「お金をかけてすぐに治るものなら、この世に病気なんてないわよ」


 お父様の病気は原因が不明だ。最初こそ風邪のような症状だったが、今では体が衰退し一人で歩くのもやっとだ。一日のほとんどはベッドの中にいる。身分の高い者が受けられる高度な医療機関なら原因判明できるかもしれないが、伯爵家の我が家など到底無理だった。たとえ治療費を確保できていたとしても、身分の時点で門前払いを喰らう。だからこそ、私は公爵の婚約者を見つけなければならない。


(身分なんてなくなればいいのに……)


 この女はお父様のことを本当に愛しているのだろうか。彼女がこの家に嫁いできてから、

私はこの女のことを一度も好きになれない。


「マーガレット、次の婚約者はこれなんてどうかしら。あなたの写真を見せたら飛びついたわよ? あなたの美貌は有効活用しないともったいないもの。でも若さは期限付きだから急ぎなさい?」


 人をこれという辺りも本当に気に食わない。婚約者も私もやはり金を産むモノだと思っているのだろう。アセビナに渡された写真付きのプロフィールを一応目に通すも……


「ろ、60歳!?」

「えぇ。ハール公爵よ。奥様とは20年前に離婚されたそうね。老後のことを考えて再婚を視野に入れだしたみたいね。マーガレットのように若い女性が来てくれるのなら結納金ははずむと言ってくれたわよ」

「し、しかし……老後を考えての再婚など……」


 そう思うのと同時にラスクの顔が思い浮かんだ。自分には幸せな結婚なんてないと諦めていたけれど、ラスクがスパイじゃなくてごく普通の男性だったら、もしかしたら──


「あら、いいのね? あなたの大好きなお父様を見殺しにして。あなたがこの家に支援してくれるような相手を見つけない限り、あの人の命はないわ」

「それは……!」


 この女はいつもそうだ。お父様を人質にして私を揺すってくる。


「それは嫌です。でも……待ってください。私が婚約者を見つけてきますから!」

「ふぅん。でも私、待つのが嫌いなの」

「……お願いします。絶対に見つけ出しますから」

「じゃあ1週間。7日間だけ待ってあげるわ。ま、どうせどんな相手でも同じことの繰り返しでしょうけれど、見物ね?」


 アセビナはシルクとレースで作られたいかにも高級な扇子で口を隠した。あの扇子の向こうは失笑しているのか嘲笑しているのか分からないが、私に対していいものではないことは分かった。

 

(なんとか手を打たないと……)


 ドアをノックする音がして、アセビナが軽快な足取りで玄関へ行き迎え入れた。宝石商がやってきたのだ。

 私はお父様の部屋に向かった。


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